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ゴールデン・カード | チーム最少打数21 | コーチの制止を振り切って…

チーム最少打数21

00/10/09作成
13/12/19更新

◆このページは当サイトの開設間もない頃に作成したものです。チーム21打数は、9イニングの試合としてはマイ記録ですが、2試合とも首都大学リーグの試合でした。というわけで、首都リーグの話です。


3つの条件

00年10月7日、私は平塚球場で首都大学リーグの3試合を見た。平塚から帰る東海道線の車内でスコアカードを整理していたら、第2試合の日体大のチーム打数が「21」と出た。これは私にとって最少タイ記録だ(コールドゲームを除く)。

00/10/07(平塚) 首都大学リーグ 秋季第5週 初日第2試合
帝京大 000 000 000 =0 ●関水−酒井−斎藤貴●橋口
日本体育大 010 000 00X =1 ○佐藤充−宗政

日体大は前季の4位、帝京大は前季の2位だ。したがって、1回戦(初日)は前季上位チームの帝京大が先攻、前季下位チームの日体大が後攻となる。首都リーグは東都リーグから分かれた経緯があるので、先攻・後攻に関しては東都方式を踏襲していると思われる。

日体大は2回裏の1点を継投で守りきった。9回表が終わったとき、後攻のチームがリードしていると9回裏の攻撃は行われない。1イニング分だけ打数が増えずにすむ。後攻であること、そして9回裏の攻撃がないことが最少打数記録を援護する<第1条件>だと言っていい。日体大の攻撃は次のとおりだった。

00年秋 帝京大対日体大1回戦
1回 ★遊飛/★左安/(盗塁死)/★中飛 打数3
2回 死球/★三振/★投飛/★左2/(三盗)/★三振 打数4
3回 四球/三ギ/四球/★遊飛/四球/★右飛 打数2
4回 ★二飛/★三振/★右飛 打数3
5回 ★三振/★左邪/★三振 打数3
6回 四球/投ギ/★遊ゴ/★投ゴ 打数2
7回 ★左飛/★遊ゴ/★一ゴ 打数3
8回 四球/三ギ/(暴投)/★中飛(走塁死) 打数1

打数を増やす要素はヒットと振り逃げ、それにエラーや野選による出塁だ。だから、最少打数記録のためにはヒットが少なくなければならず、相手の守備がザルであってはならない。これが<第2条件>だ。

帝京大にエラーはなく、日体大のヒットは2本にすぎなかった。ヒットが少ないほうがいいといっても、得点できなければ9回裏の攻撃が必要になる。2本のうちの1本は長打だったし、ちょうど走者がいたので、都合よく得点に結びついた。

打数を減らす要素は、犠打飛、盗塁死、牽制死、走塁死、併殺打だ。したがって、これらの要素が多いほど最少打数記録に近づく。<第3条件>だ。初回のヒットの走者は左投手の牽制球に誘い出される形で盗塁死した。このためヒットで増えるはずだった打数は相殺された。

2回はヒットの分だけ打数が増えたが、3回と6回は犠打が絡んだので打数は減った。8回は犠打でマイナス1、そのうえ三塁走者がタッチアップで本塁憤死という結果に終わったので、さらにマイナス1だった。

1回目の21打数

四死球は打数にカウントされないので、理論的には打数ゼロで勝つこともできる。初回に4連続四球の押し出しで1点を奪ったあと、3人の走者が次々に牽制死、2回以降は全員が四球で出塁して全員が盗塁に失敗すればいい。これでピッチャーが相手チームを完封してくれれば打数ゼロだ。

まあ、打数ゼロが目的なら、別に勝たなくてもいいわけだから、27四球と27盗塁死でも打数はゼロだ。もっとも1試合で27回も走者を刺せるキャッチャーがいるなら、1試合27四球のピッチャーに代えてマウンドに上げるべきだ。いずれにせよ、机上の空論であり現実味はない。

タイ記録ということは、前にも「チーム打数21」を見たことがある。同じ首都リーグで東海大が記録している。

94/09/11(川崎)首都大学リーグ秋季第1週2日目第1試合
大東文化大 000 000 000 =0 ●早川
東海大 200 000 00X =2 ○原田−川崎

