◆このページは、イチローがマリナーズに移った年の1月に作成したものです。すくなくとも当時、イチローについて語られることは、プロ3年目以降と高校時代の話ばかりでした。途中が抜け落ちていたわけです。その空白を埋めることが、私なりのはなむけでした。
イチローは1991年のドラフト会議で4位指名されて、92年から00年まで日本のプロ野球に在籍した。主にファーム暮らしだった1年目と2年目の成績を振りかえってみた。
ルーキー・イヤーの鈴木一朗は、ウエスタン・リーグ開幕から7月10日までの全試合(54試合)にスタメン出場していた。代走を出されて途中で退いた試合が1試合だけあるものの、ほかの53試合は最後まで出ている。
ファームの場合、必ずしもその試合に勝つことが目的ではないから、予定された選手交代が頻繁におこなわれるし、ポジションもめまぐるしく変わったりする。そうした中で、高卒ルーキーがほとんどフル出場しているのは、やはり期待のあらわれと見るべきだろう。
結局、221打数81安打で打率.367の数字を残して、「1軍」に昇格する。なにしろ54試合で、無安打9試合に対して、3安打以上は11試合だったのだ。
鈴木一朗の「1軍」デビューは7月11日の平和台球場だ。翌12日には早くも9番レフトでスタメン出場している。だが、天才をもってしても、「1軍」の壁は厚かった。昇格後は平凡な数字しか残していない。
| ウエスタン | 58試合 | 238打数 | 87安打 | 16打点 | 3本塁打 | 10盗塁 | 打率.366 |
| パシフィック | 40試合 | 95打数 | 24安打 | 5打点 | 0本塁打 | 3盗塁 | 打率.253 |
それでは、試合ごとの打撃成績をまとめてみよう。
▼「順守」は打順と守備位置です。打順に数値が記載されているのはスタメンです。途中で退いた場合と最後までフル出場の場合の区別はしていません。打順の記載がないものは、試合の途中から出場した場合です。打順の青字は、いわゆる「偵察要員」起用後の「事実上のスタメン」を示します。なお、守備位置は当該試合で最初に守ったポジションであり、その後のシート変更は反映させていません。
▼『ベースボール・レコード・ブック』93年版をもとに作成しました。
| 92年ウエスタン | 92年パシフィック | 92年ウエスタン | |||||||||
| 月日 04/02 03 06 07 08 09 11 13 14 15 17 18 21 23 25 26 27 28 29 30 05/03 04 05 07 08 19 20 22 23 24 26 27 29 31 06/02 03 06 13 14 16 17 19 20 21 24 25 27 28 29 |
対 C C T T T D D H H H Bu Bu D D H H H T Bu Bu C H D C C Bu Bu T T T Bu Bu C C D D T D D H H C C C H H T T T |
順守 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1左 1左 1右 1左 1右 1右 3左 3左 1左 1左 1左 1中 1左 1左 1左 1左 1左 1左 1左 1右 1右 |
数安点本盗 31000 41001 31001 32000 31000 54000 52000 42001 40000 43000 51000 30001 52000 43001 20100 21000 33000 31101 41100 52100 52100 53101 43100 31101 32000 30000 40000 41000 40000 41000 40000 51000 51000 52000 52000 40000 41000 52320 41100 41000 51000 40000 52002 43000 42000 41000 43000 51000 31000 |
対 H H M H H Bu Bu L L F Bu Bu M M F F L L M Bu F F M M H H F H L L Bu Bu Bu L M M M M F M |
順守 −左 9左 −左 9左 走左 打− 打左 打− 打− 9左 9左 走− −左 打− 打左 打− 1左 −左 打左 9左 9左 1左 打左 9左 9中 9左 2左 9左 9左 9左 打左 1左 8左 2左 2左 2左 2左 走左 −中 9中 |
