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秋の覇者は… | センバツ出場枠の推移 | 「21世紀枠」の正体

センバツ出場枠の推移

00/12/11作成
13/12/16更新

◆このページで示している集計値の更新状況は次のとおりです。

◆このページには、「センバツ地方開催案」「夏の2球場併用案」「神宮大会枠」「神宮大会はこうしろ!(高校04年改訂版)」の項目もおさめてあります。当サイトにありがちな増築の結果ですが、話の流れとしては一応つながっているはずです。


◇地区別出場校数

センバツ大会の地区別出場枠の推移を一覧にしてみた。とくに、最初の20回については、近畿中心にその隣接地区の高校を招くという大会の性格がくっきり反映されている。最初の10回では、関東以北は10%に満たない。

細々と始まった「近畿中心の招待試合」は、やがて夏の選手権大会に匹敵する全国規模の大会として、注目を集めるようになった。案外、センバツの不幸はそういうところから始まったのかもしれないと、私は考えている。

▼沖縄は(今では)九州大会に参加していますので、九州に含めています。

回   年    計 北海道 東北  関東  東京  東海  北信越 近畿  中国  四国  九州  外地
1  1924  8  0   0   1   1   1   0   3   0   2   0   0
2  1925 12  0   0   1   0   1   1   4   2   2   1   0
3  1926 16  0   0   1   1   2   1   5   3   2   1   0
4  1927  8  0   0   0   0   1   1   2   2   2   0   0
5  1928 16  0   0   0   0   2   1   5   4   3   1   0
6  1929 16  0   0   0   1   3   1   7   2   1   1   0
7  1930 16  0   0   0   0   3   3   6   1   2   0   1
8  1931 19  0   0   2   0   3   1   8   1   3   1   0
9  1932 20  0   0   0   1   3   1   8   3   2   2   0
10 1933 32  0   0   2   1   6   1  11   4   4   2   1
11 1934 20  0   0   1   0   5   0  10   2   1   1   0
12 1935 20  0   0   1   0   5   0   6   3   2   2   1
13 1936 20  0   0   1   1   4   0   8   2   1   3   0
14 1937 20  0   0   2   1   5   0   6   1   2   3   0
15 1938 20  1   0   1   1   4   0   9   2   1   1   0
16 1939 20  0   0   3   1   4   0   6   2   2   2   0
17 1940 20  0   0   1   0   5   1   7   2   2   2   0
18 1941 16  0   0   1   1   4   0   5   2   1   2   0
19 1947 26  0   0   1   2   4   1  10   3   2   3
20 1948 16  0   0   1   1   2   1   6   1   2   2
21 1949 16  0   0   1   1   2   0   7   1   2   2
22 1950 16  0   0   1   1   3   0   7   1   1   2
23 1951 16  0   0   2   1   3   0   5   2   1   2
24 1952 18  1   0   1   1   2   1   6   2   2   2
25 1953 19  1   0   1   1   3   1   8   1   1   2
26 1954 19  1   0   1   1   3   1   7   1   2   2
27 1955 20  1   1   1   1   2   1   7   1   2   3
28 1956 20  1   1   1   1   3   1   6   2   2   2
29 1957 20  1   1   1   1   3   1   6   2   2   2
30 1958 23  1   1   1   2   3   1   7   2   2   3
回   年    計 北海道 東北  関東  東京  東海  北信越 近畿  中国  四国  九州
31 1959 23  1   1   1   2   3   1   7   2   2   3
32 1960 23  1   1   2   1   3   1   6   2   2   4
33 1961 23  1   1   2   1   3   1   6   3   2   3
34 1962 23  1   1   2   1   3   1   7   3   2   2
