◆96年のペナントレース終盤、首位ジャイアンツを1ゲーム差で追うカープは、対ベイスターズ23回戦で鮮やかな逆転勝ちをおさめました。この年のカープは最終的には3位に終わり、翌97年も3位(勝率は4割台)でしたが、その後はAクラスがありません。06年現在、Aクラスからもっとも遠ざかっているチームです。
ベイスターズの4番は鈴木尚典だった。1996年のことだ。鈴木は95年にレギュラーとして定着したが、規定打席に達したのは96年が初めてだ。下の表は、鈴木の出場試合数を打順別に示したものだ。
| 年 | スタメン | 代打 | 守備 | 合計 | 打数 | 安打 | HR | 打点 | 四死 | 三振 | 打率 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1番 | 2番 | 3番 | 4番 | 5番 | 6番 | 7番 | 8番 | 9番 | |||||||||||
| 91年 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .000 | |||||||||||
| 92年 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | − | |||||||||||
| 93年 | 2 | 1 | 1 | 7 | 1 | 12 | 22 | 6 | 0 | 1 | 1 | 2 | .273 | ||||||
| 94年 | 5 | 1 | 6 | 32 | 4 | 48 | 77 | 20 | 3 | 8 | 4 | 18 | .260 | ||||||
| 95年 | 79 | 4 | 31 | 3 | 117 | 336 | 95 | 14 | 58 | 30 | 65 | .283 | |||||||
| 96年 | 2 | 1 | 58 | 8 | 4 | 2 | 10 | 23 | 3 | 111 | 355 | 106 | 13 | 62 | 50 | 79 | .299 | ||
▲96年の規定打席は403です(当時は130試合制)。鈴木は犠打2、犠飛3を加えて、打席数は410でした。
▲いわゆる「偵察要員」に代わって1回表または裏から出場したと思われるケースは、「代打」もしくは「守備」にカウントし、「スタメン」には含んでいません。
鈴木にとって、4番を打つのは3試合目だった。3回裏一死二・三塁で、鈴木はスタメン4番として3本目のヒットを打った。それはボテボテのショート内野安打だった。打球を処理したのは野村謙二郎だ。見たいプレイを現実に見せてくれるのがプロだとすれば、野村はプロフェッショナルだ。
打球は緩かった。タッチプレイになる本塁で三塁走者の石井琢朗を刺すのは無理だ。先制点を許すことになるけれども、ホームはあきらめるしかない。一塁に投げたとしても鈴木は左打者だ。野村の送球より鈴木が駆け抜けるほうが早かっただろう。だから、野村は三塁に投げた。こういう場面で私がもっとも見たいと思っているプレイななのだ。
江藤智は欠場しており、カープのホットコーナーは御船秀之が守っていた。野村の送球が御船のグラブにおさまったとき、二塁走者の波留敏夫は三塁をオーバーランしていた。波留は慌ててベースに戻ろうとして手を伸ばした。そこに御船がタッチした。
内野安打のとき、三塁または二塁でオーバーランのタッチアウトをとるこのプレイは私のお気に入りだ。無理やり一塁に投げて悪送球にでもなろうものなら、2点目が入って打者走者を二塁まで行かせてしまう。次の1点を未然に防いだこのプレイが終盤になって生きてくる。
波留は熊谷組時代にはショートを守っていた。野村と同じようにオーバーラン・タッチアウトを狙って三塁に送球したプレイを私は見たことがある(アウトはとれなかった)。わかっていても気持ちが前に向かっているから、ついひっかかってしまうのだろう。走者としては難しい判断を迫られることになる。だから有効なのだ。
カープの先発は紀藤真琴だった。続く4回には駒田徳広にソロアーチを浴び、5回にも1点を失った。6回表の打席で代打を送られた。5回まで3失点、打たれたヒットは7本だったが、クリーンヒットは3本にすぎなかった。
残りの4本は、打球の勢いが死んでいた内野安打2本と、落ちたところがよかっただけのテキサスヒットが2本だった。ただ、降板に関しては、別に気の毒だとは思わない。1番の石井に対しては3四球だったのだ。ゲームが壊れずに済んだのが幸いだった。
6回裏のマウンドには高橋建が上がった。二死一塁で佐伯貴弘への2球目、左の高橋は完全にモーションを盗まれた。佐伯は盗塁を援護する空振りをみせたが、その必要はまったくなかった。キャッチャーがどんなに素早くストライク送球してもセーフだったに違いない。西山秀二は送球しなかった。
二死二塁となって、佐伯は5球目を三遊間に運んだ。二塁走者は俊足の石井、ベイスターズのリードは3点、回は中盤、アウトカウントは2つ。本塁突入を指示した三塁コーチには1つだけ懸念要素があったに違いない。レフトの金本知憲はあらかじめ定位置より前で守っていた。
頭の上を越されたらこのゲームはそれで終わり、前に来た打球なら二塁走者の生還は許さない、そんな切羽詰ったシフトだった。
次の1点はカープにとって重い1点になる。この時点では1ゲーム差で首位ジャイアンツを追っているのだ。金本はカットマンなしで本塁にダイレクト返球して石井を刺した。3点差で踏みとどまったことで、なんとか勝敗の興味は薄れずに試合は終盤へと入っていく。
ベイスターズの先発は野村弘樹だった。6回まで無失点。奪三振もゼロなら与四死球もゼロだった。7回表、二死二塁でピッチャーの高橋建に打順が回ってきた。当然のように代打が起用された。
えっ、小畑ぁ?