数安点本盗 20000 31000 00000 30000 21001 11000 31000 10000 10000 40000 41000 00000 00000 11000 21100 10000 20000 21100 10000 21000 31000 50001 11000 42000 41000 31100 51000 40000 41100 42000 10000 41001 21100 41000 30000 32000 30000 00000 00000 30000 |
月日 07/01 02 04 09 10 11 12 15 24 25 26 28 29 31 08/02 05 07 09 12 13 14 15 21 23 26 29 09/01 02 06 07 08 09 13 15 19 20 21 23 24 27 28 29 30 10/01 02 10 |
対 Bu Bu C D D H T Bu C |
順守 1中 1中 1左 1左 1左 1中 1左 1中 1左 |
数安点本盗 63100 51000 53100 53110 42000 42100 42000 51000 41000 |
|
次に、イチローが昇格した7月以降に起用された外野手を調べてみた。
▼青字は左打者または左の先発投手です。
▼各外野手の欄は、左から順にポジション、打数、安打をあらわします。「左4−1」なら、スタメン・レフトで4打数1安打という意味です。「守」は守りからの途中出場です。「左」「中」「右」には、いわゆる「偵察要員」に代わって出場したケースも含みます。
▼『ベースボール・レコード・ブック』から作成しましたが、イチロー以外の選手に関してはチェックが甘いので、間違いがあるかもしれません。
| 月日 | 相手 | 先発 | 村上 | 高橋智 | 柴原 | 佐藤和 | 山森 | 石嶺 | 本西 | 鈴木 | 飯塚 |
| 07/01 02 03 04 05 08 10 11 12 15 24 25 26 27 28 29 31 |
F F L L L Bu H H H M H H H Bu Bu Bu L |
金石 柴田 郭 渡辺久 石井 高柳 吉田 本原 木村 園川 若田部 村田 吉田 佐々木 高柳 高村 潮崎 |
左4−0 左2−0 打1−1 打1−0 左4−1 打1−1 左1−1 |
中4−2 中4−2 左4−2 左2−2 左2−0 中4−1 左4−0 中4−1 中4−2 左5−3 左4−0 中4−2 左2−1 左3−1 左6−2 左4−1 左4−1 |
右1−0 右3−1 右3−0 右3−1 右2−0 右2−1 守0−0 右3−0 右2−1 走0−0 右4−1 右4−1 打0−0 右4−1 右5−4 右4−0 右3−1 |
打1−0 打1−1 打1−1 打0−0 打1−0 打1−0 |
守0−0 守1−0 走0−0 守0−0 右3−1 走0−0 右3−0 右2−0 守0−0 守0−0 守0−0 |
指4−2 指4−1 指4−1 指4−1 指2−1 指5−1 指5−2 指4−0 指4−2 指5−0 指4−0 指3−0 指5−2 指2−1 指5−2 指4−2 指4−1 |
守0−0 中2−0 中2−0 中1−0 守1−0 中2−2 守1−0 中4−2 中3−1 中5−3 中3−1 中3−2 中4−1 中3−0 |
守2−0 左3−1 守0−0 左3−0 走2−1 打1−1 打3−1 打1−0 |
|
| 月日 | 相手 | 先発 | 村上 | 高橋智 | 柴原 | 佐藤和 | 山森 | 石嶺 | 本西 | 鈴木 | 飯塚 |
| 08/02 04 05 07 09 11 12 13 14 15 16 20 21 22 23 25 26 27 28 29 30 |
L F F Bu Bu M M M F F F H L L L M M M Bu Bu Bu |
新谷 酒井 柴田 佐々木 高村 今野 園川 前田 河野 酒井 武田 若田部 郭 新谷 ヤング 小宮山 前田 今野 高村 高柳 江坂 |
打1−0 |
左4−1 左4−2 中3−1 中4−2 左3−0 右4−3 右3−0 右3−1 左5−2 左4−2 左4−0 左3−1 打2−0 左3−1 左5−1 左3−1 左4−2 左4−1 左4−1 中5−2 左4−1 |
