◆このページは「サスペンデッド・ゲーム」の標題で00年12月にUPしたものですが、数次にわたる加筆の結果、とりとめのないページになってしまいましたので、サスペンデッドに絞って07年2月に再構成しました。なお、07年規則改正は反映済みですが、はっきり言ってややこしいページです。本来のアメリカのルールは比較的シンプルですし、日本も日本なりにシンプルにしようとしたのでしょうが、ローカルルールに委ねたために結果的には複雑怪奇なルールになっています。
サスペンデッドゲームとは、降雨その他の事情で試合の続行が困難な場合に、いったん試合を停止し、後日改めて中断したときの状況から再開するというものだ。再試合とは異なる。
1933年(昭和8年)の第7回都市対抗で一時停止試合がある。
| 33/08/08(神宮) 都市対抗2回戦 17:24〜18:50 | ||
| 大阪鉄道局吹田 | 000 000 1 | |
| 大連実業団 | 300 000 | (7回表1死満塁で中断) |
7回表に吹田が1点返したあとの一死満塁、打者・本田を迎えたところで、試合は日没のため中断し(神宮球場にナイター照明がついたのは1962年6月)、翌9日の13:05から再開試合がおこなわれている。
1933年8月10日付『大阪毎日新聞』夕刊
本大会の特別規則最初の適用によつて球界はじまつて以来はじめての一死満塁からのプレー開始は興味をもたれたが本田の一打少しく浅く守つた遊撃の正面を衝き野原の頭脳的美技によつて吹田折角のチヤンスを一瞬にして解消してしまつた
▲「会」は旧字体を改めました。撥音・拗音は原文のままです。
この記事を素直に信じるなら、これが日本では最初のサスペンデッドゲームということになるようだ。
私は1度だけサスペンデッドゲームになった試合を見たことがある。98年のリトルシニア選手権だった。
(9) (6) (5) 5 (1) (3) (8) (7) 7 (2) (4) H 4 |
R R R L L R R R − R R R R |
1 四球 投ギ 投ゴ - 死球 右安 三ゴ + - + + - - |
三振 + + - + + 2 右安 - 三振 投ギ - - |
3 三安 捕ギ - 捕邪 中飛 + + - + + - - |
+ + + - + 4 中安 投ギ - 二ゴ - 三振 - |
5 左安 中安 投ギ - 中安 三ゴ 中安 死球 - 左安 - - 左飛 |
6 右飛 三振 - 三振 + + + + - + - - + |
数安点 310 320 101 100 211 310 322 110 000 310 000 100 100 2294 |
泉 L 熊 R L R |
回数 5 1/3 回数 4 1/3 1 2/3 |
打 29 打 18 4 8 |
安 7 安 4 3 2 |
振 7 振 3 0 2 |
球 3 球 2 0 1 |
失 3 失 1 3 0 |
| 泉佐野 | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 盗塁 熊1(4ウ) 失策 泉3(1ウ、3ウ、5ウ) 熊1(3表) 暴投 泉2(5ウ、6ウ) 熊1(1表) 捕逸 泉1(3ウ) 残塁 泉8(6回まで) 熊8(5回まで) |
||||||||
| 熊本北 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | ||||||||||
(8) (7) (2) (6)5 (3) H3 (4) (5) 6 (9) (1) H 1 1 |
R L L R L R R L R R R R − R |
1 左安 投ギ 中安 三ゴ 死球 - 投失 三振 - + + - - - |
三振 + + + + - + - 2 二ゴ 二ゴ - - - |
3 二ゴ 二失 左安 三振 - 投ゴ - + + + - - - |
三振 + + + + - + 4 一飛 四球 - 三振 - - |
5 左安 三振 左2 - 中安 三失 - 投ゴ 三振 - + - - |
投ゴ 二安 + + - + + - + - - + 6 四球 |
数安点 410 320 310 322 100 110 300 100 200 200 100 100 000 000 2572 |
|||||||
▲記録は私のジャッジによるものです。あえてスコアボードとは異なるジャッジをしましたので、公式記録とは一致しないはずです。
14:35に始まった第4試合(7イニング制で第1試合は8:22開始)は、試合の途中で雨が降り始めた。6回表の泉佐野の攻撃がツーアウトとなって3番打者のとき、一段と激しい雨に変わった。結局、6回裏の一死一・三塁で試合は中断した。16:26だった。