聞かない名前だ。選手名鑑を開いたら、所沢商高からドラフト7位で入った5年目の捕手登録の選手だった。まあ、なかなかウエスタンまでフォローできない(実は92年にウエスタンで、93年にはオープン戦で見ていた。どちらも途中出場で打席には入っていないけれど…)。
小畑孝司はフルカウントからの6球目を見送った。記録マニアとしては残念な話だ。これで野村の無四球無三振完投はなくなったのだ。ストライクならこの試合で野村が奪った最初の三振であり、ボールなら初めて与える四球になるわけだ。
橘高球審の手は上がらなかった。あとで調べてわかったことだが、小畑のこの年の成績は2打数1安打だった。その1安打とは6月19日の同じカード、同じ球場で、野村から打ったものだった。しかも、そのヒットは小畑にとって3シーズンぶりのヒットであり、そのうえプロ入り初アーチでもあった。
私はよほど右の代打がいないのだろうと思っていたけれども、三村監督の代打起用にはそういう理由があったのだ。ちなみに、このときの四球はこのシーズンに小畑が選んだ唯一の四球でもあった。
さて、次は9番だ。前の打席で代打に出た町田公二郎の打順だ。町田はサードに入っていたのだ。町田と言えば外野手だ。サードを守れるという話は聞いたことがない。翌日のスポーツ紙によれば、プロでは初めてのポジションだったそうだ。念のため、プロ入り後の町田の守備位置を確認してみよう。
| 年 | 一塁 | 三塁 | 外野 | 試合 |
|---|---|---|---|---|
| 92年 | 0 | 0 | 43 | 49 |
| 93年 | 0 | 0 | 83 | 103 |
| 94年 | 0 | 0 | 10 | 18 |
| 95年 | 26 | 0 | 27 | 69 |
| 96年 | 11 | 9 | 29 | 73 |
▲各ポジションの数字は守備記録上の試合数です。右端の「試合」は打撃記録上の試合数です。守備記録上の(ポジションごとの)試合数は重複カウントされます。通常、守備記録上の試合数合計は打撃記録上の試合数より多くなります。町田の場合、守備記録上の試合数の合計が打撃記録上の試合数に届きませんので、町田は代打起用の多い選手であるということが裏付けられるわけです。
基本的には代打要員であり、外野守備さえうまいとは思えない町田に三塁を守らせるのはギャンブルとしか言いようがない。だが、カープのギャンブルは当たった。町田は左中間に同点3ランを放って試合を振り出しに戻したからだ。こうなると、シーズン唯一の四球を選んだ小畑にしても貴重な貢献をしたことになる。
同点に追いついて、三村監督は町田を引っ込めた。その裏の守備から、小畑の代走・高信二をサードに起用して、マウンドには3番手投手としてルーキーの玉木重雄を送った。玉木は先頭の鈴木に安打を許した。続くロバート・ローズが打った三遊間を抜けそうな打球に、高が飛びついた。これが5−4−3のゲッツー。
「参りました。私が悪うございました」と言いたくなるほど、見事に決まった選手起用だった。ちょっと失礼だが、町田がサードなら併殺どころの話ではなく、三遊間を抜かれていただろう。こういうときに『オリーブの首飾り』を演奏するような機転があるなら、私も少しは応援団を見直すのだが…。
もう1打席と残しておいた町田が同点3ランで、町田の代わりにサードの守備についた高がファインプレイ。これはもう「三村マジック」だ。マジック(=奇術)のBGMは『オリーブの首飾り』と相場は決まっている。
4番の江藤が戦列を離れた大きな穴がこうして埋められていった。玉木は後続を断ち、8回も3者凡退に仕留めて、プロ初勝利を飾ることになる。
その8回裏は二死無走者でピッチャーに打順が回ったが、ベイスターズは代打を出さなかった。前夜の延長戦では、Cは山内−小早川幸−白武−高橋建−玉木重−佐々岡、YBは三浦−河原−戸叶−島田−佐々木とつないでいた。その余波で、台所事情が苦しかったのだろうし、連夜の延長を考えたのかもしれない。
とはいえ、当時はまだ実績のなかった戸叶尚を引っ張るのは、見ている側としてはちょっと納得しかねる。まあ、優勝争いをしているチームと、将来を見据えるしかないチームとの対戦だったから、ある程度やむを得ないのかもしれない。
(6) (4) (8) R9 (3) 8 (7) (9) 1 (2) (5) 1 H R5 (1) H5 1 H3 |
野村 正田 前田 仁平 ロペス 木村 金本 緒方 佐々岡 西山 御船 高橋建 小畑 高 紀藤 町田 玉木重 浅井 |
L S L − R − L R − R R − R L R R − L |
1 三ゴ 中安 遊飛 - 投ゴ - + + - + + - - - + - - - |
+ + + - + 2 右安 左安 - 三飛 遊ゴ - - - + - - - |
左飛 左飛 + - + - + + - + + - - 3 三ゴ - - - |