右3−1 打2−0 右4−0 右1−0 右4−0 打2−0 走0−0 守0−0 右4−2 右3−1 右3−0 右1−0 右4−2 右3−1 打2−1 右3−0 右5−1 打2−0 |
打1−0 打1−0 打1−0 打1−0 打1−0 打1−0 打1−0 打1−0 打1−0 打1−0 |
右2−0 守1−1 守0−0 守0−0 右2−0 右3−0 守0−0 走0−0 中1−0 守0−0 守0−0 守0−0 守0−0 守0−0 右1−0 |
指4−0 指4−1 指4−0 指5−0 指3−2 左4−2 左5−3 左2−0 指5−4 指4−2 指4−0 指3−0 指4−1 指3−1 指4−2 指5−1 指4−1 指3−0 指4−2 指4−2 指4−1 |
中3−1 中3−1 守0−0 中4−1 中2−0 中5−0 中2−0 中4−2 中4−1 中4−1 中2−0 中3−1 中3−0 中4−1 中4−2 中2−0 中2−0 守1−0 中3−1 |
打1−0 左4−0 左4−1 守0−0 打1−1 打2−1 打1−0 左2−0 守2−1 打1−0 左2−1 |
右2−1 右2−0 |
| 月日 | 相手 | 先発 | 村上 | 高橋智 | 柴原 | 佐藤和 | 山森 | 石嶺 | 本西 | 鈴木 | 飯塚 |
| 09/01 02 03 05 06 07 08 09 10 12 13 15 18 19 20 21 22 23 24 26 27 28 29 30 10/01 02 03 10 |
F F F M M M H H H F F H L L L Bu Bu Bu Bu L L M M M M F M M |
金石 柴田 西崎 園川 吉田 小宮山 足利 木村 タネル 西崎 武田 足利 工藤 新谷 鈴木哲 野茂 江坂 高柳 佐野 工藤 渡辺久 吉田 牛島 小宮山 前田 酒井 吉田 小宮山 |
打0−0 打1−0 左3−0 左2−0 走1−1 打1−0 打1−0 打1−0 打1−1 走0−0 打1−1 打1−0 打1−0 打1−0 |
中4−1 左3−2 左4−0 左3−0 中4−0 右4−0 中4−1 中5−2 左3−0 中5−1 中4−2 左3−0 中3−0 中4−0 左3−0 左5−0 中3−2 中3−1 右5−3 中4−2 中4−1 中2−0 中4−2 左4−1 左5−1 左5−2 左4−2 |
右4−0 右4−2 右4−2 右2−0 右2−0 右4−2 右4−2 右3−0 右5−1 右4−2 右4−2 右3−0 右3−1 打1−0 右3−1 右2−1 打4−2 右3−1 右3−0 右2−0 右3−1 打0−0 中3−1 右2−0 |
守0−0 守2−1 守0−0 右3−1 守1−0 守0−0 守3−1 守0−0 守1−0 右4−1 守0−0 右3−1 守0−0 守0−0 中1−0 右3−0 走0−0 守1−0 |
指4−2 指5−2 指2−0 指4−1 指4−1 指4−1 指5−2 指5−0 指5−2 指2−0 指4−1 指4−0 指4−1 指3−0 指4−1 指4−0 指4−1 指4−2 指4−1 左3−2 指3−0 指4−0 指3−1 指3−0 指4−2 指5−2 指5−1 指4−0 |
走1−0 中2−0 中3−0 中3−0 中2−0 守0−0 守0−0 中3−0 守1−1 中4−1 走0−0 守0−0 中2−0 中4−2 三3−0 三3−0 三4−0 三3−2 三3−1 三2−1 三3−1 中3−1 中2−0 守2−0 打1−1 |
左3−1 左5−0 打1−1 左4−2 中4−1 左3−1 左5−1 左4−0 左4−1 左4−2 打1−0 左4−1 左2−1 左4−1 左3−0 左3−2 左3−0 走0−0 守0−0 中3−0 |
右4−3 右3−0 守2−0 |
当時、ブルーウェーブの外野は高橋智が固定していた。92年の高橋智は、打率.297でベストテンの6位だ。高橋の269塁打は、秋山幸二、清原和博、デストラーデ、ウインタース、ブライアント、佐々木誠、石井浩郎らの並み居る強打者をおさえてリーグ1位だった。高橋を外せるはずがない。
本西厚博は92年こそあまりふるわなかったが、レギュラーとしての3年間の実績がある。前半戦は高橋と本西に加えて、右投手に対しては柴原実、左投手に対しては守備のスペシャリストでもある山森雅文が起用されることが多かった。
この年が10年目となる柴原は、前年まで通算34安打に過ぎないが、藤井康雄のリタイアで鈴木一朗よりひと足早く昇格して、外野の一角を占めていた。柴原の92年の打率は.254だから、鈴木一朗の.253と遜色はない。
