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野球統制令と学生野球憲章

07/06/20作成
13/12/16更新

◆1932年2月27日付『東京朝日新聞』3面に「未公認大会参加を禁止 全国、選抜大会は各1回公認 中等学校野球統制」という記事があります。いわゆる「野球統制令」のうち、当時の中等学校野球に関する事項が野球統制委員会の審議会から発表されたことを伝える記事です。また、3月5日付同紙には「優秀選手争奪の弊害を一掃 学校野球統制策決定」と題する記事があります。これらの記事に掲げられた統制令の内容と現在の学生野球憲章を逐条比較してみました。


◇野球統制令

学生野球憲章は1950年1月に制定されている。この憲章は、財団法人日本学生野球協会の前身・学生野球指導委員会が1946年12月に定めた「学生野球基準要項」が下敷きになっている。さらに遡れば、1932年の「野球統制令(野球ノ統制並施行ニ関スル件)」に行き着くのだが、この経緯については、当事者の弁で確認するのが早いだろう。

日本学生野球協会沿革(http://www.student-baseball.or.jp/abstruct/abstruct.html)

学生野球が全盛時代の昭和7年(1932)3月28日に文部省が訓令第4号のいわゆる「野球統制令」を発令した。終戦後、学生野球に関与する者にしてみれば、事ごとに文部省の指導監督を受けるのでなければ、学生野球の健全なる発達を期しえないというこは、野球人に対する重大な侮辱であった。かくして昭和21年(1946)8月に文部省と数次の会談の結果、学生野球指導委員会を結成するにいたった。即ちその任務は一方に於いては日本学生野球協会の結成を準備すると共に、他方に於いてはその成立に至るまでの間、当時旧制の中等学校(即ち現在では高等学校)以上の学生野球に関する重要事項の審査並びにその施行を指導監督することにあった。全国の旧制の中等学校、専門学校、高等学校、大学の野球部長また校長及び先輩から選ばれた委員38名は、慎重審議の上、同年12月21日学生野球基準要項の制定と日本学生野球協会の誕生とを見るにいたった。日本学生野球協会が設立されると昭和22年(1947)5月21日文部省訓令第6号により「野球統制令」が廃止された。その後昭和25年(1950)1月22日に学生野球基準要項を日本学生野球憲章と改正

野球統制令は1932年3月28日に文部省訓令第4号として発令され、同年4月1日から施行されている。1932年当時、日本にはまだプロ野球はない。当時、東京六大学と中等野球のほかには社会人野球がある(東都五大学野球連盟は1931年春、関西六校野球連盟が31年秋に結成されている)。→「大会回数早見表」

文部省が「統制」に踏み出したのは、スポーツを政治に利用しようという思惑があったことも否定できないだろうが、当時の新聞記事などを見る限り、主に東京六大学においてヒートアップした背景があったことも事実のようだ(後述)。1932年とは、脇村春夫氏が生まれた年でもある。

学生野球憲章のうち、高校野球の関する事項は第3章(第15条〜第19条)だ。このうち、第19条には「第4条第1項・第7条但し書及び第9条から第14条までの規定は、高等学校野球にこれを準用する」と定められている。このページで取り上げるのは、第17条、第18条、第9条〜第14条のほかに、第3条であり、その他の条項については学生野球協会なり高野連なりのWebサイトを参照してほしい。

▼「学生野球憲章」は学生野球協会のWebサイトからコピペしました。漢数字もそのままです。「野球統制令」については、旧字体を新字体に改め、漢数字を適宜アラビア数字に改めました。また、繰り返し符号は「ひらがな」表記で対処しました。なお、「野球統制令」については、2月27日付と3月5日付紙面によるものであり、4月1日施行時のものと同一であるとの保証はできかねますので、ご注意ください。

第17条関係

▼東京朝日では「一」になっていましたが、たぶん「」の誤りでしょうから、そのように処理しました。「ハ」につき、「府県の体育」は「府県の体育団体」ではないかと思われますが、そのまま記載しておきました。また、東京朝日では「イロハニ」の「」であるべきところが、漢数字の「二」になっていましたので、こちらは改めました。

