◆このページは、「2度と行きたくない球場」と「私の好きな球場」という相反するタイトルのページから再構成したものです。新規の加筆はありません。
今はもうなくなってしまった日生球場は、ちょっと珍しい球場だった。ボールカウントが2−0のはずなのに、ふとスコアボードを見ると、緑のランプが2つ灯っている。最初のうちは、「0−2じゃないだろう」と心の中でぶつくさ言っていた。
2度目に同じ食い違いに気づいたとき、「これだから、マイナーリーグは…」と思いながら、よく見ると、スコアボードのストライクとボールの色がいつもと違うことを悟った。通常、SBOカウントボードのストライクは黄色、ボールは青(緑)、アウトは赤だ。ツーアウトでフルカウントなら、次のようになる。
| S | ●● |
| B | ●●● |
| O | ●● |
ところが、日生球場のスコアボードは、ストライクが青(緑)で、ボールが黄色だったのだ。何のことはない。私が色だけで判断してしまっただけで、スコアボードの操作は正しかったのだ。
| S | ●● |
| B | ●●● |
| O | ●● |
まあ、信号機の色からの連想として、攻撃側の立場に立つなら、ストライクは黄色、ボールは青(緑)、アウトは赤という「標準」は、違和感なく受け入れることができる。本当のところは、どういう理由があるのかわからないけれど…。
91年と92年に行ったときの藤井寺球場もストライクが青(緑)、ボールが黄色だった。94年に行ったときは、ノーマル?な形に変わっていた。また、千葉県大学リーグの公式戦がおこなわれる千葉工大茜浜グラウンドのスコアボードも日生球場と同じだそうだ(私はまだ行ったことがない)。
兵庫県・高砂球場では、ストライクとアウトが赤、ボールは青(緑)だった。私が行ったのは95年だったが、03年4月現在でも変わっていないそうだ。
| S | ●● |
| B | ●●● |
| O | ●● |
東京・八王子にある堀越球場(堀越学園、頴明館)のボールカウント表示は、かなり独特なものだという。ボール先行の「国際派」ということになるだろうが、これに慣れてしまうと、公式戦で戸惑うこともあるかもしれない。
| B | ●●● |
| S | ●● |
| O | ●● |
群馬県・安中西毛球場のSBOランプは表示位置が左揃えではなく、7個のランプが上下左右対称になるように配置されているそうだ。左寄せの標準配置に慣れているスコアラーにとって、かなり違和感があるだろうと思われる。
| S | ●● |
| B | ●●● |
| O | ●● |
ところで、07年までの神宮球場ではボールカウントはアラビア数字が入るようになっていた。改装された08年からノーマルバージョンに変わってしまった。コストの点では高くつくのかもしれないが、私は数字のほうが好きだった。なお、神宮のスコアボードには四死球の合計が出ていた(おそらく日本唯一?)が、これは残されているようだ。
新設球場のスコアボードは指名打者制に対応するために、選手名が10人分入るようにできていることが多い。千葉県の海上(うなかみ)スタジアムは、少し変わっていた。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | DH | |
| TN | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | |
なかなかシュールだ。いったいこのスコアボードは何の競技に使うために設置されたのだろうか? 野球における指名打者(DH)は、投手の代わりに打席に立つ打撃専門の選手だ。細かいルールは置くとしても(→「指名打者ルール」)、打席に立つ以上、1番から9番までのどこかに入らなければ困るのだ。
したがって、10人目のスペースには指名打者の選手名が入ることはない。「DH」の部分には、打席に立たない打順外の投手を示す「P」を入れるのが妥当と言うものだ(実際には何も入らないことが多い)。かりに、ソフトボールを意識してつくったのだとすれば、そこは「DEFO」でなければならない(ソフトの国際ルールでは06年から「FLEX PLAYER」、国内ルールは「DEFENSE ONLY」)。
パリーグ球団のお膝元でなければ、多少は同情の余地もあるだろう。施設をつくっただけで、競技への理解はその程度なのだ。「仏つくって魂入れず」の類かもしれない。ちなみに、この海上スタジアムは駅からは比較的近い。せいぜい15分程度だ。ただし、時刻表チェックを怠ってはならない。千葉の奥は深いのだ。
