セットポジション九番勝負
土壇場の逆転 | 金星 | 1085日ぶりの雪辱

金星(きんぼし)

01/06/03作成
13/12/15更新

◆1995年都市対抗の1回戦です。金属バット時代の社会人野球はかなり特殊な野球でした。また、都市対抗には補強制度があり、当時は推薦制度もありました。そのあたりの背景を含めて、お読みください。


◇金属バット

社会人野球では、01年まで金属バットを使っていたため、派手な試合が多かった。ここで言う「派手」とは、単に点の取り合いを意味するだけであって、けっして試合内容にすぐれているという意味ではない。これまでに私が見た試合で両チーム合計得点の上位10試合は次のとおりだ。

両チーム最多得点(02年までの観戦試合)
NO. 得点 年月日 球場 大会 勝ちチーム スコア 負けチーム バット
[01]
[02]
[03]
[04]
[05]
40点
35点
35点
32点
31点
97/03/12
93/06/19
02/05/06
95/03/11
94/03/12
横浜
西武
府中
西武
西武
社会人スポニチ大会
社会人都市対抗東京2次予選
社会人東京都クラブ春季大会
社会人スポニチ大会
社会人スポニチ大会
三菱自動車川崎
JR東日本
WIEN’94
日本生命
NTT信越
23−17
18−17
18−17
19−13
16−15
日本石油
プリンスホテル
全府中野球倶楽部
NTT関東
日立製作所
金属
金属
金属
金属
金属
[06]
[07]
[08]
[09]
[10]
30点
30点
28点
27点
27点
96/08/05
02/11/23
93/11/21
97/06/21
97/07/23
札幌
庄和
神宮
山形県営
東京ド
社会人北海道大会
東京新大学50周年トーナメント
アマチュア王座決定戦
社会人都市対抗東北2次予選
社会人都市対抗
三菱自動車川崎
高千穂大
住友金属
JT
NTT北海道
23−7
15−15
15−13
24−3
16−11
NTT関西
東京国際大
青山学院大
水沢駒形野球倶楽部
川鉄水島
金属
木製
金属
金属
金属

▲02年末現在です。社会人野球では、02年より原則として木製バットに戻りましたが、[03]のようなクラブチーム同士の試合では金属バットの使用が認められています。

[07]を除いて金属バットの試合ばかりだ。さて、当時の社会人野球でいかに打撃戦が多くとも、たまには投手戦もある。そこで、今度は社会人に限定してロースコアの試合をとり出してみた(両チーム合計で3点以下の試合、こちらは01年まで)。

両チーム最少得点(01年までの観戦試合=社会人のみ)
年月日(球場)大会 勝ちチーム スコア 負けチーム 得点経過
93/03/14(神宮)
スポニチ大会
プリンスホテル
○佐藤康
2−0 たくぎん
●萩原
2ウに山下が先制タイムリー、7ウには
斎藤慎のソロで追加点
94/03/12(西武)
スポニチ大会
プリンスホテル
○白井
2−0 TDK
●佐藤亘-斎藤弘
5ウに佐藤友が先制タイムリー、6ウに
宮本のタイムリーで追加点
95/03/09(川崎)
スポニチ大会
日本石油
○春田
2−0 NKK
●船木-古賀
6ウ2死1塁から大久保が先制2ラン
96/06/03(岡崎)
都市対抗東海1次予選
JR東海
○山下秀
2−0 三菱自動車岡崎
●岩下-桂
2表に赤地が先制ソロ、7表には加藤の
ソロで追加点
97/04/12(草薙)
静岡大会
JR東海
○永井
2−0 NTT九州
●野村-坂田-徳留
5ウに佐々木が先制ソロ、6ウに加藤の
ソロで追加点
94/06/22(神宮)
都市対抗東京2次予選
JR東日本
○岡本
2−1 東京ガス
●富岡
2ウに加藤先制ソロ、8表に代打・藤丸
が同点ソロ、10ウ深瀬サヨナラアーチ
95/07/22(東京ド)
都市対抗
JR四国
○杉山
2−1 東芝
銭場-●二宮-玉木
1ウに柴田が先制タイムリー、7表鈴木
同点ソロ、8ウに柴田が勝ち越しソロ
96/04/14(浜松)
静岡大会
JR東海
家接-永井-○宝島
2−1 河合楽器
●佐藤康
1表赤地先制タイムリー、9ウ真方同点
本盗、11表加藤勝ち越しタイムリー
93/07/24(東京ド)
都市対抗
NTT北陸
○佃
3−0 TDK
●加藤高-橋田-山下
7ウ川崎の犠飛で先制、8ウには祖泉と
横井のタイムリーで2点追加

