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今すぐ食べられる魚を与えるより魚の釣り方を教えよ

14/01/03分割
14/02/22更新

◆もともとは06/01/31に「自分のための…」のページに加筆したものですが、07年2月と08年3月にブログ「3代目んだ」で進展がありました。再稼働にあたり、「3代目んだ」の成果を組み込んだうえで、ページを分割し全面的に書き換えました。


◇中国4000年かユダヤ5000年か

大学時代の授業で今でも覚えている言葉があります。たしか法学部の公開科目で袖井林二郎氏の「国際政治論」の講義だったと記憶しています。袖井氏は、おおむね次のように語っていました。1980年代初めのことです。

無人島に漂着したとき、今すぐ食べられる魚を与えられただけでは、その場の空腹を満たすことはできるけれども、明日には飢えてしまう。魚をとる方法を教えてもらえば、最初はうまくいかず失敗も重ねるだろうけれど、やがて飢えない程度には、とれるようになるだろう。大学というのは、知識を身につけるところではなく、知識を身につけるための方法を学ぶところである。

もともとはユダヤの伝承だということを、ずいぶんあとになって何かの本で読みました。小泉純一郎氏が首相在任当時、国会の演説でダーウィンの言葉とされる「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」を使ったように、標題の言葉は故田中角栄氏が首相在任時の論文で使っています。

www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/exdpm/19730900.S1J.html (頁末リンク【1】参照)

「魚を与えれば一日の飢えをしのげるが、魚の釣りかたを教えれば一生の食を満たせる」という中国の古典の教えは、まことに示唆に富んだものというべきである。

この言葉は教育方面や国際経済援助関係でよく使われます。角栄氏(のゴーストライター)は「中国の古典の教え」と表現しているわけですが、その「中国の古典」とはいったい何なのか気になります。そこで、私はネットで検索してみました。2007年2月のことでした。英文「Give a man a fish and you feed him for a day. Teach him how to fish and you feed him for a lifetime.」とともに、「老子の言葉」だと断定している個人サイトが見つかりました。

一方で、大学の先生のサイトでは「猫」が登場し、「ユダヤの格言」とされています。まあ、ことわざならそれ以上の出典がなくてもいいのですが、格言であれば出典があるはずです。

www.sugawaraonline.com/SeminarSite/information.htm (07/02/02には存在しましたが、14/01/02時点でデッドリンクです)

大学の勉強は、知識を授けてもらうことではありません。自分で見つけ出して、自分で創り出すのです。「猫に魚一匹を与えれば、その日一日は飢えない、されど、猫に魚の獲り方を教えれば、一生飢えない」というユダヤの格言を決して忘れないで下さい。そして、一生飢えない猫になってください。

というわけで、私はこの言葉のルーツに関する疑問をネットに投げました。

東南アジア説とか

食いついてくれたのは兵六さんでした。彼は東南アジア説を見つけてくれました。

www18.ocn.ne.jp/~toki/newpage42.html (07/02/03には存在しましたが、14/01/02時点でデッドリンクです)

東南アジアのほうのことわざでこんなのがあった。『飢えた人に魚を取ってあげたら、その人は一日、飢えずに済む。でも魚の取り方を教えてあげたら、その人は一生、飢えないで済む』

まあ、これは個人サイトですし、ただの勘違いという可能性も大いにあります。兵六さんは、さらにユダヤ説を返してくれました。

www.soka.ac.jp/news/info/voice/v34.html (07/02/03には存在しましたが、14/01/02時点でデッドリンクです)

ユダヤ社会には掟がある。子供に魚を一匹与えれば、その子供は一日生きられる。だがその子供に魚の取り方を教えれば、その子は一生食べて行くことができる。

ドメインが「ac」ですから、大学サイト内のページです。「掟」という表現は新鮮ですが、それなりの教養を備えている人が書いているはずです。

その後、08/03/04に "Give a man a fish and you feed him for a day. Teach him how to fish and you feed him for a lifetime." でGoogle検索をかけてみました。当時12;800件ヒットしました。1文ではなく2文のフレーズ検索でこれだけヒットするのですから、英語圏ではかなり浸透している言葉ということになります。ためしに今(14/01/02)Google検索をかけたところ、127;000件ヒットします。6年で10倍です。

老子なのか?

