セットポジション九番勝負
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「思い出づくり」の結末

00/08/19作成
13/12/15更新

◆たとえば高校野球の夏の大会では、大差で負けているチームが9回に代打攻勢をかけるケースがよく見られます。最上級生の控え選手を「卒業」させるためです。トーナメントの高校野球なら「負ければ終わり」ですが、リーグ戦主体の大学野球では話が複雑になります。「思い出づくり」をきっかけに8点差を逆転された、そんな試合を見ました。


8点差からの逆転

8回裏の神奈川大(以下「神大」)の攻撃が始まるとき、得点差は8点あった。金属バットを使っていた頃の社会人野球なら8点差からの逆転も別に珍しくはなかった。だが、木製バットの大学野球では、8点差で残り2イニングは完全なセーフティ・リードだ。

96/10/23(横浜スタジアム) 神奈川大学リーグ秋季第7週 2日目第2試合
神奈川工大 020 041 100  =8 領家−津*−*野−●中*−飯島
神奈川大 000 000 072x =9 村*−○宮*

91年から02年までに私が見た試合の中には、6点差以上の逆転勝ちが次のように15試合ある。

観戦試合における6点差以上の逆転勝ち
点差 年月日 球場 種別・大会 勝ちチーム スコアの推移 相手チーム バット
10













93/11/21
93/06/19
94/03/12
96/10/23
02/05/06
94/03/13
95/03/11
96/05/11
96/07/17
97/03/12
01/03/15
94/06/05
95/10/08
97/04/12
97/07/05
神宮
西武
西武
横浜
府中
神宮
西武
新日鉄大谷
千葉公園
横浜
神宮
府中
岩手県営
草薙
横浜
アマチュア王座決定戦
社会人都市対抗東京2次予選
社会人スポニチ大会
神奈川大学リーグ1部
社会人東京都クラブ春季大会
社会人スポニチ大会
社会人スポニチ大会
社会人九州大会
高校選手権千葉予選
社会人スポニチ大会
社会人スポニチ大会
社会人都市対抗東京1次予選
高校秋季東北大会
社会人静岡大会
セントラル・リーグ
住友金属
JR東日本
NTT信越
神奈川大
WIEN’94
日本通運
日本生命
新日鉄君津
柏南高
三菱自動車川崎
三菱ふそう川崎
シダックス
学法石川高
東京ガス
カープ
2-12
4-13
3-12
0-8
0-8
0-7
4-11
2-9
0-7
5-12
0-7
0-6
0-6
0-6
1-7
(5表)→
(6ウ)→
(5表)→
(8表)→
(2表)→
(1ウ)→
(4表)→
(6表)→
(8表)→
(1ウ)→
(3ウ)→
(6表)→
(3ウ)→
(1ウ)→
(6ウ)→
15-13
18-17
16-15
9-8
18-17
13-9
19-13
11-10
9-8
23-17
11-10
9-6
14-11
10-9
9-8
青山学院大
プリンスホテル
日立製作所
神奈川工大
全府中野球倶楽部
三菱自動車川崎
NTT関東
三菱重工横浜
大多喜高
日本石油
NTT東日本
東京ガス
光星学院高
北陸銀行
ベイスターズ
金属
金属
金属
木製
金属
金属
金属
金属
金属
金属
金属
金属
金属
金属
木製

▲9イニング制の試合のみを対象にしました。

この15試合のうち木製バットの試合は2試合しかなく、大学野球ではこのゲーム以外にない。だから、木製バットの試合で8点差をひっくり返したこの試合はかなり貴重なものだ。しかも、神大は残り2イニングで8点差を追っていた。

神奈川工大(以下「工大」)が逆転負けを喫した原因は「思い出づくり」にあった。それは直接の原因ではなかったかもしれないけれども、すくなくとも逆転の端緒をひらいたのは「思い出づくり」だった。