野球統制令(中等学校の野球に関する事項) 学生野球憲章
、野球試合は左記により開催せらるること
 イ、全国的優勝大会及び全国的選抜大会はそれぞれ年1回全国中等学校野球協会公認の下に開催し得ること但し明治神宮体育大会に関するものはこの回数に含まず
 ロ、地方大会(「府県対抗試合」又は参加学校が3府県以上にわたる試合をいふ)は関係府県の体育団体(第1項記載の事項参照)共同主催の下に同一地方に関し年1回に限り公認を受けて開催し得ること
 ハ、府県大会は府県の体育(第1項記載の事項参照)の主催もしくはその公認の下に年1回開催し得ること但し全国的優勝大会地方大会府県対抗試合の府県予選を別に行ふ場合はこの回数に含まず
 、連盟試合(同一府県内に存する3校以上の学校間にて総当り式にて行はるるものをいふ)は近接せる学校間にて予め関係学校長において協定をなし関係学校共同主催の下に府県体育団体(第1項記載の事項を含む)の公認を得て開催し得ること
 ホ、府県内における2校間に対抗試合は当がい学校長において協定をなし両校共同主催に下に開催し得ること
 へ、府県を異にする2校間の対抗試合はそれぞれ当該学校長の承認の下にその属する府県体育団体において協定をなし開催し得ること
第十七条 高等学校チームの参加することができる試合は、次に掲げるところにより開催せられるものに限る。
一  全国大会は財団法人日本高等学校野球連盟の主催したもの。
二  地方大会(近接せる二以上の都道府県)は関係都道府県高等学校野球連盟の主催したもの。
三  都道府県大会は都道府県の高等学校野球連盟の主催したもの。
四  都道府県を異にする二校の試合はそれぞれの関係都道府県高等学校野球連盟の承認を得たもの。
五  同一都道府県内の二校間の試合はそれぞれの学校長の責任の下に行なわれるもの。

野球統制令では、全国大会、地区大会、府県大会について回数制限が設けられていることが特徴的だ。裏を返せば、昭和初期の当時、回数制限を施さなければならないほどの大会が各地で催されていたということになるわけだ。また、ニの「連盟試合」は数校によるリーグ戦のようだが、こういう形の試合もあったということになる。

さて、学生野球憲章では、(1)高野連主催の全国大会、(2)関係都道府県高野連が主催する地区大会、(3)都道府県高野連が主催する都道府県大会、(4)関係都道府県高野連が承認した都道府県を異にする2校間の試合、(5)学校長の責任下で行われる同一都道府県内の2校間の試合が認められている。

野球統制令のイにある「明治神宮体育大会」とは現在の国体のようなもので、現在の「明治神宮野球大会」(以下「神宮大会」)とは異なる。神宮大会は明治神宮と学生野球協会が主催している。神宮大会は学生野球憲章17条の分類によれば、「全国大会」ということになるはずだ。

もう1度書くが、主催者は高野連ではない。ということは、学生野球憲章を定めた学生野球協会が自ら憲章違反の大会を主催していることになるのではないか、という指摘も成立するだろう。17条の一は「…財団法人日本高等学校野球連盟または財団法人日本学生野球協会の主催したもの」としなければならないはずだ。

第18条関係

野球統制令(中等学校の野球に関する事項) 学生野球憲章
四、中等学校生徒の参加する試合にして入場料を徴収せんとする時は主催者においてその件に関し承認を得べきこと
五、試合の入場料は前項により承認を受けたる団体において処理しその収支は試合終了後直に報告し当がい学校は直接これに与らざること参加学校において旅費滞在費等を受くる場合は必ず当がい学校の属する府県体育団体を経て収受すべきこと
九、中等学校生徒は個人として入場料を徴収する試合に出場することを得ず
第十八条 高等学校の野球試合に入場料を徴収する場合には、次に掲げる事項を厳守しなければならない。
一  全国大会にあっては、日本学生野球協会の承認を得ること。
二  地方大会にあっては、財団法人日本高等学校野球連盟の承認を得ること。
三  一都道府県内の試合にあっては、都道府県高等学校野球連盟の承認を得ること。
四  大会又は試合の終了後入場料徴収の承認をした協会又は連盟にすみやかに収支決算を提出すること。
五  入場料の使用は、大会又は試合するに必要な経費及び参加学校における体育の普及と発達に必要な経費の充当に限定されるべきこと。