白河ブルースタジアムのスコアボードも10人分の選手名が入るようにできている。お隣の白河グリーンスタジアムは9人しか入らないというのに、サブ球場のほうが充実しているのだ。余計なところまで充実しているけれど…。
● |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
● |
● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● |
海上と違って「9」の次には何も表示されてない。ただし、ランプがある。10番打者が打席に入るのだろうか? まあ、用途がないわけでもない。福島では、試合前のシートノックの残り時間を、SBO灯や打順のランプを使って示す習慣があるからだ。
実際、私が行った日(05/06/05)も、7分の持ち時間で、まず7番打者のところにランプが灯り、残り6分になったら6番打者、残り5分で5番打者…という具合に、ランプが右から左に移動していた。だから、シートノックの持ち時間が10分なら役に立つこともあるだろう。
だが、私の経験上ではシートノックを10分やることはまずない。かりに、あったとしても、残り10分の開始時には何も点灯させなければ済む話だ。最初の1分が表示されなくても、何の不都合もないだろう。海上と白河ブルーのスコアボードを設計した業者を知りたいものだ。
その後、あいづ(福島)と幸手(埼玉)でも「10番打者用のランプ」を見かけた。私が今まで気づかなかっただけで、ほかにもあったのかもしれない。
ところで、白河ツインスタジアムは「しらさかの森スポーツ公園」内にある。当地の教育委員会の管轄と思われるが、管理事務所の玄関脇には、「この棚より中に入らないで下さい」という看板があった。そこには棚はなかった。私には柵しか見えなかった。
富山市民球場(アルペンスタジアム)の周囲は一面の田んぼだった。時間にたっぷり余裕があったので、東富山駅から歩いた。駅のホームから球場が見える。魚津・糸魚川方面行きの電車に乗れば右手、富山方面行きの電車なら左手だ。
駅から見えるのは、視界をさえぎるような高層建物がないだけの話で、見えるから近いというわけではない。のんびり加減に歩くと30分はかかる。その日は社会人の富山大会だった。ウイークデーだったので、有料入場者としては私が一番乗りだったはずだ。
球場の中に入ると人工芝だったからがっかりした。「アルペン」を名乗るくせに富山平野にあるのも気に入らない。看板に派手な偽りがある。まあ、山岳地帯にあるなら、歩こうとは思わないけれど…。いつものようにネット裏上段のやや三塁側に席をとったが、ボールがよく見えない。仕方がないので試合が始まってから前の席に移動した。
大和引地台球場もボールが見にくい。かつての瑞穂球場も見にくかった。この3つの球場には共通点がある。
【1】人工芝であること
【2】ホームベースからセンター方向を見たときの方位がほぼ南向きであること
【3】私が行った日は快晴だったこと
▲瑞穂球場に最初に行ったのは95年10月でした。02年4月に再訪したら、内野の人工芝が以前とは変わっていて、いくぶん見やすくなりました。市原臨海球場の外野の人工芝と同じタイプだと思われます。
南向きだから、引地台や瑞穂の場合、せっかくついているネット裏の屋根があまり役に立たない(アルペンには屋根はない)。雨とファウルボールと鳥の糞は防げるが、日陰のスペースがそれほど多くない。したがって、晴れた日に行くと、前に行くか日陰に残るか究極の選択を迫られる。「去るも地獄、残るも地獄」というやつだ。
同じ人工芝球場でも北北東向きにつくられた神宮球場では、晴れた日の2階席最上段でもボールを見失うことはまずない。北向きにつくられている横浜スタジアムのネット裏最上段でも同じだ。屋根がなかったころの西武球場(北北西向き)もそうだった。
『公認野球規則』1・04は、球場の方位について「本塁から投手板を経て二塁に向かう線は、東北東に向かっていることを理想とする」と定めている。「理想とする」だから、強行規定ではない。そのほうが望ましい、ということだ。
方位に問題があるのか、もしくは人工芝の種類が神宮などとは違うのか、あるいは東京の日差しが弱いのか(所沢と大和なら大差はないだろう)、原因はともかくボールが見にくい以上、欠陥球場と言わざるを得ない。
