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鳥取にみる1県1代表制のカゲ

00/10/03作成
08/02/18更新


◇弱くなった?

鳥取県勢は、夏の選手権大会では95年から02年まで8年連続初戦敗退だった。「戦前は強かったようだが最近ではめっきり弱くなった」というテーマで集計していたら、そうではないことに気づいた。鳥取は必ずしも弱くなったわけではない。

夏の全国大会で1県1代表制が定着したのは78年の60回記念大会からだ。そこで、〔1〕戦前、〔2〕戦後の77年まで、〔3〕78年以降、の3期に分けて鳥取県勢の勝敗を集計したのが次の表だ。

鳥取県勢の戦績
春夏合計 勝率
〔1〕戦前 19勝19敗 1勝 4敗 20勝23敗 .465
〔2〕戦後77年まで 8勝13敗 8勝10敗 16勝23敗 .410
〔3〕78年以降 9勝29敗 9勝 9敗 18勝38敗 .321
通算 36勝61敗 18勝23敗 54勝84敗 .391

このように、夏は顕著な差があるが、センバツの成績は昔も今もほとんどイーブンと言っていい。弱くなったのではなく、もともとこの程度だったのだ。ただ、以前はなかなか全国大会には出られなかった。だから、全国大会に出てくるときはそれなりのチームだった。

出場校を増やせば、全体としてはレベルの低下を招くのは当たり前のことだ。いたずらに出場校を増やすのがいいことなのかどうか、たかだか高校生の野球大会に2週間も費やす必要があるのかどうか、議論の余地は大いにあるように思われる。

他の競技とのバランスもあるだろうし、いまさら元には戻せないだろう。戻せと主張するつもりはない。98年の80回記念大会は、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫が2代表で計55代表だった。通常の大会でも、これを維持しろという意見には同意しかねる。中身が薄くなるばかりだからだ。

鳥取県勢全戦績

年・季(回) 出場(回数/通算)… 戦績
1915夏( 1) 鳥取中 ( 1/ 1)… 11○7広島中/1●7和歌山中
1916夏( 2) 鳥取中 ( 2/ 2)… 1●2和歌山中/9○6中学明善/4●5市岡中【敗者復活でベスト4】
1918夏( 4) 鳥取中 ( 3/ 3)… 中止
1919夏( 5) 鳥取中 ( 4/ 4)… 4○3愛知一商/2●4小倉中
1920夏( 6) 鳥取中 ( 5/ 5)… 6○2豊国中/2○0京都一商/3●14関西学院【ベスト4】
1924夏(10) 鳥取一中( 6/ 6)… 10○0京城中/15○2同志社中/5○4宇都宮中/3●9松本商【ベスト4】
1925夏(11) 米子中 ( 1/ 1)… 2○0前橋中/4●10第一神港商
1926夏(12) 鳥取一中( 7/ 7)… 4○2長崎商/4○1盛岡中/3●9和歌山中
1927春( 4) 鳥取一中( 1/ 8)… 7●8松山商
1927夏(13) 鳥取一中( 8/ 9)… 9○1茨城商/3●7鹿児島商
1928夏(14) 鳥取一中( 9/10)… 2●8高松中
1929夏(15) 鳥取一中(10/11)… 12○0秋田師範/2○1敦賀商/1○0市岡中/1●5広島商【ベスト4】
1930夏(16) 米子中 ( 2/ 2)… 0●4大邱商
1932春( 9) 鳥取二中( 1/ 1)… 2●3小倉工
1932夏(18) 米子中 ( 3/03)… 1●3石川師範
1933春(10) 鳥取一中( 2/12)… 9○7長崎商/3●5岐阜商
1933夏(19) 鳥取一中(11/13)… 0●3敦賀商
1934夏(20) 鳥取一中(12/14)… 3○1京都商/1●8熊本工
1935春(12) 米子中 ( 1/ 4)… 2●5島田商
1935夏(21) 米子中 ( 4/ 5)… 4●5育英商
1936夏(22) 鳥取一中(13/15)… 3○2鹿児島商/1●4岐阜商
1938夏(24) 鳥取一中(14/16)… 3○0青森師範/0●3甲陽中
1939夏(25) 米子中 ( 5/ 6)… 12○7高岡商/0●3海草中
年・季(回) 出場(回数/通算)… 戦績
1947夏(29) 鳥取一中(15/17)… 4●10志度商
1950夏(32) 米子東 ( 6/ 7)… 3○2盛岡/7●8鳴門
1952夏(34) 境   ( 1/ 1)… 0●4日大三
1953夏(35) 鳥取西 (16/18)… 4○1松商学園/4●6宇都宮工
1954夏(36) 米子東 ( 7/ 8)… 2○1滝川/1●3早稲田実
1956夏(38) 米子東 ( 8/ 9)… 1○0別府鶴見丘/3○0中京商/1●2県岐阜商
1958夏(40) 鳥取西 (17/19)… 2○1新潟商/0●1柳井
1960春(32) 米子東 ( 2/10)… 2○1大宮/4○2松阪商/5○2秋田商/1●2高松商【準優勝】
1960夏(42) 米子東 ( 9/11)… 8○0盈進商/5●12徳島商
1961春(33) 米子東 ( 3/12)… 2○1掛川西/2○1敦賀/1●4高松商【ベスト4】
1963夏(45) 米子南 ( 1/ 1)… 0●1桐生
1964夏(46) 米子南 ( 2/ 2)… 1●4県岐阜商
1965春(37) 米子東 ( 4/13)… 0●4高松商
1966春(38) 米子東 ( 5/14)… 6○1富士宮北/2○0高知/2●11中京商
1968夏(50) 米子南 ( 3/ 3)… 2●15岐阜南
1970春(42) 米子東 ( 6/15)… 0●5津久見
1972春(44) 鳥取工 ( 1/ 1)… 1●2市神港
1972夏(54) 米子工 ( 1/ 1)… 0●3秋田市立
1973春(45) 境   ( 1/ 2)… 2●5日大山形
1973夏(55) 鳥取西 (18/20)… 3○0仙台育英/0●1富山商
1974春(46) 境   ( 2/ 3)… 8○1長良/0●7和歌山工
1975春(47) 倉吉北 ( 1/ 1)… 1●6福井商
1977春(49) 米子東 ( 7/16)… 0●5県岐阜商

