セットポジションプロ野球
バットは回る | 天才の胎動 | 権藤、権藤、雨、権藤

天才の胎動

01/01/06作成
13/12/22更新

◆このページは、イチローがマリナーズに移った年の1月に作成したものです。すくなくとも当時、イチローについて語られることは、プロ3年目以降と高校時代の話ばかりでした。途中が抜け落ちていたわけです。その空白を埋めることは私なりのはなむけでした。


◇1992年(1年目)

イチローは1991年のドラフト会議で4位指名されて、92年から00年まで日本のプロ野球に在籍した。主にファーム暮らしだった1年目と2年目の成績を振りかえってみた。

ルーキー・イヤーの鈴木一朗は、ウエスタン・リーグ開幕から7月10日までの全試合(54試合)にスタメン出場していた。代走を出されて途中で退いた試合が1試合だけあるものの、ほかの53試合は最後まで出ている。

ファームの場合、必ずしもその試合に勝つことが目的ではないから、予定された選手交代が頻繁におこなわれるし、ポジションもめまぐるしく変わったりする。そうした中で、高卒ルーキーがほとんどフル出場しているのは、やはり期待のあらわれと見るべきだろう。

結局、221打数81安打で打率.367の数字を残して、「1軍」に昇格する。なにしろ54試合で、無安打9試合に対して、3安打以上は11試合だったのだ。

鈴木一朗の「1軍」デビューは7月11日の平和台球場だ。翌12日には早くも9番レフトでスタメン出場している。だが、天才をもってしても、「1軍」の壁は厚かった。昇格後は平凡な数字しか残していない。

92年打撃成績
ウエスタン 58試合 238打数 87安打 16打点 3本塁打 10盗塁 打率.366
パシフィック 40試合 95打数 24安打 5打点 0本塁打 3盗塁 打率.253

それでは、試合ごとの打撃成績をまとめてみよう。

▼「順守」は打順と守備位置です。打順に数値が記載されているのはスタメンです。途中で退いた場合と最後までフル出場の場合の区別はしていません。打順の記載がないものは、試合の途中から出場した場合です。打順の青字は、いわゆる「偵察要員」起用後の「事実上のスタメン」を示します。なお、守備位置は当該試合で最初に守ったポジションであり、その後のシート変更は反映させていません。
▼『ベースボール・レコード・ブック』93年版をもとに作成しました。

92年の詳細
92年ウエスタン 92年パシフィック 92年ウエスタン
月日
04/02
03
06
07
08
09
11
13
14
15
17
18
21
23
25
26
27
28
29
30
05/03
04
05
07
08
19
20
22
23
24
26
27
29
31
06/02
03
06
13
14
16
17
19
20
21
24
25
27
28
29











Bu
Bu






Bu
Bu





Bu
Bu



Bu
Bu
















順守
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1左
1左
1右
1左
1右
1右
3左
3左
1左
1左
1左
1中
1左
1左
1左
1左
1左
1左
1左
1右
1右
数安点本盗
31000
41001
31001
32000
31000
54000
52000
42001
40000
43000
51000
30001
52000
43001
20100
21000
33000
31101
41100
52100
52100
53101
43100
31101
32000
30000
40000
41000
40000
41000
40000
51000
51000
52000
52000
40000
41000
52320
41100
41000
51000
40000
52002
43000
42000
41000
43000
51000
31000












Bu
Bu



Bu
Bu







Bu










Bu
Bu
Bu






順守





−左
9左
−左

9左
走左
打−
打左
打−
打−

9左
走−
−左
打−
打左
打−
1左
−左
打左
9左

1左
打左

9中
9左
2左
9左


打左
1左

2左
2左
2左
2左
走左
−中
9中
数安点本盗





20000
31000
00000

30000
21001
11000
31000
10000
10000
40000
41000
00000
00000
11000
21100
10000
20000
21100
10000
21000
31000
50001
11000
42000
41000
31100
51000
40000
41100
42000
10000
41001
21100
41000
30000
32000
30000
00000
00000
30000
月日 
07/01
02
04
09
10
11
12
15
24
25
26
28
29
31
08/02
05
07
09
12
13
14
15
21
23
26
29
09/01
02
06
07
08
09
13
15
19
20
21
23
24
27
28
29
30
10/01
02
10

