セットポジション大学野球
レッドデビル | 涙声のアナウンス | 観戦試合チーム別勝敗表

涙声のアナウンス

05/05/23作成
13/12/19更新

◆私にしては珍しいことですが、優勝決定(になるかもしれない)試合を見に行きました。


王手

「ご覧頂きましたように本日の第2試合、白鴎大学対上武大学の第2回戦は9対5で白鴎大学が勝ちました」――試合終了後の場内アナウンスが途切れ途切れの涙声だった。05年5月15日、関甲新学生リーグ最終週2日目第2試合のアナウンスを担当していたのは、おそらく白鴎大の女子マネに違いない。

前年(04年)の白鴎大は、春秋ともに勝ち点4同士で対戦した最終節の上武大戦を第3戦で落として2季連続2位に甘んじた。上武大は、大学選手権ではベスト8、神宮大会ではベスト4に進み、全国でも通用するチームとして存在感を示した。その宿敵をストレートで降して、1部リーグ昇格14シーズン目で悲願の初優勝を決めた直後のアナウンスだったのだ。

05年春、上武大と白鴎大はそれぞれ取りこぼしはあったものの、勝ち点を落とすことなく最終週の直接対決に臨んだ。1回戦に先勝したのは白鴎大だ。勝てば初V、負けても最終決戦が残っている。そんな状況で迎えた2日目だった。

05年春の関甲新リーグ2強の戦績(最終週初日まで)
第1週 第2週 第3週 第4週 第5週 第6週 第7週 勝敗
上武大 5○1関
11○1関
7○1常
9○1常
6○2平
5○2平
2●3山
5○3山
8○3山
0●8白 8勝2敗
勝ち点4
白鴎大 4○0関
8○0関
2●3平
7○3平
7○5平
6○2常
6○1常
8○3山
5●8山
11○0山
8○0上 9勝2敗
勝ち点4

白鴎は2回表、四球の先頭打者をバントで手堅く送り、石塚のタイムリーで先制した。4回には、死球の先頭打者を同じようにバントで送り、やはり石塚のタイムリー二塁打で加点した。

白鴎の先発は、この日が誕生日?のカルデーラ。4回まで1安打1四球、5三振だった。5回裏、先頭打者に四球を与えた。次打者の藤原はバントの構えをしている。まだ中盤だ。1敗している以上、「とりあえず1点を返して」という作戦がセオリーだろうが、上武は初球からバスターエンドランの奇襲に出た。

藤原の打球はライト前に落ちた。一塁走者はスタートしていたので、三塁を陥れた。無死一・三塁だ。8番の根津を迎えて、白鴎の黒宮監督はマウンドに行き、いったん間合いをとった。根津の2球目に一塁走者が盗塁を決めた。根津の打球は前進守備のショート左を破った。2人の走者を迎え入れて同点となった。

次打者の内野安打で無死一・二塁、2番手の田崎がマウンドに上がる。スリーバントを処理した田崎は三塁に投げた。封殺で一死一・二塁。2番の目黒はショート内野安打で満塁。田崎は後続を絶って、逆転のピンチをしのいだ。

7回表、白鴎は一死満塁を逃す。その裏、上武は押し出し四球で勝ち越した。この1点を契機に、重苦しい試合は活発に動き出していく。8回表、白鴎は先頭の佐藤勇がライトスタンドに同点アーチをかけた。二死満塁で打席には飯原。少年時代から何度もこの球場でプレイしてきたであろう飯原は、永井の初球を打った。打球は左中間の前だ。

初優勝

飯原の2点タイムリーで勝ち越した白鴎は、すでに5勝している吉村をマウンドに送る。「この試合で決める」という意思が見える。だが、継投は裏目に出た。と言うより、上武が「そう簡単には優勝させない」という意地を見せた。上武は連打でチャンスをつくり、タイムリーと内野ゴロで再び試合を振り出しに戻した。

もし、この試合が長引いて上武が勝つようなら、吉村に3連投を強いることになる。白鴎としては最悪のパターンだ。吉村を投入した以上、白鴎は何としてもこの日で決めなければならない。3回戦は避けねばならない。

