ゴールデン・カード

大学 03/05/14作成
13/12/19更新
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◇駒大と亜大

東海大や日体大が東都リーグを離脱して首都リーグを結成したのは1964年だ。首都リーグではその年の秋に最初のリーグ戦がおこなわれている。そういう意味での区切りとなる1964年秋以降の東都リーグ1部の優勝回数は次のとおりだ。

▼カッコ内は最後(最新)の優勝シーズンです。字は首都リーグに参画した大学です。3部の2位から5位の4チームと準加盟の1部2位以下9チームについては、63年秋の順位どおりとは限りません。

64年春開幕前のリーグ構成と64年秋以降の優勝回数
1部 2部 3部 準加盟1部 準加盟2部
中央大
駒沢大
日本大
芝浦工業大
専修大
国学院大
8回(04秋)
23回(01秋)
7回(04春)
2回(70春)
6回(89春)
東京農業大
東洋大
亜細亜大
青山学院大
国士舘大
学習院大

9回 (00秋)
16回 (03春)
11回 (05秋)
1回 (79秋)
上智大
東京経済大
成蹊大
日本体育大
明治学院大

成城大
武蔵大
一橋大
順天堂大
東京工業大
東海大
拓殖大
大正大
立正大
武蔵工業大
東京教育大

たまたま偶然だが、亜大が東都の1部に昇格したのも64年秋だ。以後03年春までの78シーズンのうち、ちょうど半数の39回は駒大か亜大が優勝している。

亜大が入れ替え戦で国学院大を破った1964年春は、駒大にとって3度目のリーグ優勝、初の全国制覇の年だった。いわば、亜大は10〜15年遅れで駒大の背中を追いかける立場にあった。

駒沢大 亜細亜大
野球部創部 1947(昭和22)年 1957(昭和32)年
東都リーグ加盟 1948(昭和23)年春3部 1959(昭和34)年秋準加盟
1部リーグ初昇格 1949(昭和24)年秋 1964(昭和39)年秋
1部リーグ初優勝 1962(昭和37)年春 1966(昭和41)年秋
1部リーグ優勝回数 2001年秋で26回目 2003年春で16回目
大学選手権初優勝 1964(昭和39)年 1971(昭和46)年
選手権優勝回数 1994年で6回目 2002年で4回目
神宮大会初優勝 1973(昭和48)年 1998(平成10)年
神宮大会優勝回数 2001年で4回目 2002年で2回目

直接対決

両チームの対戦成績やシーズン順位などは次のとおりだ。トータルでは依然として駒大優勢だが、近年は亜大がその差を詰めている。また、「戦国」と称せられる東都にあって、この両チームは入れ替え戦で負けたことが1度しかない。

▼「順位」欄の はリーグ優勝、 は大学選手権または神宮大会の優勝です。なお、複数校が勝ち点・勝率ともに並び、決定戦がおこなわれない場合の順位は、前季順位が上位のチームを上位とするのが「東都式」です。
▼「スコア」欄の左側は駒大の得点、右側が亜大の得点です。中央の「駒」または「亜」は、当該試合の勝者を示します。
▼「備考」欄の「殊」は最高殊勲選手、「首」は首位打者、「投」は最優秀投手です。両校の複数の選手あるいは同一選手がダブル受賞している場合は、この順番で1人のみを記載しています。