Bu
Bu





















Bu





順守
1中
1中
1左
1左
1左



1中









1左




1中





1左
数安点本盗
63100
51000
53100
53110
42000



42100









42000




51000





41000

外野のポジション争い

次に、イチローが昇格した7月以降に起用された外野手を調べてみた。

青字は左打者または左の先発投手です。
▼各外野手の欄は、左から順にポジション、打数、安打をあらわします。「左4−1」なら、スタメン・レフトで4打数1安打という意味です。「守」は守りからの途中出場です。「左」「中」「右」には、いわゆる「偵察要員」に代わって出場したケースも含みます。
▼『ベースボール・レコード・ブック』から作成しましたが、イチロー以外の選手に関してはチェックが甘いので、間違いがあるかもしれません。

92年ブルーウェーブの外野手
月日 相手 先発 村上 高橋智 柴原 佐藤和 山森 石嶺 本西 鈴木 飯塚
07/01
02
03
04
05
08
10
11
12
15
24
25
26
27
28
29
31





Bu







Bu
Bu
Bu
金石
柴田

渡辺久
石井
高柳
吉田
本原
木村
園川
若田部
村田
吉田
佐々木
高柳
高村
潮崎
左4−0
左2−0
打1−1

打1−0
左4−1
打1−1
左1−1
中4−2
中4−2
左4−2
左2−2
左2−0
中4−1
左4−0
中4−1
中4−2
左5−3
左4−0
中4−2
左2−1
左3−1
左6−2
左4−1
左4−1
右1−0
右3−1
右3−0
右3−1
右2−0
右2−1
守0−0
右3−0
右2−1
走0−0
右4−1
右4−1
打0−0
右4−1
右5−4
右4−0
右3−1
打1−0








打1−1


打1−1
打0−0
打1−0

打1−0
守0−0
守1−0
走0−0
守0−0


右3−1

走0−0
右3−0


右2−0
守0−0

守0−0
守0−0
指4−2
指4−1
指4−1
指4−1
指2−1
指5−1
指5−2
指4−0
指4−2
指5−0
指4−0
指3−0
指5−2
指2−1
指5−2
指4−2
指4−1

守0−0
中2−0
中2−0
中1−0
守1−0
中2−2

守1−0
中4−2
中3−1

中5−3
中3−1
中3−2
中4−1
中3−0







守2−0
左3−1
守0−0

左3−0
走2−1
打1−1
打3−1

打1−0
月日 相手 先発 村上 高橋智 柴原 佐藤和 山森 石嶺 本西 鈴木 飯塚
08/02
04
05
07
09
11
12
13
14
15
16
20
21
22
23
25
26
27
28
29
30



Bu
Bu













Bu
Bu
Bu
新谷
酒井
柴田
佐々木
高村
今野
園川
前田
河野
酒井

武田
若田部

新谷
ヤング
小宮山
前田
今野

高村
高柳
江坂


















打1−0
左4−1
左4−2
中3−1
中4−2
左3−0
右4−3
右3−0
右3−1
左5−2
左4−2
左4−0
左3−1
打2−0
左3−1
左5−1
左3−1
左4−2
左4−1
左4−1
中5−2
左4−1
右3−1
打2−0
右4−0
右1−0
右4−0

打2−0
走0−0

守0−0
右4−2
右3−1
右3−0
右1−0
右4−2
右3−1

打2−1
右3−0
右5−1
打2−0
打1−0
打1−0

打1−0


打1−0

打1−0

打1−0
打1−0

打1−0
打1−0


打1−0

右2−0

守1−1
守0−0


守0−0
右2−0
右3−0

守0−0

走0−0
中1−0
守0−0
守0−0
守0−0
守0−0
守0−0
右1−0
指4−0
指4−1
指4−0
指5−0
指3−2
左4−2
左5−3
左2−0
指5−4
指4−2
指4−0
指3−0
指4−1
指3−1
指4−2
指5−1
指4−1
指3−0
指4−2
指4−2
指4−1
中3−1
中3−1