なかなか雨はやむ気配がない。この大会の応援は主にベンチ入りしない下級生たちに委ねられている。雨を避けて一度は引き上げたはずの熊本北シニアの下級生たちが、再び三塁側スタンドに陣取った。雨の中で、誰もいないグラウンドに向かって応援を始めた。試合再開を促すデモンストレーションと言ってもいい。
大会パンフには、「大会規定」とともに「野球特別規則」が載っている。「降雨、日没その他の理由により、試合続行不可能と当該審判員が協議の上、決定した場合は、5回終了を以て正式試合とする」という項目がある。つまり、試合はすでに成立しているのだ。
しかし、回は6回で、点差も1点だけだ。しかも、同点のランナーは三塁に、逆転のランナーも一塁にいる。熊本北としては、どんなに激しい雨でも、せめて6回裏だけはやりたいだろう。せっかくの全国大会、東京までやってきて、この場面でコールドでは浮かばれない。
そんな気持ちが彼らを駆りたてたのか(あるいは誰かがけしかけたのか)、雨の中での応援が続く。雨だけなら別に構わないとしても、遠くでは雷も鳴っているから、やめさせたほうがいいと思っているうちに(思っているだけ…)、中断から30分が過ぎた。
スタンドにいる下級生たちの数が少なくなった17:06、三塁側ベンチから「明日の9時から、このままで」という声が聞こえた。この試合の勝者は翌日9:00から江戸川球場での準々決勝に臨むことになっていた。スタンドには私を含めて何人かいたのに(文字どおり「何人」の世界だ。せいぜい10数人=応援の控え選手を除く)、それを知らせる場内アナウンスはなかった。
どうやら、サスペンデッドゲームとして試合を一時停止し、6回裏一死一・三塁の状態から続行試合をおこなうらしい。なんとも粋な決定ではないか。実は、大会パンフに記載されている「大会規定」「運営要項」「特別規則」のどこにも、このケースでサスペンデッドを適用できる旨の規定はない。
規定にないことをやるなら、最初から規定に盛り込めばいいものをと思わなくもない。翌日、私は江戸川には行かなかった。だから、どちらが勝ったのかわからない。
1936年に始まった日本のプロ野球では、87年のホークス対オリオンズ7回戦が最新の事例だ。やはり日没によるサスペンデットだった。
88年版 『オフィシャル・ベースボール・ガイド』 (共同通信社) 29〜30ページ
5月23日、プロ野球史に刻まれる極めて珍しい試合があった。新潟県柏崎市佐藤池球場で行われた南海−ロッテ7回戦。4−4で迎えた8回表、ロッテの攻撃が1死無走者となった場面で、日没のため試合の続行が不能となり、午後5時44分、リーグ試合協定事項によって「一時停止試合(サスペンデッドゲーム)」となった。
サスペンデッドゲームは野球規則に定められているが、採用しているのはパ・リーグだけ。照明の故障、照明設備がない球場で暗黒状態になるなどの理由でいったん打ち切られ、後日、協定事項で決められた日時で同じ状況から試合を続開することができる。パ・リーグでは’66年6月7日の東映−東京戦(後楽園)以来通算8度目、日没による適用は’64年以来6度目だった。続行試合は7月8日午後5時30分から平和台球場で行われ、南海が5−4で9回サヨナラ勝ち、1カ月半も宙に浮いていた門田の本塁打など個人記録が完成した。
▲朝からの雨で14:00予定の試合開始を32分遅らせたうえに、途中で1時間4分の中断があるようです。なお、同書18ページには、続行試合は7月7日におこなわれた旨の記述があります。たしかに当初は7日におこなわれる予定でした(雨で8日に順延)。また、18ページでは、中断時間が1時間45分となっていますが、30ページの写真説明では1時間4分です。前者だとすると、実質1時間半でまるまる7回が終わったことになり、やや不自然です。まあ、「オフィシャル」にも間違いはあるわけです。
さて、『オフィシャル…』には「サスペンデッドゲームは野球規則に定められているが」という記述がある。誤解しやすいが、『公認野球規則』では次のような文言によって定められていた(87年当時もこの条項)。
06年版 『公認野球規則』
4・12 サスペンデッドゲーム(一時停止試合)
(a) 球審が次の理由のうちのどれかによって打ち切りを命じた場合、リーグは後日これを完了することを条件とした試合、すなわち、サスペンデッドゲーム(一時停止試合)とする規則を制定することができる。
(1) 法律による娯楽制限。
(2) リーグ規約による時間制限。
(3) 照明の故障、またはホームクラブが管理している競技場の機械的な装置の故障(競技場の機械的な装置には、自動キャンバス被覆装置とか排水設備を含んでいる)。
(4) 暗くなったのに、法律によって照明の使用が許されていないため、試合続行が不可能となった場合。
