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『公認野球規則』 | ハイタッチ | ルールを変えた男

ハイタッチでアウト?

07/09/13作成
13/12/14更新

◆『公認野球規則』のページに05/09/12付で追記した「ハイタッチでアウト」の項目(A)に、別件を調べていて偶然見つけた大正時代の新聞記事(B)をアレンジしました。日本最古ではないでしょうが、判定を不服とした没収試合(放棄試合)です。ついでに、06年高校野球選手権岐阜予選のサヨナラ3ラン整列拒否事件(C)も加えておきました。


◇延長13回の紛擾

1915(大正4)年と言えば、(今で言う)高校野球の選手権大会が始まった年だ。芥川龍之介は『羅生門』を、夏目漱石は『道草』を、カフカが『変身』を書いた年でもある。ヨーロッパは第1次世界大戦の最中だ。当時、日本にまだプロ野球はない。日本運動協会(芝浦協会)の設立は1920年であり、全日本職業野球連盟が結成されたのは「二・二六事件」の3週間前、軍靴が迫る1936年だ。

当時もっとも盛んだったのは大学野球だ。1906年秋から中断していた早慶戦はまだ再開されていないが、1914年には明大がブリッジ役となって三大学リーグ戦が始まっている(まあ、リーグ戦といっても早明戦と慶明戦だけだが…)。「慶明決勝戦 ▽両軍接戦13回 ▽最後の一紛擾」の見出しの記事は、次のような書き出しで始まる。

1915年5月25日付 『東京朝日新聞』 (以下、断りのない限りこのページの引用は同日付同紙による)

慶応決勝野球戦は24日午後3時半より三田グラウンドに挙行早大の花井球審佐伯塁判の下に慶応の先攻にて開戦せり

「塁判」は私のミスではありません。そういう呼び方だったのかもしれません。
▲以下、共通事項です。旧字体は新字体に改めました。ルビは原則として省略しています。また、漢数字は「零」を含めて適宜算用数字に改めています。なお、句読点がないのは私のせいではありません。

紙面のランニングスコアを横書きに直すと次のとおりになる。新聞にはイニングごとの安打と敵失も掲載されている。慶応の19安打に対して明治は7安打だが、慶応は10失策で明治は4失策だ。出場選手は載っているが、四死球数などは掲載されていない。

慶応大 032 010 500 000 =11 鈴木
明治大 020 600 003 000 =11 大沢−中村

紙面上のスコアは11対11だが、この試合は9対0で明治が勝った。なぜなら、慶応が試合を放棄したからだ。当時も、没収試合は9対0となる規定だったようだ。

没収試合

さて、没収試合の原因となったのは判定をめぐるトラブルだ。

第13回に入り慶応0明治中村敵の失策と藤枝の三塁ゴロにて三塁に入る此時コーチー池田が中村に耳打をする際池田の身体に触りたるより慶応の三宅は新規則によりアウトを主張し審判花井は其解釈を異にしてセーフを宣告したるより慶応方は遂に仕合を放棄し審判者は9対0にて明治の勝を宣したり

「ヤ」は「チ」にくらべて若干小さく見えますが、ほかの記事を見ても拗音や促音に小さい文字を当てる習慣はなかったようですので、普通の「ヤ」で処理しました。

三宅とは1925年に慶大初代監督となる三宅大輔のことではないかと思われるが、次の記事には「前選手三宅」とあるので違うかもしれない。ちなみに、三宅大輔はジャイアンツの初代監督でもある。この試合には出場していないが、翌1916年と17年は慶大の主将を務めている。1年坊主が主将になるとは思えないので、在籍していたことは間違いない。

さて「新規則」が気になる。「新」があるなら、「旧」もあるはずだ。いったい当時は、どうやってルールを決めていたのだろう。もちろん、アメリカの規則書の翻訳物であることは疑いようもないが、三大学リーグ戦限定の規則なのだろうか。