当時、大学野球において、入場料問題は世間を騒がせていたようだ。次のような記事もある。見出しは「六大学リーグの醜聞に責任を感じ二氏辞職 蘆田理事長と武満会計係 シーズンを眼前に」だ。

1932年4月22日付 『東京朝日新聞』 2面

六大学リーグ戦を明後日に控へて突如同リーグ理事長蘆田公平、同会計武満国雄氏の辞職が実現しようとしてゐる、即ち去る19日夜工業クラブで行はれた今春リーグ戦のメムバー交換席上、前記両氏から安部会長の手許に進退伺ひを提出、今21日午後6時から開かれる理事会の席上この問題を付議決定の上さらに最高委員会に諮問決定を見るが、両氏がこの挙に出たのは久しくリーグ当局の会計その他をめぐつて種種香ばしからぬ風説を生み世上から疑惑をむけられてゐたのに対し責任上自ら処決したもので多少の異論はあつても両氏の辞職は実現するものと見られてゐる

▲記事中の太字は原文のままです。私が太字にしたのではありません。記事では文字サイズも大きくなっています。

野球統制令は文部省の諮問機関である「野球統制に関する臨時委員会」で決められたものだが、委員を依嘱された17人の中には、進退伺いを出した東京六大学連盟理事長・蘆田公平氏と、これを受け取った東京六大学連盟会長・安部磯雄氏も含まれている。

第9条関係

野球統制令(中等学校の野球に関する事項) 学生野球憲章
七、学校選手にして全国的大会、地方大会、府県大会に参加する場合は必ず学校医の健康証明書を学校長より主催者に提出すること
八、中等学校生徒にして学校を代表する試合に参加せんとするときはその都度学校長の許可を受くべきこと
第九条 選手は、学校長が身体、学業及び人物について適当と認めた者に限る。但し、大会、リーグ戦又は対校試合に出場する選手の資格に関しては、主催団体においてさらに厳格な制限を設けることができる。

私が学生野球憲章の全文を初めて読んだのは、5年以上前のことだった。「身体、学業及び人物について適当と認めたものに限る」というくだりに、思わず吹き出したのを覚えている。もし、田名部氏や脇村氏が大真面目にそう考えているのだとすれば、とても話が合いそうにない。

野球統制令では校長は健康証明書を提出し試合出場を許可するだけで足りたのに、学生野球憲章では「学業と人物」まで面倒を見なければならなくなっているのだ。校長というのは難儀な職業のようだ。

第10条関係

▼東京朝日では「」は脱落しているものと思われますので、勝手に加えました。

野球統制令(その他の事項) 学生野球憲章
一、学校選手は営利宣伝を目的とする記事、広告、商品等に自己の名義、肖像を利用せしめざること
一、学校選手は職業選手と試合を行ふを得ざる事、但し全国的野球協会及び学校長の承認ある場合はこの限りにあらざる
第十条 選手及び部員は、職業野球に所属する選手、監督、コーチ、審判員その他直接に職業野球の試合若しくは練習に関与している者又は関与したことがある者と試合若しくは練習を行ない、又はこれらの者からコーチ若しくは審判を受けることができない。但し、直接に職業野球の試合又は練習に関与したことがある者であっても、日本学生野球協会審査室においてその適性を認定された者については、この限りではない。
2.  前項の規定は、職業野球のスカウトその他これに準ずる者についても、これを準用する。

野球統制令ができた1932年に日本にはプロ野球はない。したがって、野球統制令で言う「職業選手」とは、アメリカから来日する選手またはアメリカ遠征で対戦する選手を想定していることになる。「要項」作成時にGHQがどう絡んでいるのか定かではないけれども、「憲章」になった1950年当時はまだアマチュアのほうがプロより人気があった時代だ。

第10条は、見直すべしと散々指摘されてきたものだ。プロ野球がなかった時代に策定された条項を、プロ野球が「認知」されて久しい今でも引きずらねばならないものだろうか。