35 1963 28  1   1   2   2   4   1   8   3   2   4
36 1964 23  1   1   2   1   3   1   6   3   3   2
37 1965 24  1   1   1   2   3   1   6   2   3   4
38 1966 24  1   1   2   1   3   1   6   3   3   3
39 1967 24  1   1   2   1   3   2   6   2   3   3
40 1968 30  1   2   2   2   4   1   7   4   3   4
41 1969 26  1   1   2   2   3   1   6   3   3   4
42 1970 26  1   1   2   2   3   1   6   3   3   4
43 1971 26  1   2   3   1   3   1   6   2   3   4
44 1972 27  1   2   2   2   2   2   6   3   3   4
45 1973 30  1   1   3   2   3   2   6   5   3   4
46 1974 30  2   1   3   1   3   1   7   5   3   4
47 1975 29  2   2   3   1   3   1   7   3   3   4
48 1976 30  2   2   3   1   3   2   6   4   4   3
49 1977 30  1   2   3   2   3   2   7   3   3   4
50 1978 30  1   2   3   2   3   1   7   4   3   4
51 1979 30  1   2   3   2   3   2   7   3   4   3
52 1980 30  1   2   3   2   3   1   7   4   3   4
53 1981 30  2   2   3   2   3   1   6   3   4   4
54 1982 30  1   2   3   2   3   2   7   3   4   3
55 1983 32  1   2   4   2   3   2   7   3   4   4
56 1984 32  1   2   4   2   3   2   7   3   4   4
57 1985 32  1   2   4   2   3   2   7   3   4   4
58 1986 32  1   2   4   2   3   2   7   4   3   4
59 1987 32  1   2   4   2   3   2   7   3   4   4
60 1988 34  2   2   5   2   3   2   7   4   3   4
回   年    計 北海道 東北  関東  東京  東海  北信越 近畿  中国  四国  九州
61 1989 32  2   2   5   1   3   2   7   3   3   4
62 1990 32  1   3   5   1   3   2   7   3   3   4
63 1991 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
64 1992 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
65 1993 34  2   2   5   2   3   2   7   4   3   4
66 1994 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
67 1995 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
68 1996 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
69 1997 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
70 1998 36  2   2   5   2   3   2   8   4   3   5
71 1999 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
72 2000 32  1   2   5   2   3   2   7   3   3   4
73 2001 34  1   3   5   2   3   2   7   3   3   5
74 2002 32  2   2   4   2   3   2   6   4   3   4
75 2003 34  2   2   5   1   4   3   6   4   3   4
76 2004 32  1   4   5   1   3   2   6   2   4   4
77 2005 32  1   3   5   1   2   2   6   3   4   5
78 2006 32  2   3   5   2   2   3   6   3   2   4
79 2007 32  1   2   6   1   3   2   6   3   3   5
80 2008 36  1   3   7   1   4   3   6   4   3   4