年季 勝点/順位 スコア 1回戦先発投手 勝点 対戦勝敗 備考
駒大 亜大 1回戦 2回戦 3回戦 4回戦 駒大 亜大
64秋
65春
65秋
66春
66秋
67春
67秋
68春
68秋
69春
69秋
70春
70秋
71春
71秋
72春
72秋
73春
73秋
74春
74秋
75春
75秋
76春
76秋
77春
77秋
78春
78秋
79春
79秋
80春
80秋
4/2
4/2
2/4
2/4
4/2
2/4
4/2
5/
2/4
3/2
3/2
3/4
0/6
3/3
4/2
3/3
4/
3/2
4/
4/
2/4
4/
5/
5/
3/2
5/
4/
1/6
2/4
2/4
3/4
4/
3/2
1/5
2/5
2/5
2/5
5/
3/2
4/
2/5
3/2
2/3
2/4
1/5
3/2
5/
3/4
2/4
3/4
3/4
3/3
2/5
2/5
2/4
3/3
3/5
1/6
2/3
4/3
2/3
1/6
4/2
3/2
3/3
5/
1△1
3駒1
0△0
1亜2
1亜8
3亜4
3駒0
4駒2
1亜4
1亜4
5駒1
5駒3
1亜4
0亜3
7駒0
3駒2
7駒0
10駒1
11駒2
5駒0
3亜4
3△3
6駒4
4駒1
3駒2
3駒1
3駒2
8駒2
1亜4
5亜6
4駒3
1駒0
0亜4
3駒2
7駒1
4△4
1駒0
0亜1
4亜5
0亜1
5駒3
5駒2
1駒0
6△6
5駒0
0亜6
4亜6
4駒0
6駒2
7駒4
0亜2
2駒1
9駒3
7駒0
7駒0
3亜6
8駒3
2亜10
5亜6
2駒0
4駒1
6駒5
4亜8
0亜2
4駒2
2亜4
4駒1

2駒0
2亜3


5亜6

2駒1
3駒0
4駒3






2亜11


1亜2
8亜20
5駒1

3駒0
4駒3


3亜5

3亜5



11駒0


















4駒2
倉田
伊藤久
土屋
伊藤
土屋
野村
野村
野村
野村
湯川
小野
猪狩
猪狩
杉山
杉山
増田
赤津
赤津
赤津
水谷
水谷

山本泰


尾藤
尾藤
高久
渡辺
高久
高久
高久
高久
田中
松本正
松本正
森永
森永
森永
森永
渡辺
西尾
山本
渡辺
山本
山本
山本
山本
田村巧
小林達
田村巧
小林達
黒紙
水谷
小林
黒紙
矢野
矢野
矢野
矢野
小松
小松
宮本
宮本
柳原
宮本



-
-
-
-





-
-

10
11
-
12
13
-
14
15
16
17
18
19
20
-
-
-
21
-
-
-
-




-
-
-
-
-


-
-
-

-
-

-
-
-
-
-
-
-

10
11
-
12







10
12
14
16
18
18
18
20
22
24
25
27
29
30
32
34
36
38
40
42
44
45
45
46
48
48









10
10
10
12
14
14
14
14
16
16
16
18
19
20
20
21
22
22
22
24
26
28
28
30
































 −
 −
 −
 −
殊:大橋 穣(亜)
 −
殊:西尾 敏征(亜)
殊:野村 収(駒)
 −
 −
 −
首:水中 良博(駒)
 −
殊:山本 和行(亜)
投:杉山 重雄(駒)
 −
殊:栗橋 茂(駒)
首:吉田 秀雄(駒)
殊:中畑 清(駒)
殊:平田 薫(駒)
 −
殊:山本 泰之(駒)
殊:山本 泰之(駒)
殊:森 繁和(駒)
 −
殊:渡部 一治(駒)
殊:尾藤 福繁(駒)
首:今岡 悦朗(亜)
首:石毛 宏典(駒)
 −
首:曽根原 博志(亜)
殊:高久 孝(駒)
殊:宮本 賢治(亜)
年季 勝点/順位 1回戦 2回戦 3回戦 4回戦 1回戦先発投手 勝点 対戦勝敗 備考
駒大 亜大 駒大 亜大
81春
81秋
82春
82秋
83春
83秋
84春
84秋
85春
85秋
86春
86秋
87春
87秋
88春
88秋
89春
89秋
90春
90秋
91春
91秋
92春
92秋
93春
93秋
94春
94秋
95春
95秋
2/5
3/3
4/2
3/3
4/
5/
3/3
5/
3/3
4/
4/2
4/
4/
3/2
5/
4/2
4/2
3/2
3/2
4/2
2/4
5/
4/
3/3
3/3
5/
5/
2/3
3/3
3/2
4/
4/2
2/4
2/5
2/3
2/5
4/
2/4
2/4
3/2
3/3
4/2
2/4
2/5
3/2
2/3
1/5
2/4
5/
4/
1/5
2/5
3/4
2/5
2/5
2/3
3/4
0/6
(2部)
3/3
1亜2
1亜3
2駒1
1亜4
2駒0
7駒1
1亜7
1亜2
10駒1
3駒2
2駒1
0亜1
6駒4
4駒1
1亜6
7駒4
0亜1
5駒0
0亜5
2亜3
1駒0
0亜3
3駒1
0亜2
4亜5
2亜3
3駒1
2駒0