第11条、第12条関

野球統制令(中等学校の野球に関する事項) 学生野球憲章
十、中等学校選手は「クラブチーム」に加はり優勝大会若くはこれに準ずべき試合に出場することを得ず、但し学校長の許可ある場合学校を背景とする「チーム」に加はり府県体育団体の公認ある大会にして収入を伴はざるものに出場するはこの限りにあらず 第十一条 選手及び部員は、自校又は出身校を背景とするクラブチーム以外の試合に出場することができない。
2.  選手又は部員が参加するクラブチームの試合に関しては、すべて、この憲章の規定を準用する。
3.  前二項のクラブチームとは、選手及び部員とこれらの者の自校、又は出身校の先輩との混合チームをいう。
第十二条 前二条に関しては第十条第一項但し書の場合を除くほか、日本学生野球協会が、審査室の議を経て特別の措置をすることができる。

野球統制令で言う「クラブチーム」とは、今の社会人野球のことだと思われる。大学の野球部に在籍しながら「全○○」でもプレイするということがきっとあったのだろう。現行規定では、社会人側でも二重登録を禁止している。

第13条、第14条関係

野球統制令(その他の事項) 学生野球憲章
一、学校選手は旅費、宿泊費その他当然必要なる経費以外の謝礼を受けコーチ審判等を行ふを得ざる事
一、学校選手たるの故を以て学校又は学校を背景とする団体より学費その他の生計費を受くを得ざる事
一、優秀なる野球技術の所有者たるの故を以て入学の便を与え又は学費その他の生活費を授くるが如き事を条件として入学者を勧誘せざる事
第十三条 選手又は部員は、いかなる名義によるものであっても、他から選手又は部員であることを理由として支給され又は貸与されるものと認められる学費、生活費その他の金品を受けることができない。但し、日本学生野球協会審査室は、本憲章の趣旨に背馳しない限り、日本オリンピック委員会から支給され又は貸与されるものにつき、これを承認することができる。
2.  選手又は部員は、いかなる名義によるものであつても、職業野球団その他のものから、これらとの入団、雇傭その他の契約により、又はその締結を条件として契約金、若しくはこれに準ずるものの前渡し、その他の金品の支給、若しくは貸与を受け、又はその他の利益を受けることができない。
第十四条 選手又は部員は、コーチ、審判その他これに準ずる行為をするに際し、これらに当然に必要な旅費、宿泊費、その他の経費以外の金品の支給、若しくは貸与を受け、又はその他の利益を受けることができない。

問題の13条だ。野球統制令と学生野球憲章の相違は、憲章では学費等の減免を条件としないスポーツ推薦入学なら否定されていないという点だ。したがって、スポーツ推薦制度があるからといって、ただちに憲章違反となるわけではない。ただし、アマチュア問答集は高校における野球の実技テストを認めていない。

アマチュア野球問答集(http://www.student-baseball.or.jp/Q&A/Q&A.html)

問49 スポーツ選手を対象とした推薦入学制度はどうか。
答)かまいません。ただし、高校では野球に関する実技テストはできません。

もっとも、静岡県の一部の県立高校では、実技テストがおこなわれているようだ。

第3条関係

野球統制令(中等学校の野球に関する事項) 学生野球憲章
三、野球試合は総ての学業に支障なき時に行ふはもちろんなれども時に対外試合は土曜日の午後日曜日、祭日、休日、休暇に行ふこと但し府県の事情によりこの期日に行ふを得ざる場合府県体育団体においてその事情を具し全国中等学校野球協会等の承認を得てこの期日外に行ふを許すこと 第三条 試合はすべて学業に支障がないときに行なわなければならない。春秋シーズンは、三カ月を超えてはならない。但し、休暇における試合は、この限りではない。

学生野球憲章の第3条は大学野球に関する規定だ。この第3条は大学野球には適用されるが、高校野球には適用されない。まあ、大会主催者側が平日の試合を認めなければ済むだけのことだ。実際には大学野球は平日開催されることも少なくない。高校野球は平日にかかることもあるけれども、基本的には週末のほかに夏休みや春休みを利用している。

以上、これだけでもわかるように、学生野球憲章の原流は1932年の「野球統制令」であり、それはプロ野球がなかった時代のアマの「逸脱」を戒めるものだった。また、「野球統制令」が統制の対象としたのは、学校を基盤とする野球だけであって、社会人野球はもちろん、その後に誕生したプロ野球も対象外だった。


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