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女子軟式選手権

00/08/21作成
13/12/16更新


女子野球の現況

女子野球の現存する全国大会としては、「全日本大学女子(軟式)野球選手権大会」がもっとも古く、1987年が第1回だ。このページ以降で紹介するのは1990年に第1回大会が開催されている「全日本女子軟式野球選手権大会」であり、全日本女子軟式野球連盟と朝日新聞社が主催している。

大会では「一般の部」と「高校生の部」がおこなわれている(「高校生の部」は03年から、02年以前は「小学生の部」があった)。「一般の部」といっても、下は中学生から上は60歳代まで幅広い年代の選手が登録されている。社会人野球の企業チームのようないわゆる実業団チームではなく、基本的には「組織化された草野球」と見るのが妥当だろう。

連盟は任意団体であり、法人化されているわけではない。女子野球の組織では「全日本女子野球協会」がNPOの法人格を持っているだけだ。ただ、(今のところ)少年野球のように複数の全国組織があるというわけでもなさそうだ。

1995年から大学の優勝チームと一般(社会人)の優勝チームで「ジャパンカップ」を戦っている(1試合制)。ただし、大学連盟側は将来の硬式野球部の加盟を見込んで、組織名の「全日本大学女子軟式野球連盟」や大会名から「軟式」の2文字を外している(硬式の加盟校はまだない)。

女子野球の優勝チーム
大学軟式 JC 一般軟式 高校硬式 全日本硬式 クラブ硬式
1987年 産業能率短大
1988年 富山女子短大
1989年 富山女子短大
1990年 日本体育大 オール兵庫
1991年 日本体育大 旭川レディース
1992年 日本体育大 スパークラーズ
1993年 東京女子体育大 バットマン
1994年 日本体育大 町田スパークラーズ
1995年 金沢学院大 0-4 オール兵庫
1996年 金沢学院大 1-7 オール兵庫
1997年 金沢学院大 1-4 オール兵庫 夙川学園
1998年 金沢学院大 0-4 オール兵庫 習志野
1999年 日本体育大 0-5 アドバンス 神村学園
2000年 日本体育大 1-3 アドバンス 神村学園
2001年 金沢学院大 0-1 愛知アドバンス 神村学園
2002年 日本体育大 1-2 愛知アドバンス 埼玉栄
2003年 日本体育大 2-1 オール兵庫 神村学園
2004年 日本体育大 0-1 東京ウイングス 神村学園
2005年 日本体育大 1-0 愛知アドバンス 神村学園 神村学園
2006年 日本体育大 3-12 愛知アドバンス 埼玉栄

▲「JC」はジャパンカップのスコアです。

硬式では、全国高等学校女子硬式野球連盟が地元自治体・教育委員会とともに主催する「全国高等学校女子硬式野球選手権大会」が97年から(選抜大会は00年から)、日本女子野球協会の主催で「全日本女子硬式野球選手権大会」が05年から、「全日本女子硬式クラブ野球選手権大会」は06年から始まっている。

大会期間は3日間

さて、「一般の部」の出場チームは、私が初めて見に行った97年から32チームで固定している。関東や関西や北海道では、全国大会の予選を兼ねるような形で春や秋の地区大会もおこなっているようだ(大学の全国大会はオープン参加だと聞いたことがある)。

大会は、8月第2週の週末(お盆直前の土日月と考えてよさそうだ)を利用して開かれている。江戸川球場と江戸川臨海球技場を使って開催されている。3月下旬の春休みに開催される高校の女子ソフトボールの選抜大会は、やはり江戸川と臨海を使っているので、その方面からの流れがあるのかもしれない。

大会期間は3日間だ。初日の土曜日に1回戦16試合、2日目が2回戦8試合と準々決勝4試合の計12試合、月曜日に準決勝2試合と決勝を消化している。同時期に開催される高校野球の選手権大会では、開会式直後の第1試合の勝者は中5日で2回戦に臨むわけだから、あちらの「優雅さ」加減がよくわかる。

▼カッコ内はその日の試合数です。

    江戸川    臨海A    臨海C    臨海E
初日  1回戦(4) 1回戦(4) 1回戦(4) 1回戦(4)
2日目 2回戦(2) 2回戦(2) 2回戦(3) 2回戦(2)
    準々決勝(1)準々決勝(1)準々決勝(1)準々決勝(1)
3日目 準決勝(2)
    決勝(1)

