◆このページで示した集計値は次のとおりです。今後の追加予定はありません。
固定メンバーで戦うチームは、規定打席到達者が多くなる。01年のスワローズは、古田、ペタジーニ、真中、稲葉、岩村、ラミレス、宮本、土橋の8人が規定打席に達した。1985年から94年にかけて規定打席に到達したライオンズの選手は次のとおりだ。91年と92年は、まったく同じメンバー8人が規定打席に達している。
▼表内の数字は、規定打席に達したシーズンの打率です。選手名は、当該年度(最後の年)の登録名です。
85 86 87 88 89 90 91 92 93 94
(6) (7) (4) (7) (7) (7) (8) (8) (5) (5)
スティーブ .315
金森 永時 .312 .298
石毛 宏典 .280 .329 .269 .283 .270 .298 .269 .297 .306 .266
田尾 安志 .268
伊東 勤 .258 .234 .247 .252 .235 .281 .212 .263 .224 .254
秋山 幸二 .252 .268 .262 .292 .301 .256 .297 .296 .247
清原 和博 .304 .259 .286 .283 .307 .270 .289 .268 .279
辻 発彦 .296 .263 .304 .266 .271 .285 .319 .294
ブコビッチ .265
平野 謙 .303 .268 .267 .281 .280
バークレオ .268
田辺 徳雄 .316 .267 .302
デストラーデ .263 .268 .266
佐々木 誠 .285
91年とは、私がスコアをつけるようになった年であって、私のなかでは「スコア元年」なのだ。どうせ固定メンバーだから、横着して西武球場に向かう電車の中で、スコアブックにスタメンを書き込んだことも何度かあった。
1番セカンド・辻、2番ライト・平野、3番センター・秋山、4番ファースト・清原、5番指名打者・デストラーデ、6番サード・石毛、7番レフト・安部(左投手なら笘篠)、8番キャッチャー・伊東、9番ショート・田辺。
7番だけ空白にすればよかった。それでもケガはしなかった。その頃、私は西武線「池袋−西武球場前」間の回数券を持っていた。石毛が去り、秋山が去って、回数券をレオカードに変えた。
有効期限のある回数券では、無駄になりそうだったからだ。辻が去って、レオカードも買わなくなった。3000円のカードでも買ったら最後、何年で使い切るかわからないからだ。
◆当時の「レオカード」は、西武線のみで使用できるプリペイド式のカードで、券売機で使えるだけで自動改札には入れませんでした。いわば「オレンジカード」の西武版です。
私は別にライオンズのファンではなかった。むしろ「アンチ」派だった。なぜ西武球場に足繁く通ったかというと、ほかの5球団がエース級のピッチャーを優先的にライオンズにぶつけていたからだ。いわゆる「包囲網」だ。必然的に質の高いゲームが展開されることになる。
よく当時のライオンズはバントばかりでつまらないと揶揄されたものだ。相手のピッチャーがそれなりのピッチャーなのだから、そういう野球になるのは仕方がない。大沢親分など、そんなことは承知のうえで煽っていたはずだ。たとえば、野茂英雄は139試合に登板してアメリカに渡った。野茂の日本での登板実績は次のとおりだ。
対ライオンズ 42試合(リリーフ2試合を含む) 対ファイターズ 30試合 対マリーンズ 24試合 対ホークス 23試合 対ブルーウェーブ 20試合
野茂に限らず、星野や村田など非在京球団のエース級が見たければ、西武球場に行くしかなかったのだ。しかし、「アンチ」であったはずの私は次第にライオンズの野球に傾いていくことになる。
『公認野球規則』には、次のような規定がある。
08年版 『公認野球規則』8・06 プロフェッショナルリーグは、監督またはコーチが投手のもとへ行くことに関して、次の規則を適用しなければならない。
(b) 監督またはコーチが、1イニングに同一投手のもとへ2度目に行けば、その投手は自動的に試合から退かなければならない。
だが、当時のライオンズは1イニングに3回、監督・コーチがマウンドに行けた。1回目が石毛、2回目が八木沢ピッチングコーチか後任の杉下コーチ、3回目が森監督だ。もちろん、石毛はコーチではないからカウントされない。
石毛は守備のときもグラウンドにいる「コーチ」だったが、攻撃のときもダグアウトの中で「コーチ」だった。私は西武球場では三塁側に座ることが多かった。もともとが「アンチ」だし、三塁側のほうが空いているからだ。三塁側スタンドだと、一塁側ベンチがよく見える。メガホンを振り上げて士気を鼓舞しているのは、いつも石毛だった。