ただし、出塁率は鈴木の.276に対して柴原は.315であり、長打率は鈴木の.305に対して柴原は.385で、いずれも柴原が上回っている。結局、鈴木一朗がスタメンで使われたのは、例外なく右投手のときだった。
だから、同じ左打者の柴原を押しのけてスタメン起用されたのは1試合しかない。1年目は前半戦終了間際に昇格して、最後までファーム落ちはしなかったけれども、藤井の故障で薄くなった外野陣の中でもレギュラーをとることはできなかった。そんなシーズンだった。
翌93年のブルーウェーブは、藤井が戻り、新外国人選手としてタイゲイニーが加入した。2人とも外野手で左打ちだ。高橋を加えると外野の3人はガチガチの主力、しかも主軸クラスということになる。左打者が増えれば、相手チームは左投手をぶつけてくるので、鈴木一朗の出番はますます限られてくる。
そのうえ、田口壮も外野にコンバートされた。それでも、2年目の鈴木一朗は開幕を「1軍」で迎えた。開幕カードこそスタメン出場するが、これはタイゲイニーが出遅れたためだ。12打数1安打の鈴木一朗は4月末にはファーム落ちして、高橋が故障した5月下旬に復帰する。
復帰後も33打数7安打で、再びファームに落とされて夏場を過ごす。再々昇格は、ファーストを守っていたトーベの故障により藤井が一塁に回った9月まで待たなければならなかった。まだプロの壁は厚かった。93年の打撃成績は次のとおりだ。
| ウエスタン | 48試合 | 186打数 | 69安打 | 23打点 | 8本塁打 | 11盗塁 | 打率.371 |
| パシフィック | 43試合 | 64打数 | 12安打 | 3打点 | 1本塁打 | 0盗塁 | 打率.188 |
ファームでは高打率だが、「1軍」では2割にも満たない打率だった。なお、この年のウエスタンの首位打者はホークスの柳田聖人であり、打率は.346だ。鈴木一朗は規定打席に欠けていた。イチローは翌94年から7年続けて首位打者のタイトルに輝くわけだから、93年は在籍9年のうち首位打者をとれなかった唯一のシーズンでもある。
▼守備位置の紫色(8月4日)は、「偵察要員」が使われたことに伴う「玉突き」スタメンです。つまり、先発オーダーでは1番ライトでしたが、レフトに「当て馬」が起用されており、初回表に代打に出た選手がその裏の守備ではファーストに入りました。ファーストの選手がライトに回ったため、イチローはライトではなく、レフトで最初の守備についています。また、打順の青字は、「偵察要員」に代わって出場した試合を示します。
▼『ベースボール・レコード・ブック』94年版をもとに作成しました。
| 93年パシフィック | 93年ウエスタン | 93年パシフィック | 93年ウエスタン | |||||||||||
| 対
M M L L L F F Bu Bu H H L L Bu H H H M M F F F Bu Bu H H L L F F H |
順守 9中 1中 打右 −中 −右 −右 打− −中 −右 −右 打− 打− −中 走右 −左 −右 −右 −中 打中 打− 打左 打中 1中 1中 1中 −中 1中 1中 1中 1中 走− |
数安点本盗 30000 41000 20000 00000 00000 10000 10000 00000 00000 00000 10000 10000 10000 00000 00000 00000 00000 00000 10000 10000 10000 20000 52110 20000 32000 10000 52100 40000 10000 40000 00000 |
月日/ 04/10 11 13 14 15 16 18 20 21 23 24 25 27 05/03 04 08 09 11 12 13 15 16 19 20 21 23 25 28 29 30 06/01 02 05 06 07 12 13 16 17 18 20 22 23 30 |
対 C Bu H D T T H H H C C D D |
順守 1中 1中 1右 1右 3中 3中 3右 3右 3中 3右 3右 3中 3中 |
数安点本盗 42002 31000 32000 41000 52000 31110 41100 43000 41000 41000 51001 41000 51000 |
対 Bu F L L M Bu Bu L L L H M |
