◆奪三振ゼロの完封は(たぶん)ノーヒットノーランより珍しいはずです。
95年7月4日、対ライオンズ13回戦(東京ドーム)に先発したグロスは、投球数81、打者27人でライオンズ打線を完封した。打者27人ということはライオンズの残塁はゼロだ。そのうえ、グロスは三振を1個も奪わなかった。
| 95/07/04(東京ドーム) パシフィック リーグ F対L 13回戦 | ||
| ライオンズ | 000 000 000 =0 | ●小野−村田 |
| ファイターズ | 000 002 20X =4 | ○グロス |
試合開始が18:17、試合時間はわずかに2時間13分だったから、試合が終わったのは20:30ちょうどだ。家に帰った私は、とりあえずワープロの電源を入れた。95年当時の私はワープロ専用機の表計算でデータ管理していた。観戦試合数が増えて、ワープロ専用機の表計算では容量が足りなくなってパソコンを買った。
なにしろ私以外には誰も持っていないデータだ(私以外には誰も必要としないデータでもある)。インターネットなんぞにつないで、ウイルス感染でもしたら、復元に2カ月はかかる。今なら半年かかるかもしれない。だから、2台目を買うまで、ホームページ・デビューはお預けだったのだ。
そんなことはどうでもいい。とにかく私はデータ管理していたワープロで調べなければならないことがあった(そんな義務はない?)。グロスが打たれたヒットは1本だけだった。ノーヒットノーランは経験済みだったから、1安打完封にはあまり心惹かれるものはない。
打者27人での9回完封は、日体大時代の山内泰幸(のちにカープ)が東北福祉大を相手に記録して以来2人目ということもわかっていた。だから、試合中に気にかけていたのは、奪三振ゼロの完封だった。
この日、ラジオ中継をしていた文化放送の実況アナウンサーは中田秀作氏だった。私は嫌いな解説者やアナウンサーのときは、ラジオを持っていてもオフにする習慣がある。邪魔だからだ。ゲームに集中できない。この日はずっと聞いていた。
彼は内野ゴロが多いことは紹介していた。球数が異様に少ないことも盛んに取り上げていた。外野フライが何個目だということも語っていた。だが、奪三振がゼロだとはとうとう言わなかった(あるいは、私が聞き逃しただけかもしれない)。
私には奪三振ゼロの完封はかなり珍しいことのように思える。すくなくとも私自身は見たことがないはずだ。検索の結果、やはり奪三振ゼロの完封を見たのは初めてだった。こんなときは翌日のスポーツ紙が楽しみだ。朝の電車の中で読んだスポーツ紙では打者27人残塁ゼロの完封が(比較的)大きく取り上げられていた。
81球での完投は1986年に遠藤一彦(当時ホエールズ)が対タイガース戦で記録して以来と書いてある。内野ゴロが多くて奪三振はゼロだったとも書いてあるが、困ったことに、奪三振ゼロの完封がいつ以来なのか、誰以来なのか、私が知りたい肝心なことが書いてないのだ。
帰りに私は同じカードを見に行った。西崎幸広がノーヒットノーランを演じた(つまりライオンズは2試合で1安打)。しかし、私の関心はノーヒットノーランにはなかった。ライオンズは清原和博と辻発彦が欠場していた。「飛車角落ち」ではないだろうとしても、飛車と桂馬が欠けているのだ。それにノーヒットノーランは初めてではない。
新聞が書いてくれない以上、自分で調べるしかないだろう。家に帰った私は『ベースボール・レコード・ブック』を取り出した。これを1ページずつめくっていくという気の遠くなるような単調な作業に突入した。やっと5冊目で見つけた。
私に見落としがなければ、奪三振ゼロの完封は1989年9月4日の対G23回戦で矢野和哉(当時スワローズ)が記録して以来、5年10カ月ぶりということになるようだ。これは、矢野にとっては最後の完封であり、最後の完投でもあった。試合時間よりはるかに長くかかったが、ようやくこれで心おきなく眠れるというものだ。