守0−0
中4−1
中2−0
中5−0
中2−0
中4−2
中4−1
中4−1
中2−0
中3−1
中3−0

中4−1
中4−2
中2−0
中2−0
守1−0
中3−1
打1−0

左4−0
左4−1


守0−0
打1−1
打2−1
打1−0


左2−0

守2−1

打1−0


左2−1
















右2−1
右2−0
月日 相手 先発 村上 高橋智 柴原 佐藤和 山森 石嶺 本西 鈴木 飯塚
09/01
02
03
05
06
07
08
09
10
12
13
15
18
19
20
21
22
23
24
26
27
28
29
30
10/01
02
03
10















Bu
Bu
Bu
Bu








金石
柴田
西崎
園川

吉田
小宮山
足利
木村
タネル
西崎
武田
足利
工藤
新谷
鈴木哲
野茂
江坂
高柳
佐野
工藤
渡辺久
吉田
牛島
小宮山
前田
酒井

吉田
小宮山




打0−0
打1−0
左3−0

左2−0

走1−1
打1−0

打1−0

打1−0
打1−1
走0−0

打1−1

打1−0

打1−0


打1−0
中4−1

左3−2
左4−0
左3−0
中4−0
右4−0
中4−1
中5−2
左3−0
中5−1
中4−2
左3−0
中3−0
中4−0
左3−0
左5−0
中3−2
中3−1
右5−3
中4−2
中4−1
中2−0
中4−2
左4−1
左5−1
左5−2
左4−2
右4−0
右4−2
右4−2

右2−0
右2−0

右4−2
右4−2
右3−0
右5−1
右4−2

右4−2
右3−0
右3−1
打1−0
右3−1
右2−1
打4−2
右3−1
右3−0
右2−0
右3−1

打0−0
中3−1
右2−0
守0−0
守2−1
守0−0
右3−1
守1−0
守0−0


守3−1
守0−0
守1−0

右4−1
守0−0


右3−1
守0−0
守0−0
中1−0




右3−0
走0−0
守1−0
指4−2
指5−2
指2−0
指4−1
指4−1
指4−1
指5−2
指5−0
指5−2
指2−0
指4−1
指4−0
指4−1
指3−0
指4−1
指4−0
指4−1
指4−2
指4−1
左3−2
指3−0
指4−0
指3−1
指3−0
指4−2
指5−2
指5−1
指4−0
走1−0
中2−0
中3−0
中3−0
中2−0

守0−0

守0−0
中3−0
守1−1

中4−1
走0−0
守0−0
中2−0
中4−2
三3−0
三3−0
三4−0
三3−2
三3−1
三2−1
三3−1
中3−1
中2−0
守2−0
打1−1
左3−1
左5−0


打1−1
左4−2
中4−1
左3−1


左5−1
左4−0

左4−1
左4−2
打1−0

左4−1
左2−1

左4−1
左3−0
左3−2
左3−0
走0−0
守0−0

中3−0

























右4−3
右3−0
守2−0

当時、ブルーウェーブの外野は高橋智が固定していた。92年の高橋智は、打率.297でベストテンの6位だ。高橋の269塁打は、秋山幸二、清原和博、デストラーデ、ウインタース、ブライアント、佐々木誠、石井浩郎らの並み居る強打者をおさえてリーグ1位だった。高橋を外せるはずがない。

本西厚博は92年こそあまりふるわなかったが、レギュラーとしての3年間の実績がある。前半戦は高橋と本西に加えて、右投手に対しては柴原実、左投手に対しては守備のスペシャリストでもある山森雅文が起用されることが多かった。

この年が10年目となる柴原は、前年まで通算34安打に過ぎないが、藤井康雄のリタイアで鈴木一朗よりひと足早く昇格して、外野の一角を占めていた。柴原の92年の打率は.254だから、鈴木一朗の.253と遜色はない。