4駒2
5駒1
1亜3
4駒1
1駒0
7駒0
6駒5
4亜8
3駒2
1亜11
5亜7
3駒2
4駒2
2亜4
2駒0
8駒4
3亜5
1駒0
2駒0
1亜2
0亜1
4亜5
1駒0
4駒1
4駒1
1駒0
5駒2
3駒0
1駒0

5駒3
0亜1


2駒0



3駒1
7駒1
6駒4

2亜5
2亜8

5駒0
1駒0
6駒0



9駒2
3駒0

5駒3
9駒2
5駒3



近藤
近藤
石丸
石丸
鍋島
河野
河野
河野
白井
新谷
新井
田村
田村
新井
大庭
大庭
大庭
大庭
近藤
若田部
鶴田
竹下
河原
河原
宮本
高木
河原
河原
 −
高橋
宮本
宮本
赤羽
赤羽
赤羽
赤羽
三原昇
阿波野
三原昇
阿波野
阿波野
阿波野

川尻
小池
小池
高津
小池
小池
高津
秋田
入来
恵津
入来
入来
入来
入来
坂田
 −
部坂
-
-
22
23
24
25
-
26
27
28
29
-
-
30
31
32
33
34
-
-
35
36
37
38
39
40
41
42
-
43
13
14
-
-
-
-
15
-
-
-
-
16
17
-
-
-
-
-
18
19
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
49
49
51
53
55
57
57
59
61
63
65
66
67
69
71
73
75
77
77
77
79
81
83
85
87
89
91
93
-
95
32
34
34
35
35
35
37
38
39
40
40
42
44
44
45
46
47
47
49
51
52
53
53
54
55
56
56
56
-
56




























-
殊:宮本 賢治(亜)
 −
首:白井 一幸(駒)
 −
殊:鍋島 博(駒)
殊:白井 一幸(駒)
殊:三原 昇(亜)
殊:横田 真之(駒)
 −
殊:篠原 昭人(駒)
首:戸栗 和秀(駒)
殊:阿波野 秀幸(亜)
殊:新井 富夫(駒)
投:新井 富夫(駒)
殊:野村 謙二郎(駒)
首:鈴木 英之(駒)
 −
 −
殊:小池 秀郎(亜)
殊:小池 秀郎(亜)
 −
殊:若田部 健一(駒)
殊:河原 純一(駒)
首:岩本 敏行(亜)
 −
殊:河原 純一(駒)
殊:河原 純一(駒)
 −
 −
 −
年季 勝点/順位 1回戦 2回戦 3回戦 4回戦 1回戦先発投手 勝点 対戦勝敗 備考
駒大 亜大 駒大 亜大
96春
96秋
97春
97秋
98春
98秋
99春
99秋
00春
00秋
01春
01秋
02春
02秋
03春
03秋
04春
04秋
05春
05秋
3/3
2/5
2/4
4/
3/2
3/3
2/5
3/3
1/5
3/2
3/3
4/
2/6
(2部)
2/5
3/3
0/6
3/4
1/4
2/4
4/2
3/
5/
4/2
4/
4/
2/4
4/2
4/
2/5
2/4
3/2
3/
4/
4/
1/6
2/4
1/5
(辞退)
(2部)
2駒1
0亜4
3亜12
6駒0
0亜3
5亜9
2亜7
2亜4
4駒3
7駒2
2駒1
1亜3
1亜2