(5) 天候状態のために、ある回の途中で球審がコールドゲームを宣したとき、次に該当する場合。
(i) ビジティングチームがその回の表で得点してホームチームの得点と等しくなったが、表の攻撃が終わらないうち、または裏の攻撃が始まらないうち、あるいは裏の攻撃が始まってもホームチームが得点を記録しないうちにコールドゲームが宣せられた場合。
(ii) ビジティングチームがその回の表でリードを奪う得点を記録したが、表の攻撃が終わらないうち、または裏の攻撃が始まらないうち、あるいは裏の攻撃が始まってもホームチームが同点またはリードを奪い返す得点を記録しないうちにコールドゲームが宣せられた場合。
「…することができる」とは、「…しなければならない」という絶対的要請事項ではないのはもちろん、「…する必要がある」という推奨事項ですらない。(原文は別にして)日本語としては「…してもよい」し「…しなくてもよい」という選択事項に等しい。
さて、07年改正によって、4・12は次のように変わった。
07年版 『公認野球規則』
4・12 サスペンデッドゲーム(一時停止試合)
(a) 試合が次の理由のどれかによって打ち切られた場合、後日これを完了することを条件としたサスペンデッドゲームとなる。
(1)〜(4) <略>
(5) 天候状態のために、正式試合のある回の途中でコールドゲームが宣せられた試合で、打ち切られた回の表にビジティングチームがリードを奪う得点を記録したが、ホームチームがリードを奪い返すことができなかった場合。
(6) 正式試合として成立した後に、同点で打ち切られた場合。
本項の(1)(2)(5)(6)によって終了となった試合については、4・10の規定による正式試合となりうる回数が行なわれていない限り、これをサスペンデッドゲームとすることができない。
本項の(3)または(4)の理由で打ち切りが命じられたときは、行なわれた回数には関係なく、これをサスペンデッドゲームとすることができる。
【付記】コールドゲームをサスペンデッドゲームとするかどうかを決定するにあたっては、天候状態およびこれに類する理由―本項(1)〜(5) ―が優先される。
試合が、天候状態で停止した後に、照明の故障、娯楽制限、時間制限により続行できなくなった場合は、サスペンデッドゲームとすることができない。試合が、照明の故障で停止した後に、天候状態や競技場の状態で再開できなくなった場合もサスペンデッドゲームとすることができない。本項に規定されている理由だけで打ち切られた試合がサスペンデッドゲームとなる。
<略>
【注】 我が国では、サスペンデッドゲームについては、所属する団体の規定に従う。
まず、(a)項本文から「リーグは…制定することができる」の文言が消えた。MLBでは(1)〜(6)に該当する場合、無条件でサスペンデッドとなるわけだ。
(a)項の(1)〜(4)はまったく変わらないが、旧(5)が分割されて、(i)は新(6)になり、(ii)は新(5)になっている。表現が異なるだけで、意味するところは同じだ。また、(6)のあとの「本項」以下は、07年から新たに加わった部分だ。正式試合として成立しないうちに打ち切られたときは、原則としてノーゲームであって、サスペンデッドとはならないと規定されている。
ちなみに、ソフトボールでは次のように定められている。日本リーグ(女子)ではサスペンデッドを採用していない。
07年版 『オフィシャル・ソフトボール・ルール』
5ー3項 正式の試合
5.サスペンデッドゲーム
引き分け試合か無効試合の場合は、一時停止試合(サスペンデッドゲーム)を大会要項により採用することができる。
冒頭にあげた都市対抗の事例は、大会のローカルルールが適用されたものと思われる。当時の諸規定は定かではないが、今と同じように7回で正式試合として成立するのだとすれば、試合成立以前に日没によって一時停止されたわけだ。
リトルシニアのケースは正式試合として成立したあと、コールドゲームの要件を満たしているにもかかわらず降雨によるサスペンデッドとなった。まあ、私は「大岡裁き」として否定しないが、法的根拠は薄弱だ(と言うより「ない」?)。
柏崎のケースは、当時のパリーグ規定によるものであって、正式試合として成立したあとの日没によるサスペンデッドだった。パリーグ公式サイトによれば、パリーグがサスペンデッドを採用したのは1959年となっている(1954年の近鉄パールス対東映フライヤーズ戦は提訴を受けた「やり直し」)。
社会人野球では、都市対抗と日本選手権の予選でたびたびサスペンデッドがある。00年日本選手権九州2次予選、02年都市対抗中国2次予選、03年都市対抗四国1次予選、04年都市対抗中国2次予選、05年日本選手権神奈川1次予選などだ。いずれも正式試合として成立したあとで、神奈川以外は降雨によるものと思われる。同点であることは要件ではないようだ。