+ 4 三飛 - 三ゴ - 捕邪 + - + + - - - + - - - |
+ + + - + - 5 投ゴ - 一ゴ 三ゴ - - - + - - - |
右安 投ギ 二飛 - 左飛 - + + - + + - - - 6 左安 - - |
遊ゴ + + - + 7 中安 左飛 - 三ゴ - - 四球 - - 中本 - - |
8 二安 中飛 - 二飛 - 四球 右飛 - + - - - + - + - - |
右本 四球 右2 - 中安 - 四球 三ゴ 9 右安 - - - 捕飛 - - - 左3 |
数安点 522 320 510 000 512 000 320 510 000 410 200 000 000 100 100 223 000 111 37138 |
C 回数 打安振球失 紀藤 R 5 267553 高橋建L 1 42100 ○玉木重R 2 61000 佐々岡R 1 40110 YB 回数 打安振球失 野村 L 7 287013 ●戸叶 R 1 1/3 72001 河原 L 0/3 43014 米 R 2/3 31010 |
| カープ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 5 | =8 | |||
| ベイスターズ | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | =3 | 盗塁:石井(6ウ)、波留(9ウ)
盗塁死:金本(2表) 走塁死:波留(3ウ)、石井(6ウ)、ロペス(9表) ボーク:戸叶(9表) 併殺:C1(7ウ、高−正田−ロペス) 残塁:C7、YB10 |
||
(6) (8) (9) (7) (4) (3) (2) (5) 5 (1) 1 1 1 |
石井 波留 佐伯 鈴木 ローズ 駒田 谷繁 宮川 高橋 野村 戸叶 河原 米 |
L R L L R L R L R L R − − |
1 四球 投ギ 四球 三振 遊ゴ + + + - + - - - |
+ + + + 2 右安 左飛 三振 - 三振 - - - |
3 四球 四球 捕ギ 遊安 三ゴ + + + - + - - - |
四球 三安 中飛 + 4 中本 右飛 左安 - 捕ギ - - - |
+ + 5 三振 右3 三振 左安 中飛 - + - - - |
中安 右飛 左安 + + + + + 6 三振 - - - |
+ + 7 二安 三併 左飛 + - + + - - - |
+ + + + + 8 捕邪 - 二ゴ - 一ゴ - - |
9 四球 一ゴ 右飛 三振 + + + - + - - - + |
数安点 110 310 310 521 410 421 411 310 100 200 100 000 000 31103 |
|
当てただけのファーストゴロに倒れた戸叶が、9回表のマウンドに向かう。この場面での続投だから、期待されているのはよくわかる。それだけの素材だとも思う。それでも、まだ荷が重くないかという不安が募る。
カープの先頭打者は西山だった。ワンストライク後の2球目にしかけた。三塁線にセーフティバントを試みたのだ。けっして足が速いわけではない西山のバントはわずかにラインを外れた。
ベイスターズはまったく無警戒だったから、インフィールドなら一塁は微妙に思えた。まだ同点にすぎなかった。ランナーも出ていなかった。だが、一塁キャンバスの先まで全力で駆け抜けていった西山の背中に、漠然とではあったかもしれないけれども、このゲームのあるべき着地点が見えたような気がした。
それはたぶん私だけでなく、スタジアム全体(ライトスタンドよりレフトスタンドの人口密度が高く、内野席でも紺より赤が多かった)が目撃したものではなかっただろうか。
西山は追い込まれながらライト前に弾き返した。続く高の初球前、バント封じでファーストとサードがダッシュしたとき、戸叶が若さを暴露した。あるいは、ローズがファーストのカバーを忘れただけだったのかもしれない。誰もいなくなった一塁に牽制球を投げようとしてボークを犯した。
高が倒れて一死二塁。左の代打・浅井樹に対して、ベイスターズもサウスポー・河原隆一をマウンドに送る。左対左を買われたはずの河原は、左打者3人には長打を浴び、右打席に入った正田には四球を与えて、一死もとれずにマウンドを去った。
ベイスターズは結局、1人の代打も使うことなく敗れた。カープのベンチは積極的に動いて、たとえ総動員でも勝ちに行くという姿勢が見えた。5点差の9回裏、セーブがつく場面でもないのにリリーフエースの佐々岡真司を投入したのは象徴的ですらある。
◆鈴木の打順は『ベースボール・レコード・ブック』をもとに集計しました。町田の守備位置は『ベースボール・マガジン』冬季号によります(ともにベースボールマガジン社発行)。また、選手名は当時の登録名です。
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