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ソフトのルール(2) | 似て非なるもの | 振り逃げ

似て非なるもの

00/10/22作成
13/12/15更新

◆ルール上はOKであっても、フェアではないかもしれないプレイがあります。


◇二塁コーチはいない

二塁は、一塁や三塁と違って特殊な塁だ。まず、専任のベースコーチがいない。二塁走者を担当するのは三塁コーチだが、走者の至近距離にいるわけではない。走者は、自分の判断で進塁あるいは帰塁しなければならないケースが多くなる。

また、二塁には専属の野手もいない。セカンドがカバーに入ったり、ショートがカバーに入ったり、まちまちだ。場合によっては、センターがカバーすることもある(センターを守っていた元タイガースの亀山が一・二塁間の挟殺プレイに参加しかけたのを見たことがある)。

高校野球では、無死一・二塁のときファーストとサードがバント警戒でダッシュ、セカンドは一塁カバー、ショートは三塁カバーに走って、センターが二塁牽制球を受けるというプレイを見たこともある。外野の守備位置が浅い少年野球や学童野球なら、なかば常識に属することかもしれない。

ただ、センターが二塁牽制球を受ける場合、バックアップが不在になってしまうので、呼吸が合わず送球が外野に抜けると、悲惨な結末を迎えるだろう。策に溺れるリスクを負うわけだ。まして、少年野球では…。

いずれにせよ、二塁走者は牽制球に対して頭から戻ることが多くなるし、ピッチャーに背中を向けてヘルメットを抱えるようにして戻ることも多い。

99年のリトルシニア選手権で「牽制悪送球のふり」を見た。このプレイを見たのは初めてではないが、どの試合のどの場面か特定できるのはこれが最初だ。90年代前半だったと思うが、高校野球では禁止になったプレイだ。走者が二塁にいるとき、ピッチャーが牽制球を投げるふりだけして、実際には投げない。

牽制球を投げるふりをした投手に合わせて、ベースカバーに入った二遊間の選手がジャンプする。牽制球が悪送球になったふりをするわけだ。おそらく声も出すのだろう。走者はいちいち牽制のボールを見ている余裕はない。だからこそ、一塁や三塁のベースコーチは、たえずボールの所在を走者に教える役目を負う。

牽制悪送球のふり

二遊間の演技にセンターも呼応する。転がってもいないボールを追いかけるふりをするのだ。こうした一連の演技と、ランナーが顔を上げたときのタイミングがうまく合致すれば、走者は今の牽制球が悪送球となって外野に抜けたと思い込む。なにせ、ピッチャーの手元にボールがあることを教えてくれる「二塁コーチ」はいないからだ。

「しめた、三塁に行ける」と思った二塁走者がスタートすると、二・三塁間の挟殺プレイで簡単にアウトになってしまう。一応はルールの範囲内のプレイだ。その試合の二塁走者は、このトリックプレイにひっかからなかった。頭からベースに戻った走者がセンター方向を見たとき、センターは見えないボールを追っていたからだ。

ランナーはトリックプレイだと気づかなかったかもしれないが、三塁に行けるとも思わなかっただろう。たとえば「恐るべし、亜細亜」(外野手の故意落球)のプレイに対しては、卑怯だという意見もある。たしかに意見が分かれるプレイなのかもしれない。

私は「恐るべし、亜細亜」のプレイを否定しないけれども、「恐るべし、亜細亜」と、この「牽制悪送球のふり」とは、似て非なるものだと思っている。「恐るべし、亜細亜」は、センターの瞬間的な判断に内野手が対応したものだった。別にサインプレイではない。バッターが打つ前にセンターと内野手が打ち合わせたりはしなかった。

かりに打ち合わせしていても、打者が都合よくセンター前の浅いフライを打ち上げてくれるとは限らない。むしろ、そうならない可能性のほうがはるかに高いのだ。

これに対して、「牽制悪送球のふり」はあくまでもサインプレイだ。ベンチの指示なのか、バッテリーがやろうと思ったのか、二遊間から要求したのか、いずれにしてもサインプレイであることは疑いようがない。

一方で、両者には共通点もある。どちらも練習していなければできないプレイだろう。まさか、中学生がこういうプレイをやりたいから、その練習をしようとは言い出さないだろう(もしそういう中学生がいたら、それはそれで将来が楽しみでもあるけれど…)。まあ、指導者が要求したものだと考えるのが自然だ。