95/07/04、対ライオンズ13回戦
回 アウト走者 打者 ボールカウント 結果 1表 無死(なし) 9ジャクソンR H 中飛 1死(なし) D安部 L SBH 二安 1死1塁 8佐々木 L KBBH 遊併 2表 無死(なし) 7垣内 R BBH 三ゴ 1死(なし) 5鈴木 L H 遊直 2死(なし) 3森 L BSH 中飛 3表 無死(なし) 4笘篠 R BH 一ゴ 1死(なし) 2伊東 R BH 遊ゴ 2死(なし) 6奈良原 R SSBBFH 遊ゴ 4表 無死(なし) 9ジャクソンR FBKBBH 遊ゴ 1死(なし) D安部 L BH 二ゴ 2死(なし) 8佐々木 L H 左飛 5表 無死(なし) 7垣内 R SBH 中飛 1死(なし) 5鈴木 L H 一ゴ 2死(なし) 3森 L SSBBH 三ゴ 6表 無死(なし) 4笘篠 R BH 三ゴ(セーフティバント) 1死(なし) 2伊東 R SSBFBBFB四球 1死1塁 6奈良原 R FH 一ゴ(伊東二封) 2死1塁 9ジャクソンR SB (奈良原二盗失敗) 7表 無死(なし) 9ジャクソンR H 遊ゴ 1死(なし) D安部 L SSH 遊ゴ 2死(なし) 8佐々木 L BH 遊飛 8表 無死(なし) 7垣内 R SBKBH 三ゴ 1死(なし) 5鈴木 L FBBH 中飛 2死(なし) 3森 L SH 二ゴ 9表 無死(なし) H大塚 L SH 二ゴ 1死(なし) H羽生田 L H 遊ゴ 2死(なし) H松井 R SFBH 投ゴ
▲S…見逃しストライク、K…空振り、F…ファウル、B…ボール
その後、97年6月15日の大学選手権決勝(神宮)で、近畿大の清水章夫(のちにファイターズ)が亜細亜大を奪三振ゼロで完封したのを見た。9回(以上)の完封は継投を含めて221例見ているが、奪三振ゼロはいまだにこの2例だけだ(02年末現在、奪三振1の完封は3例あり)。
| 年月日 | 投手 | 回数 | 打者 | 失点 | 安打 | 四球 | アウトの内訳 | ||||||
| 三振 | ギ打 | 内ゴ | 内飛 | 外飛 | 併殺 | 盗塁刺 | |||||||
| 95/07/04 | キップ・グロス | 9 | 27 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 18 | 2 | 5 | 1 | 1 |
| 97/06/15 | 清水章夫 | 9 | 31 | 0 | 5 | 2 | 0 | 2 | 17 | 2 | 3 | 2 | 1 |
清水(97/06/15、対亜大戦=大学選手権決勝)
回 アウト走者 打者 ボールカウント 結果 1表 無死(なし) 8飯塚L SH 一ゴ 1死(なし) 4井端R BH 二ゴ 2死(なし) 6高橋R SBBBSB 四球 2死1塁 7山田R S (高橋二盗失敗) 2表 無死(なし) 7山田R SBBH 中飛 1死(なし) 3松本R BFBH 遊ゴ 2死(なし) 9赤星L SBKBH 遊ゴ 3表 無死(なし) D藤丸R SH 三ゴ 1死(なし) 2安田R BFFBH 遊ゴ 2死(なし) 5康原R H 一安 2死1塁 8飯塚L FFBBFH 二ゴ 4表 無死(なし) 4井端R SSFBH 三ゴ 1死(なし) 6高橋R BH 遊ゴ 2死(なし) 7山田R BFSFH 遊ゴ 5表 無死(なし) 3松本R SH 中3 無死3塁 9赤星L H 遊ゴ 1死3塁 D藤丸R SH 捕邪(スクイズ失敗で松本走塁死) 6表 無死(なし) 2安田R H 右安 無死1塁 5康原R FH 投ギ 1死2塁 8飯塚L