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背番号のないパンフ

00/08/28作成
13/12/19更新

◆「スポニチ大会パンフの監督の抱負」と「スローガン大賞」は「スポニチ大会の定型句」のページに分割しました。


◇背番号のないパンフ

「まだ言うのか」と叱られそうな気もしなくはないけれども、とても大切なことだと思うので、あえて昔のことをほじくりかえしたい。『サンデー毎日』増刊96年8月19日号は、「第67回都市対抗野球公式ガイドブック」と銘打たれている(以下「都市対抗パンフ」)。常識破りの実に画期的なものだった。

私はこの都市対抗パンフを東京ドームの山下書店で買った。会社帰りに寄れば、そのまま歩いて帰れるから都合がいいのだ。この本屋には、都市対抗パンフに限らず『グランドスラム』や『大学野球』などが当たり前のように平積みで置いてある。

ナイターのない月曜日でも、たしか夜9:00頃まで開いている。年末年始を除けばほとんど年中無休だろう。場所柄だろうが、野球関係(東京ドーム)と競馬関係(場外馬券売場)と格闘技関係(後楽園ホール)には強い。

▲詳しい営業日や営業時間は直接お問い合わせください。私には責任は負えません。なお、01年以降は『報知高校野球』を見つけ損ねることが続いている関係で、最近の私の御用達は神保町の『書泉グランデ』です。

普通の本屋だと探すのに苦労する本や雑誌が、ドームの山下書店ではすぐに目に入る。あまりにたくさん置いてあるので面食らうぐらいだ。どうせ都市対抗パンフは毎年買うのだ。いちいち中身など確認しない。家に帰ってから、パラパラめくってみて驚いた。なんと、背番号がないのだ!

パンフに最低限必要な項目は、名前と背番号だと私は思っている。それ以外はなくてもいいのだ。ポジションや年齢や出身校や身長・体重や、右投げ左打ちとか、あれば便利だが、なければないで別にかまわない。

高校野球の秋季近畿大会のパンフは、名前と背番号と学年だけの実にシンプルなものだ。出身中学もつけてくれると嬉しいけれども、それでもパンフとしては十分に通用する。背番号がないくせに予選の成績が載っている「都市対抗パンフ」よりずっといい(四国は2試合で予選を通過するのだ。そんなデータは役には立たない)。

野球を知らない担当者だったらしいけれども、そんなことは言い訳にはならない。なにしろ主催者なのだ。都市対抗は場内アナウンスが聞き取れない。四六時中、のべつまくなしに応援合戦を繰り広げるからだ。打球音さえ聞かせてもらえない(私はひそかに「企業対抗演芸大会」と呼んでいる)。

◇都市対抗パンフの記載事項

スコアボードは間違っていることもある。00年の都市対抗では、代打で起用された大阪ガスの野夫井誠(姫路工高−東芝府中)がしばらくの間、「野夫」と表示されたままで場内の失笑を買っていた。01年は、選手交代がスコアボードに反映されていないケースもあったし、場内アナウンスの訂正が間違っていたこともある。

準々決勝の第1試合だった。7回裏の昭和コンクリートの攻撃は9番サード・松川から始まる。代打・藤本のアナウンスがあり、スコアボードにも藤本の名前が入った。7回裏の攻撃が終わり、代打の藤本がセカンドに入るというアナウンスがあった。

スコアボードも、9番のところに「4藤本」と入った。そのあとで、「代打いたしました岡田がセカンドに」という訂正のアナウンスがあった。翌日の新聞を見ると、代打は藤本であり、守備についたのは岡田だ。

もし、私が訂正のアナウンスを信じていたら、藤本は打席に入っていないことになってしまうではないか。都市対抗では、こういうことが毎年ある。まあ、隣と話をするのにも、顔を近づけて声を張り上げなければならないぐらいだから、交代を告げる審判の声も聞こえないのかもしれない。

打席に入っている選手が誰なのか、確認するすべは究極的には背番号だけなのだ。もっともユニフォームを忘れて、ほかの選手のユニフォームを着用していることもある。この場合、背番号がパンフとは異なる。かつて東海春季大会のとき、この事例を経験した。

疑問を抱いていた私は、直接その選手に確かめた。「ねえ、背番号が違ってるんだけど?」「あっ、気づきました?実は…」。

以上、「パンフには必ず背番号を載せろ」、「背番号のないパンフはパンフではない」、私が言いたいのはそういうことだ。00年の都市対抗パンフは、色使いの関係で背番号と名前が見づらかった。どうだ。担当者さんもこれでは読みにくいだろう。こういう色はあまり読ませたくないときに使うものだ。