04年は48チーム参加だったが、これは15回「記念」大会ということのようだ。1日5試合では、5試合目のチームは気の毒だ。朝は9:00から開会式があり、第5試合は18:30の開始予定だからだ。

    江戸川    臨海A    臨海C    臨海E    臨海F    臨海G    臨海1
初日  1回戦(3) 1回戦(3) 1回戦(2) 1回戦(3) 1回戦(1) 1回戦(2) 1回戦(2)
    2回戦(2) 2回戦(2) 2回戦(3) 2回戦(2) 2回戦(3) 2回戦(2) 2回戦(2)
2日目 3回戦(2) 3回戦(2) 3回戦(2) 3回戦(2)
    準々決勝(1)準々決勝(1)準々決勝(1)準々決勝(1)
3日目 準決勝(2)
    決勝(1)

塁間が25m、バッテリー間は17m、ベースは固定されない。もちろん金属バットOKだが、木のバットを使っている選手も見かける。DH制は採用されていない。7イニング制だが、時間制と得点差によるコールド規定が併用されている。

7イニング終了時あるいは規定時間経過時に同点の場合には、サドンデス方式(一死満塁で任意の打順から攻撃する)が採用されている。

アンパイアは2人制〜4人制(01年と03年の場合、準々決勝まで2人制、準決勝が3人制、決勝が4人制。02年と04年は私が見ていた範囲ではすべて3人制)。どうやら全軟連所属の審判と思われる。江戸川では1回戦から場内アナウンスがつくが、臨海では場内アナウンスはない。

スコアボードに選手名が出るのは準決勝と決勝だけだ。場内アナウンスやスコアボードの操作は、その試合に出ないチームの選手たちによる当番制になっているようだ(記録員も)。

通例、スタメンのアナウンスは、先攻チームのシートノック時か(関東のアマではこれが一般的だ)、両チームのシートノックが終わったあと(関西の大学野球はこちらのパターンが多い。高校野球は県によりけりだ)だ。ところが、この大会では後攻チームのシートノック時にいきなりアナウンスを始めるので、のんびり構えているとあたふたすることになる。

見に行くなら

初めて見に行くなら江戸川の日曜日か月曜日をおすすめする。臨海は条件が悪く、1回戦は大差がつきやすいからだ。99年の決勝は無四球試合だった。エラーが1個あるのは、一塁へのワンバウンド送球が不規則バウンドしただけのことだ。

99/08/09(江戸川) 女子軟式選手権決勝 15:07〜16:31

(1)R
(6)R
(4)R
(2)R
(5)R
(3)L
(8)R
(9)R
(7)L
1
投飛
左3
右安
右安

一邪
二ゴ
+
+
+

+
+
+
+
+
2
三ゴ
三ゴ
二飛
3
三ゴ
右安
三振
遊ゴ
+
+
+
+
+

+
+
+
4
一ゴ
投ゴ
投ゴ
+
+

遊安
+
+
+
+
+
5
二ゴ
投飛

6
右安
投直
遊安
遊ゴ
+
+
+
+

投ゴ
+
+
+
7
右2
投ギ
右安
投ギ
数安点
410
330
311
320
300
310
200
311
200
2692
アド 回 打安振球責
○R 7 232200
ドリ 回 打安振球責
●R 7 289102
アドバンス =2 盗塁
 ア(1表、3表)
 ド(3ウ)
盗塁死
 ア(5表)
走塁死
 ア(6表)
併殺
 ア(6ウ)
 ド(6表)
失策
 ア(6ウ)
ドリームW =0

(6)R
(4)R
(5)R
(1)R
(2)R
(8)R
(3)R
(9)R
(7)R
1
遊飛
遊ゴ
捕邪
+
+
+
+
+
+

+
+
2
三ゴ
右飛
三ゴ
+
+
+

三振
+
+
+
+
3
右安
一ゴ
遊ゴ

4
左飛
三振
三ゴ
+
+
+
+
+

+
+
+
5
中2
左飛
投ゴ
左飛
+

二併
二ゴ
+
+
+
+
+
6
三失

+
7
左飛
遊ゴ
二ゴ
+
+
+
+
数安点
300
300
300
300
310
200
210
200
200
2320

▲当サイトのテーブルスコアは「日刊式テーブル」に準拠しています。

ただ、3日間で最大5試合(04年は最大6試合)という強行日程だから、ピッチャーが1人しかいないチームは、2回戦以降で厳しい戦いを強いられることになる。思いがけない大差がつくもある。