野球は、監督の存在が強いから(リトルシニアでは、二死無走者のカウント2−0でも、ベンチを振り返る打者がいる。何のサインが出るのか教えてほしいものだ)、あまりキャプテンシーが要求されることはない。このチームだけは例外だとつくづく思った。
記録マニアとしては、石毛はやっかいな存在だ。記録の面では意外と地味なのだ。三冠部門のタイトルには縁がなかったし、盗塁王もない。最多二塁打(85年=26本)とか、最多三塁打(83年=7本)とか、最多四球(89年=98個)とかはあるけれども、公式のタイトルではない。
石毛のプロ入りは1981年だ。その年の打率は.311だった。石毛の前の新人3割は、1958年の長島茂雄(.305)だそうだ。81年の新人王のほかに、86年の最優秀選手、ベストナイン8回(ショートで5回、サードで3回)、ゴールデングラブ賞10回(ショートとサードで各5回)と、記者投票には強い。
私が見た範囲で目立った記録と言えば、94年6月11日の対H10回戦(西武)の7回裏に、1イニング2ホーマーを打っているぐらいだろう(池田から2ラン、矢野から3ラン)。その後、私が見た1イニング2ホーマーは、96年高校選手権埼玉予選(川越初雁)しかない。
「殿堂」に選んだほかの選手は、決め手になるプレイがあるけれども、石毛はとくにない。いわゆるチームリーダーとしての評価であって、あえてプレイを探していくと、死球とか盗塁とか内野ゴロの進塁打だったりする。
扱いにくい選手ではあるけれども、1試合だけ紹介しておく。1991年の日本シリーズ第7戦だった。1点を追うライオンズの攻撃は6番・石毛からだった。
| 91/10/28 (西武) 日本シリーズ第7戦 13:04〜16:24 | ||
| カープ | 010 000 000 =1 | ●佐々岡−川口−北別府−川端−足立 |
| ライオンズ | 000 030 40X =7 | 渡辺久−○工藤 |
0−1から佐々岡の2球目を打ってセンター前ヒット、石毛は続く鈴木健の初球にすかさず二盗を決めた。石毛はこの試合で日本シリーズ49試合目だが、盗塁は3個目にすぎない。1番を打っていた時期も長いのに、意外にもシリーズでの盗塁は少ないのだ。
1個目は日本シリーズ初出場のときの1982年第2戦、4点リードした2回表無死一塁だった。押せ押せで試合を完全に決めてしまおうということだろう。2度目は86年第2戦、1点ビハインドの5回表二死一塁だ。ツーアウトだから、走れる選手なら走らせたい場面だろう。
だから、あまり走ってくるという意識がなかった。まあ、鈴木健のバントはないだろうから、エンドランぐらいしか考えていなかった。単独スチールは考慮の外にあった。そういうときに、いきなり走られて意表を突かれた。
カープのバッテリーが同じだったかどうかは知るよしもない。結果的には流れを変えた「重い」盗塁になった。鈴木健はフルカウントからライトオーバーのヒット、石毛は二塁から生還して同点。
代走に笘篠が起用され、8番の伊東が送って一死二塁。ピッチャーが左の川口に代わった。平野のレフト線二塁打で笘篠が生還して逆転。辻四球の一死一・二塁から、安部の代打・田辺がこれまたレフト線に二塁打を放って、この回3点目。形勢はすっかりライオンズに傾いた。
記録の面で地味な石毛をなんとか浮かび上がらせることができないものかと、悪あがきしてみた。
▼坂本邦夫『プロ野球データ事典』(PHP研究所)で石毛の打順を調べて、他球団の同じ打順の選手と比較してみました。ただし、成績は当該年度全体のものであり、その打順以外で出場した試合のものも含まれていることにご注意ください。
| 1981年 | 1982年 | 1983年 | 1984年 | |||||||||||||||||||
| 2番打者 | 数 | 安 | 点 | 1番打者 | 数 | 安 | 点 | 9番打者 | 数 | 安 | 点 | 1番打者 | 数 | 安 | 点 | |||||||
| 高代 延博 簔田 浩二 弘田 澄男 石毛 宏典 新井 宏昌 小川 亨 |
F B O L H Bu |
325 432 460 409 406 359 |
87 123 122 127 122 106 |
40 40 40 55 33 35 |
石毛
宏典 島田 誠 平野 光泰 福本 豊 剣持 貴寛 河埜 敬幸 |
L F Bu B O H |
464 448 470 476 280 519 |
120 128 115 144 74 144 |
54 33 43 56 11 33 |
