セットポジション殿堂
飯田哲也 | 石毛宏典 | 伊東勤

石毛宏典

00/09/05作成
13/12/15更新

◆このページで示した集計値は次のとおりです。今後の追加予定はありません。


◇固定メンバー

固定メンバーで戦うチームは、規定打席到達者が多くなる。01年のスワローズは、古田、ペタジーニ、真中、稲葉、岩村、ラミレス、宮本、土橋の8人が規定打席に達した。1985年から94年にかけて規定打席に到達したライオンズの選手は次のとおりだ。91年と92年は、まったく同じメンバー8人が規定打席に達している。

▼表内の数字は、規定打席に達したシーズンの打率です。選手名は、当該年度(最後の年)の登録名です。

       85   86   87   88   89   90   91   92   93   94 
       (6)  (7)  (4)  (7)  (7)  (7)  (8)  (8)  (5)  (5)
スティーブ .315
金森 永時 .312 .298
石毛 宏典 .280 .329 .269 .283 .270 .298 .269 .297 .306 .266
田尾 安志 .268
伊東  勤 .258 .234 .247 .252 .235 .281 .212 .263 .224 .254
秋山 幸二 .252 .268 .262 .292 .301 .256 .297 .296 .247
清原 和博      .304 .259 .286 .283 .307 .270 .289 .268 .279
辻  発彦      .296      .263 .304 .266 .271 .285 .319 .294
ブコビッチ      .265
平野  謙                .303 .268 .267 .281 .280
バークレオ                .268
田辺 徳雄                     .316      .267 .302
デストラーデ                         .263 .268 .266
佐々木 誠                                              .285

91年とは、私がスコアをつけるようになった年であって、私のなかでは「スコア元年」なのだ。どうせ固定メンバーだから、横着して西武球場に向かう電車の中で、スコアブックにスタメンを書き込んだことも何度かあった。

1番セカンド・、2番ライト・平野、3番センター・秋山、4番ファースト・清原、5番指名打者・デストラーデ、6番サード・石毛、7番レフト・安部(左投手なら笘篠)、8番キャッチャー・伊東、9番ショート・田辺。

7番だけ空白にすればよかった。それでもケガはしなかった。その頃、私は西武線「池袋−西武球場前」間の回数券を持っていた。石毛が去り、秋山が去って、回数券をレオカードに変えた。

有効期限のある回数券では、無駄になりそうだったからだ。辻が去って、レオカードも買わなくなった。3000円のカードでも買ったら最後、何年で使い切るかわからないからだ。

◆当時の「レオカード」は、西武線のみで使用できるプリペイド式のカードで、券売機で使えるだけで自動改札には入れませんでした。いわば「オレンジカード」の西武版です。

◇掟破り?

私は別にライオンズのファンではなかった。むしろ「アンチ」派だった。なぜ西武球場に足繁く通ったかというと、ほかの5球団がエース級のピッチャーを優先的にライオンズにぶつけていたからだ。いわゆる「包囲網」だ。必然的に質の高いゲームが展開されることになる。

よく当時のライオンズはバントばかりでつまらないと揶揄されたものだ。相手のピッチャーがそれなりのピッチャーなのだから、そういう野球になるのは仕方がない。大沢親分など、そんなことは承知のうえで煽っていたはずだ。たとえば、野茂英雄は139試合に登板してアメリカに渡った。野茂の日本での登板実績は次のとおりだ。

対ライオンズ   42試合(リリーフ2試合を含む)
対ファイターズ  30試合
対マリーンズ   24試合
対ホークス    23試合
対ブルーウェーブ 20試合

野茂に限らず、星野や村田など非在京球団のエース級が見たければ、西武球場に行くしかなかったのだ。しかし、「アンチ」であったはずの私は次第にライオンズの野球に傾いていくことになる。

『公認野球規則』には、次のような規定がある。

08年版 『公認野球規則』

8・06 プロフェッショナルリーグは、監督またはコーチが投手のもとへ行くことに関して、次の規則を適用しなければならない。
(b) 監督またはコーチが、1イニングに同一投手のもとへ2度目に行けば、その投手は自動的に試合から退かなければならない。