さらに検索を続けると、「Yahoo!知恵袋」に「老子の言葉「授人以魚 不如授人以漁」という説が有力だそうです」という回答がありました。初めて白文が出てきました。魚を与えることは漁を与えることに及ばないという意味になるでしょうか。ようやく中国説に根拠らしきものが発生したわけです。さて、08/03/04当時のフレーズ検索結果です。

別に中国説を否定するスタンスではありませんでしたが、本当に老子なのだとすれば、こんなに大差はつかないはずです。同じフレーズ検索を6年経過した今、改めてやってみます(14/01/02)。

6年という歳月の間に、誤った老子説が広く流布してしまったようです。ところで、この「授人以魚 不如授人以漁」には続きがあるようなのです。これはきわめて重要な情報です。ダーウィンのときには、前後の言葉が出てこなかったために怪しさが際立ったからです。

www.oidc.jp/bmb/article.php/200801291406233

授人以魚,
不如授之以漁,
授人以魚只救一時之及,
授人以漁則可解一生之需

もしお前がある人に一匹の魚を与えればその人は一日だけ身を養えよう
もしお前がその人に漁を教えればその人は生涯を養うことができよう

再び、08/03/04当時の検索結果です。

中国語サイトも検索対象なのですから、本当に老子の言葉なら、こんなに少ないはずがありません。せっかくですから、同じ検索をかけてみます(14/01/02)。

ちなみに、08/03/04当時、私は比較のために『老子』に起源を持つ言葉を検索しています。

ついでですから、同じ検索をかけておきましょう(14/01/02)。

老子じゃないのに…

「老子 魚 釣り方」でGoogle検索すると137,000件ヒットします(14/01/02現在)。もちろん、この中には私のように老子説を否定したり、あるいは老子起源説に疑問を呈しているページもあるわけですが、大半は老子の言葉として紹介しています。

kawazoezoe.com/teach-them-how-to-fish.html

たしか中国の老子の言葉で、弟子や子供には「魚を与えるな。釣り方を教えよ」とあったけどまさにこれ!魚(答え)を与えるとそれがなくなれば、再び「くれ!」と言ってくるだろう。しかし一度釣り方(勉強法)を教えれば自分で答えを導く努力をするだろう。

この程度なら、まだ「セーフ」の範囲内です。断定を慎重に避けているからです。

profile.ne.jp/w/c-109807/

老子の言葉で「授人以魚 不如授人以漁」
日本語では「魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ」と和訳されております。
意味として「魚を与えればその場の飢えはしのげる。しかし明日も同じ状態になる。つり方を教えれば、その後もずっと食べていける」という解説がされており、私のコンサルティング理念は、この格言が根底にあります。

www.daiwa.jp/microfinance/11.html

老子の有名な言葉に次のようなものがあります。
「授人以魚 不如授人以漁」
英語でも“Give a man a fish and you have fed him for today. Teach a man to fish, and you have fed him for a lifetime”ということわざとして引用されており、「飢えている人に魚を与えればその人はその日をしのぐことは出来るだろう。しかし、魚の釣り方を教えればその人は一生食べていくことができる」という教えです。

こちらの2件は「アウト」です。これでは(ほとんど)逃げ道がありません。

老子五千言

老子は紀元前6世紀頃の人物とされています。もっと後年の人物だとか、実在しないとか、複数の人物を統合させたのだろうとか、諸説がありますが、老子が残したとされる唯一の書物は『老子道徳経』です。単に『老子』あるいは『道徳経』と呼ばれることもあります。いずれにしてもタイトルは後付と言われています。

この『老子道徳経』は「老子五千言」とも呼ばれます。全文は漢字で約5000字しかないのです。頁末リンク【2】〜【4】はその全文を掲載している日本語サイトです。中国か台湾か香港か特定しきれませんが、『老子』を全文掲載しているサイトは海外にも複数あります。どこで検索してみても、「授人以魚」という言葉は出てきません。

『老子道徳経』には「魚」が1か所だけ出てきます。第36章の後半、「柔弱勝剛強」の次に「魚不可脱於淵」とあります。「柔弱勝剛強」とは「柔よく剛を制す」のことです。「千里の道も一歩から」は第64章、「大器晩成」は第41章、「天網恢恢疎にして漏らさず」は第73章、「多言数窮」は第5章、「軽諾寡信」は第63章です。