石毛
宏典 小林 晋也 菅野 光夫 谷 真一 定岡 智秋 水上 善雄 |
L B F Bu H O |
439 157 168 319 417 427 |
133 32 40 74 107 129 |
64 12 15 39 47 54 |
福本 豊 庄司 智久 石毛 宏典 大石大二郎 河埜 敬幸 島田 誠 |
B O L Bu H F |
488 391 452 528 551 490 |
126 100 117 149 163 133 |
41 42 71 65 76 42 |
|||
| 1985年 | 1986年 | 1987年 | 1988年 | |||||||||||||||||||
| 1番打者 | 数 | 安 | 点 | 1番打者 | 数 | 安 | 点 | 1番打者 | 数 | 安 | 点 | 1番打者 | 数 | 安 | 点 | |||||||
| 石毛 宏典 西村 徳文 大石大二郎 福本 豊 島田 誠 新井 宏昌 |
L O Bu B F H |
504 512 321 425 512 325 |
141 159 99 122 144 85 |
76 46 45 51 58 26 |
石毛 宏典 大石大二郎 福本 豊 西村 徳文 島田 誠 河埜 敬幸 |
L Bu B O F H |
514 538 454 387 457 369 |
169 156 120 110 110 97 |
89 55 29 29 41 22 |
石毛 宏典 福本 豊 島田 誠 佐々木 誠 西村 徳文 大石大二郎 |
L B F H O Bu |
525 349 472 451 440 532 |
141 100 124 130 116 141 |
41 33 30 33 27 42 |
石毛 宏典 ウイリアムズ 島田 誠 大石第二朗 バナザード 西村 徳文 |
L B F Bu H O |
508 363 306 488 438 532 |
144 88 67 123 138 136 |
63 30 21 34 60 38 |
|||
| 1989年 | 1990年 | 1991年 | 1992年 | |||||||||||||||||||
| 1番打者 | 数 | 安 | 点 | 6番打者 | 数 | 安 | 点 | 6番打者 | 数 | 安 | 点 | 6番打者 | 数 | 安 | 点 | |||||||
| 大石第二朗 松永 浩美 石毛 宏典 佐々木 誠 田中 幸雄 西村 徳文 |
Bu B L H F O |
401 470 486 489 429 392 |
111 145 131 115 106 110 |
33 60 63 45 43 17 |
石毛 宏典 村上 信一 鈴木 貴久 中島 輝士 上川 誠二 広永 益隆 |
L B Bu F O H |
359 189 422 328 291 198 |
107 57 114 83 85 62 |
47 26 71 50 28 23 |
石毛 宏典 石井 浩郎 藤井 康雄 ベイス ラガ 平井 光親 |
L Bu BW F H O |
417 331 401 407 453 353 |
112 96 89 101 107 111 |
61 55 57 41 81 34 |
石毛 宏典 リード 柴原 実 門田 博光 マーシャル 愛甲 猛 |
L Bu BW H F M |
438 246 244 155 244 464 |
130 57 62 40 60 127 |
52 37 26 23 26 53 |
|||
| 1993年 | 1994年 | |||||||||
| 3番打者 | 数 | 安 | 点 | 6番打者 | 数 | 安 | 点 | |||
| 石毛 宏典 片岡 篤史 トーベ 鈴木 貴久 愛甲 猛 藤本 博史 |
L F BW Bu M H |
434 425 327 276 398 456 |
133 122 76 58 100 109 |
53 39 35 37 33 53 |
石毛 宏典 スチーブンス 小川 博文 藤本 博史 愛甲 猛 片岡 篤史 |
L Bu BW H M F |
380 302 459 333 327 334 |
101 113 139 81 95 73 |
46 73 53 52 41 41 |
|
レギュラーだった14年のうち、ちょうど半分の7年は、「打順別」打点王だ。とくに86年は1番打者ながら89打点をあげている。三冠王・落合をおさえてMVPを受賞したのも納得できる。
| 年月日 | 球場 | 種 | 相手 | 打順位置 | 打撃結果 | 数安点本振球盗 | |||||
|