◇やっかいな存在

だが、当時のライオンズは1イニングに3回、監督・コーチがマウンドに行けた。1回目が石毛、2回目が八木沢ピッチングコーチか後任の杉下コーチ、3回目が森監督だ。もちろん、石毛はコーチではないからカウントされない。

石毛は守備のときもグラウンドにいる「コーチ」だったが、攻撃のときもダグアウトの中で「コーチ」だった。私は西武球場では三塁側に座ることが多かった。もともとが「アンチ」だし、三塁側のほうが空いているからだ。三塁側スタンドだと、一塁側ベンチがよく見える。メガホンを振り上げて士気を鼓舞しているのは、いつも石毛だった。

野球は、監督の存在が強いから(リトルシニアでは、二死無走者のカウント2−0でも、ベンチを振り返る打者がいる。何のサインが出るのか教えてほしいものだ)、あまりキャプテンシーが要求されることはない。このチームだけは例外だとつくづく思った。

記録マニアとしては、石毛はやっかいな存在だ。記録の面では意外と地味なのだ。三冠部門のタイトルには縁がなかったし、盗塁王もない。最多二塁打(85年=26本)とか、最多三塁打(83年=7本)とか、最多四球(89年=98個)とかはあるけれども、公式のタイトルではない。

石毛のプロ入りは1981年だ。その年の打率は.311だった。石毛の前の新人3割は、1958年の長島茂雄(.305)だそうだ。81年の新人王のほかに、86年の最優秀選手、ベストナイン8回(ショートで5回、サードで3回)、ゴールデングラブ賞10回(ショートとサードで各5回)と、記者投票には強い。

私が見た範囲で目立った記録と言えば、94年6月11日の対H10回戦(西武)の7回裏に、1イニング2ホーマーを打っているぐらいだろう(池田から2ラン、矢野から3ラン)。その後、私が見た1イニング2ホーマーは、96年高校選手権埼玉予選(川越初雁)しかない。

「殿堂」に選んだほかの選手は、決め手になるプレイがあるけれども、石毛はとくにない。いわゆるチームリーダーとしての評価であって、あえてプレイを探していくと、死球とか盗塁とか内野ゴロの進塁打だったりする。

◇盗塁

扱いにくい選手ではあるけれども、1試合だけ紹介しておく。1991年の日本シリーズ第7戦だった。1点を追うライオンズの攻撃は6番・石毛からだった。

91/10/28 (西武) 日本シリーズ第7戦 13:04〜16:24
カープ 010 000 000 =1 ●佐々岡−川口−北別府−川端−足立
ライオンズ 000 00 40X =7 渡辺久−○工藤

0−1から佐々岡の2球目を打ってセンター前ヒット、石毛は続く鈴木健の初球にすかさず二盗を決めた。石毛はこの試合で日本シリーズ49試合目だが、盗塁は3個目にすぎない。1番を打っていた時期も長いのに、意外にもシリーズでの盗塁は少ないのだ。

1個目は日本シリーズ初出場のときの1982年第2戦、4点リードした2回表無死一塁だった。押せ押せで試合を完全に決めてしまおうということだろう。2度目は86年第2戦、1点ビハインドの5回表二死一塁だ。ツーアウトだから、走れる選手なら走らせたい場面だろう。

だから、あまり走ってくるという意識がなかった。まあ、鈴木健のバントはないだろうから、エンドランぐらいしか考えていなかった。単独スチールは考慮の外にあった。そういうときに、いきなり走られて意表を突かれた。

カープのバッテリーが同じだったかどうかは知るよしもない。結果的には流れを変えた「重い」盗塁になった。鈴木健はフルカウントからライトオーバーのヒット、石毛は二塁から生還して同点。

代走に笘篠が起用され、8番の伊東が送って一死二塁。ピッチャーが左の川口に代わった。平野のレフト線二塁打で笘篠が生還して逆転。辻四球の一死一・二塁から、安部の代打・田辺がこれまたレフト線に二塁打を放って、この回3点目。形勢はすっかりライオンズに傾いた。