寒々しい光景

私は思うのだ。中学生がそういう練習をしている光景を見たら、きっと寒々しくなるに違いない、と。中学生なら、もっとほかにやらせることがあるはずだ。私は中学生にはそういう練習はさせてほしくないと思っている。高野連が禁止したのも、たぶん同じ理由ではないだろうか。

▲このプレイについては、審判から「違反行為につきボーク」である旨の場内説明があり、二塁走者には三塁が与えられました。二塁への偽投は否定されていませんので、「遅延行為」=8・05(h)を適用したのかもしれませんし、内規が存在するのかもしれません。

なお、『別冊宝島497 プロ野球ベンチはアホじゃない』(宝島社)に、ライオンズの伊原コーチ(当時)が、プリンスホテルの石山監督(当時)に教えを乞うて、このプレイをスワローズとの日本シリーズで試みたという話が載っていた(91ページ)。二塁走者の古田はトヨタ自動車時代にプリンスホテルとの対戦経験があり、このプレイに対する免疫があったために失敗に終わったそうだ。

プロや社会人なら、こういうプレイもあっていいのではないかと私は思う。大学や高校は、ちょっと難しいところだ。別に高野連に追随するわけではないけれど、やはり高校生でも好ましいことだとは思えない。大学はよしとしよう。私の線引きは高校と大学の間だ。

ところで、元ファイターズ監督の大沢啓二氏は、現役時代にこの種のプレイをやったことがあるそうだ。

近藤唯之 『プロ野球通になれる本』 (PHP文庫、87ページ)

昭和32年6月18日、駒沢球場で東映対南海9回戦が行われた。当日、大沢は中堅手である。4回裏東映の山本八郎捕手が投手の足もとをゴロで抜く中前安打した。山本が一塁ベース直前まで走ってくると、一塁側観客席がワッとわき立った。山本が視線を中堅に移すと、大沢が背番号“15”番を山本に見せながらバックスクリーン方向に走っている。
 「大沢は、トンネルしやがった」
 山本は当然、二塁に走った。するとどうだろうか。山本が一・二塁間の途中まで走ったとき、大沢はくるりと振りかえり、岡本伊三美二塁手に送球、山本はタッチアウトされた。もうおわかりだろう。ゴロを捕球した大沢は初めから計画的にトンネルのように見せかけて、山本を二塁まで誘い出し、アウトにした。

高野連なりシニアなりが、こちらのプレイを禁じるためには、「トリックプレイはダメ」という規則を作らねばならない。「捕球したのに後逸したふりをしてはいけない」という規則にしなければならないわけだ。投手からの牽制に関しては「遅延行為」を適用できるだろうが、打球処理についてボークを適用できるはずもない。

比較的よく見られるケースとしては、外野飛球をイージーフライに見せかけて、走者のスタートを遅らせるというプレイがある。「恐るべし、亜細亜」を含めてこれらの外野手のプレイは守備側にリスクが発生するが、「牽制悪送球のふり」はそもそもボールを投げないのだから、守備側のリスクはほとんどない。禁止されてもやむを得ないものかもしれない。

走者一・二塁で一塁牽制

ところで、「牽制悪送球のふり」に関して、私は「大学以上は可」と線引きしたけれども、それは私の中でかろうじて許容範囲内にあるという意味であって、別に奨励するつもりはない。一般的には「そこまでして勝ちたいのか」という評価を受けるだけで、賞賛されることはないだろうと思われる。

先日、面白いプレイを見た。一死一・二塁、ボールカウント1−1のケースで、3球目の投球前にショートが二塁のカバーに入った。「牽制球だな」と思った瞬間、ピッチャーは二塁ではなく一塁に牽制球を投げた(アウト)。守備側のチームが大差で負けていたゲームだったけれども、これはなかなかいいプレイだ。

一・三塁の場面では一塁への牽制球もよくあるが、一・二塁ではまず一塁牽制球はない(いずれ集計したいと思っている)。盲点をつかれた、という気がした。01年都市対抗でも、二死満塁のケースで一塁走者を牽制アウトにした場面があった(7月24日の大阪ガス、1回裏のJR東日本の攻撃)。

塁が詰まっているとき、一塁手はベースにつかないのが常識だ。そこを逆手にとるだけに、これらのプレイは有効だと思われる。

02年4月の某県高校野球春季大会では、一死満塁のケースで、セカンドがダミーで二塁カバーに入り、ピッチャーは三塁に牽制球を投げた(アウトはとれなかった)。走者を刺すことを目的とするなら、一塁のほうが効果的だろう。もっとも、この場合は一死だから、一塁走者を刺して二死二・三塁にしても、あまり意味はないのかもしれない。