2亜6
0亜2
11亜7
8亜3

8駒2
1亜3
2亜3
1亜2
3亜5
4駒2
6駒3
1亜10
0亜6
4駒1
2駒1
0亜1
0亜7

6駒5
4駒2
6△6
5駒4




1亜2

0亜3
4駒3

4亜6





0亜9
1亜7
5亜1
5駒2

高橋
高橋
高橋
内藤
影山
武田
武田
松本
武田
武田
川岸
川岸
服部
 −
服部
古谷
永井裕
服部
 −
 −
佐藤
部坂
佐藤宏
中須賀
佐藤
吉川
吉川
中須賀
松井
松井
山本浩
山本浩
木佐貫
 −
片山
高橋
糸数
小杉
 −
 −
44
-
-
-
-
-
45
-
-
46
47
-
-
-
-
-
-
48
-
-
-
20
21
22
23
24
-
25
26
-
-
27
28
-
29
30
31
-
-
-
97
97
97
98
98
99
101
101
102
104
106
106
106
-
107
108
108
110
-
-
56
58
60
62
64
66
67
69
71
71
71
73
75
-
77
79
81
82
-
-













-




-
-
 −
殊:部坂 俊之(亜)
殊:飯塚 智広(亜)
殊:武田 久(駒)
殊:佐藤 宏志(亜)
殊:中須賀 諭(亜)
 −
首:浅田 仁志(駒)
殊:松井 光介(亜)
首:新垣 道太(駒)
 −
殊:新垣 道太(駒)
殊:木佐貫 洋(亜)
殊:木佐貫 洋(亜)
殊:反頭 一臣(亜)
 −
 −
 −
 −
 −

2勝先勝の勝ち点制では(引き分けを無視すると)、○○、○●○、○●●、●○○、●○●、●●という6通りのパターンがある。両者の直接対決について、その辺りを集計してみると、次のようになる。

▼1回戦、2回戦、3回戦は、引き分けを無視したものですので、上の表とは一致しません。

駒駒
駒亜駒
亜駒駒
21

11
【通算勝敗】 駒大 110勝 82敗 (.573)
【1回戦の通算勝敗】 駒大 42勝 37敗 (.532)
【2回戦の通算勝敗】 駒大 48勝 31敗 (.608)
【3回戦の通算勝敗】 駒大 20勝 14敗 (.588)
【先勝のときの勝ち点獲得率:駒大】 85.7% (36/42)
【先勝のときの勝ち点獲得率:亜大】 67.6% (25/37)
駒亜亜
亜駒亜
亜亜


17

盗塁とバント

この両チームを他の東都のチームと比較すると、明らかに数字上の特徴が出てくる。まずは盗塁だ。

▼数値は、『神宮ガイドブック』93秋〜03春号によるものです。

盗塁 93
93
94
94
95
95
96
96
97
97
98
98
99
99
00
00
01
01
02
02
期間
合計
試合
1試合
平均
1季
平均
亜細亜大
駒沢大
日本大
青学大
中央大
東洋大
専修大
立正大
東農大
国学院大
国士舘大
20
20
6
25
-
14
-
-
-
14
-
18
22
15
20
-
14
-
-
19
-
-
13
13
8
15
-
21
-
10
-
-
-
10
9
11
19
-
8
-
-
-
-
7
-
29
31
26
-
16
-
10
-
-
10
22
18
16
22
-
8
-
8
-
-
-
33
15
-
25
-
12
4
7
-
-
-
33
13
-
15
-
15
4
8
-
-
-
30
21
-
18
-
12
21
11
-
-
-
25
18
-
11
-
8
14
9
-
-
-
17
24
21
16
-
-
14
10
-
-
-
25
26
34
19
-
-
12
7
-
-
-
20
28
18
23
-
9
13
-
-
-
-
24
12
15
16
6
10
-
-
-
-
-
25
19
11
21
10
7
-
-
-
-
-
27
15
14
14
6
12
-
-
-
-
-
18
18
17
8
20
5
-
-
-
-
-
14
16
21
11
18
7
-
-
-
-
-
12
18
17
7
7
10
-
-
-
-
-
14
-
20
8
19
13
6
-
-
-
-
400
354
275
339
86
201
88
80
19
14
17
235
232
203
257
93
223
102
109
12
13
26
1.70
1.53
1.35
1.32
0.92
0.90
0.86
0.73
1.58
1.08
0.65
21.1
18.6
17.2
17.0
12.3
11.2
11.0
8.9
19.0
14.0
8.5

次に「犠打飛」だ。

▼『神宮ガイドブック』では、「犠打」と「犠飛」が一緒くたの項目になっています。アマチュア野球の場合、これがスタンダードのようです。本来、ここでは「犠打」のみの数値がほしいのですが、まあ「犠飛」はそれほど多くありませんから、近似値としての意味はあるでしょう。