60年春、米子東は決勝で高松商に負けている。翌年の春も準決勝で、65年春には1回戦で、同じ高松商に負けている。その後、倉吉北が79年春と81年春に雪辱を果たしたが、90年春には鳥取西が負けた。米子東と高松商の4度目の対決を見たいものだ。

年・季(回) 出場(回数/通算)… 戦績
1978夏(60) 倉吉北 ( 1/ 1)… 3○2早稲田実/6●14高知商
1979春(51) 倉吉北 ( 2/ 3)… 1○0静岡/7○4高松商/1●5箕島
1979夏(61) 境   ( 2/ 4)… 6●13中京
1980春(52) 倉吉北 ( 3/ 4)… 4●5東海大三
1980夏(62) 倉吉北 ( 2/ 2)… 1●2習志野
1981春(53) 倉吉北 ( 4/ 6)… 5○4鳴門商/3○2中京商/2○1高松商/0●4PL学園【ベスト4】
1981夏(63) 鳥取西 (19/21)… 5○0東奥義塾/0●5早稲田実
1982夏(64) 境   ( 3/ 5)… 3●9東海大甲府
1983夏(65) 米子東 (10/17)… 1●2学法石川
1984夏(66) 境   ( 4/ 6)… 0●1法政一
1985夏(67) 鳥取西 (20/22)… 7○4日大三/0●8宇部商
1986夏(68) 米子東 (11/18)… 3○1東亜学園/2●7天理
1987夏(69) 八頭  ( 1/ 1)… 2●3金沢
1988春(60) 倉吉東 ( 1/ 1)… 10○3市船橋/1○0東海大山形/2●4桐蔭学園
1988夏(70) 米子商 ( 1/ 1)… 4○0鹿児島商/2●3福岡第一
1989春(61) 倉吉東 ( 2/ 2)… 1●4尼崎北
1989夏(71) 米子東 (12/19)… 0●3帝京
1990春(62) 鳥取西 ( 3/23)… 1●4高松商
1990夏(72) 境   ( 5/ 7)… 3○2八戸工大一/0●5平安
1991夏(73) 米子東 (13/20)… 0●5我孫子
1992春(64) 米子商 ( 1/ 2)… 0●1天理
1992夏(74) 倉吉北 ( 3/ 3)… 0●6東海大甲府
1993春(65) 鳥取西 ( 4/24)… 9○4秋田経法大付/0●5長崎日大
1993夏(75) 鳥取西 (21/25)… 11○1不二越工/1●2京都西
1994夏(76) 八頭  ( 2/ 2)… 5○4鶴岡工/1●3水戸商
1995夏(77) 倉吉東 ( 1/ 3)… 4●11金足農
1996春(68) 米子東 ( 8/21)… 9○7釜石南/4●8大阪学院大
1996夏(78) 八頭  ( 3/ 3)… 0●11福井商
1997夏(79) 八頭  ( 4/ 4)… 0●9甲府工
1998夏(80) 境   ( 6/ 8)… 6●7滑川
1999夏(81) 倉吉北 ( 4/ 4)… 0●8静岡
2000夏(82) 米子商 ( 2/ 3)… 1●7仙台育英
2001夏(83) 八頭  ( 5/ 5)… 7●8塚原青雲
2002夏(84) 倉吉北 ( 5/ 5)… 1●6桜美林
2003夏(85) 八頭  ( 6/ 6)… 3○2小山/2●3静岡
2004夏(86) 鳥取商 ( 1/ 1)… 0●6聖光学院
2005夏(87) 鳥取西 (22/26)… 1●7銚子商
2006夏(88) 倉吉北 ( 6/ 6)… 6●7松代