9回表、先頭の高谷がイレギュラーヒットで出た。ここから上武が必死の継投を見せる。4番の佐藤に対しては山下、5番の市川に対しては福井、6番石塚に対しては加賀だ。

白鴎打線はこの継投をことごとく粉砕した。佐藤はライト線二塁打、市川はセンター前タイムリー、石塚は右翼席に3ラン。石塚の決定的なホームランは交代直後の初球だった(0−1後の交代)。

05/05/15(小山) 関甲新学生リーグ第7週2日目第2試合 12:59〜16:18
白鴎大 010 100 034 =9 カルデーラ−田崎−加藤−○吉村
上武大 000 020 120 =5 ●永井−山下−福井−加賀

さあ、4点差の9回裏は優勝へのカウントダウンだ。レフトフライ、三振、最後はファーストゴロ。この日5打点の石塚がウイニングボールをミットにおさめて、一塁ベースに触れる。内外野から、三塁側ベンチから、嬉しい全力疾走だったことだろう。

歓喜の輪は一塁ベースのマウンド寄りで形成され、数個の帽子が宙を舞った。三塁側スタンドから祝福の紙テープ。そして、整列…。前年を経験しているなら、ああいうアナウンスにしかならない。むしろ、よく声が出たものだと思う。優勝おめでとう。

関甲新リーグ

「北関東甲信越野球連盟」が「関甲新学生野球連盟」に名称変更したのは比較的最近であり、1993年のことだ。だから、某スポーツ紙のWebサイトでは某プロ選手に関して、堂々と「大学では北関東甲信越リーグで3年秋から4年秋まで3季連続最優秀防御率。4年春にノーヒットノーラン達成」と書いていたりする。

実際のところ、短い「関甲新」より、長ったらしい「北関東甲信越」のほうが実態を反映している。埼玉、茨城、栃木、群馬、新潟、長野、山梨の7県に及ぶ最大規模の広域大学リーグなのだ。「北関東甲信越」時代は、4ブロックで予選リーグをおこない、上位6(または4)チームの1回戦総当りで決勝リーグを戦っていたようだ。

「関甲新」になってから、3部制となり、同時に春季1部リーグで勝ち点制が採用されている。大学選手権には第40回大会の1991年から単独出場枠が与えられており、それ以前は千葉県リーグとの出場決定戦だった。

関甲新リーグの最近10年間の順位は次のとおりだ。ちなみに、秋の1部リーグが勝ち点制になったのは02年からで、それまでは2回戦総当りだった(引き分け再試合なし)。

関甲新リーグ順位(95春〜04秋)
95春 95秋 96春 96秋 97春 97秋 98春 98秋 99春 99秋 00春 00秋 01春 01秋 02春 02秋 03春 03秋 04春 04秋

関学
上武
常磐
新潟
山学
宇大
上武
常磐
関学
山学
新潟
山梨
上武
関学
常磐
山学
新潟
埼玉
関学
上武
山学
新潟
常磐
宇大
関学
上武
山学
新潟
常磐
高経
上武
関学
高経
新潟
常磐
山学
関学
上武
常磐
高経
新潟
山学
上武
関学
白鴎
常磐
高経
新潟
関学
上武
山学
白鴎
常磐
高経
関学
上武
山学
常磐
平国
白鴎
上武
常磐
関学
平国
山学
白鴎
関学
常磐
上武
白鴎
山学
平国
上武
常磐
関学
平国
白鴎
山学
上武
常磐
関学
平国
白鴎
新潟
上武
常磐
平国
山学
白鴎
関学
上武
常磐
平国
白鴎
山学
関学
上武
白鴎
平国
常磐
関学
山学
平国
常磐
上武
白鴎
山学
関学
上武
白鴎
平国
関学
常磐
山学
上武
白鴎
平国
常磐
関学
山学

山梨
埼玉
信州
白鴎
長野
作新
埼玉
宇大
白鴎
信州
長野
作新
宇大
山梨
白鴎
長野
信州
高経
高経
白鴎
埼玉
長野
山梨
信州
信州
白鴎
宇大
埼玉
長野
山梨
宇大
白鴎
信州
埼玉
長野
山梨
白鴎
宇大
埼玉
信州
長野
山梨
山学
宇大
平国
長野
信州
埼玉
平国
宇大
新潟
埼玉
信州
長野
作新
高経
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新潟
信州
埼玉
宇大
作新
高経
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新潟
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高経
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信州
長野
新潟
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高経
信州
作新
山梨
山学
山梨
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作新
高経
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新潟
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山梨
作新
高経
茨城
作新
新潟
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高経
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松本
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新潟
高経
松本
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信州
松本
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新潟
埼玉
松本
作新
高経
山梨
新潟
宇大

