セットポジション野球場
球場観戦7つ道具 | アンリ・ルソー | 櫛風沐雨

茜色と漆黒とアンリ・ルソー

00/10/14作成
13/12/15更新

◆もともと「神宮のアンリ・ルソー」というページタイトルでUPしていましたが、「地方球場のナイター」の大部分を加えたうえで改題しました。


眠れるジプシー女(神宮球場=1球場目)

その日は開会式込みの4試合日だった。第4試合は16:50に始まり、6回表(18:02)に点灯された。ただし、6基の照明灯のうち内野の4基だけが灯された。たしかに、打球はめったに外野フェンスまで飛ばない。なにしろ、私が見ていたのは中学生の硬式野球なのだ。リトルシニア選手権開催中の神宮球場だった。

無駄な電力を消費して、地球温暖化に貢献する必要はないという感心な心がけなのかもしれない。外野の照明がつかなかったので、夏の黄昏が深まり本格的な闇に移るにつれて、幻想的な世界に変わっていった。まるでアンリ・ルソーの絵の前でたたずんでいるような、そんな気がした。

外野スタンド越しに見える高層ビルの横には上弦の月。満月でないのがちょっと残念だが、「眠れるジプシー女」のライオンでも出てきそうだ。私はネット裏の上(後ろ)から見ているので、余計にそう感じたのかもしれない。

▲「眠れるジプシー女」は頁末リンクからご覧になれます。

私は神宮で軽く500試合以上見ているはずだが、ゲーム以外の要素で、少しだけでいいからこのまま時間を止めてほしいと思ったのは、そのときだけだ。まあ、季節的なものもあっただろうし、月の加減もあっただろう。だが、一番大きな要因は外野の照明がつかなかったからだと私は思っている。

リトルシニアの試合というのは、見ていてそれほど面白いわけでもない。楽しみは何年か過ぎてからやってくる。私が最初にリトルシニアの試合を見たのは1995年8月12日だ。前日に甲子園から帰ってきた私は神宮に向かった。第3試合が中本牧シニア対江戸川南シニアだった。コールドで中本牧が勝った(そのまま優勝した)。

2年後の春、高校野球の関東大会は茨城開催だった。初日の土曜日、私は水戸市民球場で横浜高校の試合を見た。2年生バッテリーというのは聞いていた。「松坂」という名前をスコアカードに書き込もうとして、何かひっかかるものがあった。「阪」ではなく「坂」だ。前にも1度、そんな名前のピッチャーを見たような気がする。

キャッチャーは小山だ。ありふれた名前だが、なぜか気になる。ファーストの小池も2年生だ。翌日はひたちなか市民球場に行くつもりだったが、泊まらずに帰宅した私は、2年前のスコアブックをひっくり返した。見つけた。松坂も、小山も、小池も同姓同名(同学年)だ。ただし、松坂はKOされた江戸川南のエースであり、小山と小池は優勝した中本牧の選手だ。

その後、私が松坂を見たのはその年の神宮大会が3回目で、翌春のセンバツが(今のところ)最後だ。松坂がライオンズに入った1年目、プロ野球ファンのS氏から松坂が登板予定のオープン戦に誘われた。私は「いいよ、中学のときに見たから」と言ってお断りした。「高校のときに見た」とは言わないところが、われながら(ちょっとだけ?)イヤミだ。

結局、ほかの何人かの選手とも「再会」を果たすことになった。

●中本牧シニア
 2番サード・松本勉 横浜高→法政大
 3番ショート・小池正晃 横浜高→ベイスターズ
 4番ファースト・常磐良太 横浜高→東海大
 5番キャッチャー・小山良男 横浜高→亜細亜大→JR東日本→ドラゴンズ
●江戸川南シニア
 1番ショート・小谷野栄一 創価高→創価大→ファイターズ
 3番キャッチャー・絵鳩隆雄 創価高→創価大→ヤマハ
 4番ライト・藤本厚志 創価高→創価大
 5番ピッチャー・松坂大輔 横浜高→ライオンズ→レッドソックス
 6番ファースト・木村勇夫 帝京高→帝京大

星に願いを(神宮)

まあ、中学生だから、試合の中身に期待するのは最初から無理がある。とはいえ、なかにはいい試合もあるのだ。6回から内野照明だけ灯された第4試合は延長11回まで続いた。もともとが7イニング制だから、9イニング換算すれば14回ぐらいの見当だろう。

98/08/05(神宮) 1回戦 16:50〜19:36(18:02点灯)
瑞穂 001 000 000 01=2 ○#1
仙台東部 001 000 000 00=1 ●#1

