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神宮大会はこうしろ!

00/12/10作成
13/12/19更新

◆このページをWeb上で公開したのは00年末ですが、もともと私案Aは『スコアシート』98年版に書いたものです。その後、関西勢の低調を受けて04/06/20付で改訂版の私案Bを示し、出場枠が見直されたあとの05/05/21付で再改訂版の私案Cを掲げました。なお、07/11/11付で再構成しましたが、私案Cが最新版であることに変わりはありません。


◇最新版こうしろ!(私案C)

05年以降の神宮大会では、東京六と東都だけが秋の優勝チームに決定戦なしで出場権を与えられている。私はこんな制度は「フェア」でないと考える。私は次のようなシステムを提案する。現行制度との主な相違点は、【1】選手権枠をつくる、【2】関西を1つ減らす、【3】東京六と東都も決定戦に回す、の3点だ。

★大学選手権優勝チームの属するリーグの秋の優勝校【1】
★北海道・東北5連盟から1校(現行どおり)
★関東7連盟から4校(数としては現行どおり)【3】
★愛知、東海、北陸の3連盟から1校(現行どおり)
★関西5連盟から1校(現行よりマイナス1、04年までの制度と同じ)【2】
★中国・四国の3連盟から1校(現行どおり)
★九州3連盟から1校(現行どおり)

【1】の「選手権枠」は大学選手権優勝チームの属するリーグの秋の優勝校を無条件(決定戦なし)で招待するものだ。07年の大学選手権は早稲田が優勝した。早大は秋も連覇したので、秋優勝の時点で出場確定となる。新たに「選手権枠」をつくれば、現行より1校削らなければならない。これはどさくさに紛れて05年から増えた関西を元に戻すことで解決する。

さて、問題の【3】については、次のような制度はどうだろうか。

私案Cの関東
東京六1位────┐
          ├─
神奈川1位────┘
東都1位 ────┐
          ├─
千葉1位 ────┘
首都1位 ────┐
          ├─
関甲新1位────┘
東京六2位──┐
        ├─┐
東都2位 ──┘ │
          ├─
東京新1位────┘

の計4校は固定し、の5校を抽選で決めるというシステムだ。同士の対戦は一発勝負、その他は2勝先勝制とする。東京六と東都を次の2点で優遇している。

★両連盟の2位校にも出場決定戦の権利を与える。
★両連盟の1位校同士の直接対決はおこなわない。

なお、07年の場合、早稲田が優勝したので、には東京六2位の明治が、には3位の慶応が繰り上がる。うまくすれば、東京六から3校出られるのだ。

なぜ関西を減らすのか

05年以降、関西5連盟から2校出るようになった。関西は本当に2校出るほど強いのだろうか? 神宮大会における関西勢は97年に優勝した近大を最後に決勝進出すらない。

【98】 近畿大○九州共立大/●亜細亜大
【99】 立命館大●九州共立大
【00】 龍谷大 ○九州共立大/●慶応大
【01】 近畿大●東北福祉大
【02】 大阪体育大○中央学院大/●亜細亜大
【03】 龍谷大○中京大/●青山学院大
【04】 仏教大○愛知大/●慶応大
【05】 近畿大●九州産業大
【05】 大阪体育大●愛知学院大
【06】 近畿大○愛知学院大/●早稲田大
【06】 大阪産業大○東北福祉大/●早稲田大
【07】 大阪経済大●九州産業大
【07】 関西国際大●八戸大

2校に増えたのは単にバランスの問題でしかなかったはずだ。実は、私はこのページにおいて、近畿増枠を主張していた過去がある。04年以前の神宮大会は、隔年とはいえ最初からお呼びでない連盟がある変則的な出場枠だった。

印は決定戦なしの単独出場枠、○印は決定戦、×は最初から(どんなに頑張っても)権利がなかった連盟です。

神宮大会の出場枠

























西


西
















〜04年 奇数年 × ×
偶数年 × ×
私案A ○○○○ ○○
私案B/C ○○○○
05年〜 ○○ ○○

私は北陸を含めた6連盟で2代表という私案Aを主張していたのだ。もともと私案Aは98年版『スコアシート』に掲げたものだ。97年の大学選手権で近畿勢5校は8勝し、98年は10勝した。そのような背景から、Web上でも関西増枠を主張していたのだった。