60年代や70年代は、柔軟に(あるいは恣意的に)出場枠が動いているが、80年代に入るとほとんど安定し、90年代では完全に硬直化していることがわかる。結局、どこかを減らそうとすると抵抗があるから、身動きがとれなくなったあげくに「21世紀枠」その他を持ち出してきたものと思われる。

06年は「神宮大会枠」が北海道、「21世紀枠」が関東と北信越、「希望枠」が東北に振り向けられた結果、近畿以西の出場校は15校に過ぎず、史上初めて半数を下回った。08年も近畿以西は36校中17校であり、半数にイ届かなかった。

10回刻みの地区別出場校数とその割合は次のとおりだ(外地は含まず)。

地区別出場校数の推移と割合(08年まで)
北海道 東北 関東 東京 東海 北信越 近畿 中国 四国 九州
1〜10 1924〜
1933
0校
0.0%
0校
0.0%
7校
4.3%
5校
3.1%
25校
15.5%
11校
6.8%
59校
36.6%
22校
13.7%
23校
14.3%
9校
5.6%
11〜20 1934〜
1948
1校
0.5%
0校
0.0%
13校
6.6%
8校
4.1%
42校
21.3%
3校
1.5%
73校
37.1%
20校
10.2%
16校
8.1%
21校
10.7%
21〜30 1949〜
1958
7校
3.7%
4校
2.1%
11校
5.9%
11校
5.9%
27校
14.4%
7校
3.7%
66校
35.3%
15校
8.0%
17校
9.1%
22校
11.8%
31〜40 1959〜
1968
7校
4.1%
11校
4.5%
18校
7.3%
14校
5.7%
32校
13.1%
11校
4.5%
65校
26.5%
27校
11.0%
25校
10.2%
32校
13.1%
41〜50 1969〜
1978
13校
4.6%
16校
5.6%
27校
9.5%
16校
5.6%
29校
10.2%
14校
4.9%
64校
22.5%
35校
12.3%
31校
10.9%
39校
13.7%
51〜60 1979〜
1988
12校
3.8%
20校
6.4%
37校
11.8%
20校
6.4%
30校
9.6%
18校
5.7%
69校
22.0%
33校
10.5%
37校
11.8%
38校
12.1%
61〜70 1989〜
1998
13校
4.0%
21校
6.4%
50校
15.3%
18校
5.5%
30校
9.2%
20校
6.1%
71校
21.8%
32校
9.8%
30校
9.2%
41校
12.6%
71〜80 1999〜
2008
13校
4.0%
26校
7.9%
52校
15.9%
15校
4.6%
30校
9.1%
23校
7.0%
63校
19.2%
32校
9.8%
31校
9.5%
43校
13.1%

近年の出場枠は次のように動いている。

  年  一般枠 21世紀枠 希望枠 神宮大会枠 出場校計 一般枠の変動            
2000  32    −   −     −   32
2001  32    2   −     −   34
2002  30    2   −     −   32 関東・東京が7→6、近畿が7→6
2003  30    2   1     1   34
04〜06 28    2   1     1   32 東海が3→2、中国・四国が6→5
2008  30    3   1     2   36 東海・北信越で4→5、中四国5→各3
2009  (希望枠廃止)

近畿優遇

03年までのセンバツ出場校の総数は、戦前に台湾から参加した3校を除くと1878校になる。県別の延べ出場回数を03年夏の地方予選参加校で割ってみた。

▼「春出場」はセンバツにおける都道府県別延べ出場回数(03年まで)、「夏予選」は03年夏の予選参加校数です。「割合」は、「夏予選」で「春出場」を除した数値です。

順位  県  春出場  夏予選   割合 
 1 和歌山  95   37  256.8%
 2 高知   48   32  150.0%
 3 香川   56   38  147.4%
 4 徳島   46   36  127.8%
 5 福井   28   29   96.6%
 6 京都   73   77   94.8%
 7 奈良   47   51   92.2%
 8 鳥取   23   27   85.2%
 9 兵庫  131  170   77.1%
10 山口   45   60   75.0%
11 岡山   40   54   74.1%
12 愛媛   44   62   71.0%
13 広島   66   97   68.0%
14 島根   27   40   67.5%
15 大阪  125  193   64.8%
16 岐阜   40   68   58.8%
17 滋賀   30   52   57.7%
18 愛知  105  186   56.5%
19 熊本   35   66   53.0%
20 静岡   61  116   52.6%
21 福岡   70  135   51.9%
22 山梨   18   40   45.0%
23 群馬   29   65   44.6%
24 東京  101  257   39.3%
25 栃木   26   67   38.8%
26 三重   26   64   38.2%
27 沖縄   24   64   37.5%
28 大分   19   51   37.3%
29 石川   20   54   37.0%
30 秋田   18   52   34.6%
31 宮崎   18   53   34.0%
32 宮城   25   78   32.1%
33 鹿児島  29   91   31.9%
34 長野   29   97   29.9%
35 長崎   17   61   27.9%
36 佐賀   11   41   26.8%
37 富山   12   50   24.0%
38 北海道  63  274   23.0%
39 神奈川  42  198   21.2%
40 茨城   22  115   19.1%
41 埼玉   25  168   14.9%
42 山形    8   55   14.5%
43 福島   13   93   14.0%
44 千葉   24  179   13.4%
45 青森    9   75   12.0%
46 岩手   10   89   11.2%
47 新潟    5  102    4.9%
   計  1878 4163   45.2%

