セットポジション殿堂
トレーバー | 飯田哲也 | 石毛宏典

飯田哲也

00/08/18作成
13/12/31更新

◆1992年、私はライブで133試合見ました。その中から選んだMVPが飯田でした。この年、スワローズは野村監督下で初優勝し、外野転向2年目の飯田は盗塁王を獲得しています。


単独ホームスチール

92年8月4日のS対T戦、飯田は1回裏にヒットで出塁した。2番・パリデスのレフト線二塁打で飯田は三塁に進んでいた。二死後、5番のハウエルがカウント2−0と追い込まれた直後の3球目前にホームスチールを決めた(投手はプレートを外して「送球」した)。単独ホームスチールを見たのはこれが初めてだった。

この年のハウエルは打率とホームランの2冠王だ。ホームスチールは試合の終盤で下位打線のときの作戦というのが相場だろうけれど、相手に油断があれば初回だろうと主力打者だろうと、そんなことは関係はない。

92/08/04(神宮) セントラルリーグS対T14回戦 18:00〜21:06
タイガース 001 020 000 =3 ●仲田
スワローズ 00 020 01X =4 金沢−高津−乱橋−○内藤

試合は最終的にはスワローズが1点差で勝った。終わってみれば、初回の本盗による1点は大きかったのだ。蛇足ながら、スワローズの先発投手・金沢はこの時点で0勝1敗、対するタイガースの仲田は10勝7敗だった。いわば「谷間」対エースの対戦でもあったのだ。

▲金沢は同年7月28日の対C戦にも先発しています。上の試合を含めて、1カ月以上先発ローテーションで投げていますので、「谷間」という表現は必ずしも適切ではないかもしれません。

重盗が記録されないホームスチールは、9イニング制硬式の試合では、飯田を含めてまだ8例しか見たことがない(02年末現在。なお、これとは別に、私は女子軟式で純粋な単独ホームスチールを1回見ている。送りバントで一塁から一気に三塁に進んだ走者が2度フェイントをかけたあとに単独のホームスチールを決めた=[06])。

私が見た単独本盗(02年末まで)
NO. 年月日
球場
大会・種別 3塁走者
(所属チーム)

スコア
アウト走者 打者
(左右)
対戦相手
(投手の左右)
ボールカウント等
[01] 92/08/04
 神宮
セントラル
リーグ
飯田
 (スワローズ)
1表
0対0
2死3塁 ハウエル
 (L)
タイガース
 (L)
2−0から投手はプレートを
外して本塁に送球
[02] 94/10/08
 日体大
首都大学
リーグ1部
上田
 (筑波大)
10ウ
1対1
1死満塁 遠島
 (R)
東海大
 (L)
0−1後の投球を
打者がスクイズ空振り
[03] 96/04/14
 草薙
社会人
静岡大会
真方
 (河合楽器)
9ウ
0対1
2死3塁 吉村
 (R)
JR東海
 (R)
2−1後の正規の投球時
[04] 97/10/18
 岡山
中国地区
大学リーグ1部
佐藤
 (福山大)
3ウ
3対0
2死3塁 上田
 (L)
山口大
 (R)
0−1後の正規の投球時
[05] 98/03/29
 甲子園
高校
センバツ
平*
 (高鍋高)
6ウ
0対2
1死3塁 細*
 (R)
関西学院高
 (R)
1−1後の投球を
打者がスクイズ空振り
[06] 99/08/07
 臨海
女子軟式選手権 杉*
 (***ア)
4ウ
0対3
2死3塁 大*
 (R)
****ツ
 (R)
0−3後の正規の投球時
[07] 00/06/10
 神宮
大学選手権 高島
 (阪南大)
7表
2対2
2死1・3塁 松本
 (R)
創価大
 (R)
初球前の一塁牽制時
[08] 00/07/16
 市川
高校選手権
千葉予選
斉*
 (佐倉南高)
3表
0対1
1死3塁 相*
 (L)
船橋芝山高
 (R)
0−1後の投球を
打者がスクイズ空振り
[09] 01/06/17
 神宮
大学選手権 山下
 (東亜大)
8表
2対2
2死1・3塁 澄川
 (R)
創価大
 (L)
初球前、
投手は本塁に送球

▲「スコア」は、本盗直前の時点でのスコアです。本盗を決めたチームが左です。
▲「投球」と「送球」の差異については、「表記規準」(投球と送球)をご参照ください。

このうち、純然たる「単独ホームスチール」は、[01]の飯田のほかには、[03]と[04]の3例しかない([06]を加えて4例)。[03]は9回裏ツーアウトからの同点ホームスチールだ。

盗塁?