私案A

もともと私の案は「実力主義」に基づくものだ。この点では私案Aも私案Cも変わらない。同一リーグから2校出てもいいと私は思っている。

●大学選手権の形態が変わらないことを大前提とし、神宮大会の出場校10校も変えないものとする。
●決定戦なしの単独出場権(印)はすべて剥奪し、決定戦を義務づける。逆に×印も全面的に排除する。
●北海道・東北、中国・四国、それに九州は現行どおりでよい。
●愛知と東海で「1代表」とする。
●北陸は関西5連盟とともに代表決定戦をおこなう。この6連盟の出場枠は「2」とする。
●関東の7連盟には「4つ」の出場枠を与える。

具体的な組み合わせは次のとおりだった。まずは関西・北陸だ。

私案Aの関西・北陸
A北陸1位   ──┐
          ├─┐
A近畿1位   ──┘ │
            ├─
B関西六1位  ──┐ │
          ├─┘
ワイルドカード──┘
A京滋1位   ──┐
          ├─┐
A阪神1位   ──┘ │
            ├─
B関西学生1位 ──┐ │
          ├─┘
ワイルドカード──┘

4校のトーナメントが2つだ。のワイルドカード2校は前年の代表校が属するリーグの2位校とする。初年度はBの1回戦不戦勝でよい。それぐらいは妥協してやろう。なお、当然のことだが、ワイルドカードの大学はそのリーグの1位校が出ないブロックに入る。たとえば、ワイルドカードが龍谷大(関西六)なら右のブロックに入る。そうしないと、同一リーグから2校出られなくなる。

北陸のチームは距離的にはともかく、交通上の問題としては東海よりも関西のほうが近い(とくに福井)。たとえば、富山から大阪へ「サンダーバード2号」で行くと3時間16分かかるようだが、富山から岐阜に「しらさぎ2号」で行くと3時間23分だ(実際にはバスを利用するだろうから、電車の時間で比較するのはちょっと問題があるかもしれない)。

北陸は関西とセットにするほうが合理的のように私には思える。まあ、現行のほうが北陸のチームにとってチャンスは多いだろうが、実力主義である以上、神宮大会から遠ざかる地区があってもそれは仕方のないことだ。今でも北海道からはまず出られないのだ。

04年当時の関西では3日間のトーナメントをやっていた。組み合わせによっては3連勝しなければならないチームもあった。私の案は4校のトーナメントが2つだから、2会場でやれば土日で終わる。2週に分けてもらえれば喜ぶ人もいるはずだ。北陸1位が出るブロックについては隔年で北陸開催すればいい。

関東でも決定戦を!

次に関東の組み合わせだ(私案Aの続き)。

私案Aの関東
千葉1位 ──┐
        ├─┐
東京新1位──┘ │
          ├─
関甲新1位──┐ │
        ├─┘
神奈川1位──┘
千葉2位 ──┐
        ├─┐
東都2位 ──┘ │
          ├─
東京新2位──┐ │
        ├─┘
首都1位 ──┘
関甲新2位──┐
        ├─┐
首都2位 ──┘ │
          ├─
東京六1位────┘
東京六2位──┐
        ├─┐
神奈川2位──┘ │
          ├─
東都1位 ────┘

7連盟の上位2チームを4つのブロックに分ける。04年まで単独出場権があった3連盟の1位校()は別ブロックとし、もう1つのブロックは残り4連盟の1位校()を集める。2位の7校()がどこに入るかは抽選だが、同一リーグの1位校と同じブロックに入らないように配慮する。

この際だから、の2校は1回戦不戦勝だ。私でもこの程度は大目に見る。と言うより、これを入れないと発言力の大きい両?連盟が「うん」とは言わないだろう。これなら、1勝するだけで神宮大会だ。

勝てば2校出られるかもしれないし、負ければ1校も出られない。悪い話ばかりではないはずだ。普段神宮を使っている2つのリーグから1校も出ないという可能性もあるが、負けた以上は仕方がないのではないか。実力主義とはそういうものだ。

客足を心配するムキもあるだろうが、プロと違って興行ではないのだから、そんなことは関係ない(と、言い切れる関係者はたぶんいないだろう。結局は、建前と本音の使い分けが透けて見えることになる)。

私案B

ところが、その後の大学選手権で、関西勢は02年1勝、03年0勝、04年2勝と低迷した。この現実を目の当たりにして、私は私案Aを事実上撤回する形で「改訂版こうしろ!」を出した。これが私案Bだ。04/06/20付だった。この私案Bで登場したのが「選手権枠」だ。