◇地方予選の地区割りの変遷

1県1代表制以前の地区割りを教えてほしいとのメールを何度か頂戴しているので、参考のために掲げておく。

▼神田順治『高校野球の事典』(三省堂)によります。数字は大会回数です。40、45、50、55回大会は記念大会で各県1校です。60回以降は49代表制です(80回のみ55代表制)。年号との対照は、上の表か「大会回数早見表」をご利用ください。

地区割りの変遷
北海道 2東北 6北海道 41北/南の2代表
青森 8東北 11奥羽 20奥羽 41北奥羽 56奥羽 60青森
岩手 2東北 11東北 20奥羽 41北奥羽 56岩手
秋田 1東北 11奥羽 20奥羽 41西奥羽 56奥羽 60秋田
山形 5東北 11奥羽 20東北 41西奥羽 56東北 58山形
宮城 2東北 11東北 20東北 41東北 56東北 58宮城
福島 2東北 11東北 20東北 41東北 56福島
茨城 2関東 4関東 12南関東 22北関東 41東関東 56茨城
栃木 4関東 12北関東 22北関東 41北関東 57栃木
群馬 6関東 12北関東 22北関東 41北関東 57北関東 60群馬
埼玉 7関東 12北関東 22南関東 30南関東 41西関東 57埼玉
千葉 4関東 12南関東 22南関東 30南関東 41東関東 56千葉
東京 1東京 2関東 4京浜 9東京 56東/西の2代表
神奈川 2関東 4京浜 9神静 17甲神静 22南関東 30神奈川
山梨 4甲信 9甲信越 17甲神静 22山静 41西関東 57北関東 60山梨
静岡 2東海 9神静 17甲神静 22山静 41静岡
新潟 2北陸 4北陸 9甲信越 17信越 41北越 56新潟
長野 2北陸 4甲信 9甲信越 17信越 41長野
愛知 1東海 9東海 30愛知
岐阜 1東海 9東海 30三岐 57岐阜
三重 1東海 9東海 30三岐 57三重
富山 2北陸 4北陸 9北陸 41北越 56北陸 60富山
石川 2北陸 4北陸 9北陸 41北陸 56北陸 60石川
福井 2北陸 4北陸 9北陸 41北陸 56福滋 60福井
滋賀 1京津 38京滋 56福滋 60滋賀
京都 1京津 38京滋 56京都
大阪 1関西 2大阪
兵庫 1兵庫
奈良 3紀和 60奈良
和歌山 1関西 2紀和 60和歌山
岡山 1山陽 30東中国 41東中国 57岡山
広島 1山陽 30西中国 41広島
鳥取 1山陰 30東中国 41東中国 57山陰 60鳥取
島根 1山陰 30東中国 41西中国 57山陰 60島根
山口 2山陽 30西中国 41西中国 57山口
香川 1四国 30北四国 58香川
愛媛 2四国 30北四国 58愛媛
徳島 1四国 30南四国 60徳島
高知 6四国 30南四国 60高知
福岡 1九州 11北九州 16北九州 30福岡
佐賀 5九州 11北九州 16北九州 30西九州 41西九州 60佐賀
長崎 1九州 11北九州 16北九州 30西九州 41西九州 60長崎
熊本 6九州 11南九州 16南九州 30西九州 41中九州 58熊本
大分 7九州 11北九州 16南九州 30東九州 41中九州 58大分
宮崎 3九州 11南九州 16南九州 30東九州 41南九州 42南九州 57宮崎
鹿児島 7九州 11南九州 16南九州 30東九州 41南九州 42鹿児島
沖縄 8九州 11南九州(27まで) 34東九州 41南九州 42南九州 57沖縄
1 2 3 4 5 6 7 8 9 11 12 16 17 20 22 30 34 38 41 42 56 57 58 60
朝鮮 7朝鮮(27まで)
台湾 9台湾(27まで)
満州 7満州(27まで)