なお、この大会は主に関東のチームのいわばボランティア・スタッフによって運営されている。もし見に行くなら、江戸川であれ臨海であれ、最低限「ゴミはゴミ箱へ」という当たり前のことを忘れてはならない。まあ、別にこの大会に限らないけれども…。

臨海球技場

臨海球技場は、東京駅方面からJR京葉線に乗ると、新木場駅を過ぎて荒川を渡ったところで左手に見える。最寄り駅は葛西臨海公園駅、徒歩10〜15分だろう。もともとは下水処理施設で、その屋上を有効利用して球技場として活用されている。

長方形のグラウンドが2面あって、1つが野球用、もう1つは基本的にはサッカー用のグラウンドになっている。この長方形のグラウンドの四隅のうち対角線の2つの角にホームベースを設けて試合がおこなわれている。野球用ではA面とC面を使用、サッカー用では1面で一般の部、3面で小学生の部という具合だ。

グラウンドの性質上、ファウル・エリアが狭いため、次のような現象が生じる。

00年の大会では、キャッチャーが後逸した投球がダイレクトでバックネットの土台の部分を直撃して、リバウンドのボールが球審の左ふくらはぎを襲った。すねは審判用のレガース(インサイド)でガードしているだろうが、(たぶん)ふくらはぎは無防備だろう。

そんなに下手じゃない

シード制が採用されていないので、組み合わせによっては1回戦においしい試合があったりする。00年の1回戦では、あるチームのキャッチャーが、セカンドの一塁悪送球を一塁側ダグアウトの先までバックアップしていて、二塁を狙った打者走者を刺した(江戸川球場での試合)。

このように、むくわれないことが多い一塁バックアップを重装備のキャッチャーがきちんとこなしているチームもあるし、しばしばベースカバーが不在になってしまうチームもまだある。

キャッチャーの二塁送球が届かないとか、牽制球が投げられないとかは、技術もしくは能力の問題だろう。ベースカバーはセンスの問題かもしれないが、バックアップは意識の問題であって、やろうと思えば誰でもできることだ。

サードへの打球が多いので、うまい選手は三遊間に入ることが多い。もっとも、最初に見た頃にくらべると、セカンドに目が行くチームも増えてきた。二盗のときや二塁への牽制球でも、ショートだけでなくセカンドがカバーに入る割合が多くなっている。

三塁走者がリードする際に、ライン上でリードしている選手をよくみかける。離塁が禁止されているソフトボールの影響なのかもしれない。一般的に三塁走者がファウルグラウンドでリードをとっているのは、理由があってのことだ。

走者がよけきれないような痛烈なライナー性の打球に当たってしまった場合、フェア地域で当たればアウトになるが、ファウル地域で当たってもファウルにすぎない。まあ、痛烈なライナーは少ないだろうが、イレギュラー・バウンドは十分にあり得る。

ところで、01年の大会パンフに愛知県のチームの監督に「彦野利勝」の名前がある。単に同姓同名ではなく、元ドラゴンズの彦野氏であるらしい(02年も載っていたが、03年の名簿からは消えていた)。

元プロ選手が少年野球の指導者になっているケースはよくあるし、硬式の全日本選抜チームは広瀬哲朗氏らが指導していたが、単独チームを率いてこの大会に出たのは彦野氏が初めてだろう。

不思議な組み合わせ

江戸川の全国大会で腑に落ちないことは、同一地区のチーム同士が1回戦からぶつかっていることだ。98年には富山県のチーム同士が1回戦で当たっていたし、99年は大阪同士、00年にも兵庫同士の対戦があった。

高校野球の選手権大会は、初戦が東西対決になることで有名だ(07年から廃止)。センバツは東西対決にこそならないが、すくなくとも同一地区のチーム同士が初戦で対戦することは慎重に避けられている。同一都道府県から2チーム出る場合は、その2チームが決勝以外では対戦しないように配慮されている。

