セットポジション高校野球
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バックホームはストライク

01/01/14作成
13/12/16更新


それは96年夏、日大藤沢(以下「日藤」)と横浜翠嵐(以下「翠嵐」=すいらん)との対戦だった。92年以降の夏の県大会における両者の戦績は次のとおりだ。

日大藤沢と横浜翠嵐の夏の戦績
92年 93年 94年 95年 96年



1回戦
2回戦
3回戦
4回戦
5回戦
準々決勝
13○3神田
6○2茅ケ崎
14○6ひばりが丘
4○1金井
4○0川崎北
0●10日大藤沢
1●14逗子 7○2長後
0●3相武台
9○6茅ケ崎
2●6横浜商工
5○0大岡
13○0瀬谷西
2○0秦野南が丘
1○0慶応
0●1日大藤沢



1回戦
2回戦
3回戦
4回戦
5回戦
準々決勝
準決勝
決勝
 −
11○1法政二
15○5大船
7○0元石川
10○1武相
10○0横浜翠嵐
8●16桐蔭学園
 −
11○1瀬谷西
10○0橘
6○2神奈川商工
2○1桐蔭学園
11○4横浜商
5●8横浜
 −
11○1寒川
15○2上溝
5○2大和
11○0百合丘
7○4向上
6○1湘南
2●7横浜
16○2淵野辺
10○1神田
5○1霧が丘
7○5光明相模原
8○2上郷
3○0川崎北
9○8横浜
4○2慶応
 −
8○1川崎工
8○2舞岡
5○4相模原
1○0横浜翠嵐
7○1相洋
6○5武相
3●7横浜

日藤は夏の県予選で、92年からベスト4、ベスト4、準優勝、優勝という具合に、上位常連校としての地位を保っていた。一方の翠嵐は92年にベスト8があるものの、そのときに負けた相手が日藤だった。

4年ぶりの雪辱戦

1回戦から4試合連続完封の快進撃を続けてきた96年の翠嵐は、4年ぶりのベスト8だけでなく、4年ぶりの雪辱をも期して前年覇者の日藤に挑むという、そんな試合だった。

96/07/27(平塚)選手権神奈川予選 5回戦 15:30〜17:32

(6)R
(4)R
(2)R
(3)R
(9)R
(7)R
(1)R
(8)R
(5)R
1
三振
三ゴ
遊ゴ
+
+
+
+
+
+

+
+
2
三ゴ
死球
二ゴ
+
+
+

遊ゴ
+
+
+
+
3
三振
右飛
死球

4
投ゴ
中安
一ギ
中安
+
+
+
+

+
+
+
+
5
三振
三振
投ゴ
+

三振
一ゴ
三ゴ
+
+
+
+
6
中安

+
+
7
三ゴ
四球
二併
+
+
+

+
+
+
+
+
8
三振
三振
遊ゴ
9
左飛
死球
二併
+
+
+
+
+
+
数安点
400
300
410
200
110
300
300
300
210
2530
翠 回打安振四死失責
R 832431311
日 回打安振四死失責
L 930371300
横浜翠嵐 = 0 牽制死:翠1(2表)
走塁死:翠1(4表)
併殺:日2(7表、9表)
残塁:翠3、日7
日大藤沢 = 1

(8)R
(2)R
(6)L
(3)L
(7)R
(1)L
(5)R
(4)R
(9)R
H9 R
1
中飛
右2
二ゴ
右飛
+
+
+
+
+
-

+
+
+
2
三振
三ゴ
投ゴ
+
+
-

右飛
死球
投ゴ
+
+
+
3
左安
投ギ
-

+
+
4
左飛
三振
遊飛
+
+
+
-

+
+
+
+
+
5
三邪
遊ゴ
遊ゴ
-
6
死球
投ギ
左2
二ゴ
遊ゴ
+
+
+
+
-

一邪
+
+
+
7
三振
四球
三ギ
+
死球

8
遊飛
左飛
右安
投ゴ
+
+
+
-
+
数安点
300
210
411
410
400
300
200
210
100
000
2441

「コールドにならなければいい」ぐらいに思っていた私としては大いにアテが外れた。翠嵐は日藤と互角に渡り合った。ただし、微妙な差があった。無死または一死で一塁走者が出たときの攻防だ。

無死または一死の走者
翠嵐 日藤
2表1死1塁(6番) 初球前に一走牽制死 3ウ無死1塁(9番) 送りバント成功
4表1死1塁(4番) 送りバント成功
6表無死1塁(1番) スリーバント失敗 6ウ無死1塁(2番) 送りバント成功
続く1死1塁(2番) バントで一走が二封
7表1死1塁(6番) 初球バント見送りのボール、
2球目のバスターはセカンド
ゴロ併殺打
7ウ1死1塁(8番) 送りバント成功
9表1死1塁(3番) 1−3からの5球目にエンド
ランでセカンドゴロ併殺打