歴史的経緯からして、やはり上位は近畿かその周辺地域で占められている。近畿勢の選手権大会とセンバツの勝率を比較すると次のようになる。

近畿勢の春夏勝率比較(03年まで)
選手権 府県 センバツ
勝率 勝率
134 75 .641 大阪 .579 161 117
119 77 .607 兵庫 .537 145 125
106 63 .627 和歌山 .486 85 90
105 75 .583 京都 .474 65 72
64 42 .604 奈良 .465 40 46
24 34 .414 滋賀 .211 8 30
552 366 .601 .512 504 480

6府県とも夏にくらべて春の勝率が低い。しかも大差だ。別に近畿勢が春に弱いわけではない。出場枠で地元(開催地)を優遇してきた当然の帰結なのだ。

センバツ地方開催案

さて、従来のセンバツの選考方法は、まず地区ごとの出場校数が割り当てられて、それに従って、地区ごとに選考がおこなわれるというシステムだった。「21世紀枠」には、固定化してしまった一般枠を流動化させようとする意図があるはずだ。「神宮大会枠」や「希望枠」にしても、その延長線上にあると考えれば、発想自体は悪くはない。

北海道1、東北2、関東5、東京2、東海3、北信越2、近畿7、中国3、四国3、九州4という従来の一般枠に、たいした根拠はないだろう。流動化を目的とするなら、もっとシンプルな方法がある。

もともとセンバツには地元優先の発想が根づいている。それなら、甲子園以外で開催すればよい。地方開催できれば、開催地枠を設けることができる。開催県をプラス1、開催県以外の開催地区をプラス1とすればいい。「21世紀枠」と「神宮大会枠」は廃止して、「希望枠」は開催地区以外の地区から2校を選べばよい。

夏の大会は、出場チームが多いうえにお盆を挟むので地方開催は難しいだろう。春休みの時期だと東北では厳しいものがあるだろうが、北海道には札幌ドームという強い味方もできた。隔年でもいいから持ち回りで地方開催はできないものなのだろうか。

最大のネックは甲子園信者の説得だ。彼らにとって甲子園は聖地である。「甲子園以外で地方開催を」などと主張する私は紛れもなく異端・異教徒・異邦人であり、市中引き回しのうえ、張りつけ火あぶりの刑に処せられるおそれがある。

また、センバツは年度がわりの時期に開催されるため、人事異動との絡みも出てきそうだ。まあ、高野連様も主催新聞社様もどうせウンとは言わないだろうから、現実味はない。

夏の2球場併用案

03年の選手権大会では、準々決勝を2日に分ける手はずだったが、雨で日程が押したために実現しなかった。03年は8月7日に始まり8月23日に終わっている。たかだか高校生の野球の大会にオリンピック並みの期間を費やしているわけだ。

休養日の必要性が議論されてから久しいのに、なかなか導入されなかったのは、今以上に大会期間を延ばしたくない事情があるからだろう。どうせやるなら、準々決勝は今までどおり1日で終わらせて、その翌日を完全休養日にしたほうがよい。当初の03年方式では、4連戦のチームがなくなるだけで、3連戦のチームは残る。

甲子園にこだわらず、もう1つの球場を併用するという、より大胆な発想ができるなら、大会序盤の間延びが防げるだけでなく、大会終盤に完全休養日を設定することも可能になる。

▼「02年」は02年夏の実際の日程(予定どおり)、「03年」は当初予定されていた03年夏の日程(実際には雨による順延あり)、右側の「メイン」と「サブ」は私の2球場併用案です。「1」「2」「3」は1〜3回戦、「Q」は準々決勝、「S」は準決勝、「F」は決勝を示します。は、開会式直後の第1試合の勝者が戦う試合です。

 02年  03年     メイン  サブ 11 開111 第1日  開11 −
1111 1111 第2日  111  111
1111 1111 第3日  111  111
1111 1111 第4日  112  222
112  112  第5日  222  22
2222 2222 第6日  222  222
222 2222 第7日  33  33
2222 2222 第8日  333
222  222  第9日  QQ
333 3333 第10日 QQ
3333 3333 第11日 −
QQQQ QQ   第12日 SS
SS   QQ   第13日 F閉
F閉   SS   第14日
     F閉   第15日