このときの東海大も後攻だった。東海大のヒットは2本で、大東大にエラーはなかった。東海大が喫した4つの併殺打が打数減らしに貢献した。

94年秋 東海大対大東大2回戦
1回 ★三振/四球/四球/四球/四球/★三ゴ/四球/★中飛 打数3
2回 ★左安/★二ゴ/★一ゴ/★遊ゴ 打数4
3回 四球/四球/投ギ/四球/★遊併 打数1
4回 四球/★中飛/★二併 打数2
5回 ★三振/★中安/★二ゴ/★遊ゴ 打数4
6回 ★三振/★一飛/★三ゴ 打数3
7回 ★投ゴ/四球/★三併 打数2
8回 ★右飛/四球/★遊併 打数2

諸般の事情

首都大学リーグの連盟パンフ(「要覧」)は、01年春からA4サイズになった。国際規格を受け入れたらしい。中身は別に変わっていない。表紙を開くと、「首都大学野球連盟の歴史」というページがある。その冒頭はこうだ。

全日本大学野球連盟は、昭和39年に学生野球振興のため、連盟組織を再編成し、大きく変革した。同年、首都大学野球連盟は、春季からリーグ戦形式による公式戦を行う予定であったが、諸般の事情により全日本大学野球連盟の承認を同時期までに得ることができなかった。

「諸般の事情」というところが、わけありに違いないと思わせるが、連盟パンフのあり方としては、このように歴史なり沿革なりを示すことは正しい姿勢だと思われる。

さて、その「諸般の事情」について、もう一方の当事者である東都側は次のように述べている。(『東都大学野球連盟七十年史』158ページ)

所轄の東都連盟を通さず、直接大学野球連盟に新リーグ結成を申請したことが論議を呼び、結局、日体大、東海大など5校は、春季リーグ出場自粛を申し渡された。このため、首都大学野球連盟誕生は大幅に遅れ、6月30日に全日本大学野球連盟の承認を受けてようやく秋からスタートを切った。

まあ、自然に論議を呼んだわけではなく、誰かが論議を呼ばせたに違いない。佐藤文明『六大学野球』(現代書館)には次のような記述がある(100ページ)。

結成当初は承認問題でもめ、大学選手権への出場権も認められていませんでしたが、陳謝によって解決しています。

91秋〜01春の成績

残念ながら首都リーグ関係のWebサイトは層が薄いようだ。仕方がないので、最近の成績をまとめておいた。

▼表内の数字は「勝利数/勝ち点」です。首都リーグの2部は、01年秋より勝ち点制ではなく、2回戦総当りの勝率制になりました。この表は01年春までの20季分です。勝率制に変わった時点でフォローできなくなりましたので、最近の結果については当事者のWebサイトをどうぞ。