九番勝負に社会人が1試合も入っていないのはバランスに欠ける。私にとっての社会人ベストゲームは日通対プリンスホテルの延長16回だが、これは別のページで述べているので、95年のJR四国対東芝戦をとりあげよう。

社会人最強地区・神奈川

高校野球と違って、社会人や大学での四国はそう強くはない(というのは遠慮がちな表現であって、はっきり言うと弱い)。85年から94年までの10年間、四国代表チームの都市対抗での成績は次のとおりだ。まして、JR四国は41年ぶりの復活出場だった。

85年(56回) NTT四国(松山)…9○1日本楽器/1●8日産自動車
86年(57回) NTT四国(松山)…2●14ヨークベニマル
87年(58回) NTT四国(松山)…4●11三菱重工神戸
88年(59回) NTT四国(松山)…6○5新日鉄君津/3●7熊谷組
89年(60回) 四国銀行(高知)…5●6松下電器
90年(61回) NTT四国(松山)…7●9新日鉄光
91年(62回) NTT四国(松山)…2○1河合楽器/2●6東芝府中
92年(63回) NTT四国(松山)…2●4川鉄千葉
93年(64回) NTT四国(松山)…1●18川鉄千葉
94年(65回) NTT四国(松山)…2●5北陸銀行

一方、東芝の属する神奈川は社会人最強地区と言っていい。同じ10年間、神奈川代表チームの都市対抗での成績は次のとおりだ。

都市対抗における神奈川代表チームの成績(85-94年)
東芝 日本石油 その他(日産自動車、いすゞ自動車、日本鋼管、
三菱自動車川崎、三菱重工横浜)
85年
(56回)
5○2新日鉄名古屋
11○1NTT九州
6○4NTT東京
8○6新日鉄室蘭
3●4日本生命
5●6NTT九州
7○2日本鋼管福山
8○1NTT四国
8●9日本生命

7○0九州産交
4○2岩手県経済連
6○3スリーボンド
1●6日本生命
86年
(57回)
7○2松下電器
8○2国鉄名古屋
10○3阿部企業
4○2大阪ガス
9○7NTT北陸

4○2NTT九州
3○2大昭和北海道
7●14三菱重工広島

2●3阿部企業
87年
(58回)
6○4住友金属
5○3NTT東京
8○2ヨークベニマル
8○7プリンスホテル
3●4ヤマハ
7●8NTT信越
3○1ニコニコドー
4●10三菱重工神戸

7●8王子製紙苫小牧
88年
(59回)
5○4日本新薬
9○8本田技研鈴鹿
7○3新日鉄堺
7○3大昭和北海道
3○2NTT東海

3●7熊谷組
6○0ニコニコドー
10○3NTT信越
10●11NTT東海
89年
(60回)
7○2NTT信越
3●8河合楽器
9○4NTT北海道
2●5松下電器

3●4大昭和北海道

0●5ヤマハ
90年
(61回)
1●4新日鉄八幡 6●7日立製作所
11○3新日鉄君津
0●3JR東日本
91年
(62回)
13○5大昭和製紙
12○2新日鉄大分
10○0松下電器
8○7住友金属
16○6三菱重工長崎
1●4大昭和北海道
20○1NTT東海
4●5新日鉄広畑
92年
(63回)
3●6日本生命 11○1三菱重工長崎
6○3川鉄水島
10○4大昭和北海道
5●6日本生命

0●5新日鉄広畑

2●7川鉄水島
93年
(64回)
10○2西濃運輸
10○8川鉄千葉
10○5松下電器
13○6三菱自動車川崎
7○5日本通運

5○3新日鉄八幡
10○6NTT関東
5○4熊谷組
6●13日本石油


10○9大阪ガス
6○1新日鉄広畑
6○4NTT北陸
7●8日本通運
94年
(65回)
3●7ヤマハ 1●2日本新薬
3●4三菱重工三原

7●9ヤオハンジャパン

前年の94年こそ4チーム初戦敗退だったものの、93年には3チーム全部が準決勝に進出した。10年間で優勝4回、準優勝2回だ。

本命・東芝

都市対抗の場合、単独チームが戦うわけではなく、補強選手制度がある。有力チームが揃う神奈川にあっては分厚い補強が可能だ。しかも、この年(95年)の東芝は第1代表だった。代表順位は補強の際の優先順位を意味するから、東芝は効果的な補強が可能だった。