第13回の裏明大側攻撃に際し第三塁のコーチヤーたりし池田が塁上に在りし味方の走者中村に耳語せんとして走者の身体に触れたる以てベンチに在りし前選手三宅は野球規則中に明記されて居る「走者の死(アウト)となる条項」中「走者が第三塁に於いてコーチーに触れられし時」の条項に照し花井球審に対し中村のアウトを求めしが花井は「コーチヤー池者が走者中村の身体に触れたるを認むるも此場合中村は本塁を奪はんとする行動を敢てせしに非ざれば強て規則を適用するに及ばず」とて生(セーフ)を主張し進て再三開戦(プレー)を宣告せしかば慶軍は応ぜず其まま機具を収めて退場したるを以て花井は放棄試合の規則に照し9対0明大の勝を宣したるなり

( )内はルビです。条項だけ「コーチー」になっていますが、私が「ャ」を忘れたわけではありません。「池者」はまず間違いなく「池田」だと思われますが、私には「者」としか見えません。なお、紙面では「走者が…触れられし時」の条項部分に傍点が付されています。

当時の条項は「触れたらアウト」だったらしいが、花井球審はたとえ触れたとしても走者が本塁に向かう行為は示さなかったのだから問題はないという解釈を示したようだ。現在のルールとほぼ相違がない。一方、慶応サイドは、「触れたらアウト」と書いてあるのだから耳打ちであろうが抱擁であろうがアウトはアウトだという当時の条項からすれば“正論”を引っ込めなかったようだ。

なお、この規則が三塁走者限定のものであることも、今から考えれば興味深いところだ。

触れるとダメ?

まあ、明治がタイムをかけていれば、こんな問題にはならなかったはずだが…。

両軍退場後慶軍の腰本三塁手は吾々は飽まで野球規則に依る正当の審判を要求したるるも審判者の容るる所とならざりしを以て最早試合を続行するの必要なしと認め退場せるものにして「走者が第三塁に於てコーチーに触れられし場合死となる」と云へる条文は如何に曲解するも生を宣するの余地なし……唯一度本塁打を飛ばせし走者が三塁のコーチヤーと握手し生となりし例はあれど……と語りたるに対し明大のキヤプテン高瀬一塁手は「吾々は規則を常識的に解釈し生を宣したる花井審判の宣告に一点の非難を挟まず而かもコーチヤー池田は走者中村に触れざるに於てをや」と語り居たり

▲カギカッコの閉じカッコが見つかりませんでした。私が忘れたのではありません。また、どうやらさっきは単に「ヤ」が脱落していただけのようです。

当時の規則下でも、三塁コーチが走者と握手して「お咎めなし」だったことがあったようだが、東京朝日の記者は慶応に理ありとジャッジしている。

局外者として観覧台に在し観衆中球界の元老株たる早大の旧選手の1人は「審判者が触を認めながら規則に拠り死を宣せざりしは不当なり」と評し他の1人は「第1塁に於ては此の如き屡々あれば此場合も規則を常識的に解釈し生とするも敢て不当に非ず」と云ひ意見を闘し居たりしを見受けたるが記者は野球規則に明記ある以上は仮令慶応側が窮地に陥れるに際して試みたる抗議にもせよ当然の理あれば審判者が之を容れず中村を生として試合の続行を強ひたるは不当なりと断言せざるを得ず

▲「屡々」は「しばしば」、「仮令」は「たとえ」と読ませるようです。また、「屡々」の前の「此の如き」については、「かくのごとき」と読むとのご教示を頂戴しました。

戦評も慶応擁護で結ばれている。まあ、たしかにそうだろう。この条文では、触れたらアウトとしか読めない。

慶応に試合を放棄せしめたる第13回の紛擾は審判がコーチヤーのタツチを認めたる以上全然規則解釈の問題にあらず慶軍は当然の権利を主張したるものにて之に満足なる解決を与へざりしは寧ろ審判の為に惜む所なり

読点があるのは、私が勝手に付け加えたのではありません。今回の引用部分ではここだけ読点があります。

ハイタッチでアウト?