スクイズを空振りしたのに、「災い転じて」攻撃側の好結果に転んだケースが3例ある。

[02]はスクイズ空振りの結果、三本間に三塁走者が挟まれたが、キャッチャーからの三塁送球がサードのグラブを弾き、三塁走者は帰塁した。すでに三塁に達していた二塁走者は元の占有塁である二塁に逆走する。この二塁走者に対する挟殺プレイがおこなわれている間に三走・上田は、再度スタートし生還した。

なにしろ延長の裏だから、サヨナラということになる。もし、二塁走者がアウトになっていたら、上田の進塁(得点)は二塁走者アウトの間の進塁と記録することになるだろうが、あいにく守備側としては、ホームに近い走者とのプレイを優先させなければならない。

結局、東海大は二塁走者に対するプレイを諦めて本塁に送球したので、二塁走者はアウトになっていない。その試合は日体大健志台球場でおこなわれた。帰りのバスのなかでも、どう記録していいものか、私はまだ悩み続けていた。

バスが青葉台駅に着いたとき、私は「盗塁」に決めた。翌日の『報知新聞』のボックススコアでも「盗塁」が記録されていたけれども、それが正しいジャッジかどうかあまり自信はない。

[05]もスクイズ絡みだ。外角低めのボールにスクイズバントは空振りに終わった。タッチにいこうとしたキャッチャーがボールを三塁側にこぼした。公式記録は「本盗」だったので、あえて逆らわなかった。

[08]はスクイズのとき、バッテリーがピッチドアウトした。左打者だったから、三塁側に外した。立ちあがったキャッチャーが伸ばしたミットにかろうじてボールはおさまったが、体勢を崩していたので、フェア・グラウンド側から回りこんだ三塁走者の生還を許した。

キャッチャーが捕れなければ「ワイルドピッチによる生還」だろう。当時の『公認野球規則』には次のような規定があったからだ。

00年版 『公認野球規則』

10・08(a)【注1】本盗が企てられたときだけ、三塁走者がたとえ暴投または捕逸となった投球前にスタートを起こしていても、その暴投または捕逸の助けをかりなくても得点できたと記録員が判断した場合だけ、その走者に盗塁を記録する。ただし、本塁を得た走者の進塁に対して暴投または捕逸を記録しても、その走者とともに重盗を企てた他の走者が、その投球前にスタートを起こしておれば、その走者に盗塁を記録することはもちろんである。

▲08年版からこの【注1】は削除されています。

捕手は一応ミットにおさめて投球を保持したので、[05]の前例に倣って「本盗」とした。これまた、正しいジャッジであるかどうか今でも不安はある。

牽制球を利して

[07]と[09]は、ともに創価大が守備のときだった。舞台も同じ大学選手権であり、しかも2年連続だ。[07]は、「盗塁?時のスタート」のページに記載した事例だ。一塁牽制球を利して本塁を陥れたものだった(ただし、公式記録は投手の「失策」であり、「盗塁」を記録したのは私個人の判断にすぎない)。

[09]は、私にとって01年のベストプレイだった。同点の8回、二死三塁から敬遠の直後、ピッチャーが一塁に歩いた打者走者に気をとられた(送球はしなかった)。その一瞬の隙を突いた決勝のホームスチールだった。類似のプレイとしては、「縫い目の数だけ煩悩はある」のページでとりあげた事例がある。

特殊な本盗(もどき)
[07] 一塁牽制球の間に、三塁走者が生還
[09] 投手が敬遠した打者走者に気をとられた隙に三塁走者がスタート
縫い目 四球をもらった打者が勢いよく一塁を回り、わざと挟まれて、三塁走者の生還を導く