悪あがき

記録の面で地味な石毛をなんとか浮かび上がらせることができないものかと、悪あがきしてみた。

▼坂本邦夫『プロ野球データ事典』(PHP研究所)で石毛の打順を調べて、他球団の同じ打順の選手と比較してみました。ただし、成績は当該年度全体のものであり、その打順以外で出場した試合のものも含まれていることにご注意ください。

1981年 1982年 1983年 1984年
2番打者 1番打者 9番打者 1番打者
高代 延博
簔田 浩二
弘田 澄男
石毛 宏典
新井 宏昌
小川 亨





Bu
325
432
460
409
406
359
87
123
122
127
122
106
40
40
40
55
33
35
石毛 宏典
島田 誠
平野 光泰
福本 豊
剣持 貴寛
河埜 敬幸


Bu


464
448
470
476
280
519
120
128
115
144
74
144
54
33
43
56
11
33
石毛 宏典
小林 晋也
菅野 光夫
谷 真一
定岡 智秋
水上 善雄



Bu

439
157
168
319
417
427
133
32
40
74
107
129
64
12
15
39
47
54
福本 豊
庄司 智久
石毛 宏典
大石大二郎
河埜 敬幸
島田 誠



Bu

488
391
452
528
551
490
126
100
117
149
163
133
41
42
71
65
76
42
1985年 1986年 1987年 1988年
1番打者 1番打者 1番打者 1番打者
石毛 宏典
西村 徳文
大石大二郎
福本 豊
島田 誠
新井 宏昌


Bu


504
512
321
425
512
325
141
159
99
122
144
85
76
46
45
51
58
26
石毛 宏典
大石大二郎
福本 豊
西村 徳文
島田 誠
河埜 敬幸

Bu



514
538
454
387
457
369
169
156
120
110
110
97
89
55
29
29
41
22
石毛 宏典
福本 豊
島田 誠
佐々木 誠
西村 徳文
大石大二郎





Bu
525
349
472
451
440
532
141
100
124
130
116
141
41
33
30
33
27
42
石毛 宏典
ウイリアムズ
島田 誠
大石第二朗
バナザード
西村 徳文



Bu

508
363
306
488
438
532
144
88
67
123
138
136
63
30
21
34
60
38
1989年 1990年 1991年 1992年
1番打者 6番打者 6番打者 6番打者
大石第二朗
松永 浩美
石毛 宏典
佐々木 誠
田中 幸雄
西村 徳文
Bu




401
470
486
489
429
392
111
145
131
115
106
110
33
60
63
45
43
17
石毛 宏典
村上 信一
鈴木 貴久
中島 輝士
上川 誠二
広永 益隆


Bu


359
189
422
328
291
198
107
57
114
83
85
62
47
26
71
50
28
23
石毛 宏典
石井 浩郎
藤井 康雄
ベイス
ラガ
平井 光親

Bu
BW


417
331
401
407
453
353
112
96
89
101
107
111
61
55
57
41
81
34
石毛 宏典
リード
柴原 実
門田 博光
マーシャル
愛甲 猛

Bu
BW


438
246
244
155
244
464
130
57
62
40
60
127
52
37
26
23
26
53
1993年 1994年
3番打者 6番打者
石毛 宏典
片岡 篤史
トーベ
鈴木 貴久
愛甲 猛
藤本 博史


BW
Bu

434
425
327
276
398
456
133
122
76
58
100
109
53
39
35
37
33
53
石毛 宏典
スチーブンス
小川 博文
藤本 博史
愛甲 猛
片岡 篤史

Bu
BW


380
302
459
333
327
334
101
113
139
81
95
73
46
73
53
52
41
41

レギュラーだった14年のうち、ちょうど半分の7年は、「打順別」打点王だ。とくに86年は1番打者ながら89打点をあげている。三冠王・落合をおさえてMVPを受賞したのも納得できる。

◇観戦試合打撃成績(95年の2試合はホークス、それ以外はライオンズ)