犠打飛 93
93
94
94
95
95
96
96
97
97
98
98
99
99
00
00
01
01
02
02
期間
合計
試合
1試合
平均
1季
平均
亜細亜大
駒沢大
専修大
日本大
立正大
青学大
東洋大
中央大
東農大
国士舘大
国学院大
29
30
-
22
-
24
22
-
-
-
18
21
27
-
26
-
17
22
-
20
-
-
25
28
-
15
14
18
15
-
-
-
-
22
22
-
17
-
17
11
-
-
16
-
-
18
-
32
18
22
21
-
-
23
-
22
25
-
18
24
14
13
-
-
-
-
39
28
28
-
19
30
12
-
-
-
-
31
24
28
-
14
23
21
-
-
-
-
50
30
21
-
21
14
13
-
-
-
-
30
27
26
-
25
21
22
-
-
-
-
42
27
30
29
37
20
-
-
-
-
-
32
30
20
33
28
18
-
-
-
-
-
24
27
31
18
-
36
16
-
-
-
-
20
23
-
31
-
24
23
11
-
-
-
28
18
-
22
-
25
13
18
-
-
-
13
28
-
24
-
41
29
12
-
-
-
24
33
-
28
-
29
13
22
-
-
-
21
28
-
24
-
15
10
23
-
-
-
43
32
-
31
-
22
24
18
-
-
-
35
-
22
34
-
19
19
22
-
-
-
551
505
206
404
200
449
319
132
30
39
18
235
232
102
203
109
257
223
93
12
13
26
2.34
2.18
2.02
1.99
1.83
1.75
1.43
1.42
1.67
1.50
1.38
29.0
26.6
25.8
25.3
22.2
22.5
17.7
18.9
20.0
19.5
18.0

このように盗塁・犠打飛ともに亜大・駒大の順に多い。私はこのサイトを「セットポジション」と名づけている。盗塁も犠打も「セットポジション」のときに起こるものだ。そんな私にとって、この両チームの対戦は「ゴールデン・カード」となる。強い/弱いはあまり関係ないのだ。

対戦(1)

これまで私は両チームの対戦を11試合見ている。最初に見たのは、92年春の開幕戦だった。私にとって、大学野球3試合目であり、駒大・亜大ともに初めて見たときだ。

92/04/07(神宮) 東都大学リーグ春季 第1週 初日第1試合

駒沢大

000 001 000 002 =3

○河原−鶴田

亜細亜大

000 100 000 000 =1

恵津−窪田−●入来−盛

先手をとったのは亜大だ。4回裏二死後、内野安打で出塁した小林は初球にすかさず二盗を決め、6球目には三盗を試みた。これがワイルドピッチと重なって、一気に生還した。

5回まで恵津にノーヒットに封じられていた駒大は、6回表の加治井の初安打を足がかりにして、上(かみ)の犠牲フライで同点に追いついた。決勝点は延長12回、沖原のタイムリー・エラーだった。

この試合で、駒大は無死1塁の場面が7回あった。すべて送りバントを試みている。

打者 打撃結果 得点
1表
5表
6表
8表
9表
10表
12表
2番・山田
7番・杉村
2番・山田
2番・山田
6番・藤嶺
9番・河原
7番・杉村
送りバント成功→1死2塁
送りバント失敗(捕邪飛)→1死1塁
2球目捕逸で無死2塁からバント成功→1死3塁
送りバント成功→1死2塁
バントファウルで追い込まれて右飛→1死1塁
送りバント成功→1死2塁
送りバント成功→1死2塁






対戦(2)

98年秋は第7週を終えて、専大が8勝3敗の勝ち点4だった。最終週は、7勝2敗の勝ち点3で並ぶ亜大と駒大の直接対決だ。つまり、最終週直接対決をとったほうが勝ち点4となり、専大を勝率で上回り、優勝を決めることになる。