また、私は敬遠中の牽制球で三塁走者タッチアウトというシーンを見たことがある。92年5月4日のS対W4回戦の6回裏、同点の二死二・三塁だった。サウスポーの岡本透が古田に敬遠のボールを1球投げたあと、2球目の前に三塁牽制球を投げて、三塁走者の広沢克がタッチアウトになった。

敬遠策は、おおむね試合の終盤に勝敗を左右するもっとも重要な局面でとられる作戦だが、あらかじめこうなってしまうということがわかっているだけに、守備側にも攻撃側にも油断が生じる余地がある。

01年の大学選手権では、敬遠直後に三塁走者が本盗を決めた。2回戦の東亜大対創価大戦、同点の8回表二死三塁の場面で、創価大の投手は左のサイドハンドだ。3番の右打者が敬遠で一塁に歩いた直後、1年生の山下が本盗を敢行。ピッチャーの送球は間に合わず、本盗が成立した(送球は三塁側にそれてバックネットに達したため、敬遠の一塁走者も二進)。

山下の本盗は守備側の油断を突いたものであり、広沢の牽制死は攻撃側の油断を突かれたものだ。まあ、油断しているのは見ている側も同じであって、実は私も広沢事件以前はキャッチャーが立ち上がると、さっさとボールを4球分記入するという横着をしていた。

声の「幻惑戦術」

ソウル五輪で全日本チームの監督を務めた鈴木義信氏は次のように述べている。

鈴木義信 『強いチームの用兵と戦略』 (中経出版、107ページ)

二塁走者だったとする。次打者の打球は遊撃前のゴロだったが、二塁ベースからのスタートが速かったので三塁はセーフになると走りながら確信したとして、どんなことができるか。<略>中学生でも頭を使った選手などになれば、走りながら「サード」と叫んだりもする。さも守備側の選手からの指示のように思わせ、遊撃手に三塁に送球させようというわけである。自分の三塁セーフは確実だ。それなら三塁に送球させたり、実際には送球させなくても遊撃手が三塁方向を見ることにより一塁送球のタイミングを少しでも遅らせることができれば、打者も一塁セーフになるという幻惑戦術である。

▲「速かった」は私の変換ミスではありません、念のため。ちなみに第1刷です。

声には色がついているわけではない。送りバントのときなど、走者や次打者、一塁コーチ、あるいはベンチやスタンドからあべこべの指示が出ることは珍しくない。うるさい応援がなければ、グラウンド上の声もよく聞こえるのだ。こんな駆け引きがあることを知らないから、あんなドンチャン騒ぎができるのかもしれない。

私は欺かれるほうが悪いと思っていたけれども、こうして活字になったものを読むと、この「幻惑戦術」なるものは、あまりフェアでないようにも感じられる。ちなみに、「声の幻惑戦術」はラグビーでもあるようだ。前にいる味方の選手にパスができない性質上、敵の選手が後方から声をかけてパス(?)をもらうことがあるそうだ。

空耳?

近藤唯之氏の著作にも「声の幻惑戦術」が載っていた。

近藤唯之 『新版 比較野球選手論』 (新潮文庫、100-101ページ)

昭和41年4月29日、ナゴヤ球場で中日対阪神4回戦が行われた。さて中日は6回二死後、二塁走者に中利夫中堅手、一塁走者に権藤博遊撃手(投手からコンバート)をおき、3番・高木守道二塁手はカウント2−3後の6球目、この時点で遊撃手だった藤田の、三塁寄り深い地点へゴロを打った。二死後、2−3後という条件だから、中も権藤もスタートを切っている。
 藤田がゴロを捕球しようとする一瞬前、彼ははっきりと、だれかが「サード!」とどなる声を聞いた。これを送球指示と判断した藤田は、朝井茂治三塁手へ送球しかけて、あっと思った。
 朝井もゴロを追ってきたので、三塁ベースへもどる余裕がない。それどころか、三塁ベースから3メートルも離れたところで片ヒザをついている。
 あわてた藤田は、それから一塁送球したが、間に合う道理がない。気がつくと、朝井も村山実投手も、安藤統夫二塁手も辻佳紀捕手も、みんなトゲのある視線を藤田に送っている。
「だれだろう。サードとどなったのは――。あれはおれの空耳か」

満塁としたドラゴンズは、4番・江藤慎一のホームランで4対2と逆転したそうだ。おそらく藤田にエラーはついていないはずだが、藤田が「真犯人」に気づいたのは眠れない夜を過ごしているときだったそうだ。