ただし、出塁率は鈴木の.276に対して柴原は.315であり、長打率は鈴木の.305に対して柴原は.385で、いずれも柴原が上回っている。結局、鈴木一朗がスタメンで使われたのは、例外なく右投手のときだった。

だから、同じ左打者の柴原を押しのけてスタメン起用されたのは1試合しかない。1年目は前半戦終了間際に昇格して、最後までファーム落ちはしなかったけれども、藤井の故障で薄くなった外野陣の中でもレギュラーをとることはできなかった。そんなシーズンだった。

1993年(2年目)

翌93年のブルーウェーブは、藤井が戻り、新外国人選手としてタイゲイニーが加入した。2人とも外野手で左打ちだ。高橋を加えると外野の3人はガチガチの主力、しかも主軸クラスということになる。左打者が増えれば、相手チームは左投手をぶつけてくるので、鈴木一朗の出番はますます限られてくる。

そのうえ、田口壮も外野にコンバートされた。それでも、2年目の鈴木一朗は開幕を「1軍」で迎えた。開幕カードこそスタメン出場するが、これはタイゲイニーが出遅れたためだ。12打数1安打の鈴木一朗は4月末にはファーム落ちして、高橋が故障した5月下旬に復帰する。

復帰後も33打数7安打で、再びファームに落とされて夏場を過ごす。再々昇格は、ファーストを守っていたトーベの故障により藤井が一塁に回った9月まで待たなければならなかった。まだプロの壁は厚かった。93年の打撃成績は次のとおりだ。

93年打撃成績
ウエスタン 48試合 186打数 69安打 23打点 8本塁打 11盗塁 打率.371
パシフィック 43試合 64打数 12安打 3打点 1本塁打 0盗塁 打率.188

ファームでは高打率だが、「1軍」では2割にも満たない打率だった。なお、この年のウエスタンの首位打者はホークスの柳田聖人であり、打率は.346だ。鈴木一朗は規定打席に欠けていた。イチローは翌94年から7年続けて首位打者のタイトルに輝くわけだから、93年は在籍9年のうち首位打者をとれなかった唯一のシーズンでもある。

▼守備位置の紫色(8月4日)は、「偵察要員」が使われたことに伴う「玉突き」スタメンです。つまり、先発オーダーでは1番ライトでしたが、レフトに「当て馬」が起用されており、初回表に代打に出た選手がその裏の守備ではファーストに入りました。ファーストの選手がライトに回ったため、イチローはライトではなく、レフトで最初の守備についています。また、打順の青字は、「偵察要員」に代わって出場した試合を示します。
▼『ベースボール・レコード・ブック』94年版をもとに作成しました。

93年の詳細
93年パシフィック 93年ウエスタン 93年パシフィック 93年ウエスタン








Bu
Bu

















Bu








Bu
Bu






順守
9中
1中
打右
−中
−右
−右
打−
−中
−右
−右
打−













打−
−中
走右
−左
−右
−右
−中
打中
打−
打左
打中
1中
1中
1中
−中
1中
1中
1中

走−
数安点本盗
30000
41000
20000
00000
00000
10000
10000
00000
00000
00000
10000













10000
10000
00000
00000
00000
00000
00000
10000
10000
10000
20000
52110
20000
32000
10000
52100
40000
10000
40000
00000
月日/
04/10
11
13
14
15
16
18
20
21
23
24
25
27
05/03
04
08
09
11
12
13
15
16
19
20
21
23
25
28
29
30
06/01
02
05
06
07
12
13
16
17
18
20
22
23
30













Bu










順守











1中
1中
1右
1右
3中
3中
3右
3右
3中
3右
3右
3中
3中
数安点本盗











42002
31000
32000
41000
52000
31110
41100
43000
41000
41000
51001
41000
51000

Bu



































Bu
Bu




順守
−右































打−
9右
1右

打−
走右
打−
打−
打−
9中
打−
数安点本盗
11000































10000
21100
42000
40000
10000
00000
10000
10000
10000
31000
10000
月日/
07/04
06
07
08
09
11
13
15
16
24
25
27
29
31
08/01
04
05
07
08
11
12
13
18
19
21
24
25
26
27
29
30
31
09/04
08
09
10
14
15
18
19
20
21
24
26
27
29
10/02