首都大学リーグ各校の勝ち点(91秋-01春)
91秋 92春 92秋 93春 93秋 94春 94秋 95春 95秋 96春 96秋 97春 97秋 98春 98秋 99春 99秋 00春 00秋 01春
東海大 9/4 10/5 8/4 10/5 8/4 8/3 10/5 8/4 6/2 6/3 6/2 4/2 7/3 10/5 8/3 9/4 10/5 10/5 10/5 8/4
城西大 8/3 7/3 7/3 4/2 5/2 9/4 6/2 5/2 4/2 6/2 9/4 10/5 2/0 8/3 6/3 6/3 3/1 6/3 4/1 8/4
筑波大 4/1 3/1 4/2 2/1 6/2 6/2 8/3 3/1 7/3 6/2 10/5 1/0 5/2 4/1 4/0 9/4 11/5 12/6 3/1 8/3
日本体育大 6/3 7/3 7/3 6/3 10/5 9/4 8/4 9/4 8/4 8/4 6/2 9/4 9/4 9/4 10/5 9/4 8/3 7/2 9/4 5/2
東京経済大 8/4 9/3 8/4 10/5 12/6 2/0 7/3 8/3 8/4 6/3 9/4 11/5 10/5 11/5 9/4 11/5 3/0 3/1 5/2 4/1
帝京大 5/2 1/0 6/2 4/2 3/1 6/2 4/1 8/4 7/3 8/4 6/2 7/3 10/5 6/2 4/2 8/3 8/4 8/4 6/2 2/1
大東文化大 12/6 12/6 12/6 12/6 8/4 11/5 0/0 0/0 2/1 12/6 12/6 4/1 3/1 3/0 5/2 4/1 6/2 3/0 12/6 12/6
独協大 4/2 3/1 5/1 3/1 6/2 9/4 6/3 11/5 9/4 8/4 9/3 9/4 6/3 10/4 11/5 1/0 7/2 8/4 7/3 10/5
明星大 4/2 6/3 7/3 7/3 7/3 8/3 4/1 5/2 5/1 5/1 4/2 3/1 5/2 3/1 8/3 3/1 6/2 3/0 7/3 7/3
明治学院大 6/2 7/3 4/1 5/2 3/1 5/2 9/4 2/0 5/1 8/4 8/3 11/5 2/1 8/4 6/2 7/3 10/5 5/2 8/3 6/2
成城大 0/0 1/0 1/0 0/0 4/1 1/0 2/1 6/2 5/1 2/1 3/1 0/0 6/2 4/2 2/0 8/3 3/1 6/2 7/3 6/2
玉川大 10/5 10/5 9/4 6/2 6/2 6/2 9/4 10/4 9/4 5/2 2/1 8/3 8/3 7/3 8/3 6/2 5/2 8/4 3/0 4/2
武蔵大 7/2 7/3 6/3 9/4 7/3 10/5 11/5 11/5 12/6 0/0 1/0 7/3 10/5 5/2 9/4 8/3 10/4 9/3 8/3 6/1
赤字は1部優勝、青字は2部優勝 1部チーム 2部チーム

▲週刊ベースボール増刊『大学野球』をもとに作成しましたが、94年秋の2部リーグの勝ち点合計が「20」になり、1つ足りません。あいにく95年春の連盟パンフはポケットサイズで、前季順位は載っていますが、勝敗は載っていませんので私には確認不能です。『大学野球』95年春号による94年秋の首都リーグ2部勝敗表は次のとおりです。

武蔵大 11勝 4敗 勝ち点 5
明学大  9勝 4敗 勝ち点 4
玉川大  9勝 5敗 勝ち点 4
東経大  7勝 7敗 勝ち点 3
独協大  6勝 8敗 勝ち点 3
明星大  4勝10敗 勝ち点 1
成城大  2勝10敗 勝ち点 0

 このうち上位5校については、勝利数を2で割ると(小数点以下を切り捨て)、勝ち点と一致します。たとえば武蔵大は11勝ですから、勝ち点6ということはあり得ません。おそらく上位5校の勝ち点に誤りはないはずです。
 誤りがあるとすれば、下位の2校ということになります。明星大は4勝で勝ち点1ですが、4勝なら勝ち点2の可能性もあります。2勝1敗が2カード、0勝2敗が4カードと考えれば、勝ち点2で4勝10敗になります。
 次に成城大ですが、成城大は12試合しか戦っていませんので、5カードで連敗し、残り1カードに連勝したことになります。日程が完全に消化されたとすれば、それ以外のケースは考えられません。(当時の)首都2部は最低12戦 しなければならないからです。
 つまり、明星大の勝ち点は1、成城大の勝ち点もと考えるのが自然です。このような次第で、上の表では成城大の勝ち点をとしましたが、日程未消化の可能性を否定する根拠はありませんので、その旨をお断りします。


◆ 02年春に駒沢球場で首都の2部の試合を見ました。→「バックネットの柱と…」
◆二盗、三盗、本盗の連続盗塁を見たのも首都の2部でした。→「パーフェクト・スチール」
◆首都リーグの1部の試合を見に行ったとき、「嫌な予感がする」というヤジを聞いたことはありませんか?

【リンク希望】首都リーグの連盟パンフには、リーグ創設以来の順位、対戦カード別の通算成績(1部のみ)などが掲載されていますが、連盟公式サイトでもこれらは反映されていません。これらを利用したコンテンツを掲げているサイトをご存知の方はお知らせください。このページからリンクします。

★08/03/10校正チェック済、ケなし、順OK
★08/03/10HTML文法チェック済(エラーなし)



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