だから、98年の準決勝は一方が横浜対PL学園であり、他方が日大藤沢対関大一の対戦だった。社会人野球の都市対抗にしても、1回戦では同一地区のチーム同士の対戦はないし、同一企業のチーム同士の対戦もない。

大学選手権の場合も、基本的には東西対決の考え方のようだ。すくなくとも北海道勢同士で1回戦を戦ったり、中国勢同士で1回戦を戦うことはない。ただし、1回戦が関東勢同士というケースも絶無ではない(96年の国際武道大対横浜商科大、03年の国際武道大対上武大など)。

連盟のWebサイトを見ると、富山で登録されているのは3チームだけだ。おそらくは練習試合でよく手合わせしているものと想像できる。富山からわざわざ東京まで来て(なかには有休をとって、しかも自腹で)、何の因果でいつでもやれる相手と初戦から戦わなければならないのか、大いに疑問を感じるのは私だけではあるまい。

01年の組み合わせでは、1回戦で関東勢同士の対戦が1試合だけあった。02年の場合も、関西同士や関東同士の対戦がある。まあ、ほかの大会でも、初期の頃には同一地区のチーム同士が初戦で対戦しているのが現実だ。

それが現在の形に収斂したのは、やはり「せっかくの全国大会なのに」という批判に応えたからだろう。あるいは、この大会ではその「進化」の過程を見ることができるのかもしれない(見られないかもしれないけれども…)。

◆03年は1回戦での同一地区同士の対戦はありませんでした。次のように均等配分されていますので、何かしらの配慮がなされたのかもしれません。

Aブロック:関東3、関西2、愛知1、福岡1、宮城1
Bブロック:関東3、関西1、愛知1、北海道1、鳥取1、富山1
Cブロック:関東3、関西2、愛知1、北海道1、沖縄1
Dブロック:関東3、関西1、愛知1、北海道1、広島1、富山1

◆ちなみに、99年は関西6チームがBブロックとDブロックに3チームずつ集中していましたし、00年はCブロックに関西勢が4チーム入っていました。04年の1回戦では関東勢同士の対戦が2試合ありましたが、06年は1回戦で同一地区同士の対戦はありませんでした。

女子野球の歴史

女子軟式選手権の大会パンフには、「日本女子野球の歩み」と題するページがあり、連盟のWebサイトにも同様のページがある。

「大正6年11月 今治高等女学校(愛媛県)が野球部を創設」で始まる年表は、「昭和46年3月 プロからノンプロ(社会人)と続いた女子野球は自然消滅」とあり、その次の項目は「昭和55年 神戸山手女子短期大学が野球部を創設」となっている。

ここに「空白の10年間」が存在するのかと言えば、必ずしもそういうわけではないようだ。先般、別件で縮刷版をひもといていたら、1977年(昭和52年)11月5日付『朝日新聞』17面に「投げる 一千万人の草野球」という短期連載コラムを見つけた。

同コラムによれば、同年11月6日に川崎球場で「第1回少女野球関東大会」が開かれたそうだ。参加チームは台東区の「ジュニアフラワーズ」、東久留米の「滝山コメッツ」、前橋の「中央レディス」、たぶん東京の「エンゼルス」の4チームだ。

あいにく、7日付の紙面にその大会に関する記事を見つけることはできなかったし、第2回大会以降が開かれたのかどうかさえ判然としない。ただ、そのコラムにはある少女の名前が出てくる。

彼女は今も現役だ(確認したわけではないが、おそらく同一人物であろうと思われる)。いわば年表の外で、脈々と培われるものこそが本物の歴史なのかもしれない。

▲頂戴したメールによれば、1979年頃に川崎球場や等々力球場で第1回の全国大会が開かれたそうです。77年が関東大会で、79年が全国大会なら時期的には符合します。まあ、これが何回まで続いたのかという新たなナゾが浮かんでくるのですが…。

硬式野球

ところで、01年5月28日の東京六大学リーグでは、第1試合で両チームの女性投手が先発して話題を呼んだ。一般紙の夕刊1面でも報じられたが、優勝がかかっていた第2試合はほとんど黙殺されていた。

日本でもっとも歴史のある大学リーグ戦で、女性投手同士が先発したというのは、たしかにニュースバリューを備えている。ただ、対戦しただけでいちいちコメントを求められる相手の打者や、登板しただけで別に活躍したわけでもない本人の気持ちは本当のところどうなのだろうかと気にならないわけでもない。