山形は、東北2校になった11回大会から青森・秋田とともに「奥羽」に回った。日本海側と太平洋側という地理的な事情が考慮されたのか、予選参加校の問題なのかはわからない。その後、20回大会からは、宮城・福島とともに「東北」に移っている。41回から秋田とともに「西奥羽」、56回と57回は宮城とともに「東北」だ。

もっとも混乱しているのは山梨だろう。初参加の第4回大会では長野とともに「甲信」、9回大会からは新潟を含めて「甲信越」、17回からの4年間は一転して静岡、神奈川とともに「甲神静」、22回から神奈川が抜けて「山静」。語呂のせいか名前だけはいつも頭だ。

静岡が独立した41回からは埼玉とともに「西関東」となり、埼玉が独立した57回からの3年間は群馬とともに「北関東」だ。「西関東」はともかく、山梨が「北関東」とはかなり苦しい。まあ、参加校が少ないだけに流転の歴史をたどっているわけだ。

石川の場合、初参加の第2回以降59回まで一貫して「北陸」だが、その中身は一定しない。当初の「北陸」は、長野・新潟を含めた5県、第4回から長野が抜けて4県、9回から新潟が抜けて3県、41回から福井との2県、56回からは富山との2県だ。

島根も面白い。当初は鳥取とともに「山陰」であり、岡山・広島・山口が「山陽」だった。30回大会から岡山を加えた3県で「東中国」となり、広島が独立した41回からは山口とともに「西中国」となった。57回からの3年間は鳥取との「山陰」に戻るが、かつての「山陽」はすべて独立して3代表になっている。

大分に至っては、「北九州」→「南九州」→「東九州」→「中九州」で、あいにく「西」だけが欠けて“パーフェクト”を逃している。


◆このページは、当初「…1県1代表制の弊害」というタイトルでしたが、「弊害」には違和感がありますので、04/01/20付で「カゲ」に改題しました。もともとは「陰」を考えていたのですが、鳥取だけに「山陰」と重なるのは具合が悪いでしょうし、「闇」ではもっと不都合です。無理を承知で「弊害」で押し通してきましたが、やはりしっくり来ません。なお、このページは年内に削除する予定です。

◆私はいわゆる「野球留学」を否定するわけではありませんが、「野球留学」を助長した要因の1つが「1県1代表制」だったのではないでしょうか。不均衡が生じれば、出場しにくいところから出場しやすいところへと、流れていくのは止められないでしょう。

外部リンクです。
高校野球マイナー情報局鳥取県高校野球成績データベース
 中四国地方の高校野球に関してきめ細かくフォローしてあります。鳥取の97年秋以降のベスト8校については、同サイト中の上記ページを、各校別成績については「成績Database」のページをご参照ください。(F未通知、02/07/26設定)

◆鳥取県勢全成績のうち、夏の大会の戦績は週刊朝日増刊『甲子園』、センバツ大会はサンデー毎日増刊『センバツ』をベースに集計しました。『高校野球強豪校伝説』(ベースボール・マガジン社)の数値と照合しましたので、勝敗と出場校に関しては誤りはないと思われます(作成時点)が、対戦相手やスコア等に誤りがあるかもしれません。その他、変換ミスやリンク切れなどにお気づきの際は、お手数ですが「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。



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