レッドデビル

大学 03/06/23作成
13/12/19更新
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日本文理大が03年の大学選手権を制した。03年6月19日付『読売新聞』は次のように評している。

初対戦の相手ばかりのトーナメントをいかなる投手起用で勝ち抜くか。その問いに、新たな解答を示した優勝だった。

◇トーナメント必勝法?

「こまぎれ継投」がクローズアップされたのは、全5試合を5投手以上の継投で勝ち進んだからだ。その効果については、対戦当事者のコメントに任せたほうが早い。

03年6月17日付『産経新聞』

早大の野村監督に「一巡もしないでころころ代わり、ねらい球が絞りにくい」と言わしめた小刻み継投。「9回勝負となると1人の投手では中盤・終盤に打たれるので、(投手の)使える部分をつなぎ合わせていく」という戦法だ。

03年6月16日付『読売新聞』

タイプの違う投手を次々と送り出した。早大の主砲・鳥谷(4年・聖望学園)が「ころころ代わってタイミングがとりにくかった」と語ったように、的を絞らせなかった。

トーナメントと勝ち点式のリーグ戦では、次のような相違がある。

トーナメント 勝ち点方式のリーグ戦
対戦相手とはおおむね初対戦 若干の例外を除いて、前季も対戦した相手
同じ相手とは2度と対戦しない 1回戦と2回戦は同じ相手
負ければ終わり 1回戦で負けても、2回戦以降連勝すれば勝ち点はとれる
勝ち上がるごとに、手ごわい相手と対戦する 通常、1回戦の先発投手より2回戦の先発投手のほうが
格落ちになる

このような特性に着目するなら、トーナメントにおける「継投策」に利があることは疑いようもない。

  1. ひと回り目は様子を見て、と考えてくれたら、もうけものだ。
  2. 一般的に「奇策」が通じるのは1度だけだ。しかし、同じ相手に2度勝つ必要はない。
  3. 深手を負わないうちの早めの継投で、決定的な点差になるのを避けられる(かもしれない)。
  4. エース格の投手をある程度「温存」できる。

1回戦から偵察を入れても、文理大ほどの「こまぎれ」になると、分析に必要なサンプル数に達しないと思われる。しかも分析対象が5〜6人(最終的に7人)に及ぶわけだから、ますますやっかいだ。

早めの継投

大会初日の3試合が対照的だった。点を取られる前の継投を見せたのは文理大だ。

03/06/10(神宮) 大学選手権1回戦 初日第1試合 11:05〜13:54
日本文理大

000 100 301 =5

宮川−橋口−高倉−○吉川−伊達

仏教大

000 010 000 =1

●横地−芳井

文理大の投手の代え時は、次のとおりだ。

宮川L 橋口R 高倉R 吉川R 伊達R


1回


2回


3回
右安
二ゴ
遊併
中飛
中飛
二飛

死球



4回
捕ギ
右飛
中飛

中2





5回


遊ゴ
四球
二ゴ

四球
遊ゴ
三ゴ
三邪
右本
左安


6回


7回



8回

中安
遊ゴ
遊飛
三振
遊ゴ
二ゴ
二ゴ

中安
(盗塁死)
三振
遊ゴ

右2


9回

左安
三振
二ゴ
捕邪
三振
打者 7人 4人 9人 11人 5人
点差
状況 無死1塁 無死2塁 2死1塁 2死2塁

おそらく中村監督は、ある程度の予定イニングを計算しているのだろう。それを超えても続投はさせるが、走者を出せば迷わず交代させるものと思われる。また、左の宮川が全試合で先発している以上、「左対左」という要素は気にしていないのだろう。

オーソドックスな継投例

この直後におこなわれた第2試合と第3試合は、典型的な「○○と心中」パターンだった。

03/06/10(神宮) 大学選手権1回戦 初日第2試合

旭川大

000 000 0 =0

●麻生−内山

早稲田大

000 010 6x=7

○越智

旭川大の先発・麻生は、初回と3回に二死二塁から四球を与えて、ともに二死一・二塁のピンチを背負ったが、後続を絶った。4回は二死一・二塁からセンター前ヒットを浴びたものの、センターのワンバウンド返球に救われた(二塁走者が本塁タッチアウト)。

5回には先制を許したが、最少失点で切り抜けていた。7回は、一死満塁から走者一掃のタイムリー二塁打を打たれて交代した。4点差となったこの時点で、勝敗は決したと言っていい。

旭川大の監督は、3回二死一・二塁と4回二死一・二塁、それに5回には先制された直後の一死一塁でマウンドに行っている。おそらく大学選手権では、マウンドに行ける回数が「9イニングにつき3回」という具合に制限されているものと思われる。だから、7回にはもうタイムのカードを失っていたのだろう。