観戦試合打撃成績
年月日 球場 相手 打順位置 打撃結果 数安点本振球盗
91/03/19
91/03/29
91/03/31
91/05/11
91/06/04
91/06/29
91/07/02
91/07/16
91/07/17
91/08/04
91/08/07
91/08/11
91/08/17
91/08/25
91/09/01
91/09/16
91/09/17
91/09/22
91/09/23
91/10/19
91/10/20
91/10/26
91/10/28

92/03/29
92/04/14
92/04/15
92/04/16
92/04/26
92/05/02
92/05/03
92/05/04
92/05/19
92/05/31
92/06/01
92/06/07
92/06/28
92/07/10
92/07/11
92/07/12
92/08/02
92/08/14
92/10/17
92/10/18
92/10/25
92/10/26

93/04/10
93/04/11
93/05/03
93/05/05
93/05/09
93/06/12
93/08/07
93/08/17
93/08/22
93/08/28
93/08/29
93/09/11
93/09/12
93/09/19
93/09/26
93/10/23
93/10/24
93/10/31
93/11/01

94/03/21
94/04/09
94/04/10
94/04/24
94/05/04
94/06/11
94/06/12
94/06/26
94/08/03
94/08/04
94/08/07
94/08/13
94/08/14
94/08/28
94/09/03
94/09/04
94/09/06
94/09/24

95/04/12
95/08/23
西武
東京ド
東京ド
西武
西武
川崎
西武
西武
西武
西武
西武
GS神戸
西武
西武
川崎
西武
東京ド
西武
西武
西武
西武
西武
西武

東京ド
西武
西武
西武
西武
西武
西武
東京ド
西武
西武
西武
西武
西武
西武
西武
西武
西武
西武
神宮
神宮
神宮
神宮

西武
西武
西武
西武
東京ド
東京ド
福岡ド
西武
東京ド
西武
西武
西武
西武
西武
東京ド
西武
西武
西武
西武

西武
西武
西武
西武
西武
西武
西武
西武
千葉マ
千葉マ
藤井寺
西武
西武
東京ド
西武
西武
西武
東京ド

東京ド
西武


























































































BW
Bu

BW
Bu
Bu

Bu
BW
BW




Bu
Bu






Bu
Bu
Bu




BW
Bu
Bu

BW
Bu
Bu
Bu
BW
Bu








Bu



Bu





BW







Bu
Bu







Bu



BW
BW




6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁

6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁

7番三塁
6番三塁
代打
6番三塁
6番三塁
6番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
3番三塁
6番三塁
3番三塁
3番三塁

6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁
5番三塁
6番三塁
9番三塁
2番三塁
7番三塁
6番三塁
6番DH
6番三塁
6番三塁
6番三塁
6番三塁

