◆91年から97年まで、私はその年にライブで見た試合を対象にして、MVPやベストナインを選んでいました。伊東は4代目のMVPです。
◆ 03年の現役引退に伴い、本当は「観戦試合打撃成績」のリストを作らなければならないのですが、しばらく手をつけられないと思います。捕手ですから、ちょっと一工夫したいところですが…。
94年4月9日、西武球場でのライオンズ対バファローズのパリーグ開幕戦は、私にとって今でも色褪せることのないベストゲームだ。
両チーム無得点で迎えた9回表、バファローズの石井浩郎が左中間3ランを放ち均衡が破れた。バファローズの先発は野茂英雄だった。8回まで6四球ながらヒットは許していなかった。9回裏、先頭打者の清原和博にライトオーバーの二塁打を喫してノーヒットノーランが消えた。
結局、野茂は無失点のまま一死満塁で降板する。論議を呼んだばかりか、野茂の日本脱出の伏線とさえ言われた赤堀元之への継投だった。
当時のライオンズには野茂に相性がいい2人の打者がいた。笘篠誠治と伊東だ。野茂が降板したのは、ちょうど伊東の打席の前だった。ピッチャーが赤堀に代わったのだから、伊東に代えて左の代打だと私は思ったのだが、森監督は伊東にそのまま打たせた。
伊東はカウント1−2からファウルを4本打った。7球目(4本目)のファウルのとき、スコアボードには149km/hと表示された。8球目、伊東の打球はレフト方向に上がった。
実は開幕戦だったから、あまりいい席はとれなかった。私は三塁側ブルペンの上のあたりで見ていた。この席ではライトのライン際の打球はフェアかファウルか判断しやすいが、レフト線はちょっと難しい。
人間は瞬時にいろんなことを考えられるのだなあ、と今にして思う。打球を見上げながら、私は考えていた。「これは切れない。入るぞ。待てよ、満塁だから逆転じゃないか。サヨナラだ。逆転満塁サヨナラホームランだ」…言葉にすると、こんなに長いのに、本当にこれぐらいのことを瞬間的に考えていた。
伊東の打球はレフトスタンドに吸い込まれた。翌日の新聞には、「右から左への強風を計算して、左の代打ではなく右の伊東にそのまま打たせた」という森監督のコメントが載っていた。いやはや恐れ入りました、である。
ちなみに、当時の広野打撃コーチは代打を進言していたそうだ(スポーツ伝説シリーズ20『ホームランを知り尽くす』ベースボール・マガジン社、151ページ)。
伊東を語るうえで、どうしても欠かせないプレイがもう1つある。
| 92/05/19(西武) パシフィック・リーグ L対BW 6回戦 18:00〜21:26 | ||
| ブルーウェーブ | 004 000 100 =5 | 伊藤敦−●酒井 |
| ライオンズ | 041 000 001x =6 | 渡辺久−潮崎−○鹿取 |
同点で迎えた9回裏、伊東は無死一塁で打席に立った。誰が考えても、まず送りバントだ。伊東は初球をバントの構えで見送った。2球目、伊東のバントはあまり転がらなかった。打球は一塁方向に少し転がっただけだった。てっきり、2−6−4(一塁カバー)のゲッツーだろうと思った。ところが、ゲッツーにはならなかった。
右打席の伊東はホームベースを跨いだあと、どうしたわけか打球の手前で転んだからだ。キャッチャーの中島聡(のちにライオンズ)は、転んだ伊東と接触して二塁に投げることはできなかった。中島は伊東にタッチして1つアウトをとっただけで、一塁走者は二塁に達した。結果的に送りバントは成功した。
土井監督が抗議に出てきたが、守備妨害は認められなかった。ライオンズは二死後、辻発彦の二塁打でサヨナラ勝ちした。審判は場内説明で「出合いがしら」という言葉を用いたが、そういう審判用語を持ち出されても一般のファンには理解できないだろうと思われる。
まあ、「野球を見に来るなら、それぐらいは勉強しろ」という意味が込められているなら、話はわからなくもない。ルールブックの索引には「妨害等」の項目のところに、「捕手と接触(出合いがしら)」とある。これは業界用語なのだ。
08年版 『公認野球規則』7・09(j)<略>
【原注】 捕手が打球を処理しようとしているときに、捕手と一塁に向かう打者走者とが接触した場合は、守備妨害も走塁妨害もなかったものとみなされて、何も宣告されない。打球を処理しようとしている野手による走塁妨害は、非常に悪質で乱暴な場合にだけ宣告されるべきである。たとえば、打球を処理しようとしているからといって、走者を故意につまずかせるようなことをすれば、オブストラクションが宣告される。