これらは、実質的には「一・三塁からの重盗」のバリエーションだと理解したほうがいいように思える。ちなみに、一・三塁からの重盗は次のように25例見ている。まあ、アマチュアではありふれたプレイだ。

走者一・三塁からの重盗による本盗成功例
プロ ★91/03/19吉竹(ライオンズ)対ドラゴンズ
社会人 ★95/04/29茂木(NTT信越)対大仙、★95/05/19横井(三菱重工広島)対JR西日本、★97/03/12菊池(日本石油)対三菱自動車川崎、★01/02/24井上(東京ガス)対ライオンズ、★02/09/22四之宮(日産自動車)対ローソン
大学 ★92/11/07高木(愛知学院大)対福井工大、★93/04/17内藤(明治大)対東京大、★94/04/29堀内(関東学院大)対横浜国大、★91/10/01芝本(阪南大)対大阪工大、★95/05/13筒井(明治大)対慶応大、★95/06/18美甘(東北福祉大)対東洋大、★95/10/07長尾(横浜商大)対横浜国大、★97/05/11鳥居(玉川大)対成城大、★00/11/18三家(愛知学院大)対国際武道大
高校 ★93/05/16中*(太田市商)対東海大甲府、★93/05/16根本(常総学院)対葛生、★93/07/18小*(修徳)対王子工、★94/07/17須*(浦和学院)対朝霞西、★94/08/11内*(砂川北)江の川、★95/07/16黒*(鶴見工)対横浜隼人、★97/07/21杉*(検見川)対成田、★97/07/26小*(東海大相模)対横浜翠嵐、★99/10/31梶*(習志野)対常総学院、★00/07/16平*(船橋芝山)対佐倉南

初回先頭打者ランニングホームラン

さて、飯田の話に戻ろう。飯田は92年4月26日の対カープ5回戦(神宮)では、初回先頭打者ランニングホームランを打った。カウント2−0からの3球目、レフト前に落ちそうな打球だった。レフトのブラウンがダイビングキャッチを試みて後逸、この間に飯田は俊足を飛ばしてダイヤモンドを1周した。

プロ野球でのランニングホームランは珍しいが、まして狭い神宮、それも初回先頭打者のオマケつきだった。初回表ではなかったところがつくづく悔やまれる。なぜなら、この試合は広沢のサヨナラホームランで決着がついたからだ。ホームランで始まりホームランで終わった試合には、まだめぐりあったことがない。

同年5月3日の対ジャイアンツ5回戦(東京ドーム)では、スワローズ2点リードの8回表二死一・二塁で飯田の打順だった。初球が投じられたとき、1人の観客がベンチ脇からグラウンドに入り込みホームベースに向かった。これが視界に入ったのだろう。ピッチャーの投球はワイルドピッチとなって走者はそれぞれ進塁した。

インプレイ中の出来事だから、プレイは有効に成立している。ボールカウント0−1で再開されたが、思いがけない出来事に観客席はまだざわめいていた。

直後の2球目に飯田にしてやられた。飯田は三塁側にセーフティバントを決めて、三塁走者を迎え入れたのだ。試合後、飯田は「あのハプニングで三塁手が後ろに下がったからバントを試みた」という旨のコメントを残した。なんとも悔しい話ではないか。このとき、私は三塁手の守備位置を見ていなかった。

TV中継では、いちいち三塁手の守備位置を映してくれる親切なディレクターはいない。球場観戦では、何を見て何を見ないかは自己責任だ。「ちょっとサードが後ろじゃないかなあ」と思っているとき、打者がセーフティバントを試みて、まんまと成功したりすると、自分で決めたような気分にもなれる。

野球観戦の楽しさはそういうところにあるのでないか、と私は思っている。


◆私の見た初回先頭打者ホームランの一覧を加えたいと思っていますが、かなり先のことになりそうです。
◆飯田は06年限りで現役を退いていますので、本来は観戦試合打撃成績を掲載しなければならないのですが、これも先のことになりそうです。

◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ」(削除された【注】)または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。

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