★北陸は愛知・東海との決定戦に回ってもらう。
★関西は5連盟で1校とする。
★北海道・東北、中国・四国、九州も現行どおり。
★関東は私案Aのままでよい。
★残りの1校は大学選手権優勝チームが所属するリーグの秋の優勝校を招待する。

大学選手権優勝チームをそのまま招待してもよいが、秋のリーグ戦で優勝できなかったチームに出てもらっても仕方がない。「実力主義」を貫く以上、自ら秋のリーグ戦を制することで(あるいは決定戦を勝ち抜くことで)出場権を獲得してもらわなければ困るのだ。

04年大学選手権では、東北福祉大が優勝し、八戸大もベスト4に残った。現行制度では、この両校が神宮大会で揃うことはあり得ない。「選手権枠」を導入することで、大学選手権の決勝が東北対決になっても、その両校が神宮大会で再戦する可能性を残すことになる。

1年後、神宮大会の隔年出場は解消された。05年からの新出場枠は、近畿増枠という点では私案Aに沿ったものであり、愛知・東海・北陸で決定戦という点では私案Bそのものだった。また、隔年出場の解消と関東での出場決定戦も、私の従来の主張が(一部を残して)受け入れられたわけだ。

役割を果たし終えたのなら、このページは削除する手はずだった。だが、もし、このページが何らかの作用を及ぼして、あの出場枠変更に至ったのだとすれば、私は「犯人」あるいは「黒幕」になってしまう。全体的には大きな前進に違いないけれども、近畿増枠反対だけは明言しておく必要がある。(今でも)私はミスリードの責任を感じているのだ。

そこで、05/05/21付で「再改訂版こうしろ!」をこのページに掲げた。それが冒頭の私案Cだ。まあ、私案Cには弱点もある。日程上、同士の対戦が平日開催になるだろう。東京六はリーグ戦終了が遅いうえに、新人戦がある。

日程的にはかなり厳しいものになってしまう。あまり現実的とは言えない。それなら、忘れかけた「隔年出場」を持ち込めばよい。最初の年は東京六2位、次の年は東都2位に決定戦の出場権を与えることにすればいいわけだ。

二院制のあるべき姿

さて、アメリカには50の州がある。多くの人口を抱える州もあれば、人口の少ない州もある。広大な面積の州もあるし、狭い州(特別区)もある。よくは知らないが、経済的に豊かな州もあるだろうし、そうでない州もきっとあるだろう。

そういうことは一切無視して、50の州には等しい権利が与えられている。各州は2人の上院議員を連邦議会に送り出すことができるのだ。したがって、連邦議会上院の定数は50×2=100となる。

それでは、下院はどうだろうか。まず、総定数のうち50は各州に1人ずつ割り当てられる。総定数から50を除いた分は、人口比例で各州に分配される。私の記憶に間違いがなければ、間接選挙である大統領選挙の選挙人の数は、上下両院の議員の数に等しいはずだ。00年大統領選挙での選挙人の数は、カリフォルニアが54人、ワシントン特別区やアラスカ州などは3人だった。

つまり、下院議員の数はカリフォルニア州で52人、ワシントン特別区などでは1人ということになる(間違っているかもしれない)。二院制である以上、「こっちはこうする、あっちはああする」というアメリカ議会はわかりやすい。日本の場合は、衆議院も参議院も小(中)選挙区プラス比例代表だから、参議院不要論が出るのは当然のことだ。

参議院で全国区を廃して比例代表制が導入されたときも、政治改革と称して衆議院の中選挙区制が小選挙区比例代表並立制に変わったときも、参議院比例代表が拘束名簿式から非拘束名簿式に変わったときも、衆議院はこうだから参議院はこうするという議論はされなかった。

高校野球には春のセンバツと夏の選手権大会とがある。夏の選手権大会は基本的には1県1校だから、アメリカの上院と同じ発想に立つ。各府県は対等に1校の代表校を本大会に送り出す。この場合、参加校の多寡やその地区の面積や地域のレベルは考慮されない。

よく「1票の格差」になぞらえて公平さを欠くと言う議論があるけれども、これはこれで1つの見識だと思われる。とりあえず「(行政単位)平等主義」とでも呼んでおこう。

縮小コピー

センバツは一応「実力主義」だ。強ければ、同じ県から2校(場合によっては3校)出ることもある。もともと品位とか地域性とか話題性とか妙な要素が絡んだりもするし、「21世紀枠」もできたから、必ずしも「実力主義」が貫かれているとは言い難いけれども、不完全ながらも、ひとまずは「実力主義」と言っていい。