捕手が打球を処理しようとしているのに、一塁手、投手が、一塁へ向かう打者走者を妨害したら、オブストラクションが宣告されるべきで、打者走者には一塁が与えられる。
▲06年版まで7.09(l)でしたが、07年改正により7.09(b)が削除されて(j)に繰り上がりました。
次の日の新聞には「わざと転んだわけじゃない」という伊東のコメントが載っていた。わざと転んだに決まっている。だいたい「わざと転んだ」と言うはずがない。聞くだけ野暮だろう。
両リーグともに6球団ずつで構成されるようになった1958年以降に限定して、連続Aクラスの年数を調べてみると、次のようになる。
| 年数 | チーム | 期間 | 当該期間の順位 |
| 22年連続 | ライオンズ | 82〜03年 | (1131111311111331122312) |
| 12年連続 | ジャイアンツ | 63〜74年 | (131111111112) |
| 11年連続 | ジャイアンツ | 80〜90年 | (31213321211) |
| 11年連続 | ブルーウェーブ | 89〜99年 | (22333211233) |
| 9年連続 | ホークス | 58〜66年 | (212122111) |
| 9年連続 | タイガース | 62〜70年 | (131333222) |
| 9年連続 | ブレーブス | 71〜79年 | (112211112) |
| 9年連続 | カープ | 83〜91年 | (212133221) |
▲89年と90年はオリックス・ブレーブスです。
伊東がプロに入ったのは、ちょうど1982年だ。22年もの間、現役を続けながら1度もBクラスを経験していないのだ。伊東がレギュラーに定着した84年以降のライオンズのチーム防御率は次のとおりだ。
▼「位」はチーム防御率のリーグ順位、「差」は防御率2位のチームとの防御率の差です。マイナスは1位チームとの差になります。なお、89年はライオンズが3.856、バファローズが3.859です。
年 防御 順位 差
84 4.10 2 −0.38
85 3.82 1 0.54
86 3.69 1 0.41
87 2.96 1 0.71
88 3.61 3 −0.49
89 3.86 1 0.00
90 3.48 1 0.20
91 3.22 1 0.24
92 3.52 1 0.06
93 2.96 1 0.28
94 3.81 1 0.08
95 2.98 2 −0.10
96 3.58 3 −0.09
97 3.63 2 −0.02
98 3.66 1 0.04
99 3.58 1 0.06
00 3.68 1 0.35
01 3.88 1 0.05
02 3.20 1 0.38
03 4.43 3 −0.49
キャッチャーとしてレギュラーの座を保持していた20年間で、リーグ優勝できなかったのは8回あるが、チーム防御率がリーグ1位でなかった年は6回しかない。近年はややかげりが見えるとはいえ、ライオンズの黄金時代が伊東とともにあったことだけは疑いようがない。
◆伊東の殿堂入りは、94年開幕戦での逆転満塁サヨナラホームランによるものであって、「出合いがしら」の接触を根拠にするものではありません。アマの場合、わざと転んだと思われるこのプレイは、あまり歓迎すべきことだとは思っていません。私は、ダブル・スタンダードです。
◆01年神宮大会で、ある伝統校(高校)の外野手は、前方のフライを地面すれすれで捕球したとき、ノーバウンド・キャッチをアピールすべく、グラブを高々と掲げました。二塁塁審は、ワンバウンドの判定を下しました。ノーバウンドだとすれば「誤審」でしょうが、ワンバウンドならやはりアンフェアな行為です。
◆たとえば一死二塁で、ライトが自分の前に落ちそうなフライに手を上げて、走者に捕球されると思わせることで、スタートを遅らせるプレイとは、区別されるべきだと考える次第です。
◆94年開幕戦については、「九番勝負」の“4番打者”に指名してあります。「異星人への自慢」のページです。私がこれまでに見た「サヨナラ」ホームランは、「柳沢」のページにまとめてあります。29本中、「逆転サヨナラ」は 6本であり、「逆転満塁サヨナラ」は2本にすぎません。
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