私の記憶では、90年代後半の東京六大学新人戦(硬式)でもサスペンデッドがあったはずだ。大学野球では、九州地区大学野球連盟のトーナメント戦で03年秋と04年秋にサスペンデッドが適用されており、03年日米大学選手権の第1戦もサスペンデッドになっている。
また、00年高校軟式選手権の準々決勝でもサスペンデッドが適用されている。前橋商と松山商が両チーム無得点のまま延長15回を終え、翌日の第1試合で継続試合がおこなわれた。3イニング目の延長18回で決着がついたが、前橋商は引き続き同日第2試合の準決勝を戦っている。
サスペンデッドは大会ごとのローカルルールによって定められることになるが、高校軟式のように延長15回で同点の場合引き分け再試合ではなく、サスペンデッドとしているところもあるので(決勝は再試合)、サスペンデッドの類型としては次の3通りがあるわけだ。
〔1〕 正式試合として成立する前の降雨等による続行不能(本来はノーゲーム)
〔2〕 正式試合として成立したあとの降雨等による続行不能(原則コールドゲーム)
〔3〕 9回または延長で同点の場合
実は、もう1パターンある。それは4・11(d)【注】によるサスペンデッドだ。もともとは正式試合となったコールドゲームの例外規定だが、日本ではプロ・アマを問わず、いずれの団体もこれを無視している。
07年版 『公認野球規則』
4・11 正式試合においては、試合終了時の両チームの総得点をもって、その試合の勝敗を決する。
(d) 4・12(a)によりサスペンデッドゲームとならない限り、コールドゲームは、球審が打ち切りを命じたときに終了し、その勝敗はその際の両チームの総得点により決する。
【注】 我が国では、正式試合となった後のある回の途中で球審がコールドゲームを宣したとき、次に該当する場合は、サスペンデッドゲームとしないで、両チームが完了した最終均等回の総得点でその試合の勝敗を決することとする。
(1) ビジティングチームがその回の表で得点してホームチームの得点と等しくなったが、表の攻撃が終わらないうち、または裏の攻撃が始まらないうち、あるいは裏の攻撃が始まってもホームチームが得点しないうちにコールドゲームが宣せられた場合。
(2) ビジティングチームがその回の表でリードを奪う得点を記録したが、表の攻撃が終わらないうち、または裏の攻撃が始まらないうち、あるいは裏の攻撃が始まってもホームチームが同点またはリードを奪い返す得点を記録しないうちにコールドゲームが宣せられた場合。
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4・11(d)も2007年の改正条項だが、1981年の改正条項でもある。81年から06年までの4・11(d)はすでに引用済みだが(→「26イニング目の日没コールド」)、内容的には上に引用した07年規則の4・11(d)および【注】と同じだ。
1962年から1980年までの古い条項は次のようなものだったらしい。
鈴木美嶺・郷司裕編 『わかりやすい公認野球規則1994』 (ベースボール・マガジン社)
コールドゲームは、審判員が終了を命じたときの両チームの総得点で、その試合の勝敗を決する。
【付記】(例外)ある回の途中で審判員が終了を命じたとき、次に該当する場合は、両チームが完了した最終均等回の総得点でその試合の勝敗を決する。
(1) ビジティングチームが表で得点して、ホームチームの得点と等しくなり、ホームチームがその裏得点しないままコールドゲームとなった場合。
(2) ビジティングチームがその回の表でリードを奪う得点を記録し、ホームチームがその裏同点となるか、またはリードを奪い返す得点を記録しないままコールドゲームとなった場合。
次のようなケースでは、日本では常に(すくなくとも1950年以降一貫して)最終均等回の総得点で勝敗が決まる。つまり、7回までの得点が有効であって、8回の得点は認められない。
| 8回の得点が認められないケース〔A〕 | |||||||
| 先攻 | 00000001x =0 | 先攻 | 00000001 =0 | 先攻 | 00000002 =0 | ||
| 後攻 | 1000000 =1 | 後攻 | 1000000X =1 | 後攻 | 10000001x =1 | ||
| 8回の得点が認められないケース〔B〕 | |||||||
| 先攻 | 00000101x =1 | 先攻 | 00000101 =1 | 先攻 | 00000102 =1 | ||
| 後攻 | 1000000 =1 | 後攻 | 1000000X =1 | 後攻 | 10000001x =1 | ||