02年夏の場合、開会式直後の第1試合に勝った帝京の2回戦は、7日目の第3試合だった。中5日だ。春の地区大会なら5日もあれば決勝まで終わってしまう。

私案では同じ49チームを前提にしているが、準決勝と決勝以外は連戦にならない。サブ球場で初戦を戦うチームが19チーム(または18チーム)になる。これらのチームについては、次の2回戦(または3回戦)では甲子園でやれるように日程を組むことは可能だ。

1つ勝てば甲子園でやれるのなら、絶対的多数派である甲子園信者の方々にも納得してもらえるのではないだろうか。私案の場合、4試合日は絶無にしたが、2回戦から3回戦、あるいは3回戦から準々決勝の連戦を認めるなら、4試合日を入れてさらに期間を短縮することもできる。

ネックになるのはTV中継だろう。地元優先で放送しても、広域エリアの地域が困る。同一時刻に甲子園では神奈川のチームが、サブ(舞洲?)では埼玉のチームが登場する場合、NHK様が地上波の2つを使うことに同意するかどうかだ。

まあ、高野連様にしても主催新聞社様にしても、NHK様に全試合を中継してもらわなければ困るだろうから、こちらも現実味はない。たとえ、それが本末転倒であるにしても、だ。

神宮大会枠

「神宮大会枠」は03年センバツから正式に設けられた。実は、00年11月初めの段階で、01年センバツでは一般枠32校のほかに、「21世紀枠」で1校選出され、神宮大会優勝校の属する地区を1校増枠するという新聞報道があった。正式導入は03年だったが、その前から議論はされていたのだ。

神宮大会で「高校の部」が始まったのは1973年だ。今でこそ、10地区の秋季大会優勝チームが「招待」されているが、以前は8チーム参加のよくわからない大会だった。北海道と東北は隔年、中国と四国も隔年、そのほかに関東、東京、北信越、東海、近畿、九州から各1校参加していた。

神宮大会の開催時期が11月初旬だったため、北海道、東北、東京、北信越のように秋季地区大会が終わっている地区からは地区大会優勝校が、まだ始まっていない四国からは主に県1位校が、地区大会開催中の地区では秋季地区大会に出ない高校が神宮大会に出ていた(県3位校や4位校)。

96年から11月中旬の開催となり、この年は出場8校がすべて地区大会優勝校だった。97年は近畿から滋賀1位校の彦根東(近畿大会は1回戦敗退)、四国からは高知2位校の明徳義塾(神宮大会後の四国大会で優勝)が「招待」されている。

98年は出場8校がすべて地区大会優勝校であり、99年は四国(香川1位の丸亀)以外の7校が地区大会優勝校だ。00年から10校参加になって、四国が地区大会開催を早めたので、現在の形が整った(頁末リンク参照)。

神宮大会優勝チームの属する地区を増枠するというのは、ある意味では公平だ。神宮大会の優勝チームが出たからといって、その地区全体のレベルが高いということの証明にはならないけれども、野球の結果で出場枠を移動させる点で「21世紀枠」よりましだ。

だが、「神宮大会枠」というニンジンがぶら下げられる背景の1つには、神宮大会での「手抜き」がある。98年や99年には、これで本当に地区大会優勝校同士なのかと疑いたくなる試合が目についた。たしかに、私が監督なら手を抜きたくなる大会なのだ。

神宮大会はこうしろ!(高校の部・04年改訂版)

目標はあくまでもセンバツだろう。センバツを五輪だとすれば、秋の大会はオリンピック出場をかけた選考会だ。地区大会優勝校が集まるようになった現状では、神宮大会出場校はオリンピック選考レースを好タイムで優勝して「当確」がついたマラソンランナーと同じだ。

地区大会優勝チームに神宮大会に出ろというのは、42.195キロの選考レースを目標どおり(あるいは目標以上)の成績で走り終えたマラソンランナーに対して、1週間後の駅伝に出ろというのに等しい。出ろと言われれば出るだろうが、もう次の目標は定まっているのだ。