通過儀礼として避けられないものだったとは思うけれども、もうこれからはそういう扱いをするのはやめてほしいと私は思っている。むろん、こうした報道によって、野球をやりたいという女子選手が出てくるなら、それは歓迎すべきことで、否定ばかりはできないけれども…。

普通に1人の選手として見てやればいいと私は思っている。東京六大学が大学野球の一部を担っているにすぎないように、女子選手もあの2人だけではない。たとえば、01年春に見に行った近畿学生リーグのパンフを見ると、3部の大阪歯科大のキャプテンが女性名だった。

この選手は、日本学生野球協会から01年の年度表彰を受けた。春か秋の優勝チーム(もちろん1部)のキャプテンが表彰されることが多いなかで、3部チームの選手が受賞するのは異例のことだ。今はまだ女子選手が特別扱いされているということの証しでもある。

『大学野球』02年春号によれば、彼女は大学にソフト部がなかったから野球部に入ったということらしい。「野球は男子だけのスポーツではない」とも語っている。

私がアマチュア野球に通い始めた90年代以降、大学や社会人の硬式チームに在籍した女子選手は楽に10人を超える。試合に出たとか在籍しているということ自体が話題になるだけで、残念ながら試合で「活躍」したという話は聞いたことがない。

ジェンダー・ギャップ

『陸上競技マガジン』(ベースボール・マガジン社)05年3月号増刊「記録集計号2004」によれば、短距離女子の世界記録と国内男子の高校記録は次のようになっている。

女子世界記録と男子国内高校記録の比較(04年末現在、短距離)
女子世界最高記録 種目 国内男子高校生最高記録
記録 選手 年月日 記録 選手 所属 年月日
10秒49 F・ジョイナー アメリカ 88/07/16 100m 10秒24 高橋和裕 添上高(奈良) 94/08/02
21秒34 F・ジョイナー アメリカ 88/09/29 200m 20秒57 高橋和裕 添上高(奈良) 94/06/18
47秒60 M・コッホ 東ドイツ 85/10/06 400m 45秒89 金丸祐三 大阪高(大阪) 04/10/27

04年の記録だけ見ても、女子世界記録を超えた高校生男子は、100mで1人、200mで14人、400mで8人いる。短距離における女子の世界記録は、高校生男子のトップランナーにとって、ちょうどいい目標になるわけだ。次に、この3種目について、04年の高校女子最高記録(歴代ではない)が、同年中学男子記録の何位に相当するか調べてみた。

高校生女子と中学生男子の短距離記録の比較(04年)
種目 記録 選手 所属 年月日 男子中学生の記録
100m 11秒82 熊坂 都 札幌大谷高(北海道) 04/10/24 11秒33が92位タイ
200m 23秒94 河野千波 東京学館浦安高(千葉) 04/10/03 23秒10が100位タイ
400m 55秒05 沢田実希 大分高(大分) 04/10/27 52秒62が100位

つまり、一番早く走った高校生の女子選手でさえ、中学生男子のランキングには入れないのだ。もっとも、投てき種目の記録を見ると、ギャップは「足」よりも「肩」のほうが大きいと考えてよさそうだ。ただ、テニスやバレーは、現実に同じ大きさのボールを使って、同じ広さのコートでやっているわけだから、野球が女子を拒む理由はない。

江刺正吾・小椋博編『高校野球の社会学』(世界思想社)には、次のような記述がある(67〜68ページ)。

高校3年生に相当する17歳の男子を100%として、近年における女子の体格や身体組成をみると、身長は約93%、体重86%であり、筋肉量は約64%、脂肪量は約150%である<略>ボールを投げるには上肢の筋肉を使うが、上肢の筋力は男性の40%から60%といわれ<略>打撃は、前述の女性の上肢の筋力が弱いという理由から男性と比較して不利であるが、守備は、男性並みにできそうである。それは反射神経には性差がみられず女性の下肢の筋力は男性の70%といわれるからであり、とくに、外野手より内野手に向いている。

このようなジェンダー・ギャップからすれば、男子のなかに女子が混ざるのは無理があるだろう。だからといって、大学や社会人の硬式チームが女子の受け入れを拒めば、行き場を失う選手が出てくるのも現実だ。