つまり、標題の言葉が本当に『老子』に起源を持つのであれば、第何章にあると添えていただくだけで、めでたしめでたしと万事解決するわけです。しかしながら、老子の言葉だと紹介しながら誰一人として『老子』の第何章にあると示してはくれません。これはダーウィンのときとまったく同じ展開です。まあ、存在しないものは示せるわけがありませんけど…。

このように『老子』起源説は否定できるのですが、老子は漢から唐の時代にかけて「太上老君」として神格化されていますので、出典が明らかでないものが、なんでもかんでも老子に押しつけられた可能性もなくはないのだろうと想像されます。標題の言葉は書物としての『老子道徳経』に起源を持つものではありませんが、神としての老子が語った言葉とされていたのかもしれません。

標題の言葉がいつの時代から中国にあるのか、という点についてはまだわかりません。角栄氏名義の論文は1973年ですが、2008年の時点で「授人以魚只救一時之及」や「授人以漁則可解一生之需」が数件しかヒットしなかったのですから、遠い昔からあるものではないのかもしれません。

ユダヤ説

それではユダヤ説を検討してみます。「ユダヤ 魚 釣り方」でGoogle検索すると456,000件ヒットします(14/01/02現在)。

ww5.tiki.ne.jp/~persona/kyouiku/1_28.html

ユダヤの格言に、「お腹がすいたと子供が訴えた時に、馬鹿な母親はすぐに魚を焼いて子供に与えるが、賢い母親は魚の釣り方を子供に教える」と言うのがあります。
此処にこそ子育ての基本があるのだと、実に簡潔に、子育ての本質を言い表したもので、私はこの言葉がとても好きです。

先の老子説の4件は比較的新しいページでしたが、こちら↑は2004年に書かれたものです。

president.jp/articles/-/10753?page=3l

また、ユダヤの格言やキリスト教の聖書の教えのなかに、この生き金の活用に通じるものがあるそうだ。それは「飢えた子どもに魚を与えると、その子はその日1日だけ空腹を感じないが、翌日にはまた空腹を訴える。しかし、飢えた子どもに魚の釣り方を教えると、その子は一生食べていける」というもの。それだからなのだろう、彼らの子どもに対する金銭教育も徹底している。

これは最近のものですが、とうとう聖書まで登場してきました。

le-satoken.blogspot.jp/2010/01/1987.html

タルムードにはいろいろな名言・格言が収録されているが、ボクは次のコトバをぜひ日本人にお勧めしたいと思う。
 「貧乏な人に魚を一匹やれば、その人はその日だけは助かるけども、魚の釣り方を教えてあげればその人は一生助かる」
 ・・(中略)・・つまり「知」は「ある情報を知る」という単純な動作だけを表しているが、「智」は「知恵」を含み、考え、応用するという動作を表しているのである。

タルムードとは、ユダヤ教の聖典です。聖書ではなくタルムードだったのです。この記述は、ハルペン・ジャック(春遍雀來)氏が1987年に徳間書店から出版した『ユダヤ感覚を盗め!−世界の中で、どう生き残るか−』という本の120ページあたりにあるようです。私が読んだのはこの本ではありませんでしたが、これは標題の言葉の起源に迫るなかなかの有力情報です。

ハルペン氏はドイツ生まれで日本在住、国際一輪車連盟理事長という肩書きもあるようですが、研究社の『新漢英字典』を執筆した人物です。そのハルペン氏がタルムードの教えだと言うのなら信ぴょう性はかなり高いわけです。

タルムード

そこで、まずはタルムードの名言・格言を集めたサイトを回ってみましたが、簡単には見つかりません。今度は「タルムード 魚」の検索語句で調べてみました。

japanese.joins.com/article/278/130278.html?servcode=100&sectcode=120

ウォーレン・バフェットは2006年、財産の85%の370億ドルをビル&メリンダ・ゲイツ財団に寄付している。 「金持ちで死ぬのは恥ずかしいこと」というアンドリュー・カーネギーの教えに従ったという。 朝鮮の巨商・金万徳(キム・マンドク)もいる。 済州(チェジュ)で凶年になると、全財産をはたいて救助に乗り出した。 富の社会還元だ。 このように‘清富’は倉庫ではなく人々の胸に積むものだ。
バフェットは「子どもに財産をあまりにもたくさん残すと何もしない」と述べた。 「魚を与えれば一食にしかならないが、魚を獲る方法を教えれば生涯食べていける」。タルムードの教えだ。