夏の「平等主義」では、十分な実力を備えていながらレベルの高い激戦区であるがゆえに涙を飲んでしまうチームもあるだろう。そういうチームは春の「実力主義」が救済すればいい。逆に、春の「実力主義」で日の目を見ない地域は、夏の「平等主義」によって全国大会への道が開かれている。全国規模の大会が2つあるなら、このような形で両者が補完し合う関係にあることがもっとも望ましいと私は考える。

選挙の話に戻れば、たとえば「衆議院は小選挙区のみ、死票が出るのは仕方がない」と割り切って考えるなら、参議院は「比例代表のみ、民意を忠実に反映した議会構成にしよう」となってこそ、二院制本来の意味があるのではないだろうか。

大学選手権は26連盟すべてに出場権を与えているという点で完全な「平等主義」だ。神宮大会には明快な理念など存在しない。あるとすれば、それは「偏狭な伝統主義」とでも呼ぶべきものだ。秋の神宮大会は春の大学選手権の規模を縮小しただけのように感じられる。春は数が多いだけだし、秋も春を補完できない。秋が春のミニチュアになっているのだ。

この「縮小コピー」状態から脱するには、同一リーグから2校出場の可能性を残すのが一番よい。「選手権枠」の発想は、強いところに余分に出てもらおうということだ。誰からも後ろ指をさされないために、増枠は実力で勝ちとればよい。

社会人の企業チームが減っている以上、大学野球は高校生の受け皿として今以上に重い責任を担うことになる。いわゆる地方大学の台頭で、すでに大学野球の勢力図には顕著な変化が見られる。出場枠はそれらを反映したものにしなければならない。究極的には現行のリーグ構成を「ガラガラポン」で再編成すべきだと考えるが、あまり期待はできない(政界より遅れるに決まっている)。

出場チーム数の推移

ところで、神宮大会の出場チーム数は次のように推移している。

70年    第1回大会     15チーム
71年    第2回大会     16チーム
72年    第3回大会     14チーム
73、74年 第4〜5回大会    8チーム
75、76年 第6〜7回大会  10チーム
77〜79年 第8〜10回大会   8チーム
80〜87年 第11〜18回大会 10チーム
88年    第19回大会    中止
89年〜   第20回大会〜   10チーム

第1回大会では当時の15連盟の(秋の)優勝校が招待されているようだが、これでは大学選手権と何も変わらない。第2回大会では大学選手権優勝の亜大が「推薦」出場している。まあ、このへんは理解の範囲内だ。第3回大会では大胆に地方を切り捨てて、東京六から4校、東都から2校出ている。

第2回大会で27対0という試合があったのが原因ではないかと想像するのだが、「そこまでやるのか」と言いたくはなる。もちろん、センバツの「21世紀枠」と同様、招待された側に罪はない。この当時の主催者は、東京六の4位校は地方リーグの優勝校にまさると考えたのかもしれない(第3回までは大学野球連盟が神宮球場とともに主催し、第4回から学生野球協会と神宮球場の主催)。

その一方で、大学選手権優勝の関大が属する関西連合からは関大のみが招待されている。招待試合だからと言われればそれまでの話で、身も蓋もないけれども…。第4回からは高校の部が始まったせいだろうが、ほぼ現在の形に収束している。


◆神宮大会の第3回大会での「地方切り捨て」について、主催者側の非礼を問うよりも、そうした扱いを結果的には受け入れてしまった地方リーグの体質こそ嘆くべきではないかというメールを頂戴しました。正論です。
◆第1回大会は、大学選手権優勝の中京大が秋のリーグ戦でも優勝したので、15校出場になったそうです。愛知リーグの秋の優勝校が中京大以外なら、第2回大会同様に16校で争われるはずだったとのことです。
◆神宮大会の出場決定戦は、関西地区は「関西代表決定戦」ですが、九州は「第*回九州大学選手権」、北海道・東北は「第*回東北・北海道王座決定戦」、中国・四国は「第*回明治神宮野球大会中・四国大会」としておこなわれているようです。

◆調子に乗って、プロ野球の「ポストシーズンゲームはこうしろ!」も示しました。

◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ(神宮大会はこうしろ!)」または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。

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