Bu
Bu





















Bu
Bu
















Bu
Bu
順守

1左
1左
1左
1中
1左
1左
1右
1左
1右
1左
1右
1右
1右
1右

1中
1中
1中
1右
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1中
1右
1中
1中
1中











3右
3中
3左
3左
数安点本盗

41000
54201
22000
31000
51000
44211
51001
31001
52000
42220
42000
42001
31000
53001
41000
41000
33210
30000
52000
31000
30100
41110
21110
21000
42101
51000
41000
53200
30001
42200
30000











42310
50000
50100
32100

94年からブルーウェーブの指揮をとった仰木監督はイチローの才能を見抜いた名伯楽で、土井監督(93年まで)はイチローを使えなかったヘボ監督だという具合に対比されることが多いけれども、私はこの「定説」に必ずしも同調しない。

93年のタイゲイニーは規定打席不足とはいえ打率は.290でホームランは23本だ。藤井は完全復活とはいかなかったが、それでも.251で28本だった。不振に陥った高橋こそ.251で11本だったが、控えの柴原は.308であり、本来「守備の人」であるはずの山森も.316なのだ。

これでは、将来性だけで1割台のバッターは使えないだろう。私としては土井氏を弁護したいのだが、ご本人は次のようにおっしゃっているようだ。

01年2月26日付『日刊スポーツ』=東京

ある外国人記者によると「なぜイチローを2軍に落としたのか」と尋ねられた土井氏は「僕はそう思わなかったが当時の打撃コーチが彼のバッティングフォームを嫌いだったから」と説明したという。

まあ、当時の状況を使い慣れない英語で説明するのが面倒だったのかもしれない。そういうことにしておこう。

1994年(3年目)

93年オフに石嶺和彦がFA宣言してタイガースに移籍した。石嶺は93年には指名打者として130試合中116試合にスタメン出場していた。これで、タイゲイニーなり藤井なりがDHに入ることになれば、外野のポジションが1つ空くわけだ。

しかも、タイゲイニーは94年3月上旬に右膝の軟骨除去手術を受けて、開幕には間に合わなかった。高橋智もオープン戦終盤にじん帯損傷で全治3週間、外野のポジションは大きな穴がぽっかりとあいていた。

まるで鈴木一朗のためにあけられたような穴だ。そこにすっぽりと納まるだけでよかった。94年オープン戦のスタメンは次のとおりだ。

94年オープン戦のスタメン
月日 1番 2番 3番 4番 5番 6番 7番 8番 9番 数−安
2/20
25
26
3/05
06
10
11
12
13
14
15
18
19
20
21
24
25
26
28
29
30
4/01
02
03
YB

YB



YB
YB


Bu












8鈴木
8鈴木
8鈴木

3萩原
8鈴木
4福留
8鈴木
8鈴木
8鈴木

6田口
8鈴木
8鈴木

6田口
6田口
6田口
8本西
8鈴木
7田口
7田口
6田口
6田口
6田口
8鈴木
6田口
6田口
6田口
4田口
6田口
6田口
6斉藤
7田口
7田口
6田口
7鈴木
6田口
6田口
4勝呂
4福良
8鈴木
6勝呂
6田口
8鈴木
5小川
8鈴木
4福良
4福良
6田口
4福良
9藤井
9藤井
9柴原
8鈴木
9藤井
8熊野
D藤井
D藤井
3佐藤和 
9藤井
9藤井
9藤井
D岡田
9鈴木
5福良
4福良
9藤井
4福良
4福良
4福良
8鈴木
8鈴木