もう1つ、忘れてはならない要素がある。当時の都市対抗には推薦出場制度があった(現在はない)。優勝チームには翌年の本大会出場権が予選免除で与えられていたのだ(ただし、推薦出場では補強はできない)。都市対抗での同一チーム連覇は61年と62年(32回と33回)の日本石油が最後だ。

62年の日石は推薦なしで出場した。推薦制度のもとでの連覇はどのチームも成し遂げることはできなかった。また、同一地区の連覇も83年第54回大会の東芝と94年第55回大会の日産が果たしただけだ。当時の神奈川は出場枠が「3」だった。推薦出場のチームが入ると、全部で4チーム出ることになる。

95年当時の神奈川の有力チームは6チームだ。3チーム出場の場合は残りの3チーム(下表のDEF)から補強できるが、4チーム出ると補強元は2チーム(EF)に限られる。3チームのときのほうがよりレベルの高い、よりバリエーションに富んだ戦力を補強できることになる。

したがって、85年から94年までの10年間に、3チーム出場の場合の神奈川は勝率が7割を超える(トータル32勝11敗)のに対して、4チーム出場の場合は5割を切っている(19勝20敗)。つまり、補強制度と推薦制度がリンクすることによって、都市対抗特有の「隔年現象」が起きていたのだ。

神奈川の隔年現象
3チーム
(推薦なし)
補強先:ABC 補強元:DEF 32勝11敗
(優勝4回)
4チーム
(推薦あり)
補強先:ABC(+D=推薦) 補強元:EF 19勝20敗
(優勝なし)

すでに見たように94年の神奈川勢は4チームとも初戦敗退だった。ということは、95年は推薦はなく3チームが出場する。3チーム出場のときの神奈川第1代表に優勝候補の声がかかるのはいたって自然な成り行きでもあった。

実際、95年の都市対抗パンフ「記者の目’95Vを占う」では東芝が最有力視されている(20ページ)。次のとおりだ。

95年都市対抗の有力チーム
本誌 福島
(北海道)
二階堂
(東京)
庭木
(東京)
石井
(中部)
阿相
(大阪)
望月
(大阪)
薮田
(西部)
NTT関東 × ×
東芝 ×
日本石油 ×
西濃運輸
日本生命 × ×
日本IBM野洲 × ×
NKK
新日鉄八幡 ×

▲『サンデー毎日』増刊95年7月29日号から3人以上印のついているチームのみを抜粋しました。「本誌」は「公式ガイドブック」の編集者でしょう。ちなみに、JR四国は全員無印です。

単独チーム時のスタメン

単独チームのときの両チームのスタメンを比較してみよう。私はこの年の5月に広島大会(対NKK)でJR四国を見ている。東芝に関しては、都市対抗前には見ていないので、95年日本選手権(対ヤマハ)のスタメンを示す。

JR四国は地元・四国の高卒選手で固めた若いメンバーだ。一方、大卒選手を揃えた東芝には、全日本キャリアのある選手の名前も何人か見える。

単独チームのときのスタメン
95/05/19広島大会準々決勝
対NKK戦のJR四国スタメン
95/10/11日本選手権2回戦
対ヤマハ戦の東芝スタメン
4 杉本 坂出商/3年目
8 高畠 徳島商/1年目 
5 武市 小松島西/1年目
7 浦川 名西/5年目
D 藤本 鳴門工/3年目
3 渋谷 高知/3年目
9 中村 志度商/13年目
6 稲岡 池田/1年目
2 井上 西条/2年目
P 森内 坂出商/4年目
5 鈴木 土浦三→日本体育大/4年目
D 葛城 松山商→国士舘大/10年目
8 内田 横浜商→横浜商科大/1年目
3 谷口 浦和学院→東洋大/4年目
6 印出 土浦日大→慶応大/3年目
9 松原 国東→九州国際大/6年目
7 志賀 城西→城西大/3年目
2 岩崎 静岡→駒沢大/2年目
4 菅沢 岩倉→青山学院大→熊谷組/2年目
P 須田 山梨学院大付→専修大/3年目