韓国紙「中央日報」の日本語版です。論説委員の朴鍾権(パク・ジョングォン)氏が「財産半分寄付運動」と題して、10/06/18付の「噴水台」というコラムに書いています。

japan.hani.co.kr/arti/politics/12305.html

タルムード(Talmud)には魚を釣るのではなく魚を釣る方法を知らせなければならないという話がある。 だが、社会的企業はこれより一段階進んで魚を釣る産業自体を変えようとする。トラベラーズマップの場合、旅行産業自体を革新しようと努力している。 旅行売上の大部分が流通過程の利益として残る現在の構造を壊し、最大70%が現地住民に還元される公正旅行を追求する理由もこのような革新のためだ。

こちらも韓国の日刊新聞「ハンギョレ」の日本語版です。2012年8月に掲載された座談会のようです。このようにタルムード起源説はそれなりに補強されましたが、決定打ではありません。それどころか、どう扱っていいものか判断に悩むページがヒットしました。

www.mars.dti.ne.jp/~saitota/book020121.htm

ユダヤ教では施しには八段階あるそうです。
一番下なのはいやいやながら施すものだそうです。なるほど、最低のレベルでしょう。最高のレベルは困っている人の自立を助けるものだそうです。そういや、イエス様もいってますね、魚を与えれば夕飯を与えたことになるが、魚の獲り方を教えれば一生の糧を与えたことになるってね。
アフガンの復興も金と食料だけでは貧困は解消されないでしょう。

「恥を恐れるものは学ぶことができない」(タルムード)
確かにそうですが、私はやはり恥をおそれるというか、恥をかくのはいやですね、
人間ができるということは、いっそう人間に磨きがかかることなんでしょう。

個人サイトのブックレビューです。1985年にダイヤモンド社から発行された前島誠氏の『自分のために生きる―ユダヤ流非常識のすすめ』についてのページです。上段の「魚」と下段の「タルムード」が検索の網にかかったという次第です。今度はイエス説が出現しましたが、私が探しているのは出典なのです。標題の言葉の初出(らしきもの)を求めているのです。

1885年のダイモンド夫人

検索語句を「Talmud "Give a man a fish and you feed him for a day"」に変えてみました。今度こそ大団円、7年に及ぶ標題の言葉のオリジナル探しの旅はいよいよゴール間近です。かすかに「サライ」が聴こえているような気もします。武道館はもうすぐなのでしょう。

ところが、どうも様子がおかしいのです。私が期待している、「ほら、タルムードのここに書いてあるでしょ。ね」というサイトに出くわさないのです。「Talmud」をつけて検索しているのに、むしろ標題の言葉が「中国のことわざ」であることを示唆するページさえ複数あります。なんと私は、ここがゴールだと思いながら、実は振り出しに戻っていたのでした。

タルムードの邦訳版は「じゅわいよ・くちゅーるマキ」の株式会社三貴が1993年から刊行しています。非売品で、主として大学の図書館に寄贈されています。閲覧だけでなく貸出が可能な公立図書館もないわけではありません。しかしながら、問題はボリュームです。漢字5400字の『老子』とは桁が3つか4つ違うはずです。なにしろヘブライ語のタルムードは全20巻、まるで百科事典です。

標題の言葉の起源が見つからなかったとしても、別に日常生活に不自由することはありません。どうしても調べなければならないことではありません。これは壮大なムダ知識、いわばトリビアなのです。私は、07年、08年に続く3度目のネット検索の旅をここで打ち切ります。またいつか何年後かにチャレンジします。

その数年間でネットの海はさらに深く広くなっていることでしょう。Google翻訳の精度も格段に向上しているはずです。海外でも私と同じ疑問が語られていると思われるページがありました。私の語学力が及ばないだけです。