順守 −右 打− 9右 1右 1中 打− 走右 打− 打− 打− 9中 打− |
数安点本盗 11000 10000 21100 42000 40000 10000 00000 10000 10000 10000 31000 10000 |
月日/ 07/04 06 07 08 09 11 13 15 16 24 25 27 29 31 08/01 04 05 07 08 11 12 13 18 19 21 24 25 26 27 29 30 31 09/04 08 09 10 14 15 18 19 20 21 24 26 27 29 10/02 |
対 D D D Bu Bu C C H T T H H C C D D T T H H H C C H T T Bu Bu H H H C C Bu Bu |
順守 1左 1左 1左 1中 1左 1左 1右 1左 1右 1左 1右 1右 1右 1右 1左 1中 1中 1中 1右 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1中 1右 1中 1中 1中 3右 3中 3左 3左 |
数安点本盗 41000 54201 22000 31000 51000 44211 51001 31001 52000 42220 42000 42001 31000 53001 41000 41000 33210 30000 52000 31000 30100 41110 21110 21000 42101 51000 41000 53200 30001 42200 30000 42310 50000 50100 32100 |
|
94年からブルーウェーブの指揮をとった仰木監督はイチローの才能を見抜いた名伯楽で、土井監督(93年まで)はイチローを使えなかったヘボ監督だという具合に対比されることが多いけれども、私はこの「定説」に必ずしも同調しない。
93年のタイゲイニーは規定打席不足とはいえ打率は.290でホームランは23本だ。藤井は完全復活とはいかなかったが、それでも.251で28本だった。不振に陥った高橋こそ.251で11本だったが、控えの柴原は.308であり、本来「守備の人」であるはずの山森も.316なのだ。
これでは、将来性だけで1割台のバッターは使えないだろう。私としては土井氏を弁護したいのだが、ご本人は次のようにおっしゃっているようだ。
01年2月26日付『日刊スポーツ』=東京ある外国人記者によると「なぜイチローを2軍に落としたのか」と尋ねられた土井氏は「僕はそう思わなかったが当時の打撃コーチが彼のバッティングフォームを嫌いだったから」と説明したという。
まあ、当時の状況を使い慣れない英語で説明するのが面倒だったのかもしれない。そういうことにしておこう。
93年オフに石嶺和彦がFA宣言してタイガースに移籍した。石嶺は93年には指名打者として130試合中116試合にスタメン出場していた。これで、タイゲイニーなり藤井なりがDHに入ることになれば、外野のポジションが1つ空くわけだ。
しかも、タイゲイニーは94年3月上旬に右膝の軟骨除去手術を受けて、開幕には間に合わなかった。高橋智もオープン戦終盤にじん帯損傷で全治3週間、外野のポジションは大きな穴がぽっかりとあいていた。
まるで鈴木一朗のためにあけられたような穴だ。そこにすっぽりと納まるだけでよかった。94年オープン戦のスタメンは次のとおりだ。
| 月日 | 対 | 1番 | 2番 | 3番 | 4番 | 5番 | 6番 | 7番 | 8番 | 9番 | 数−安 | |
| 2/20 25 26 3/05 06 10 11 12 13 14 15 18 19 20 21 24 25 26 28 29 30 4/01 02 03 |
YB D YB T T F YB YB S L Bu D D H H M S D D T T L M F |
8鈴木 8鈴木 8鈴木 3萩原 8鈴木 4福留 8鈴木 8鈴木 8鈴木 6田口 8鈴木 8鈴木 6田口 6田口 6田口 8本西 8鈴木 7田口 7田口 6田口 6田口 6田口 8鈴木 6田口 |
6田口 6田口 4田口 6田口 6田口 6斉藤 7田口 7田口 6田口 7鈴木 6田口 6田口 4勝呂 4福良 8鈴木 6勝呂 6田口 8鈴木 5小川 8鈴木 4福良 4福良 6田口 4福良 |