SBBH 遊ゴ(二走安田が三塁で走塁死) 2死1塁 4井端R FSBFFBH 中安 2死1・2塁 6高橋R BH 遊ゴ(一走井端が二封) 7表 無死(なし) 7山田R BH 三ゴ 1死(なし) 3松本R BH 中飛 2死(なし) 9赤星L FBSBH 遊飛 8表 無死(なし) D藤丸R BH 三ゴ 1死(なし) 2安田R SH 左安 1死1塁 5康原R H 投ギ 2死1塁 8飯塚L BBH 遊ゴ 9表 無死(なし) 4井端R BSBFFFBB四球 無死1塁 6高橋R SBH 左飛 1死1塁 7山田R FH 三ゴ(一走井端も本塁で走塁死)
YY/MM/DD 種 球場 対 勝敗 投球回 打者 安 振 四 死 失 責
94/07/09 P 東京ド H 完投○ 9 35 6 1 3 0 1 1
94/09/06 P 西武 L 先発● 5 1/3 25 9 2 0 0 5 5
94/09/14 P 東京ド BW 先発● 1/3 8 6 0 1 0 5 5
95/07/04 P 東京ド L 完封○ 9 27 1 0 1 0 0 0
95/07/15 P 東京ド L 完投○ 9 36 7 4 2 1 4 4
95/08/20 P 千葉マ M 完封○ 9 34 8 5 0 0 0 0
96/04/20 P 東京ド BW 完投● 9 36 9 4 1 0 3 3
96/06/29 P 東京ド M 先発○ 8 32 5 7 2 1 1 1
96/07/13 P 東京ド M 先発● 3 0/3 16 5 0 1 1 4 4
96/09/07 P 東京ド H 先発● 3 0/3 16 6 1 2 0 5 4
97/04/06 P 東京ド M 完投● 9 35 7 4 1 0 4 4
97/04/27 P 西武 L 先発 4 2/3 21 6 1 3 0 3 1
98/03/17 O 神宮 S 先発○ 5 15 1 2 0 0 0 0
▲所属はすべてファイターズです。
◆もともとデータ管理の目的は、自分が見た試合のなかで最多得点が何点になるのか、最少残塁がいくつになるのか、そういうことを把握しておきたかったからです。これがわかっていると、試合中に勝敗とは別の興味が持つことができます。 →「レコードノート」
◆表計算を使いこなせるなら、シスアド試験をおすすめします。→「芸は身を助けるか?」
◆1956年に国鉄スワローズの大脇照夫が中日ドラゴンズを相手に奪三振ゼロでノーヒットノーランを記録しています。1奪三振のノーヒットノーランは、1964年の井上善夫(西鉄ラインオンズ、対阪急ブレーブス戦)、1971年の高橋善正(東映フライヤーズ、対西鉄ライオンズ戦=完全試合)、75年の神部 年男(近鉄バファローズ、対南海ホークス戦)、1998年川尻哲郎(阪神タイガース、対中日ドラゴンズ戦)と4例あります。川尻は初回先頭打者の李鍾範から三振を奪っています。
◆また、05年夏の甲子園では宇部商高の好永貴雄(→西濃運輸)が静清工高を相手に奪三振ゼロで完封しています。
◆「奪三振ゼロの完封」より難しいかもしれないのが、「奪三振ゼロで与四球もゼロの完投」です。私はまだ1度しか見たことがありません(02年末現在)。95年4月16日の社会人足利大会決勝(対住友金属鹿島戦)で、鷺宮製作所狭山の伴野仁が記録しています。もっとも6失点で試合には負けていますが…。
◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ」(奪三振ゼロの完封)または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。
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