| 8回の得点が認められないケース〔C〕 | |||||||
| 先攻 | 00000002x =0 | 先攻 | 00000002 =0 | 先攻 | 00000003 =0 | ||
| 後攻 | 1000000 =1 | 後攻 | 1000000X =1 | 後攻 | 10000001x =1 | ||
1980年、アメリカではこれらのケースをコールドゲームとせず、サスペンデッドゲームとするようにルール改正されたが、日本ではこれを採用しないと決めている。今回もまた見送った。
試合開始から1時間後には雨がパラつき、2時間後には本格的な土砂降りに変わるという天気予報だったとしよう。6回までリードされていた先攻チームが7回表に大量点をあげたら、守備側の後攻チームは時間稼ぎに入ればよい。頻繁にタイムをかける必要などない。濡れたグラウンドに足を滑らせた演技をすればいいだけだ。
3つのアウトをとらなければ、チェンジにならないのが野球のルールなのだ。先攻の攻撃側が早打ちに出ても、空振りしても、守備側はエラーで応じればいいわけだ。野球は点取りゲームではないから、主導権は守備側にある。延々とエラーを続けて10点とられようが20点とられようが、7回裏が終わらないうちにコールドになれば勝てるわけだ。
▲07年規則改正によって、打撃姿勢をとらない打者には投手の投球を待たずに「ストライク」が宣告されることになりました。攻撃側がこれを利用してアウトになれば、攻撃を長引かせたい守備側には手立てがありません。
まあ、アメリカでルール改正されたのは、そういう理由より、7回表の記録が「幻」に終わってしまうのを防ぎたかったからだろう。いずれにせよ、何がなんでも最終均等回で処理しようとする日本流のルールは好ましいものとは思えない。旧4・11(d)に該当するケースでコールドとなった事例は、87年8月9日のS対T戦がある。
1点ビハインドの7回表にホーナーが同点ソロアーチ、その直後に雨で中断し、コールドゲームになっている。雨はホーナーのホームランを流し去ってしまったわけだ。ただ、この試合のホーナーのホームランは同点弾だった。〔A〕ではなく〔C〕のケースはないものだろうかと探していたら見つかった。
| 06/05/20(ロッテ浦和) イースタンM対Sr4回戦 | ||
| シーレックス | 000 200 0 =2 | ●岸本−岡本 |
| マリーンズ | 230 100 0 =6 | ○古谷−ミラー−田中良 |
7回裏終了で降雨コールドのこの試合、実は8回表に湘南シーレックスが5点をあげて逆転、その裏のマリーンズの攻撃中、二死満塁で打者諸積のカウントが0−2となったところで中断し、そのままコールドゲームになっている。
最終均等回ルールによって、8回表に福本が打った逆転3ランも「幻」に終わっているのだ。こんなケースは滅多にあるものではなく、プロの場合にはサスペンデッドとしたところで、さほど支障はないように思われる。
では、アマのトーナメント戦ではどうだろうか。アマの硬式野球では正式試合として成立するのは7回だ。ということは、サスペンデッドとしても、継続試合は8回以降から始まるわけだ。〔B〕のケースでは、運営サイドとしてもサスペンデッドのほうが再試合とするより好都合だろう。〔A〕や〔C〕のケースも、それほど大きな負担になるとも思えない。
いずれにせよ、サスペンデッドという制度はもっと活用されてもいいはずだと私は考えている。もちろん、全面的にサスペンデッドを採用しろと言いたいのではない。今回の(アメリカの)ルール改正でも、サスペンデッドとなるべき試合が最終カードの場合には、その試合の勝敗が順位変動の要素とならない限り継続試合はおこなわないことになったようだ。
◆再構成にあたり、標題の中点をとりました。事実誤認、変換ミス、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですが「3代目んだ」(サスペンデッドゲーム)」または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。
◆1967年都市対抗では日本楽器が1回戦と準決勝で2度の再試合を戦いました(→「1967年日本楽器」)。また、延長23回を戦った直後、決勝戦に臨んだチームもあります(「元気があれば、何でもできる?」。)「再試合かサスペンデッドか」は悩ましい問題かもしれませんが、社会人野球のタイブレークは“ベターな制度”です(「一死満塁の攻防」)。ただし、「タイブレーク記録処理に異議あり!」ですが…。
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