高経
新産
茨城
敬和
群馬
高経
茨城
新産
敬和
群馬
作新
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群馬
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新産
茨城
作新
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新産
敬和
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新産
群馬
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平国
平国
茨城
作新
新産
群馬
敬和
作新
山梨
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新産
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新産
群馬
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新産
山梨
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群馬
新産
茨城
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新産
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新産
信州
埼玉
長野
群馬
新産
松本
埼玉
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長野
群馬
新産
信州
群馬
埼玉
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長野
新産
埼玉
高経
群馬
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長野
新産
高経
信州
群馬
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茨城
新産
信州
茨城
群馬
埼玉
長野
新産

▲「関学」=関東学園大、「上武」=上武大、「常磐」=常磐大、「新潟」=新潟大、「山学」=山梨学院大、「宇大」=宇都宮大、「山梨」=山梨大、「埼玉」=埼玉大、「信州」=信州大、「白鴎」=白鴎大、「長野」=長野大、「作新」=作新学院大、「高経」=高崎経済大、「新産」=新潟産業大、「茨城」=茨城大、「敬和」=敬和学園大、「群馬」=群馬大、「平国」=平成国際大、「松本」=松本大

表に漏れた93年と94年は4季ともに関東学園大が優勝している。初代王者に真っ先に挑んだのが上武大であり、2強時代を経て、ちょうど上武大の黄金時代を迎えつつあった。そんな矢先での白鴎大初Vだったわけだ。

まあ、話はそれほど単純ではなく、実際には白鴎大のほかに常磐大や平成国際大の台頭もあって、かつての常勝チーム・関東学園大は入れ替え戦争いの位置に落ち込んでいる。ここに入れ替え戦で足踏みを続ける松本大が加わってくるようなら、このリーグはより活気づくのかもしれない。

「北関東甲信越」時代は国公立大もそこそこ(相対的に)強かったのだが、平成国際大が1部に昇格した99年秋には1部6校が初めてオール私学になっている(その後、新潟大が1シーズンだけ復帰)。

◆初優勝の白鴎大は、もちろん大学選手権初出場です。栃木県の大学としても初出場になります。05年現在、山形、新潟、山梨、長野、滋賀、和歌山、鳥取、徳島、佐賀、長崎、宮崎の11県が空白です。

開催日

関甲新リーグ発足直後は、ウイークデー開催も多かったが、近年は土日開催で固定している。

関甲新リーグの日程
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05
土日 18 12 18 4 22 2 19 11 17 24 11 24 22 30 30 28 28 30 30 30 30 30 30 30 30
平日 12 18 12 26 8 28 11 19 13 6 19 6 8 0 0 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0







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▲『大学野球』誌各号掲載分です。祝日は一応「土日」にカウントしましたが、たとえば秋分の日などは細かくチェックしていません。アバウトな集計ですので、念のため。

最初の2年間は6週開催、その後は8週開催や変則7週開催などの試行錯誤を続けながら、最近は首都大学リーグ型の7週開催に落ちついている。05年春の場合は次のとおりだ。

05年春のカード順
上武 白鴎 平国 常磐 関学 山学
第1週 5関学 6山学 1上武 3平国
第2週 5関学 6山学 2白鴎 4常磐
第3週 4上武 3平国 2白鴎 1上武 6山学 5関学
第4週 3平国 4常磐 1上武 2白鴎
第5週 6山学 5関学 3平国 1上武
第6週 6山学 5関学 4常磐 2白鴎
第7週 2白鴎 1上武 4常磐 3平国

この首都リーグ・モデルは、第3週で前季2位と前季3位が対戦する。私はこれを「チャレンジャー決定戦」と呼んでいる。また、第3週には5位と6位のカードもある。これは「入れ替え戦脱出決定?戦」でもある。私が首都リーグの平塚3試合日を好むのは、ちゃんとした理由があるのだ。

前季上位チームが対戦する翌第4週が中盤のヤマとなる。第5週と第6週が順当なら、優勝決定は最終第7週にもつれ込むことになるわけだ。無理に8週開催を真似る必要はないと私は思っている。