そうは言っても、このページを読んだ誰かが、私の目指す目的地に先に到達するかもしれません。あるいはとっくに到達されているのかもしれません。後者の方は、迷える子羊にぜひご教示をお願いします。また、前者のために私には書き置きを残しておく義務があります。

検索を重ねるうちに見つけたのですが、1991年に三好義光氏が主婦と生活社から『子には魚を与えるな 釣り方を教えよ!』というタイトルの本を出版しています。副題が「15歳のわが子を司法試験(一次)に合格させた三好流教育法」です。三好氏がこの本の中で、ユダヤ説をとっているのか中国説をとっているのか、それともまったく触れていないのか、少し気になるところです。

書き置きがもう1つあります。6年前には見つかりませんでしたが、今回は簡単に見つかりました。「Give a man a fish and you feed him for a day. Teach him how to fish and you feed him for a lifetime.」の出典です。このままの全文で検索すると、weblioの電子辞書がヒットします。Anne Isabella Thackeray Ritchie (1837-1919)が1885年に書いた『Mrs. Dymond』という小説の一節にあるそうです。

if you give a man a fish he is hungry again in an hour. If you teach him to catch a fish you do him a good turn.

「do 〜 good turn」が上手く和訳されないことがありますが、「〜に親切にする」という意味です。アン・イザベラ・サッカレー・リッチーの『ダイモンド夫人』の邦訳本は残念ながら出版されていません。小説の中のセリフですから言い回しが若干異なりますが、19世紀のイギリスにはすでに標題の言葉はあったということになります。中国4000年とユダヤ5000年の対決はユダヤ説が一歩リードです。

おまけ、です…。

nuhw-dosokai.jp/common/pdf/backnumber/gotou_no4.pdf

老子に『授人以魚、不如授人以漁、授人以魚只救一時之及、授人以漁則可解一生之需』という言葉があります。英語ではGive a man a ? sh and you feed him for a day. Teach him how to fish and you feed him for a lifetime. 日本語だと「もしお前がある人に一匹の魚を与えればその人は一日だけ身を養えよう。もしお前がその人に漁を教えればその人は生涯を養うことができよう」と訳せましょうか。
 “魚”を“情報”や“文献”に置き換えてみてください。大学図書館の究極の目標は、所謂 “魚” に例えられる “文献” をただ提供するだけではなく、“釣り方”つまり自分で情報を検索・収集し、読込み、評価し、加工・引用するスキルを身につけるお手伝い、言い換えると、在学中に “一生通用する情報リテラシーの基礎” を習得していただくことにあります。

大学の同窓会誌に同校図書館が寄せている原稿なのですが、「情報リテラシーの基礎」を語りますか。ほお、そーですか。

ameblo.jp/estatehit/entry-10675313580.html

孔子の言葉で、
「子供には魚ではなく、魚の釣り方を教えるべき」
という言葉がありますよね。

個人的には、これはすごく大事な言葉だと思っています。
<略>
ちなみに孔子の言葉はこれしか知りません。 笑

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
必ずあると思って検索したら、案の定ありました。しかも、ページを開いただけで胡散臭さがプンプン漂います。「不動産投資で28歳で月70万、資産8000万築いた方法」というブログです。このブログタイトルからして普通にたじろぎます。おかげさまで、こうして晒しても心が痛みません。ありがとうございます。


外部リンクです。
【1】■東京大学東洋文化研究所>田中明彦研究室>日本政治・国際関係データベース>田中内閣総理大臣演説集>「新しい日本への道」
 まさか(今のところ)野球のサイトからリンクされるとは想定外でしょうけど…。(14/01/03設定)
【2】■立命館大学文学部 東洋研究学域 中国文学専攻>UTF-8版 諸本対校道徳真経
 『老子道徳経』全文のUTF-8版です。(14/01/03設定)
【3】■仙学研究所>老子道徳真経>原文テキスト Shift-JIS code
 『老子道徳経』全文のShift-JIS版です。(14/01/03設定)
【4】■温故知新>老子道徳経
 個人サイトと思われますが、原文だけでなく読み下し文と和訳、英訳に音声までついています。至れり尽くせりとはこのことです。(14/01/03設定)

◆事実誤認、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「メールのページ」または「4代目んだ」(老子ではない)からご一報いただけると幸いです。

★14/02/16HTML文法チェック(BRの連続)



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