9藤井 9藤井 9柴原 8鈴木 9藤井 8熊野 D藤井 D藤井 3佐藤和 9藤井 9藤井 9藤井 D岡田 9鈴木 5福良 4福良 9藤井 4福良 4福良 4福良 8鈴木 8鈴木 9藤井 8鈴木 |
3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 5キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 5岡田 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ D藤井 9藤井 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ 3キャブレラ |
D村上 7高橋智 7高橋智 9藤井 7高橋智 D岡田 5福良 5福良 9藤井 3岡田 D村上 7高橋智 7高橋智 7高橋智 7高橋智 7高橋智 7平塚 D岡田 D岡田 D岡田 9藤井 9藤井 7平塚 9藤井 |
7高橋智 4小川 D佐藤和 7高橋智 D村上 7中谷 6勝呂 6勝呂 7高橋智 5福良 5福良 D村上 9平塚 3村上 D村上 9平塚 D村上 9平塚 9平塚 9藤井 D村上 D村上 4福良 5馬場 |
5福良 D佐藤和 6勝呂 D佐藤和 5岡田 9平塚 9平塚 9平塚 D村上 4小川 7柴原 4福良 8本西 8山森 3キャブレラ D佐藤和 4福良 5小川 8本西 7平塚 7柴原 7平塚 D中谷 D佐藤和 |
2三輪 2高田 2三輪 2三輪 2高田 2三輪 2高田 2高田 2高島 2中島 2高田 2中島 2中島 2中島 2高島 2中島 2高田 2中島 2中島 2高島 2高田 2中島 2中島 2中島 |
4小川 5馬場 5福良 4福良 4小川 5馬場 4風岡 4風岡 4福留 8本西 4小川 5小川 5馬場 5小川 4小川 5山越 5小川 6勝呂 6勝呂 5小川 5小川 5小川 5小川 7柴原 |
9 H H R |
5−3 4−2 4−2 5−1 4−1 1−0 2−0 2−0 5−0 5−3 4−2 4−1 2−1 4−0 5−1 1−0 4−3 4−1 0−0 4−2 4−2 3−1 4−1 4−1 |
▲「数−安」は鈴木一朗の打数と安打です。その左側に「9」とあるのはライトで途中出場の試合、「H」や「R」は代打や代走で起用された試合です。なお、登録名が「イチロー」に変わるのは、この年のオープン戦終了後(開幕直前の4月7日付)です。
最後に、93年と94年のレギュラー・シーズンにおけるスタメン起用回数を比較しよう。94年のイチローは、主にセンターで130試合にフル出場する。パリーグはこの年から全試合予告先発となったが、左投手のときのイチローはライトに回ることが多かった。(カッコ内の数字は、左投手−右投手の順)
イチロー(左)
93年 スタメン計13試合=センター11試合(0-11)、ライト2試合(0-2)
94年 スタメン計130試合=センター84試合(12-72)、ライト46試合(20-26)
左投手のときは、本西または田口がセンターに入りイチローがライトに回って、ライトの藤井を押し出すという形になったからだ。本西、田口、藤井のスタメン試合数は次のとおりだ。
本西(右) 93年 スタメン計46試合=センター18試合(16-02)、サード28試合(2-26) 94年 スタメン計51試合=センター28試合(16-12)、サード23試合(5-18) 田口(右) 93年 スタメン計19試合=センター15試合(1-14)、レフト3試合(2-1)、サード1試合(0-1) 94年 スタメン計75試合=センター30試合(17-13)、レフト44試合(12-32)、DH1試合(1-0) 藤井(左) 93年 スタメン計128試合=ライト107試合(27-80)、ファースト21試合(3-18) 94年 スタメン計93試合=ライト052試合(8-44)、ファースト38試合(4-34)、DH3試合(1-2)
ちなみに、94年のブルーウェーブは藤井(打率.245、13本塁打)、高橋(.260、5本)、外野から指名打者に回ったタイゲイニー(.248、10本)、それに一塁のキャブレラ(.237、11本)ら主軸打者が軒並み不振だった。イチローはシーズン210安打、69試合連続出塁、パリーグ最高打率.385など数々の金字塔をうち立てた。
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