91/03/19 91/03/29 91/03/31 91/05/11 91/06/04 91/06/29 91/07/02 91/07/16 91/07/17 91/08/04 91/08/07 91/08/11 91/08/17 91/08/25 91/09/01 91/09/16 91/09/17 91/09/22 91/09/23 91/10/19 91/10/20 91/10/26 91/10/28 92/03/29 92/04/14 92/04/15 92/04/16 92/04/26 92/05/02 92/05/03 92/05/04 92/05/19 92/05/31 92/06/01 92/06/07 92/06/28 92/07/10 92/07/11 92/07/12 92/08/02 92/08/14 92/10/17 92/10/18 92/10/25 92/10/26 93/04/10 93/04/11 93/05/03 93/05/05 93/05/09 93/06/12 93/08/07 93/08/17 93/08/22 93/08/28 93/08/29 93/09/11 93/09/12 93/09/19 93/09/26 93/10/23 93/10/24 93/10/31 93/11/01 94/03/21 94/04/09 94/04/10 94/04/24 94/05/04 94/06/11 94/06/12 94/06/26 94/08/03 94/08/04 94/08/07 94/08/13 94/08/14 94/08/28 94/09/03 94/09/04 94/09/06 94/09/24 95/04/12 95/08/23 |
西武 東京ド 東京ド 西武 西武 川崎 西武 西武 西武 西武 西武 GS神戸 西武 西武 川崎 西武 東京ド 西武 西武 西武 西武 西武 西武 東京ド 西武 西武 西武 西武 西武 西武 東京ド 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 神宮 神宮 神宮 神宮 西武 西武 西武 西武 東京ド 東京ド 福岡ド 西武 東京ド 西武 西武 西武 西武 西武 東京ド 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 西武 千葉マ 千葉マ 藤井寺 西武 西武 東京ド 西武 西武 西武 東京ド 東京ド 西武 |
O O O P P P P P P P P P P P P P P P P J J J J O P P P P P P P P P P P P P P P P P J J J J P P P P P P P P P P P P P P P J J J J O P P P P P P P P P P P P P P P P P P P |
D F G BW Bu O BW Bu Bu H Bu BW BW F O H F Bu Bu C C C C G Bu Bu Bu M H H F BW Bu Bu H BW Bu Bu Bu BW Bu S S S S H H M Bu F F H Bu F M M F F BW F S S S S G Bu Bu H F H H H M M Bu M M F BW BW F F F L |
6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 7番三塁 6番三塁 代打 6番三塁 6番三塁 6番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 3番三塁 6番三塁 3番三塁 3番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 5番三塁 6番三塁 9番三塁 2番三塁 7番三塁 6番三塁 6番DH 6番三塁 6番三塁 6番三塁 6番三塁 7番DH 代打 |
左安 三ゴ 遊ゴ 遊ゴ 一邪 四球 遊併 投ギ 遊直 右飛 右飛 中飛 三振 遊ゴ 右飛 一邪 三振 一邪 三ゴ 三振 遊ゴ 二ゴ 三振 四球 右飛 中飛 右安 投ゴ 三邪 二ゴ 中飛 右安 遊ゴ 左飛 遊ゴ 二ゴ 四球 左安 右飛 三ゴ 三振 二ゴ 三失 右安 二直 中飛 三振 四球 左本 遊ゴ 三失 右飛 左安 四球 三失 左飛 二飛 三振 三振 中飛 死球 右安 死球 中飛 三振 三振 投ゴ 右安 四球 投ゴ 右安 左安 左飛 三ゴ 遊直 四球 三失 三振 一ゴ 遊ゴ 遊ゴ 遊ゴ 左安 左2 |