四国の社会人チームは4チームしかない。四国の都市対抗予選はトーナメントによる一発勝負で、敗者復活戦はないから2勝すればいいわけだ。JR四国はNTT四国に5対4、四国銀行に9対8と、ともに1点差で41年ぶりの代表を射止めた。

一方の東芝は、横浜金港クラブに16対2、いすゞ自動車に12対10、日産自動車に12対5、日本石油に13対4と打ち勝って、レベルの高い神奈川で第1代表を決めていた。

四国で辛勝だったJR四国と、神奈川で危なげなく勝ち進んだ東芝。さまざまな要素を加味しても(しなくても)、試合前に両チームが対等の試合を展開すると予想した人は少なかっただろう。

6:4とか7:3ではなく、8:2か9:1で東芝有利と考えても不思議ではない。前置きが長過ぎると叱られそうな気もするので、そろそろ試合に入ろう。95年都市対抗1回戦、初日の第3試合だった。

骨格

初回表、JR四国は1番・笠原(NTT四国から補強)がフルカウントからの6球目をセンター前に弾き返した。2番の杉本が送って一死二塁。3番・浦川のセンターフライで、笠原が三塁を奪って二死三塁。4番の柴田(NTT四国から補強)が、追い込まれながらもレフト前に運んで先制した。

JRの先発は杉山。鳴門商から入った3年目の選手だ。キャッチャーはNTT四国から補強されたベテランの芝だった。杉山は前年にNTT四国に補強されているので、バッテリーを組むのは初めてではない。

JR四国のドーム(人工芝と言ってもいい)経験者は、杉山と補強の3人だけだろう。1番と4番、それにキャッチャー。補強選手が攻守の骨格を支える布陣だった。

1回裏、杉山は先頭の菅沢に四球を与えた。送りバントで一死二塁。3番・西郷(三菱自動車川崎から補強)のセンターフライで二死三塁。ここまでは表の攻撃とそっくり同じだ。

4番・ピエレ(いすゞ自動車から補強)は敬遠。ソウル五輪の銀メダリスト・葛城も1−3から歩かせて二死満塁になったが、6番の松原をセカンドゴロに打ち取った。

3回裏にも同じような局面を迎えた。菅沢が二塁打、2番の多田が送って一死三塁という場面だ。西郷をセカンドライナーに仕留めたあと、4番のピエレにはストレートの四球だった。

キャッチャーは立ち上がっていなかったけれども、無理に勝負はしないということだろう。葛城も1−3から歩かせた。6番・松原は初球を打ってライトフライに倒れた。

95/07/22(東京ドーム) 都市対抗1回戦 初日第3試合 18:42〜20:58

(9)
(4)
(7)
(3)
(D)
HD
(2)
(8)
(5)
(6)

笠原
杉本
浦川
柴田
渋谷
藤本

高畠
武市
稲岡










1
中安
投ギ
中飛
左安
中安

-
中飛
+
+
+

四球
二直
+
+
+
-
2
遊飛
三振
中2

+
3
中安
遊併
三邪
-
+
+
+
+

+
+
+
+
+
4
三振
左邪
中安
右飛
5
三振
二ゴ
右2
三ゴ
+
-
+
+
+
+

+
+
+
6
中飛
-
遊ゴ
三振
+
+

二ゴ
+
+
+
+
-
+
7
一ゴ
左飛

8
遊ゴ
中飛
右本
-
右安
右邪
+
+
+

+
+
+
+
-
+
9
三振
遊安
遊併
数安点
310
300
420
422
310
110
400
400
420
410
34102
JR四国
○杉山

東芝 
 銭場
●二宮
 玉木
 回数


 回数
3 2/3

1 1/3

38


17
14
























JR四国 = 2
東芝 = 1
盗塁:藤本(8表)

失策:東1(8表)

併殺:東2(3表、9表)

残塁:J7、東10

(4)
(8)
(3)
(D)
RD
(5)
(9)
(7)
(2)



(6)