さて、広島市民球場は北北西向きだ。レフトスタンド上部に西日よけの「ムービング・ボード」が設置されている。球場からホテルへの帰り道、原爆ドームを横目に見ながら私は気づいた。あのムービング・ボードは、「2度とこういう球場をつくってはいけない」というメッセージを後世に伝えるための歴史的モニュメントだったのだ。
あまり知られてはいないだろうけれども、広島東洋カープは8月6日に市民球場ではゲームをやらない。87年、89年、91〜94年、96年、00年、02年、04年を見るがいい。ホームゲームを近隣の球場で代替開催しているのだ。
| 8月4日 | 8月5日 | 8月6日 | 8月7日 | 8月8日 | 59〜86年の8月6日 | |
| 87年 | ○T 広島 | ○T 広島 | ●T 岡山 | − | − |
59〜65年:− 66年:中日(D) 67年:中日(D) 68年:神宮(A) 69年:川崎(W) 70年:中日(D) 71年:後楽園(G) 72年:中日(D) 73年:− 74年:神宮(S) 75年:神宮(S) 76年:− 77年:神宮(S) 78年:熊本(S) 79年:神宮(S) 80年:横浜(W) 81年:神宮(S) 82年:ナゴヤ(D) 83年:ナゴヤ(D) 84年:− 85年:ナゴヤ(D) 86年:横浜(W) |
| 88年 | ●S 神宮 | ●W 横浜 | ○W 横浜 | ○W 横浜 | ●T 広島 | |
| 89年 | ○T 広島 | ○T 広島 | ●T 岡山 | ●G 東京ドーム | ●G 東京ドーム | |
| 90年 | ●G 広島 | ○G 広島 | − | ○S 神宮 | ○S 神宮 | |
| 91年 | ●G 広島 | − | ○W 福山 | ●W 広島 | ○W 広島 | |
| 92年 | − | ●D 広島 | ○D 福山 | − | − | |
| 93年 | ●D 広島 | ●D 広島 | ○S 福山 | ●S 広島 | ●S 広島 | |
| 94年 | ○G 東京ドーム | ●YB 広島 | ○YB 福山 | ●YB 広島 | − | |
| 95年 | − | ○S 神宮 | ○S 神宮 | − | ○T 倉敷 | |
| 96年 | ○S 広島 | − | ●D 倉敷 | ○D 広島 | ●D 広島 | |
| 97年 | − | ○D ナゴヤドーム | ○D ナゴヤドーム | ●D ナゴヤドーム | ○T 倉敷 | |
| 98年 | ●G 東京ドーム | ○G 東京ドーム | ○G 東京ドーム | ●YB 広島 | ○YB 広島 | |
| 99年 | ●YB 広島 | ●YB 広島 | ○G 東京ドーム | ●G 東京ドーム | ●G 東京ドーム | |
| 00年 | ●T 広島 | ○T 広島 | ●T 倉敷 | ○D ナゴヤドーム | ●D ナゴヤドーム | |
| 01年 | ○T 広島 | ○T 広島 | − | ○S 広島 | ○S 広島 | |
| 02年 | ○G 広島 | − | ○T 倉敷 | ●T 広島 | ●T 広島 | |
| 03年 | − | ○D ナゴヤドーム | ●D ナゴヤドーム | ●D ナゴヤドーム | − | |
| 04年 | − | ●T 広島 | ●D 福山 | ○D 広島 | ●D 広島 |
当日、市役所を始めとする広島市の施設は基本的に休みになるようだ。市民球場も休場日になっている。だから、使いたくても使えないことになる。だが、私が調べた範囲では1959年から65年の間は、広島球団は8月6日にゲームをおこなっていない。
7年連続で同じ日に野球の試合が中止になるほどの雨が降るものだろうか。おそらく、最初からゲームの予定がなかったに違いないと私は想像している。戦後(被爆)20年を過ぎた1966年に、ようやく「解禁」したのではないだろうか。
あいにく58年以前は調べていないし、59〜65年についても試合の予定があったのかどうか調べていないけれども、使わせない球場側、使わない球団側、どちらも見識には違いない。8月6日のヒロシマに、コンバット・マーチの喧噪やジェット風船は似合わないからだ。
05年に発行された『球場物語』にちょっと気になる部分があった。
『球場物語』(ベースボール・マガジン社、B.B.MOOK338) 88ページ「野球場」の造り方
――球場の向きに関しては何か条件があるのですか?