悪夢

神大打線を7回まで散発4安打無失点に封じていた領家(当時3年、のちに新日鉄君津)は、8回裏のマウンドには登らなかった。マウンドには4年生の津*がいた。津*は神大の打者5人に対して、2本のヒットを打たれ2個の四球を与えて降板した。

野球はアウト取りゲームだ。27個のアウトを積み重ねたとき、失点の少ないチームが勝者と呼ばれる。先発の領家は21個のアウトを取った。津*も1つ重ねた。津*のあとに投げた3投手は11人の打者に対して2つのアウトしか取れなかった。

9回裏のスコアボードにはアウトを示す赤いランプが灯ることなくゲームは終わった。8回から9回にかけての神大の攻撃は次のとおりだ。

回  投手 アウト走者  結果 備考            
8裏 津* 無死(なし) 中安
8裏 津* 無死1塁   四球
8裏 津* 無死1・2塁 左安
8裏 津* 無死満塁   二飛
8裏 津* 1死満塁   四球 得点1(7点差)
8裏 *野 1死満塁   遊安 遊失も絡んで得点2(5点差)
8裏 *野 1死1・2塁 左2 得点1(4点差)
8裏 *野 1死2・3塁 四球
8裏 *野 1死満塁   三ゴ 二封のみ、得点1(3点差)
8裏 *野 2死1・3塁 中安 3球目に二盗得点2(1点差)
8裏 中* 2死1・3塁 三振 2球目に二盗
9裏 中* 無死(なし) 四球
9裏 中* 無死1塁   左2 3球目に二盗得点1(同点)
9裏 中* 無死2塁   死球
9裏 中* 無死1・2塁 左安
9裏 飯島 無死満塁   中安 得点1(サヨナラ)

ラストゲーム

何のための投手交代だったのか、そのときは理解できなかった。当時の神奈川リーグの連盟パンフには、前季個人成績は載っていなかったからだ。のちに、私は神奈川県立図書館で『神奈川新聞』のバックナンバーをあさってみた。

私の想像が正しいのかどうか、どうしても調べたかったのだ。津*の登板記録はこの年の春、対横浜市大2回戦で先発した1回きりしか見つけられなかった。投球回数が2回3分の1、被安打が6、自責点が2だ。

同期の*野は、1年の秋からローテーションに入った。後輩の領家や*林も次第に頭角をあらわしてくる。登板機会が与えられないまま最上級生になった津*は、春に1度だけ登板した。そして、最後の秋。

この日は第7週だから、工大にとっては最後のカードだ。前日の1回戦は工大が勝っていたので、このまま終わればラストゲームということになる。

96秋季リーグ戦における神奈川工科大の投手起用
投手 横浜市大 横浜商大 横浜国大 関東学院大 神奈川大
9/10 9/11 9/18 9/19 10/6 10/7 10/11 10/12 10/22 10/23 10/24
*野 ○先発 ●先発 ●先発 中継
領家 ○先発 ●先発 ○完投 ●先発 先発 ○完了
*林 完了 ○完投 完了 先発 先発
中* 完了 完了 ○完了 ●中継
飯島 完了 完了 完了
津* 中継

連盟パンフによれば、津*は県内の足*高出身だ。ついでに、彼の高校3年夏の予選結果を調べたくなった。93年7月19日に足*高は初戦で負けている。津*は4番レフトで4打数1安打だ。2番手投手として6回からの4イニングを投げている。打者21人に対して被安打3、奪三振7、四死球2、自責点0だ。

93/07/19 高校選手権神奈川予選2回戦
小**高 100 130 021 =8
足*高 000 002 000 =2

新聞の数字が正しいとすると、投球回数が4イニングだから津*は12アウトを取っているわけだ。打者21人から12アウトと3安打と2四死球を引き算すると「4」が残る。この「4」とは、失策か振り逃げか野選か打撃妨害によって塁に出た打者の数だ(盗塁死や牽制死、走塁死があるとこの方程式は成立しない。ただし、多いほうに狂う)。