第3試合は、さらに文理の継投を際立たせた。

03/06/10(神宮) 大学選手権1回戦 初日第3試合

愛知大

000 100 005 =6

伊藤−○長坂

近大工学部

000 010 010 =2

●山本喜−田中

近大工学部は1点リードで9回表を迎えた。先発の山本から田中への投手交代は、逆転された直後の一死満塁だ。旭川大にしても、近大工学部にしても、継投が遅れたわけではない。チーム事情もあるだろうし、ある意味では誰もが納得できる場面での交代だった。

ただ、第1試合でピンチの芽を摘み取る継投を見せつけられたあとでは、ワンテンポ遅れたのではないかと思えてしまう。第1試合が鮮やかに決まりすぎていた。

文理大03年春の投手起用

九州地区大学野球連盟では、大学選手権の出場校を決めるトーナメントに先立ち、新福岡(長崎大を含む)、中九州(大分・熊本)、宮崎、鹿児島、沖縄の各リーグ戦をおこなっている。文理大の属する中九州リーグでは、7校の総当り2回戦だ。

リーグ戦の成績はトーナメントの組み合わせには反映されないので、リーグ戦はトーナメントの前哨戦であり、オープン戦的な色彩が濃いという見方もできるのかもしれない。だが、文理大の継投策を語るうえでは、リーグ戦まで遡る必要があるだろう。

月日 スコア 相手 投 手 捕手





















03/17
03/18
03/23
03/24
03/29
03/30
04/12
04/13
04/19
04/20
04/26
04/27
7○5
6○2
5○2
5○0
18○0
15○0
9○4
3●8
1○0
6○2
2●6
3○1
熊本大
 〃
熊本学園大
 〃
大分大
 〃
別府大
 〃
九州東海大
 〃
崇城大
 〃























































































































4-2
3-3
2-1
1-2
1-1
1-1
3-1
3-1
4-2
3-1
5-3
3-2



05/13
05/16
05/17
05/18
2○1
5○2
3○2
5○2
崇城大
九州東海大
鹿児島大
別府大






















5-2
5-2
3-2
4-2


06/10
06/13
06/15
06/16
06/18
5○1
6○4
3○2
5○4
4○3
仏教大
青森大
早稲田大
東北福祉大
亜細亜大




































5-2
5-2
6-2
5-2
7-2

▲「先」は先発、「了」は完了(最後に投げた投手)、「2」・「3」・「4」…は2番手・3番手・4番手…の投手を示します。「完」は完投です。捕手についても、同様に記載しました。「起用数」はハイフンの左が投手、ハイフンの右が捕手の起用数です。

リーグ戦では、大学選手権で全5試合に先発した左腕・宮川の名前はない。手の内を見せずにトーナメントの崇城大戦と九州東海大戦に臨んだものと思われる。九州地区トーナメント以後、先発・宮川、2番手・橋口が確立して、同時に徳留から増永への「継」も始まっている。

近江高校のケース

高校野球では01年夏準優勝の近江高校の継投が有名だろう。5試合すべて継投だった。

月日 回戦 スコア 相手 #1R #7L #10R #7L
(再登板)
#10R
(再登板)
8/13
8/17
8/19
8/20
8/21
2回戦
3回戦
準々決勝
準決勝
決勝
4○1
11○1
8○6
5○4
2●5
盛岡大付
塚原青雲
光星学院
松山商
日大三
先発4
先発4
先発3
先発5
先発5
中継4
中継2
完了6
中継2 0/3
中継1 2/3
完了1
完了3

中継1 0/3
中継0 2/3



中継1
中継0 2/3




完了0 1/3

▲「先発」「中継」「完了」の次の数字は投球回数です。

2回戦と3回戦が「右−左−右」、準々決勝は「右−左」、準決勝は「右−左−右−左」、決勝は「右−左−右−左−右」だ。ただし、ベンチ入り選手が限られるだけに、準決勝以降は再登板という形になっている。

92年夏準優勝の拓大紅陵高は最終的には4投手が登板している(5試合)が、完投が1試合ある。私の古い記憶では、74年センバツ優勝の報徳学園高が左右両投手の継投だったはずだが、全試合かどうかは確認していない。04年選手権大会を制した駒大苫小牧は全5試合で継投だ。

近江高校は、96年夏の1回戦対早実戦では、左の背番号1と右の背番号6が3度ずつ登板している。つまり、2投手で「左−右−左−右−左−右」の継投をやっている。また、97年の秋季近畿大会を見に行ったときは、背番号10→背番号11→背番号1という継投策だった。

97/10/25(皇子山) 秋季近畿大会1回戦 初日第1試合

近江高

100 000 000 3 =4

#10−#11−○#1伊藤−○長坂

阪南大高

000 001 000 0 =1

#9−●#1

ただし、ベスト8に残った03年センバツでは、3試合をエースが1人で投げ切っている。ほかの年も調べてみたが、何がなんでも継投という「哲学」があるわけではなさそうだ。あくまでも持ち駒との兼ね合いだと思われる。

「哲学」なのか?