9藤井
8鈴木
3キャブレラ 
3キャブレラ
3キャブレラ
5キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
5岡田
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
D藤井
9藤井
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
3キャブレラ
D村上
7高橋智
7高橋智
9藤井
7高橋智
D岡田
5福良
5福良
9藤井
3岡田
D村上
7高橋智
7高橋智
7高橋智
7高橋智
7高橋智
7平塚
D岡田
D岡田
D岡田
9藤井
9藤井
7平塚
9藤井
7高橋智
4小川
D佐藤和
7高橋智
D村上
7中谷
6勝呂
6勝呂
7高橋智
5福良
5福良
D村上
9平塚
3村上
D村上
9平塚
D村上
9平塚
9平塚
9藤井
D村上
D村上
4福良
5馬場
5福良
D佐藤和
6勝呂
D佐藤和
5岡田
9平塚
9平塚
9平塚
D村上
4小川
7柴原
4福良
8本西
8山森
3キャブレラ 
D佐藤和
4福良
5小川
8本西
7平塚
7柴原
7平塚
D中谷
D佐藤和
2三輪
2高田
2三輪
2三輪
2高田
2三輪
2高田
2高田
2高島
2中島
2高田
2中島
2中島
2中島
2高島
2中島
2高田
2中島
2中島
2高島
2高田
2中島
2中島
2中島
4小川
5馬場
5福良
4福良
4小川
5馬場
4風岡
4風岡
4福留
8本西
4小川
5小川
5馬場
5小川
4小川
5山越
5小川
6勝呂
6勝呂
5小川
5小川
5小川
5小川
7柴原


















5−3
4−2
4−2
5−1
4−1
1−0
2−0
2−0
5−0
5−3
4−2
4−1
2−1
4−0
5−1
1−0
4−3
4−1
0−0
4−2
4−2
3−1
4−1
4−1

▲「数−安」は鈴木一朗の打数と安打です。その左側に「」とあるのはライトで途中出場の試合、「」や「」は代打や代走で起用された試合です。なお、登録名が「イチロー」に変わるのは、この年のオープン戦終了後(開幕直前の4月7日付)です。

センターかライトか

最後に、93年と94年のレギュラー・シーズンにおけるスタメン起用回数を比較しよう。94年のイチローは、主にセンターで130試合にフル出場する。パリーグはこの年から全試合予告先発となったが、左投手のときのイチローはライトに回ることが多かった。(カッコ内の数字は、左投手−右投手の順)

 イチロー(左)
93年 スタメン計13試合=センター11試合(0-11)、ライト2試合(0-2)
94年 スタメン計130試合=センター84試合(12-72)、ライト46試合(20-26)

左投手のときは、本西または田口がセンターに入りイチローがライトに回って、ライトの藤井を押し出すという形になったからだ。本西、田口、藤井のスタメン試合数は次のとおりだ。

 本西(右)
93年 スタメン計46試合=センター18試合(16-02)、サード28試合(2-26)
94年 スタメン計51試合=センター28試合(16-12)、サード23試合(5-18)
 田口(右)
93年 スタメン計19試合=センター15試合(1-14)、レフト3試合(2-1)、サード1試合(0-1)
94年 スタメン計75試合=センター30試合(17-13)、レフト44試合(12-32)、DH1試合(1-0)
 藤井(左)
93年 スタメン計128試合=ライト107試合(27-80)、ファースト21試合(3-18)
94年 スタメン計93試合=ライト52試合(8-44)、ファースト38試合(4-34)、DH3試合(1-2)

ちなみに、94年のブルーウェーブは藤井(打率.245、13本塁打)、高橋(.260、5本)、外野から指名打者に回ったタイゲイニー(.248、10本)、それに一塁のキャブレラ(.237、11本)ら主軸打者が軒並み不振だった。イチローはシーズン210安打、69試合連続出塁、パリーグ最高打率.385など数々の金字塔をうち立てた。


外部リンクです。
niigata-boro.netにいがたプロ野球熱戦譜
 イチローがプロ初本塁打を(野茂から)打った長岡悠久山球場は、両翼90mで外野フェンスの高さは約1.8mだそうです。「1993年近鉄−オリックス」のページに、そのときの模様や当時の彼を取り巻く環境について詳述されています。(03/01/31許諾済)
MS-DATABASE
 イチローの年度別成績について、ウエスタン時代からメジャー進出後に至るまで丹念にフォローしたページがあります。「スポーツインデックス」からどうぞ。(04/01/09通知済)

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