日藤は3度の送りバントをすべて初球で成功させて、6回にはこの試合唯一の得点に結びつけた。一方の翠嵐は、都合6度あった無死または一死一塁の局面で、一塁走者を二塁に進めることができたのは1度だけだった。

逆に言えば、翠嵐はたやすくバントさせてしまったが、日藤は簡単にはバントをさせなかった。勝敗を分けたのはバントの巧拙と言うよりバントさせない防御の巧拙だった。

翠嵐が1度だけ走者を二塁に進めたのが4回表だ。二死二塁から5番打者がセンター前にヒットを打った。ツーアウトであり、フルカウントでもあったから、走者はバットに当たればスタートすることになる。

翠嵐の先制点を期待(覚悟)したのは、私だけではなかったはずだ。だが、センターからの送球はノーバウンドでキャッチャーミットに吸い込まれて、球審の右手が上がった。

伝説のライト

さて、この年の本大会では、新野のセンター・福良徹(のちにC)が1回戦の日大山形戦8回表一死一・三塁で、センターフライをダイレクト返球して三塁走者を刺した。そして、決勝戦では「伝説」のシーンがあった。

10回裏一死満塁で松山商のライトが「奇跡のバックホーム」を返したのだ。彼は11回表に二塁打で出塁して決勝のホームを踏むことになる。

日藤のセンターのバックホームも、福良のバックホームも、いいプレイには違いないのだが、やはり状況設定の点で松山商のライトには及ばない。私と彼との「初対面」は00年6月だった。彼は松山大のキャプテンとして大学選手権に出ていた。

00/06/10(神宮) 大学選手権1回戦 15:21〜17:38

(6)
(8)

(7)
(3)
(9)
(5)
(D)
RD
(2)
(4)












1
中飛
遊ゴ
-
三直
+
+
+
+
-
+
+

+
+
-
2
右飛
二安
一ギ
三振
-
+
+

右飛
四球
-
左飛
+
+
+
-
3
中安
投ギ

+
+
-
4
右本
三振
二ゴ
中飛
-
+
+

右安
一ゴ
-
+
+
+
+
+
5
三ゴ
遊ゴ

+
+
6
遊ゴ
中飛
四球
右飛
+
-
+
+

中飛
左飛
-
+
+
+
7
四球
-
三振
四球

+
+
8
中飛
三ゴ
四球
左邪
+
-
+
+

中3
左安

-
投ゴ
左飛
+
9
左安
-
投ギ
右安
数安点
522
411
000
500
511
210
300
310
000
310
210
3284
武道 回打安振四死失責
 L 316302233
○R 625562000
松山 回打安振四死失責
 R 729434022
●R 211401033
国際武道大 = 5 盗塁:武2(5表、7表)、松1(6ウ)
牽制死:松1(3ウ)
走塁死:松1(5ウ)
暴投:松1(3表)
併殺:武1(5ウ)
残塁:武8、松11
松山大 = 3

(6)
(4)
(7)
(D)
RD
HD
(5)
(2)
(8)









1
四球
三ゴ
二ゴ
中飛
-
-
+
+
+

二飛
+
+
+
-
2
死球
ギ野

三ギ

3
左飛
右安
右3
-
-
中安

死球
三ゴ

三ギ
一飛
三ゴ
+
-
-
+
+
4

+
+
5
中安
-
-
投飛
四球
三振

左安
一安

左飛
+
-
-
+
+
6

+
+
7
四球
-
-
一飛
遊ゴ
三振

左飛
+
+
-
+
-
+
+
8

9
左飛
左2
-
-
中飛
三振
+
+
数安点
310
510
520
321
000
100
411
100
300
(9) + 遊ゴ + 三安 + 三飛 + 三振 + 411
(3)
+ 四球 + ギ野 + 三振 + 三振 + 200
3183

打順は8番、ポジションは高校時代と同じライトでのスタメン出場だ。一死二・三塁で迎えた2回裏の第1打席はショートゴロだったが、三塁走者生還で打点がついた。4回裏には三塁線にセーフティバントを試みた。相手ピッチャーは見送ったけれども、ボールは切れずにヒットになった。

試合は9回に逆転されたので、松山大26年ぶりの白星はならなかった(松山大の大学選手権通算成績は、松山商科大時代を含めて4勝26敗=01年時点)。


◆私の「実名掲載規準」ではボーダーラインの選手ですが、「迷ったときは出さない」ことにします。わかる人はわかるでしょうし、「あのときのライト」で通じるなら、それでいいと思っています。

◆当サイトのテーブルスコアは「日刊式テーブル」(『輝け!甲子園の星』の「N式テーブル」と同じです)に準拠しています。詳細は「テーブルスコアの読み方」を参照してください。

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