1回戦は亜大が先勝し、2回戦は駒大が継投で亜大を振り切った。迎えた第3戦は、亜大が初回にエラー絡みで先制した。

98/10/29(神宮) 東都大学リーグ秋季 最終週 3日目

亜細亜大

100 000 200 =3

○中須賀

駒沢大

000 000 000 =0

●影山−片岡−内藤−武田

2回裏、駒大はノーアウトのランナーをバントで送れず二塁封殺。二死後、エンドラン成功で一・三塁の形をつくった。ボールが2つ先行した8番・勝の3球目に駒大が仕掛けた。一塁走者がスタート、キャッチャーの送球を中須賀がカットして三塁に送り、離塁の大きい三塁走者はタッチアウト。ここら辺りがこのカードのおいしいところだ。

ヤマは7回表の攻防だった。亜大は一死後、ヒットで走者が出た。すかさず太田監督がマウンドに向かって間合いをとる。9番・米山の初球前に牽制、初球はバント見逃しのボール、2球目はバントファウル、3球目バント見逃しのボール、カウント1−2で牽制球が2球入ったあとの4球目がエンドランだった。

見事的中で走者一・三塁、打順は1番の赤星に戻る。カウント0−2となった3球目、一塁走者の米山がスタートした。キャッチャーは最初から三塁に投げた。お返しとはいかずセーフだった。なかなか一筋縄ではいかない対戦なのだ。

カウントは0−3、一塁も空いたので、赤星は敬遠された。満塁から、押し出しと犠牲フライで2点入り、勝負は決まった。2回戦は投げずに満を持して決戦に先発した中須賀は、2回以外はピンチらしいピンチもなく、3安打1死球で完封した。

この試合でもっとも印象に残ったシーンは3回表の一死走者なし、浅めのライトフライのときだった。高く上がった打球だったので、深追いすればセカンドも処理できる範囲だった。ところが、セカンドの勝はファウルライン方向に走り出していた。えっ?

勝はさっさとライトに譲っただけでなく、ライトのバックアップに入るためにその背後に回り込んだのだ。外野の守備位置が浅い高校野球なら、気のきいた二遊間が(結果的に?)こういう行動をとることはあるけれども、大学野球で内野手が外野フライのバックアップに入るのは珍しい。

なるほど。もしライトが落球した場合、ライトの背後に回っていれば、次のプレイに備えられる。セカンドの位置からライトを見ていたら、打者走者は見えない。ライトの後ろに回り込めば、打球を処理するライトも、一・二塁間を走る打者走者も、視界に入る。

ベストマッチ

◆UP早々に「長い駒−亜戦の歴史の中でも、ベストマッチを選ぶとしたら、この一戦」とのメールを頂戴しましたので、追加しました。

実は、駒大対亜大戦は、上に掲げた以外にもう1試合おこなわれている。86年秋のプレイオフだ。ちょうどこの年の春に、「勝ち点で並んだときは勝率順」が「勝ち点で並んだら決定戦」に変更されている。亜大は勝ち点4の9勝3敗で全日程を終了。駒大は最終週の東洋大戦を2勝1敗でしのいで、9勝4敗ながら勝ち点では亜大に並んだ。

当日の神宮では昼間は東京六大学の新人戦2試合がおこなわれており、東都の優勝決定プレイオフはナイター開催されている。そのせいもあってか平日にもかかわらず観衆1万2千人と盛況だったようだ。

86/11/04(神宮) 東都大学リーグ秋季 優勝決定プレイオフ

亜細亜大

002 100 000 000 0 =3

●阿波野

駒沢大

000 100 020 000 1x=4

新井−田村−○新谷

『東都大学野球連盟七十年史』によれば、次のような試合だったそうだ(295ページ)。

両校合わせて36人の死闘をつくした総力戦となったが、駒大が延長13回に劇的なサヨナラ勝ちして初のプレーオフで2季ぶりの優勝を決めた。
 この回、一死、疲れの見えた阿波野から今井が死球で出塁し、エンドランのかかった野村の三ゴロを大森が一塁に悪送球して一、三塁。戸栗敬遠の満塁で為永の緩い投ゴロを阿波野がはじき(記録は内野安打)今井が決勝のホームインだ。
 阿波野は3回に先制の突破口となるヒットを放ったり、4回には3点目の右越え二塁打を打つなど投打に頑張ったが、8回一死、二、三塁で代打・村本の投ゴロを三遊間にそらす(記録は安打)など守りのミスがたたり、173球の力投も自らフイにしてしまった。