その辺りの事情は、文理大の場合も同様ではないのだろうか。トーナメントであれ、リーグ戦であれ、目先の1勝だけを考えるなら、完投してくれるのが一番いい。まあ、トーナメントの場合は、次の試合のことがあるから、温存できれば、それに越したことはないけれども…。

アマチュア野球で、まして実績などないに等しい文理大の場合、「こういうチームを作りたいからこういう選手をとる」ということはできそうにない。「こういう選手がいるから、こういうチームになった」と考えるのが自然だろう。

いくら「こまぎれ継投」がトーナメントで有効だからと言って、力のない投手ばかり継ぎ込んでも、同じ結果が得られるとは限らない。全国クラスのチームを相手に完投できるほどの投手がいるわけではないけれども、ひと回りを抑えられる投手なら数人いる。そんな内情も今回の継投策の背景にはあるはずだ。

点を取られる前の継投で失敗すると、監督の責任だと言われるのは必至だろう。「伝統」とは縁のないチームであり、また28歳という若い監督だからできたことなのかもしれない。もちろん、だからといって、「偉大な実験」であることにはいささかも変わりはない。

私は92年から02年の間に大学選手権を84試合見ている。そのうちの13試合は、両チームの三振数が等しかった。残りの71試合で、三振を多く喫したチームは15勝56敗と大きく負け越している(勝率は.211)。2個以内の差なら10勝19敗(勝率.345)だが、3個以上になると5勝37敗(勝率.119)なのだ。

それなのに、文理大は03年選手権の5試合で、相手チームより三振が少ない試合はなかった(青森大戦がイーブン)。先の84試合の場合、1チーム平均三振は6.6個だ。文理大の喫した三振が多かったこともあるだろうけれど、奪った三振も平均に及ばなかった。三振をとれる投手が7人揃っていたわけではない。

投手




投球回数





宮川
橋口
高倉
吉川
伊達
加治屋
山田
左上S
右横N
右下S
右上W
右上N
右横?
右上N


































10回
4回
5回
15回
4回
5回
2回
1/3

1/3
1/3
奪った三振 21 46回
喫した三振 12 05 10 11 10 48

▲「上」「横」「下」は03年6月19日付『日刊スポーツ』によります。「上」4人のうち吉川を除く3人はスリークォーターで、「下」の高倉もサイド気味です。橋口よりは下から出ますが…。
▲「S」「N」「W」はセットポジション、ノーワインドアップ、ワインドアップです(走者なし)。私は仏教大戦と福祉大戦しか見ていませんので、加治屋についてはわかりません。


◆日本文理大の赤いユニフォームは、東芝のユニフォームに似ています。もちろん胸の文字は違いますが、色合いとしては首や袖に白黒の縁取りがないだけです。標題の「レッドデビル」は、日本文理大学のWebサイトに記載されていた同チームのニックネーム?です。世間一般に浸透しているとは思えませんが…。
 サッカー・韓国代表のサポータークラブが「レッドデビル」(プルグンアンマ)の名称ですし、ベルギー代表チームも「レッドデビル」の異名を持っています(本来は複数形)。02年W杯の際、ベルギー代表のキャンプ地が熊本でしたので、後者が起源なのでしょう。
 リンクすれば済む話ですが、いずれ消されてしまうでしょうから、以下に引用しておきます。当分の間は検索すれば出てくるはずです(04/09/06現在、削除されていません)。

http://www.nbu.ac.jp/news/news_2_003.html
日本文理大学>硬式野球部・神宮で歴史的初勝利!! 神宮の杜が燃えた。

 開会式直後の第1試合で京滋地区代表の佛教大学と対戦したNBUは、昨年の経験もあってか大学野球の風雲児と評される中村壽博監督のもと、ノビノビ野球を展開し5対1と完勝しました。1塁側スタンドは、前日に本学をバス3台で出発した応援部隊や保護者、卒業生等300名で埋め尽くされ、グリーンの芝に映える「レッドデビル」の縦横無尽の活躍を後押ししました。
 この勝利は硬式野球部140名の精進がもたらしたことはもちろんですが、本学の知名度を全国区にすべく硬式野球の強化を始めた英断と学生教職員の「負けじ魂」が昇華したともいえます。

◆中九州リーグあるいは九州地区トーナメントの投手および捕手起用は、世田谷のH氏が国会図書館で地方紙を閲覧してきた成果を「着服」しました。また、「んだ」のページで予告した際、九州在住と思われる方より詳細なメールも頂戴しました。ありがとうございました。

◆02年神宮大会代表決定戦(対九州国際大)は、九州共立大と延長23回を戦った直後の試合ですが、副島が完投しています。どういう事情だったのか、むしろナゾが残ります。

◆「こまぎれ継投」以上に衝撃的な起用は、捕手をつないでいる点です。宮川と徳留は中学時代からのバッテリーだそうですが、捕手の併用は珍しいことです。→「キャッチャーが退くとき」


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