菅沢
多田
西郷
ピエレ
小林
葛城
松原
志賀
岩崎
谷口
中野
畠山
鈴木













1
四球
投ギ
中飛
敬遠
-
四球
二ゴ
+
+
-
-
-
+

+
+
+
+
-
+
2
中飛
三ゴ
-
-
-
左飛
3
右2
投ギ
二直
四球
-
四球
右飛
+
+
-
-
-
+

三振
+
+
+
-
+
4
遊ゴ
遊ゴ
-
-
-
中2

5
三振
三振
三ゴ
-
+
+
+
+
-
-
-
+

+
+
+
+
6
遊ゴ
中飛
三振
+
-
-
-
+

遊ゴ
遊ゴ
+
+
-
+
+
+
7
一ゴ
-
-
右本

+
8
二ゴ
四球
-
右飛
右2
中飛
-
-
+
-
+

遊ゴ
三振
+
-
+
+
+
+
-
-
9
中飛
四球
数安点
410
300
400
100
000
200
410
400
200
100
000
100
321
2941

その後、両チームとも得点の機会はなく、試合は重苦しい雰囲気のまま中盤を過ぎ、終盤を迎えた。7回裏、東芝は9番の鈴木がライトポール際に同点アーチを叩き込んで、膠着状態にあった試合がようやく動いた。続く8回表、今度は柴田がやはりライトスタンドにソロアーチを放ち、JR四国は再び1点だけ勝ち越した。

最少得点差

8回裏、2度の満塁のチャンスに凡退していた松原が打席に入る。二死一塁だった。野球とはかなり残酷な競技だから、誰のせいで負けたということがよく語られる。

「あの場面で打っていたら」とか「なにもあんなときにエラーしなくても」とか、誰もが一度は口にしているだろうし、それどころか「世紀の落球」と命名されたプレイさえあったりする。

この試合をもし東芝が落とせば、松原は確実にそう言われるだろう。0−1からの2球目、そんな松原の意地を乗せた打球はライト線を破った。ライトに入っていたのは補強の笠原だ。一塁走者は三塁に止まった。それでも二死二・三塁。一打逆転の場面だ。

7番・志賀には2球ボールが続いた。次の8番はキャッチャーだ。スタメンでは岩崎が起用されていたが、7回の打席で代打を送られて中野に代わっていた。メンバー表ではほかに捕手登録の選手が2人いる。

ただ、9回の守備が残っているから第3捕手は考えにくいところだ。今度も満塁策かと私には思われた。そういうわけでもなかったようだ。志賀は3球目を打った。センターフライで得点ならず。9回表のJRも無得点だった。

さあ、9回裏だ。このままJR四国が逃げ切れば、四国勢としては4年ぶり、香川勢としては65年第36回大会の四国電力以来実に30年ぶり、JR四国としては前身の四国鉄道管理局時代を通じて初めての都市対抗での勝利となる。

東芝としても負けている以上、たとえキャッチャーであろうと代打を使わざるを得ない。先頭打者の中野には畠山が代打で起用されたが、センターフライに倒れた。前の打席でホームランを打っている9番の鈴木はストレートのフォアボールだ。

波乱

結局、杉山は東芝打線に7四球を与えたが、ピエレの3個、葛城の2個、そしてこの回の鈴木を合わせた計6個は計算された四球ではないかと思われる。まあ、「杉山が与えた四球」の主語を、「芝」に置き換えるほうが適切なのかもしれない。

打順はトップに戻る。菅沢が2−1と追い込まれた4球目、東芝はこの試合で初めて走者を動かした。ショートゴロだったが、ランナーはあらかじめ走っていたので二死二塁となった。続く多田の空振り三振で、試合は終わった。

前頭下位のJR四国は、東の横綱を寄り切った。川崎球場での神奈川予選4試合で53点を叩き出した東芝打線は鈴木のホームランによる1点だけに封じられた。東芝の打ったヒットは4本、いずれも長打だった。外野フライは8本ある。菅沢の二塁打は川崎なら入っていただろう。

この試合の両チームの打球方向を、左方向(サード、ショート、レフト)と右方向(ファースト、セカンド、ライト)に分けてみると、次のようになる。

打球方向
左方向
(三・遊・左)
中方向
(投・中)
右方向
(一・ニ・右)
右打者 JR四国
東芝



左打者 JR四国
東芝



JR四国は右打者・左打者ともに、両サイドに打ち分けている。これに対して、東芝打線は力でねじふせようとしたのではないかと思えなくもない。ひょっとすると、川崎の幻影がまとわりついていたのかもしれない。