三ゴ 投ギ 右本 右安 四球 三振 三振 四球 捕ギ 三振 中本 二ゴ 三ゴ 二併 三直 左本 二ゴ 右飛 捕邪 四球 遊ゴ 中飛 中安 投ギ 三ギ 二飛 四球 三ゴ 遊ゴ 左安 三振 遊飛 右飛 二飛 一邪 三振 左安 遊直 三振 投ギ 三ゴ 二ゴ 三振 右本 遊ゴ 中安 中飛 四球 三振 中安 一邪 遊ゴ 四球 左3 左2 投ゴ 中安 中飛 四球 右安 中安 遊安 遊併 遊ゴ 三振 遊安 投ギ 一邪 中安 四球 右飛 右飛 遊ゴ 中安 投ギ 左安 左飛 三ゴ 遊ゴ 遊ゴ 左安 三ゴ |
中安 投ゴ 三振 三ゴ 四球 遊ゴ 三振 左飛 遊安 左安 二ゴ 左安 左2 中飛 左飛 遊ゴ 三邪 遊ゴ 一ゴ 左本 遊ゴ 二安 左飛 ギ野 遊直 三振 三ゴ 三ゴ 三ゴ 三ゴ 四球 二ゴ 捕ギ 中安 左安 三振 四球 四球 ギ野 三ゴ 三振 三ゴ 遊ゴ 三失 捕ギ 右邪 右安 左本 右飛 三ゴ 三ゴ 右飛 中安 左安 中安 三ゴ 中2 三ゴ 中飛 遊ゴ 左安 三振 三振 四球 遊ゴ 遊ゴ 四球 三振 投ゴ 投ゴ 二飛 右2 遊ゴ 右犠 二飛 二ゴ 三振 中安 右安 三振 一邪 |
右飛 二飛 中2 三振 三ゴ 中飛 一ゴ 遊ゴ 遊ゴ 左犠 左安 三ゴ 左2 左飛 中飛 右安 右安 左安 三ゴ 投ゴ 三併 右安 投ゴ 遊ゴ 一ゴ 三ゴ 遊併 遊失 四球 右本 右安 遊ゴ 三振 遊ゴ 遊ゴ 右犠 左安 二邪 三ゴ 遊飛 遊ゴ 遊併 中飛 遊ゴ 中2 三振 捕ギ 四球 三ゴ 左本 一邪 二安 左安 二ゴ 四球 三振 三ゴ 左飛 三ギ 中犠 右飛 左本 四球 三振 二ゴ 三振 三振 三振 遊ゴ 二ゴ 中安 投ゴ |
左安 三ギ 投ギ 投ゴ 中安 三ゴ 三振 遊ゴ 遊飛 三振 左安 遊ゴ 左2 右飛 四球 三振 三振 左本 三振 |
左安 |
3220000 3000000 4121100 4230000 2000121 4100110 3000200 2000010 3100000 4110100 4121000 3110001 4200100 3000000 4000000 4241000 3000100 4000000 4000000 3241110 4100000 4200000 4100101 数安点本振球盗 1000010 3000000 5120100 3100010 4000000 4000000 3100000 4120110 4100000 3000000 3100010 4211000 5100200 3110120 3100110 3000100 3000000 3000200 4010000 4100100 5221000 3000000 数安点本振球盗 5100100 4100100 0000010 3222010 4000100 4100000 5210000 5100100 2200020 4230010 4220000 4111000 4210100 5210111 4100110 3100010 3300010 3100210 4000100 数安点本振球盗 2000110 4000200 3110000 2110110 3000110 5352000 2100020 4110100 4100000 4000100 3110100 1000010 4110100 2000100 3000100 4100000 4100000 5200200 数安点本振球盗 4110000 1100000 |
◆石毛は、今は亡き社会人チーム、プリンスホテルの1期生です。→「プリンスの軌跡(選手編)」
◆本文でも触れましたが、石毛は81年パリーグの新人王です。1966年以降の歴代新人王とその年の新外国人選手の成績をまとめました。→「新人王になれない男たち」
◆石毛は02年よりブルーウェーブの監督を務めました(03年途中まで)。駒沢大OBの監督は、大矢明彦氏に次いで2人目になります。→「東都が六大学を超えるとき」
◆石毛のポジションはもともとはショートです。大学時代は8シーズンのうち6度ベストナインに選ばれています。石毛のようにショートからサードにコンバートされることは珍しくありません。→「ショートというポジション」
◆「大津の石毛」とでも呼びたくなるような選手を見ました。→「6−4−3のゲッツーならず」
◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。なお、このページに対応するブログ「んだ」のエントリーは(今のところ)ありません。
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