7番DH
代打
左安
三ゴ
遊ゴ
遊ゴ
一邪
四球
遊併
投ギ
遊直
右飛
右飛
中飛
三振
遊ゴ
右飛
一邪
三振
一邪
三ゴ
三振
遊ゴ
二ゴ
三振

四球
右飛
中飛
右安
投ゴ
三邪
二ゴ
中飛
右安
遊ゴ
左飛
遊ゴ
二ゴ
四球
左安
右飛
三ゴ
三振
二ゴ
三失
右安
二直

中飛
三振
四球
左本
遊ゴ
三失
右飛
左安
四球
三失
左飛
二飛
三振
三振
中飛
死球
右安
死球
中飛

三振
三振
投ゴ
右安
四球
投ゴ
右安
左安

左飛
三ゴ
遊直
四球
三失
三振
一ゴ
遊ゴ
遊ゴ
遊ゴ

左安
左2
三ゴ
投ギ
右本
右安

四球
三振
三振
四球
捕ギ
三振
中本
二ゴ
三ゴ
二併
三直
左本
二ゴ
右飛
捕邪
四球
遊ゴ
中飛
中安

投ギ
三ギ
二飛
四球
三ゴ
遊ゴ
左安
三振
遊飛
右飛
二飛
一邪
三振
左安
遊直
三振
投ギ
三ゴ
二ゴ
三振
右本
遊ゴ

中安
中飛

四球
三振
中安
一邪
遊ゴ
四球
左3
左2

投ゴ
中安
中飛
四球
右安
中安
遊安

遊併

遊ゴ
三振
遊安
投ギ
一邪
中安
四球
右飛
右飛
遊ゴ
中安
投ギ
左安
左飛
三ゴ
遊ゴ
遊ゴ
左安

三ゴ
中安
投ゴ
三振
三ゴ
四球
遊ゴ
三振
左飛
遊安
左安

二ゴ
左安
左2

中飛
左飛
遊ゴ
三邪
遊ゴ
一ゴ
左本
遊ゴ
二安
左飛

ギ野
遊直
三振
三ゴ
三ゴ
三ゴ
三ゴ
四球
二ゴ
捕ギ
中安
左安

三振
四球
四球
ギ野
三ゴ
三振
三ゴ
遊ゴ
三失
捕ギ

右邪
右安

左本

右飛
三ゴ
三ゴ
右飛
中安
左安
中安

三ゴ
中2
三ゴ
中飛
遊ゴ
左安
三振
三振

四球
遊ゴ
遊ゴ
四球
三振
投ゴ
投ゴ
二飛
右2
遊ゴ
右犠
二飛
二ゴ

三振
中安
右安

三振

一邪

右飛
二飛
中2
三振
三ゴ

中飛
一ゴ
遊ゴ
遊ゴ
左犠
左安

三ゴ
左2

左飛
中飛
右安
右安
左安

三ゴ

投ゴ
三併
右安
投ゴ
遊ゴ
一ゴ

三ゴ
遊併
遊失
四球
右本
右安

遊ゴ
三振
遊ゴ
遊ゴ

右犠
左安
二邪
三ゴ

遊飛
遊ゴ

遊併
中飛
遊ゴ
中2
三振
捕ギ
四球
三ゴ
左本
一邪
二安
左安

二ゴ
四球
三振
三ゴ


左飛
三ギ
中犠
右飛
左本
四球
三振
二ゴ
三振
三振

三振


遊ゴ
二ゴ
中安

投ゴ





左安








三ギ



投ギ







投ゴ




中安




三ゴ
三振




遊ゴ

遊飛


三振





左安
遊ゴ
左2
右飛



四球
三振








三振

左本











三振




























































左安
3220000
3000000
4121100
4230000
2000121
4100110
3000200
2000010
3100000
4110100
4121000
3110001
4200100
3000000
4000000
4241000
3000100
4000000
4000000
3241110
4100000
4200000
4100101
数安点本振球盗
1000010
3000000
5120100
3100010
4000000
4000000
3100000
4120110
4100000
3000000
3100010
4211000
5100200
3110120
3100110
3000100
3000000
3000200
4010000
4100100
5221000
3000000
数安点本振球盗
5100100
4100100
0000010
3222010
4000100
4100000
5210000
5100100
2200020
4230010
4220000
4111000
4210100
5210111
4100110
3100010
3300010
3100210
4000100
数安点本振球盗
2000110
4000200
3110000
2110110
3000110
5352000
2100020
4110100
4100000
4000100
3110100
1000010
4110100
2000100
3000100
4100000
4100000
5200200
数安点本振球盗
4110000
1100000

◆石毛は、今は亡き社会人チーム、プリンスホテルの1期生です。→「プリンスの軌跡(選手編)」
◆本文でも触れましたが、石毛は81年パリーグの新人王です。1966年以降の歴代新人王とその年の新外国人選手の成績をまとめました。→「新人王になれない男たち」
◆石毛は02年よりブルーウェーブの監督を務めました(03年途中まで)。駒沢大OBの監督は、大矢明彦氏に次いで2人目になります。→「東都が六大学を超えるとき」
◆石毛のポジションはもともとはショートです。大学時代は8シーズンのうち6度ベストナインに選ばれています。石毛のようにショートからサードにコンバートされることは珍しくありません。→「ショートというポジション」
◆「大津の石毛」とでも呼びたくなるような選手を見ました。→「6−4−3のゲッツーならず」

◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。なお、このページに対応するブログ「んだ」のエントリーは(今のところ)ありません。

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