自然な関係

さて、大会の話に戻ろう。女子野球と言っても、監督や三塁コーチも女性というチームはごく少数だ。01年のパンフでは、32チームの監督のうち7チームだけが女性名だった。女性監督でオリンピックに臨んだソフトとは、まだまだ距離がある。

ただ、00年まで男子の監督やコーチを一塁または三塁コーチに据えていたチームが、01年は選手登録されている女子を起用しているというケースも見られた。いい傾向だと私は思っている。今の選手たちがやがて指導者となって、ベンチであるいはベースコーチとしてチームを率いてほしいものだ。いわば、柔道の山口香であり、マラソンの山下佐知子だ。

00年12月6日付『日刊スポーツ』(東京版)には、この世界ではかなり有名な選手に関するコラムが載っていた(4面の「We Love Baseball」)。その選手が入った高校にはソフトボール部がなかったそうだ。

主将となり1年の時に愛好会を立ち上げ、2年時に同好会、3年時には晴れて正式な部に昇格した。指導者もおらず、ソフトボール部は狭いスペースで必死にボールを追っていた。

やがて彼女は野球を始め、アメリカに渡ったり、ホークスの春季キャンプに参加したりして話題になった。コラムは将来を語る彼女の言葉で結ばれている。

指導者を目指したいですね。やっぱり監督も女性がするのが一番いいと思う。

野球の山口香や山下佐知子に会えるまで、そんなに待たなくてもいいのかもしれない。いわゆる女子マネージャーとか社会人野球のマスコットガールとか、残念ながら野球と女性との関わり合いは役割分担を固定する枠の中に押し込められてきた。ひょっとすると、今でもそれが当たり前だと思っている人のほうが多いのかもしれない。

埼玉県の夏の高校野球予選パンフ『真夏の球宴』02年版には、78校の女子マネージャー195人から回答を得た意識調査が掲載されている。その中に、女子の「甲子園大会」についての設問がある。「ぜひ実現させてほしい」が96人49%、「甲子園は男の舞台だ」が73人38%だ。

キワモノではない地に足がついた野球と女性との自然な関係を模索してほしいと私は思っている。する側も、周囲も、見る側も、だ。そうした試みの1つとして、女子の野球は着実に歴史を重ねている。魯迅の『故郷』にはこんな言葉があったはずだ。「もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、そこが道になるのだ」と。


魯迅に関する外部リンクです。
おがまんと魯迅(るぅしゅん)魯迅作品『故郷』
 「もともと地上に道はない…」 は 『故郷』 の末尾に出てきます。社会党(社民党の前身)の書記長や副委員長などを歴任し、のちに袂を分かった江田三郎氏の座右の銘だったそうです。 私は高村光太郎の 「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる」 と ワンセットで覚えていました。サッカーなら奥寺、F1なら中島、野球なら野茂――道を作った人がいます。
 もともと私は竹内好氏の訳で読んでいたのですが、引用しようとして○○文庫版を探したら翻訳が気に入らず、自分の記憶のなかの言葉として処理しました。このページではご自身で翻訳されたものが公開されています。校訂中とのことですが…。 (00/10/30許諾済)
学校図書株式会社中学校国語作品紹介 故郷
 竹内好氏の訳では、「それ(希望)は地上の道のようなものである。もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」となるようです。光村図書の教科書でも使われているはずです。(07/07/04設定)
青空文庫故郷
 井上紅梅氏の訳では、「希望は本来有というものでもなく、無というものでもない。これこそ地上の道のように、初めから道があるのではないが、歩く人が多くなると初めて道が出来る」です。私のお気に入りである最後のセンテンスについては、作者の意図を超えて曲解しているだけかもしれませんけど…。(07/07/04設定)
ニー・ハオ!大陸の風一人一人のこと
 ネットで検索していたら、高村光太郎の 「道程」 から魯迅の 『故郷』 を連想したという中国人学生の話が載っていました。日本語教師として中国大陸に渡った方のサイトです。海を越えた?意外な?発見でした。(03/12/26通知済)

◆事実誤認、変換ミス、リンク切れなどにお気づきの際は、お手数ですがブログ「んだ」(女子野球)または「メールのページ」からご連絡いただけると幸いです。

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