その調整過程にある以上、モチベーションが上がるはずはないし、何がなんでも勝ちに行こうという試合にはならない。いくら「プレ・センバツ」と煽ってみたところで、しょせんはでがらしに過ぎない。

まあ、私が監督なら(たぶん私でなくても)、秋の大会であまり出場機会を与えることのできなかった控え選手(とくに1年生)を起用したくなる。実は、99年の神宮大会で初戦負けしたあるチームに対して、私は大いに憤慨したことがある。試合後、負けた高校の監督に知り合いらしい人が声をかけていた。

その監督は「7時の飛行機がとってある」と言って足早に通りすぎていった(必ずしもチーム全体のチケットがおさえてあるという意味ではなく、監督だけがとんぼ返りするつもりだったのかもしれない)。私はそのチームに対して、試合中から「手抜き」疑惑を感じていた。

とはいえ、冷静に考えると仕方がない話だ。むしろ、もっともなことだとさえ思う。00年以降は、最初からそのつもりで見ているから、別に腹も立たない。センバツの最多得点記録は、1939年の対浦和中戦で滝川中が記録した27得点だ。03年の神宮大会では36対5という試合があった。

神宮大会で真剣味のある試合をやってもらうには、センバツが微妙な高校を集めて、事実上のセンバツ出場決定戦にすればいいのだ。地区大会優勝校ではなく、ボーダーラインの高校に出てきてもらったほうがいい。次のようにすれば、いやでも「手抜き」はできない。

┌ 四国大会準決勝敗退校 ───┐
│               ├─┐
│ 関東大会準々決勝敗退校───┘ │
│                 ├─┐
A 関東大会準々決勝敗退校───┐ │ │
│               ├─┘ │
│ 中国大会準決勝敗退校 ─┐ │   │
│             ├─┘   │
└ 東京都大会3位校   ─┘     │
                    ├
┌ 関東大会準々決勝敗退校─┐     │
│             ├─┐   │
│ 四国大会準決勝敗退校 ─┘ │   │
│               ├─┐ │
B 東京都大会準優勝校  ───┘ │ │
│                 ├─┘
│ 中国大会準決勝敗退校 ───┐ │
│               ├─┘
└ 関東大会準々決勝敗退校───┘

Aゾーン、Bゾーンともに、東京1、関東2、中国1、四国1で構成し、その範囲内で(代理)抽選とするのだ。話は単純であって、決勝進出2チームに「権利」を与える。東京同士だろうが、四国同士になろうが、そんなことは関係ない。


◆神宮大会のモチベーションを高めるだけなら、「神宮大会枠」よりはるかに優れた方法があります。夏を増枠するのです。02年神宮大会では岐阜の中京が優勝しましたので、03年夏は岐阜から2校出られるようにすればいいわけです。これなら、優勝チームは夏の予選を1試合免除されることになります。自分のために自分の力で勝ち取った優先権です。当事者に直接のメリットがなければ、ニンジンをぶら下げたことにはなりません。モチベーションの上がらない試合を一緒に見ていたN氏の発案です。まあ、主催新聞社が違いますから、これも実現はしないでしょうけど…。

◆神宮大会大学の部については、「神宮大会はこうしろ!」のページをどうぞ。

外部リンクです。
こだわり高校野球明治神宮野球大会 過去の出場校選出基準について
 タイトルのとおり、神宮大会の「よくわからない」時代のことがまとめてあります。未整備ですので、ご存知の方はご教示を(直接)お願いいします。とくに、『神宮大会○○年史』をお持ちの方は、何か書いてないか目を皿のようにしてチェックしていただけると(私も)幸いです。(F未通知、06/02/15設定)

◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ」(センバツ出場枠の推移)または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。

★07/02/03校正チェック済、ケなし、順OK
★07/12/31HTML文法チェック済(エラーなし)
★地区別出場校数の推移と割合=ブリーフケース>センバツ打率と防御率>秋季



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