さて、それでは現在のルールはどうなっているだろうか。三塁コーチが走者に耳打ちしたときに両者が触れたとしても、『公認野球規則』上ではアウトにはならない。ただし、ボールデッドゾーンにホームランを打った打者が三塁コーチとハイタッチしたら、その打者はアウトになるというローカルルールは主に少年野球の世界で広く蔓延しているらしい。

この場合、打者が三塁を踏んだあとで三塁コーチと触れたら、その打者の記録は三塁打になるらしい。生まれて初めて打ったホームランが、アホ丸出しのローカルルールによって取り消された選手もきっといるに違いない。だが、ハイタッチでアウトになるというルールは『公認野球規則』には存在しない。誤解されやすいのが次の条項だ。

07年版『公認野球規則』

7・09 次の場合は、打者または走者によるインターフェアとなる。
 (h) 三塁または一塁のベースコーチが、走者に触れるか、または支えるかして、走者の三塁または一塁への帰塁、あるいはそれらの離塁を、肉体的に援助したと審判員が認めた場合。

▲06年まで7.09(i)でしたが、07年に(b)項が削除されたのに伴い、(h)項に繰り上がっています。

「または」が3回、「あるいは」も1回出てくる。そのうえ、「走者に触れるか」のあとに「、」があるので、法律の条文になじんでいても誤解しやすい。コーチと走者が触れただけでは妨害にならない。触れることは妨害の十分条件ではない。(h)項の原文は次のとおりだ。

OFFICIAL BASEBALL RULES

In the judgment of the umpire, the base coach at third base, or first base, by touching or holding the runner, physically assists him in returning to or leaving third base or first base. 

「touch」や「hold」によって「physical」な「assist」をすれば、「妨害」としてその走者がアウトになる。「または」と「あるいは」を削って単純な構文にすると、文意が読み取りやすい。

三塁(または一塁)のベースコーチが、走者に触れ(るか、または支えるかし)て、走者の三塁(または一塁)への帰塁(、あるいはそれらの離塁)を、肉体的に援助したと審判員が認めた場合。

思い切って次のように意訳してもいいはずだ。

三塁または一塁のベースコーチが、走者の三塁または一塁への帰塁あるいは離塁を肉体的に援助するために、走者に触れるかまたは支えたと審判員が認めた場合。

06年の規則解釈変更

三塁コーチが感激のあまりサヨナラホームランを打った打者に抱きついたとしても、7・09(h)の妨害ではない。したがって、ローカルルールに特段の定めがないのに、走者がコーチあるいは次打者等と接触したことを理由にアウトが宣告されたなら、それは規則適用の誤りでしかない。本塁打を打った打者とコーチのハイタッチに対して7・09(h)を適用すると、ややこしいことになるのだ。

たとえば、死球を受けた打者が打席で昏倒して、コーチや次打者が担架に乗せるために打者を助け起こしたら、その打者もアウトにせざるを得ない。死球を受けた打者も、スタンドインの本塁打を打った打者も、等しくボールデッド中の安全進塁権が与えられているのだ。一方はNG、他方はOKとはおかしな話ではないか。

さて、実は私がこのアホ・ルールを叩くときの材料はもう1つあった。残念ながら今では通用しない。以前は次のような文章を掲げていたのだ。

無死二塁でレフト前ヒット、二塁走者は三塁を回って本塁に突入、7−6−2のストライク返球というシーンで、一塁コーチと打者のハイタッチが本塁のタッチアウトより早い場合には、打者がアウトになって、本塁に向かった走者は妨害発生時の占有塁である三塁に戻されることになる。攻撃側としては、どうせアウトになるのなら、本塁に近い走者を残したいだろう。だから、本塁でアウトになりそうなときは、一塁コーチがわざと打者走者に触れればよい。私が一塁コーチなら絶対にやる。こんなことを認めていいのか、という話だ。

06年に解釈が変更されて、直接プレイがおこなわれていない走者(上のケースでは打者走者)に対してコーチによる「肉体的援助」があっても即ボールデッドとはならず、プレイが一段落してから「肉体的援助」によるアウトを宣告することになっている。

ローカルルールが定められているのは、マナー上好ましくないという判断か、試合進行上の遅延行為に当たるという理由のようだ。きっと、守備側にマナー上好ましくない行為や遅延行為があったときは、打者にヒットを与えるのだろう。もちろん、そのようなローカルルールが存在することは確認できない。