初回表、仙台東部のピッチャーは先頭打者をショートゴロエラーで塁に生かしたが、後続を3三振に仕留めた。2回も3者三振だ。130キロ近く出ているように思える。東京六大学の○○や東都の○○より速い。「速い」は言いすぎでも、ほとんどイーブンだ。こっちは同じ場所から見ているのだ。

当時、連続奪三振の「マイ記録」は7個だった。3回表の先頭打者はレフトフライを打ち上げたので(失策)、タイ記録にはならなかった。中盤以降はめっきり球威が落ちたけれども、楽しませてもらった。

試合は3回に両チームとも1点ずつ取り合って、同点のまま終盤に入った。後攻の仙台東部はサヨナラのチャンスを4イニング連続で逃していた。7回は二死満塁、延長に入った8回は二死一・三塁、9回は一死一・三塁、10回は二死満塁という具合だ。

決勝点を奪ったのは11回表の瑞穂だ。内野安打、盗塁、送りバントで一死三塁。8番打者の3球目はスクイズだった(カウント1−1)。仙台東部のバッテリーは2球目に続いてピッチドアウトで対応した。バッターは空振りしたのだが、キャッチャーが精一杯背伸びしたミットからボールがこぼれた。拾っているうちに三塁走者は生還した。

ちなみに、それ以前の神宮でもっともお気に入りのシーンは、七夕の夜空に描いた池山隆寛の逆転満塁ホームランだった。3点差を一気に逆転したという状況設定もあった。それ以来、7月7日のナイターを見ていないので、私にとっての「星に願いを」満塁アーチは今でも池山の1本だけだ。

91/07/07 (神宮) セントラルリーグ S対D 13回戦 18:01〜21:17
ドラゴンズ 300 100 020 =6 ●アンダーソン−上原−与田
スワローズ 01 000 20X =7 バートサス−○岡林

夕焼け(伊勢=11都府県33球場目)

プロ野球の公式戦をナイター開催するには、明るさが何ルクス以上というような基準があるらしい。地方球場の照明設備は、プロ野球の本拠地球場と比較すると、どうしても貧弱だ。だが、地方球場のナイターはなかなか雰囲気がいい。

伊勢市営倉田山公園球場に行ったのは94年の10月だった。社会人野球伊勢大会の準々決勝4試合日だ。はっきり言って、試合はつまらなかった。第1試合から第3試合までは全部コールドだったのだ。おまけに、もう10月に入っているのにやけに暑い。やがて太陽は傾きはじめて、さすがに半袖では肌寒くなってきた。

10月に球場で1日過ごすにはフルシーズン対応が必要だ。「小春日和」の言葉のとおり、朝方は春を思わせる。寝不足だったりすると、ついウトウトしたくなる。日中は暑い。「秋の日は釣瓶(つるべ)落とし」と言うくらいだから、暮れ始めると早い。ファッション・ショーのモデルほどではないにしても、脱いだり着たり忙しいのだ。

第4試合の5回表だったと思われる。西側の空一面の雲が茜色に染まった。西の空だけではない。真上を見上げても赤いのだ。スコアをつけているから、あまり夕焼けに見とれることはできない。「見上げれば青い空と白い雲」というのは、球場ではよく経験することだが、「見上げれば赤い空」は結構怖かったりもする。

こんな夕焼けは東京では見られないと、ちょっと里心がついた。夜の東京ドームのイルミネーションは、たしかにきれいだとは思う。私が見た伊勢の夕焼けは、そういう人間の小賢しい知恵が透けて見えるような薄っぺらな美しさとは質が違っていた。ひょっとすると、ドームの噴水に神秘を感じる人もいるのかもしれないけれども、畏敬を感じることはないだろう。

ちょっとゲームを中断してほしいと思ったくらいだ。試合は淡々と進んでいた。夕焼けは夕闇に変わり、照明が灯された。暗さが増しても、レフトのポール際などはあまり照明の効果がない。だが、その薄暗さがいいのだ。都市対抗の準々決勝4試合日に一日中ドームにいても、こういう経験はできない。自然がこれほどの絶景を見せてくれるのだ。グラウンドのプレイヤーがそれに負けられようか。

94/10/02(伊勢) 伊勢大会準々決勝第4試合 15:57〜18:47(6表点灯)
新王子製紙春日井 011 13 113 =11 ○谷口−熊崎
東邦ガス 012 000 400 =7 伊藤−加藤−●高橋