使用球場

7県にまたがる広域リーグだけに、過去の使用球場は流転の歴史をたどっている。いろいろな球場を使ってくれるのは、ある意味おいしい話だ。もっとも、そう捉えるのは私のような人種(複数!)に限られるだろう。最近では固定化が進んでいる。

関甲新リーグの使用球場
球場 93
93
94
94
95
95
96
96
97
97
98
98
99
99
00
00
01
01
02
02
03
03
04
04
05

上武大G
太田
いずみ総合
伊勢崎
西毛安中
県営敷島
高崎城南
関東学園大G
前橋市民
藤岡
東山
東スタジアム

12





2

12





2

2

12

8
8
8
4





2



2
2
4
6

4

4
16




7
4
4

1


11




7



2
2



8
4
6
4
6
8
1
5

2
14
4
6
9
6




1

2

12
6
12
2
6
8

6
12
4
8
4
4
4
8
14


8
12 10 14 14 14 18

小山
鹿沼
宮原
栃木市民
宇都宮清原
佐野

2
2

2
2
2



2
1
2 4 4 4 4 4 4 16 16 12
球場 93
93
94
94
95
95
96
96
97
97
98
98
99
99
00
00
01
01
02
02
03
03
04
04
05

常磐大G
大宮町
笠間市民
大洗
水戸市民
(茨城)



6


4
6

4





4





8


4





2





2


2
4



2




2

6

6

6
4 4 4
平成国際大G 14 12 12 26

新潟大G
長岡悠久山
見附
巻町営城山
鳥屋野
(新潟)
3



1
4 6
2





4





2


2





2
4 2


2

信州大G
松本市営
6 2
2
6

山学大付G
櫛形
南部
(山梨)



2



4

2
2



6



6
6
(未定) 11

▲『大学野球』誌各号掲載分です。実際に使用された球場の試合数ではありません。いずれにせよ、3回戦以降にもつれた場合には試合数が一致しないことになります。同誌では、「県営」とだけ記載されているケースがありますが、すべて「敷島」と解しました。
▲同誌93年春号によれば、第3週初日の新潟大対埼玉大戦が「鳥谷」球場でおこなわれることになっていますが、2日目の会場が新潟大であることから、おそらく「鳥屋野」球場のことと思われますので、そのように処理しました。
▲また、00年春号では、第4週ほかの6試合が「上武大野」球場で予定されています。これも「じょうぶ・おおの・きゅうじょう」ではなく、「じょうぶだい・やきゅうじょう」のことであろうと思われます。まあ、「平(たいら)野球場」を「ひらの球場」と読む人も少なくはありませんが、「鳥谷」球場や「上武大野」球場が実在するのかもしれません。
▲96年秋号では、第2週の山梨学院大対宇都宮大のカードが「南部」と記載されています。どうやら、山梨県南巨摩郡南部町大和360番地のアルカディア南部総合公園野球場と思われます。

まあ、固定化が進んでいると言っても、05年春は2部リーグが2週にわたってレアな球場を使っていた。南那須町の緑地公園球場だ。私は帰りだけ歩いた。最寄駅のJR烏山線大金駅まで40分弱だった。


◆優勝決定後、最終日を待たずに(翌日、常磐大と平成国際大の3回戦が残っていました)優勝杯の授与がありました。広域リーグですから、いちいち閉会式をやれない事情は理解できます。ただ、表彰がエールの交換とかぶって、上武大の校歌?の最中に白鴎大の選手が表彰を受けるというのは、あまり美しくない光景のように私には思えました。

◆私は第6週にも小山球場に行きましたが、すでにパンフは「売り切れ」でした。2部の南那須ではパンフは売っていませんでした。噂に聞くと、第1週では「まだできてない」と言われたそうです(かつて私自身も経験があります)。

◆どちらも知恵があっていいのではないかという気がしなくもありません。まあ、前者は私にはどうでもいいことですが…。パンフの日程表と選手名簿だけをB4版でコピーすれば20枚以下で済みます。1枚10円として200円です。5部作成すれば1000円です。パンフと同じ?500円で販売すれば、2部売るだけで採算はとれます。需要は私の周辺だけでその倍!はあったのです…。

◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。なお、このページに対応するブログ「んだ」のエントリーは(今のところ)ありません。

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★07/12/03HTML文法チェック済(brタグの連続、Google Analyticsのscriptエラー、96点)



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