アホの世界では、攻撃側の打者や走者をむやみにアウトにする習性がある。外野に抜けそうな飛球を背走して好捕した内野手に投手がマウンドから駆け寄ってハイタッチするのはマナー上の問題にはならないに違いない。不細工なルールの見本と言うべきだろう。なかには、「走者とコーチのハイタッチはOK、走者の背中やお尻をコーチが叩くのはNG」としている団体もあるようだ。

なぜそうなるのか、だいたい想像がつく。ハイタッチのときの三塁コーチは走者の進行方向からタッチする。つまり、実質的には走塁を「邪魔」しているわけだ。一方、コーチが走者の背中やお尻を叩く行為は、たとえ軽く触れただけであっても、走者の進塁を「援助」しているということになるのだろう。惚れ惚れするほど論理的!ではないか。

整列拒否

06年夏の高校野球岐阜予選4回戦で、同年センバツ4強の岐阜城北がサヨナラ負けした。

06/07/27(各務原) 高校選手権岐阜予選4回戦
岐阜城北 000 030 000  =3
県岐阜商 000 000 023x =5

9回裏二死一・二塁から逆転サヨナラ3ランという劇的な幕切れに、県岐阜商の選手がベンチから飛び出したらしい。以下、報道が錯綜しており状況は定かでないが、ベンチから飛び出した選手が走者や打者走者と交錯したことは間違いないようだ(ハイタッチとか、抱きついたとの報道もある)。

報道では無視されているが、『公認野球規則』には次のような規定がある。まあ予選の4回戦クラスなら、(好カードとはいえ)取材の記者は駆け出しさんだろうから知らなくても仕方がない。

07年版『公認野球規則』

3・17 両チームのプレーヤー及び控えのプレーヤーは、実際に競技にたずさわっているか、競技に出る準備をしているか、あるいは一塁または三塁のべースコーチに出ている場合を除いて、そのチームのベンチに入っていなければならない。 
 試合中は、プレーヤー、控えのプレーヤー、監督、コーチ、トレーナー、バットボーイのほかは、いかなる人もベンチに入ることは許されない。 
 ペナルティ 本条項に違反したときは、審判員は、警告を発した後、その反則者を競技場から除くことができる。

ハイタッチ云々より、安全進塁権を与えられた走者と打者走者がまだベースを回っているときに、ベンチから飛び出したという行為が問題なのだ。ただし、そのペナルティは「退場」しかない。走者や打者走者を「アウト」にするものではない。これがルール本来の考え方だ。マナー上の問題は「注意」→「退場」でよい(できれば「退場」ではなく「除外」にすべきだろう)。

岐阜城北は30〜35分にわたって試合終了後の整列を拒んだという。どんな内容で審判の説明を求めたのか定かではないが、7・09(h)違反(06年当時は7・09(i)項違反)を問題にしても受け入れられないだろう。結局、県岐阜商には試合終了前にベンチから飛び出したこと、岐阜城北には整列の遅延行為を理由に「厳重注意」の処分が下されている。

ベンチの選手が走者に触れたからといって、それだけでは7・09(h)の「肉体的援助」には当たらない。というより、もともと7・09(h)はベースコーチに関する定めであって、ベンチの選手を想定していない。類推適用はもちろん可能だろうが、触れただけでは「援助」ではない。だが、走者に触れようが触れまいが、ベンチから飛び出したことが県岐阜商のルール違反となる。

打者走者がホームインするまで、空過があるかもしれないし、追い越しがあるかもしれない。たしかにホームランを打たれたら、もはや守備側にはなすすべはないけれども、攻撃側のミスによって失点を免れる(ほんのわずかな)可能性が残っているのだ。ゲームが終わるのは、打球がスタンドに飛び込んだ瞬間ではなく、打者走者が得点したときだ。


◆1957年11月3日、ミスターが(当時の)東京六大学の新記録となる8本目の本塁打を打ったとき、三塁コーチの肩を抱くようにしてホームインしています(映像で確認)。どうやら一悶着あったようですが、当然のことながらホームランは認められています。「プロはいいが、アマはダメ」というのは俗説にすぎません。

◆事実誤認、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、「3代目んだ」(ハイタッチでアウト?)または「3代目んだ」(北京五輪予選)あるいは「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。

★07/09/13校正チェック済、ケなし、順OK
★07/12/29HTML文法チェック済(エラーなし)



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