走者なしでのバントの構え

JRの杉本が初回に決めた送りバントは、初球ストライクをバントの構えで見送ったあとの2球目だった。一方、多田が決めた2つの送りバントはどちらも初球だった。杉本のようにストライクを見送られると、守っている側としては余計なことを考えたくなるだろう。

高卒1年目のサード・武市が人工芝で守備についたのは、おそらく生まれて初めてだったに違いない。東芝は多田以外にバントの構えをした選手はいなかった。せっかくだから、この日の3試合のなかから、走者なしの場面でバントの構えをした打者をピックアップしてみよう。

第1試合 1番・津田(本田技研鈴鹿)…2点リードの2ウ1死/初球(S)
第1試合 9番・越野(住友金属鹿島)…1点差に詰めた直後の3表無死/初球(B)と3球目(S)
第1試合 9番・大仲(本田技研鈴鹿)…3点リードの4ウ無死/初球(B)
第1試合 1番・津田(本田技研鈴鹿)…5点リードの5ウ2死/初球から3球目まで(BBS)
第2試合 2番・西島(新日鉄名古屋)…両チーム無得点の1ウ1死/初球(S)
第2試合 1番・大友(東京ガス)…1点ビハインドの3表2死/初球(B)
第3試合 1番・笠原(JR四国)…1表先頭打者/初球(B)と2球目(S)
第3試合 7番・高畠(JR四国)…1点リードの4表1死/初球(S)
第3試合 1番・笠原(JR四国)…1点リードの7表1死/初球(F)

▲S…見逃しストライク、F…ファウル、B…ボールです。

後手に回った「候補」は、策もなく(あったのかもしれない)消えた。「4番打者」を並べても勝てるとは限らないという、数年後にどこかで聞くことになるセリフは、実はこのときも語られていたことだった。

都市対抗では補強選手が活躍するチームは強いとよく言われるけれども、この年のJR四国(ほとんど大学生と同年齢の選手で構成されたチーム)は、補強選手によって芯を通した。「補強」とは何かと考えるとき、今でも忘れられないゲームである。

ところで、完投した杉山は、この日の開会式の途中、貧血(?)のためコーチに付き添われて退場したそうだ。

4番打者を揃えても…

工藤公康(00当時はジャイアンツ)の次のような発言をみつけた。

二宮清純『プロ野球最強論』(講談社現代新書、250ページ)

――話題をかえますが、巨人は松井、高橋、マルネス、江藤、それに清原……と、4番バッター揃いです。これは頼もしいですか、それとも不安ですか。

「これはあくまでも僕の考え方ですが、点をとることより、点をやらない野球の方が確実でしょう。点をとったりとられたりというのは見ている側にとってはおもしろいかもしれませんが、ピッチャーにはプレッシャーがかかりっぱなしです。いかにリリーフに楽をさせるかといったら、やはり余計な点をやらないことだと思うんです。
 ダイエーにいた頃、最初のうち王さんは点をとる野球を目指していました。しかし、やはりそれじゃ勝てない。そこで、ピッチャーを中心にした守りの野球に切り換え、日本一になった。ダイエーに村松(有人)という外野手がいます。長打力こそありませんが、守備範囲は抜群に広い。試合の終盤、彼が外野に入ることで、相手は1点とることがものすごくしんどくなるんです。逆に味方にすれば、長打やポテンヒットになっているところを、彼の守備力によってアウトをひとつ稼ぐことができる。1シーズン通して考えれば、彼にどれだけ助けられたことか……。ピッチャーの疲労度も大違いですよ」

――つまり、4番バッターばかりじゃゲームには勝てないと?

「そう思いますね。4番バッターを揃えるということは、ファーストとサードの選手ばかりになるということでしょう。ピッチャーの立場でいえば、4番バッターより1番バッターが何人もいるようなチームの方がこわいですね」

▲「マルティネス」は原文のまま引用しました(00年10月第6刷)。

かなり正直な(あるいは大胆な)発言であるように思われる。むろん、プロ野球の場合は、ただ単に勝つだけでなく、見ていて面白い野球を目指すという方向性があってもいい。01年のバファローズはそうだったのかもしれない。ただ、私自身は、工藤の考え方に限りなく近い。


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