5回裏二死一塁、ボールカウント2−0からの3球目に面白いプレイがあった。外角低めのストレートに、キャッチャーは見逃し三振でスリーアウト・チェンジと決めつけて、ボールをマウンド方向に転がして一塁側ベンチに走り出した。だが、球審の判定はボールだ。ピッチャーが慌ててマウンドを駆けおりてボールを拾うが、一塁走者は悠々二塁に達した。困ったものだ。

この球場には「S・B・O」灯はあるが、「H・E・Fc」灯はない。つまり、スコアボードを頼りにしてスコアをつけている人には辛い球場だ。まあ、この場合は「H」も「Fc」も関係はない。一塁走者はキャッチャーがボールを転がしたのを見てからスタートしたのだから、キャッチャーにエラーを記録するのが妥当だろう。というわけで、一塁走者の二塁進塁に対しては、キャッチャーの失策を記録した。

最後の1人(しらさわ=73球場目)

しらさわグリーンパークのときも準々決勝4試合日だった。このときは第4試合が終わったのが20:00過ぎだった。スコアをつけていると、なかなか途中では帰れない。4月半ばとはいえ、東北の内陸部だ。夕方を過ぎるとかなり冷え込む。

いくら入場無料といっても、もともとそう多くはない観客はだんだん少なくなっていく。最後は応援と大会関係者を除けば片手で足りたはずだ(「込み」でも50人はいないが…)。「帰れ、帰れ。最後の1人になっても、ゲームセットまでこの試合を見届けるぞ」と、そんな気分になっていた。

行きもタクシーだったし、帰りも最初からそのつもりだ。バスなどとっくになくなっている。ここまでくれば、「乗りかかった舟」だ(泥舟かもしれない)。しらさわの照明も十分ではなかった。漆黒の夜空に舞い上がる白球を見ながら、世間とは完全に隔絶された世界に迷い込んだような気がしてきた。

都会暮らしがしみつくと忘れてしまうけれども、夜は本来怖いものだ。私には駅まで歩いて帰ることができない。ろくな地図さえ持たずに来たからだ。都心部なら道に迷っても、やがてはどこかの駅に着く。ここで迷ったら、一晩中歩き続けねばならないだろう。イニングの合間に満天の星を見上げながら、そんなことを考えていた。

97/04/19(しらさわ) 郡山大会準々決勝 17:19〜20:06(17:48点灯)
鹿島石油 010 110 001 =4 住友−●原−池田
秋田銀行 000 122 02X =7 金−○若松

帰りのタクシーの運転手は、私をスカウトと勘違いしていた(はずだ)。別に否定はしなかった。面倒だからだ。東京から福島に来て、秋田銀行と茨城の鹿島石油の試合にこんな時間までつきあって、明日は花巻まで大学野球を見に行く、という私の行動を短時間で説明するのは、どう考えても至難のわざだろう。

それなら話を合わせたほうが楽だ。駅に着いたら、待合室に本物のスカウトがいた。「また、お前か」と顔に書いてある(ように見えた)。お互い様だ。別に試合を最後まで見る必要のない彼らは、きっともう食事を済ませたのだろう。私は空腹だというのに…。彼らは上り電車に、私は下り電車に乗った。


美術関係の外部リンクです。
WebMuseum,Paris>Artist index
 海外のWebサイトです。「眠れるジプシー女」が掲載されています。もちろん、日本語ではありませんが、他の画家の作品も見ることができます。(P未通知、03/12/26設定) 
ルーブル美術館
 日本語版もあります。(P未通知、03/12/26設定)
MARIのページ
 長い間、地道に更新を続ければ、この分量になるという見本のようなWebサイトです。波の数を数え切れなかったイソップ物語のおじさんのような気分を味わってしました。“絵は好きなのに、なかなか見に行く時間がなくて...という方”のためのサイトです。ご用とお急ぎでない方は、この機会にぜひどうぞ。(03/12/26許諾済)
日本と世界の博物館、美術館、天文台へのリンク集
 美術館に行きたくなったとき、あるいは行った気分に浸りたいときにご利用ください。(F未通知、03/12/26設定)

◆変換ミスやリンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ」(あれは10年前…)または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。なお、間違ってドラクロワに詳しい方がおられましたら「3代目んだ」(ドラクロワのエピソード)についてご教示頂けると幸いです。

★07/02/13校正チェック済、ケなし、順OK
★08/05/26HTML文法チェック済(エラーなし)



検索リンクポリシー野球場|次へ:櫛風沐雨|作成順:球場観戦7つ道具