横山 これには考え方が2通りあります。1つはプレーヤーが使いやすい球場と、もう1つは観客が使いやすい球場。この考えはアメリカも日本も同じなのですが、日本の公認野球規則(1.04)には、「本塁から投手板を経て二塁に向かう線は、東北東に向かっていることを理想とする」という記載があるのです。「理想とする」という表記なので強制力は無いのですが、多くの日本の球場はこの規則に準じ、建設されていることがわかります(図4)。すなわち、フライが上がった時に選手の目に太陽が入らない向き、選手を主体に考えられているのです。
答えている横山氏は長谷川体育施設株式会社の技術部担当部長だという。本塁から投手を見たときの方位が「東北東」であれば、センターの選手は「西南西」を向いて守ることになる。日没に近い時間帯なら真正面から太陽光線を受けるわけだ。
実際には、日本の多くの球場は本塁起点で投手を見たときの方位が南向きでつくられている。甲子園、(旧)グリーンスタジアム神戸、西京極、藤井寺、マスカットスタジアムなどはほぼ南向きだ。千葉マリンは南西で、川崎やナゴヤは南東だった。「フライが上がった時に選手の目に太陽が入らない向き」を求めた結果、日本の野球場の多くは『公認野球規則』に反する向きでつくられているのだ。
千葉マリンスタジアムは、方位的には広島市民球場の反転タイプ(南北を軸にした反転)だ。外野スタンド後方の壁がなければ、右打者が正面から西日を受けることになる。「図4」では、日米の球場の方位が正反対になっている。つまり、ルールブックに準じているのはアメリカであって、日本はそうではないのだ。
本当に「選手を主体に考えられている」のかどうかも、私には疑問がある。広島球場の「ムービング・ボード」は、正面から西日を受ける選手(打席の左打者、送球を受ける一塁手、セットのときの右投手)のために設置されたものだ。スピードの鈍ったフライの捕球ならサングラスで対応できるだろうが、投球を打たなければならない打者や送球を受ける一塁手(投球を受ける捕手)にそれを求めるのは酷というものだ。
日米の相違は「野手主体/打者主体」の違いではないだろうか? プロの球場なら、観客は360度からグラウンドを見守ることになる。「選手主体/観客主体」という二元論は、そもそも成立しないはずだ。
▲と書いていたら、ご指摘を受けました。ルールが整備された頃のアメリカでは、外野スタンドのない球場が一般的だったようです。当時の「打者主体」は「観客主体」でもあったことになります。アメリカにも、動かない「ムービング・ボード」を設置している球場があるそうです(カリフォルニア州ベーカースフィールド市のサム・リン・ボールパーク=頁末リンク参照)。
日本の球場の多くが南向きなのは、ただ単に甲子園をモデルにしただけではないかという気もする。「選手主体」というのは、あとからつけた理屈だろう。1.04該当部分の原文は次のとおりだ。当該規定がいつから定められたのか、調べてみたがわからなかった。
It is desirable that the line from home base through the pitchers plate to second base shall run East Northeast.
◆海上と白河については、「2度と行きたくない球場」のページに収録していましたが、別に「2度と行きたくない」と思ったわけではありません。まあ、現実問題としては、次に行く機会があるとは思えませんけど…。
◆事実誤認、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ」(スコアボードと方位)または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。「3代目んだ」(サム・リン・ボールパークと安中西毛)もこのページ関連です。
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