同上 (102ページ)

藤田は“送球指示の錯覚”に泣きながら一人前になっていった。

近藤氏が記述していないので調べてみると、昭和41年とは藤田がルーキーだった年だ。藤田は翌年から吉田義男をセカンドに追いやってショートのレギュラーに定着する。

まあ、「声の幻惑戦術」はその是非は別にしても古典的手法ではあるようだ。

李下の冠

『公認野球規則』によれば、一塁あるいは三塁のコーチは、常にボックス内にとどまることが要求されている。

07年版 『公認野球規則』

4・05 ベースコーチ
 (b) ベースコーチは、各チーム特に指定された2人に限られ、次のことを守らなければならない。
 (1) そのチームのユニフォームを着ること。
 (2) 常にコーチスボックス内にとどまること。
 ペナルティ 審判員は本項に違反したものを試合から除き、競技場から退かせる。
 【原注】 ここ数年、ほとんどのコーチが片足をコーチスボックスの外に出したり、ラインをまたいで立ったり、コーチスボックスのラインの外側に僅かに出ていることは、ありふれたことになっているが、相手チームの監督が異議を申し出ない限り、コーチスボックスの外に出ているものとはみなされない。しかし、相手チーム監督の異議申し出があったら、審判員は、規則を厳しく適用し、両チームのコーチがすべて常にコーチスボックス内にとどまることを要求しなければならない。
 コーチが、プレーヤーに「滑れ」「進め」「戻れ」とシグナルを送るために、コーチスボックスを離れて、自分の受け持ちのベースで指図することもありふれたことになっている。このような行為はプレイを妨げない限り許される。
 【注1】 監督が指定されたコーチに代わって、ベースコーチとなることはさしつかえない。
 【注2】 アマチュア野球では、ベースコーチを必ずしも特定の2人に限る必要はない。
 【注3】 コーチがプレイの妨げにならない範囲で、コーチスボックスを離れて指図することは許されるが、たとえば、三塁コーチが本塁付近にまできて、得点しようとする走者に対して、「滑れ」とシグナルを送るようなことは許されない。

まあ、実態に即して【原注】や【注】があるけれども、コーチがボックス付近にいなければならないことに変わりはない。ただし、ここで言う「常に」がタイム中を含むのかどうかは定かでない。含まれるとも読めるし、含まれないと解釈できなくもない。

某県の高校野球で、こんな光景を見た。4回裏、1点差の一死一・三塁。逆転のランナーが出たところで、いわゆる「守備側のタイム」だ。伝令が出て、内野手とバッテリーがマウンドに集まった。私は伝令に出た選手の背番号を、いつものようにスコアカードに書き込んだ。

私が顔を上げたとき、三塁コーチは三本間のちょうど中間地点のライン際(ファウルグラウンド)で、下を向いてスパイクで走路をならしていた。彼は足元を見ていたのであり、一塁ベンチの指示を仰ぐためにボックスを離れたわけではない。

三塁ベースとマウンドの距離は、大雑把に計算して19〜20mになる。三本間中間地点とマウンドとの距離は13〜14mだ。私の見たところ、球審はタイムの輪が解ける寸前に、この三塁コーチの存在に気づいたと思われる。結局、なにごともなく試合は再開された。

聞こえたかどうかはわからない。聞く意思があったかどうかもわからない。かりに聞こえたとしても直後のプレイへの影響はなかったと思われる。ルール上も明快に禁じられているわけではない。だが、この行為は私の常識のなかでは、やはりご法度なのだ。

三塁コーチのチームは、「21世紀枠」の某地区候補校だった。「21世紀枠」は都道府県推薦校の段階では、選出する側が当該チームの試合を見ている。だが、北海道以外の地区候補校と最終選考は、書類選考にしかならない。「よい影響」にも、いろいろあるのかもしれない。


◆悩ましいプレイは結構あります。「伊東」のケースはどうでしょうか?

【リンク希望】牽制球がらみの守備側のトリックプレイに関するリンク集をつくろうと思って検索してみましたが、適したものがありませんでした。ご存知の方はお知らせください。「トップページ以外へのリンクはご遠慮下さい」と掲げているWebサイトでは、無死満塁で内野がスクイズ警戒の前進守備、センターが二塁に入って牽制アウトというプレイが記述されています。1970年代の高校野球です(リンクは自主的に遠慮しました)。

◆事実誤認、数値の誤り、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ」(似て非なるもの)または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。

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