それは津*が投げた4イニングでの話だ。津*は、1イニングに1個ずつエラーが出るようなチームの4番打者であり、控え投手だった。

2日がかりの「思い出づくり」

工大自体がさして強いわけではない。グラウンドに夜間照明が設置されたのは、津*の入学と前後する時期だ。リーグ優勝の経験もない。当時の定位置は4位だった。

神奈川大学リーグ1部の順位(91秋-96秋)
チーム 91年 92年 93年 94年 95年 96年
関東学院大 8-2 9-2 9-2 10-1  9-2 10-1 10-1 10-1 10-1  9-2 8-2
神奈川大 10-1 10-1 10-1 8-2 9-1 9-2 9-2 8-2 9-2 7-3 7-3
横浜商科大 6-3 6-3 8-3 7-3 6-4 8-3 8-3 5-4 6-4 9-1 10-1
神奈川工科大 4-4 4-4 4-5 6-4 6-3 5-4 5-4 6-3 6-3 5-4 6-4
横浜国立大 2-5 3-5 6-4 2-5 2-5 4-5 4-5 4-5 5-5 4-5 2-5
横浜市立大 2-6 0-6 0-6 1-6 0-6 1-6 1-6 0-6
防衛大学校 0-6 1-6 0-6

▲表の数字は、勝利数−順位です(週刊ベースボール増刊『大学野球』から作成しました)。神奈川リーグの順位は勝利数や勝率ではなく、勝ち点で決まります。「イントロダクション(大学)」を参照してください。

すでに優勝の望みは絶たれている。8点差の残り2イニングを「思い出づくり」に使ったとしても、責められる要素などない。そういう状況で、津*はおそらくは最後になる硬式ボールを握った。傷口が広がらないうちに津*は降板した。

津*が対した最後の打者・柳沼強(当時4年、のちにマリーンズ)を四球で歩かせて3つの塁はすべて埋まったが、まだ7点差あった。野球にはこういうこともあるとわかっているつもりだ。だから、中京大中京高の監督は11点差でもスクイズをやるのだろう(00年夏の対郡山高戦)。

それにしても、なんともやりきれないゲームだと、そのときは感じていた。当時の神奈川大学リーグの連盟パンフには、学年は載っていても前季の個人成績は載っていなかった。図書館で調べたのは1カ月ぐらいあとだっただろうか。ようやく私は私なりに納得した。

津*が降板したのは7点差の一死満塁だった。「思い出づくりは終わった、あとは任せた」と小*を救援させたとき、よもや逆転など夢想だにしなかったはずだ。この夜、津*や、津*のあとに投げた3投手や、8回裏からマスクをかぶり悪夢の逆転劇の間に3盗塁を許した1年生や、石*監督らは、どんな気持ちで眠りにつこうとしたのだろうか。

眠れぬ夜を過ごしたに違いない彼らは翌日の3回戦に勝っていた。「思い出づくり」は2日がかりで完結したのだ。ある意味では、最良の「思い出」になったのかもしれない。実を言うと、私はあの日のサヨナラのあと、憤然と席を立った。今はそれを恥じている。


◆この試合では、津*が登板した8回裏にキャッチャーも代わりました。94〜01年の間に私が見た大学野球344試合(=688チーム)で、リードしていたチームがキャッチャーを代えたのは28例しかありません。捕手交代後に逆転負けしたケースはこの試合を含めて5例のみで、そのうち2例は新人戦でした。→「キャッチャーが退くとき」
◆アマチュア選手に関しては、無理に実名を掲げる必要はないというのが、当サイトのポリシーです。→「実名掲載規準」

◆このゲームは、いわゆる「ドラフト候補」目当てでアマチュア野球を見ていた私に突きつけられた「踏み絵」でした。時計の針は戻せませんので、当サイトには「ドラフト情報」的なページがありません。今後も展開するつもりはありません。
◆「九番勝負」のいわば“先頭打者”として、このページを掲げている以上、「踏み絵」はこのページを読まれた方にも差し出しているつもりです。踏めるか踏めないかは私には関係ありません。→「来訪者要件」

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