◆決勝打となった為永の「緩い投ゴロ」ですが、試合をご覧になっていた方の記憶では「強烈な打球」だったそうです。当時の監督だった太田誠氏の著書にも「痛烈な」な打球だったという記述があります。

太田誠 『球心 いまだ掴めず』 日刊スポーツ出版社 216ページ

 亜細亜ベンチは、3番バッターの戸栗を敬遠で歩かせ、4番キャプテンの為永と勝負に出た。ホームでフォースアウトにすべく亜細亜の内野陣は決死の前進守備を敷く。息詰まる空気がグラウンドを支配した。
 為永は、ここで気力のセンター返しのバッティングを見せる。阿波野投手が投げ込んできた、この試合の173球目。為永が、短くコンパクトな振りでこれを叩くと、打球は痛烈なピッチャーへのゴロ。阿波野投手はこれをはじいた。

◆縮刷版を調べてみましたが、毎日が「平凡なゴロ」と記述しているだけでした。まあ、ベスト・マッチと呼ぶにふさわしい試合であったことは間違いないようです。

朝日新聞 86/11/05付朝刊スポーツ面

延長13回裏、駒大は一死から今井死球、野村はバントを2度失敗したあと、ヒット・エンド・ラン。三塁手から二塁への送球が低投となり、一、三塁。ここで亜大は満塁策をとったが、為永が初球を投手強襲安打して決着がついた。駒大は8回にも代打村本が三遊間に転々とする投手強襲安打で二者がかえり同点と、貴重な3点を幸運な2本の内野安打で得た。

「どこに当たったかわかりません」。延長13回、為永の打球をグラブに当てサヨナラ負けを喫した阿波野は、肩を落として「無情の一瞬」を振り返った。延長に入ってからは「体じゅうが痛かった」そうで、11回に新谷に左翼線安打を打たれたときは「自分でも球威が落ちていると感じた」という。投球数173球。だれもが認める好投にも、本人は「しんどかった」と、伏し目がちだった。

毎日新聞 86/11/05付朝刊スポーツ面

戸栗が敬遠され、迎えたのが駒大の主将・為永。「どんなタマでも初球を打つ」と決めた為永に、阿波野は得意のシンカーを投げた。打球は投手やや左の平凡なゴロとみえ、実際、阿波野も「絶対にとれる」と思ったという。だが、打球は無情にもグラブをはじいて三遊間に転々。今井がホームベースを踏んだ。

20人を投入した総力戦のこの試合に象徴されるように、駒大の粘り強さは無類。「どんな試合でも、相手を安心させないのが、ウチの野球」。涙をにじませた為永の言葉が、駒大の強さを物語っている。

読売新聞 86/11/05付朝刊スポーツ面

13回裏裏一死満塁。阿波野の173球目、駒大・為永の投ゴロは、阿波野のグラブをはじいて遊撃左へ。三塁走者今井が躍り上がるようにホームを踏んで、プレーオフにふさわしい4時間5分の激戦に決着がついた。<略>五色のテープの中、ベテランの太田監督は「みんなあきらめずによく球に食らいついて頑張った。それが最後に生きたということでしょう」と、弾む声で選手をたたえたが、実際、際立ったヒーローのいなかった今年のチームでは、全員のチームワークこそが第一の勝因だった。

86年の時点ですでに「ベテラン」と呼ばれていた太田氏が、その後20年も監督を続けるとは、さすがにこの記事を書いた記者も想像しなかったに違いない。

173球完投が報われなかった阿波野だが、チーム9勝を1人でマークしたフル回転ぶり(完投で7勝)に、MVPが与えられている。東都リーグのMVP表彰がいつから始まったのか定かではないが、ベストナインが制定された1958年春以降、優勝チーム以外からMVPが選出されたのは初めてだ。


◆私は、駒大のOBでもなく、亜大の卒業生でもありませんので、念のため。そういうこととは一切関係なく、このカードは私の中でのゴールデン・カードです。

◆「ベストマッチ」たる86年プレイオフについて記したWebページは残念ながら見当たりません(06年2月現在)。ライブでご覧になった方がおられましたら、ブログ「んだ」にてご意見を承っております。


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