▲当初、「次回からせめて名前と背番号だけは(この2つが肝心なのだ)読みやすい色のインクで作ってほしい。凸版印刷は豊富な色のインクを用意しているはずだからだ」と記述していました。01年や02年に関してはノープロブレムでしたので、毎日新聞社の名誉のために付記しておきます。

都市対抗パンフの91年版から02年版までの記載事項を列挙してみよう。

91年:背番号、ポジション、氏名、年齢、出身校、身長・体重、投打
92年:背番号、ポジション、氏名、年齢、出身校、身長・体重、投打
93年:背番号、ポジション、氏名、年齢、出身校、身長・体重、投打
94年:背番号、ポジション、氏名、年齢、出身校、身長・体重、投打
95年:背番号、ポジション、氏名、年齢、出身校、身長・体重、投打
96年:―――、ポジション、氏名、年齢、出身校、身長・体重、投打、予選成績
97年:背番号、ポジション、氏名、生年月日、出身校、身長・体重、投打、予選成績
98年:背番号、ポジション、氏名、生年月日、出身校、身長・体重、投打、予選成績
99年:背番号、ポジション、氏名、生年月日、出身校、身長・体重、投打
00年:背番号、ポジション、氏名(ふりがな)、生年月日、出身校、身長・体重、投打、予選成績
01年:背番号、ポジション、氏名(ふりがな)、生年月日、出身校、身長・体重、投打、予選成績
02年:背番号、ポジション、氏名(ふりがな)、生年月日、出身校、身長・体重、投打、予選成績

ほかの大会パンフの記載事項

都市対抗以外の大会パンフの記載事項も調べてみた。数年分を持っている大会については、最初に手に触れたものを「代表選手」とした。どうやら〔D〕が基本パターンで、オードブル(=身長・体重)やデザート(=投打)は、オプションということらしい。

各大会パンフの記載事項
〔A〕ポジション、背番号、氏名、年齢、出身校、身長・体重、投打 94年伊勢大会
94年日本選手権関東2次予選
95年都市対抗東京予選
95年日本選手権
96年千葉市長杯
96年日立市長杯
96年北海道大会
97年ベーブルース杯
97年クラブ選手権
00年スポニチ大会
〔B〕ポジション、背番号、氏名、年齢、出身校、身長・体重 97年徳山大会
〔C〕ポジション、背番号、氏名、年齢、出身校、投打 94年都市対抗東海1次予選
95年大阪大会
96年日本選手権東海2次予選
97年東海春季大会
〔D〕ポジション、背番号、氏名、年齢、出身校 95年広島大会
95年足利市長杯
95年新潟大会
95年長野大会
95年郡山市長杯
95年都市対抗南関東2次予選
95年石川大会
96年日本選手権中国2次予選
96年高砂市長杯
96年富山大会
96年九州大会
96年京都市長杯
96年都市対抗北信越2次予選
97年都市対抗東北2次予選
97年都市対抗九州2次予選
97年静岡大会
98年毎日旗争奪熊本大会

背番号の歴史

『ベースボールマガジン』98年夏季号は背番号特集だった。同誌によると、背番号がつくようになったのは、プロが1936年のスタート時から、東都が1955年秋、東京六大学が1959年春、高校が1952年夏の大会からとの記述があるが、「社会人野球に関してはまちまちだった」そうだ(136ページ)。

『都市対抗野球大会60年史』(日本野球連盟・毎日新聞社発行)には、1953年の第24回大会から「選手に背番号がつけられた」と明記してある(112ページ)。が、同書をめくってみると、背番号が確認できる52年以前の写真が1枚ある。

1940年第14回大会で全京城のバッターの背番号「8」がくっきりと見える。また、同年の藤倉電線のユニフォームのズボンには番号が入っている(ズボンに番号があるなら、背中にもあってよさそうだ)。

神田順治『高校野球の事典』(三省堂)には、1931年春の大会のページに「背番号が登場した。選手は背中に番号をつけ、観客の便に供した。これはヤンキースが2年前に採用したのに倣ったのである」との記述がある(34ページ)。同書によれば、高校野球ではその後いったん途絶えていて、1953年春に復活したそうだ。

現在の『公認野球規則』は、背番号について次のように定めている。胸(腹?)番号に関しては、とくに規定はない。

08年版 『公認野球規則』

1・11 ユニフォーム
(a)(1)同一チームの各プレーヤーは、同色、同形、同意匠のユニフォームを着用し、そのユニフォームには6インチ(15.2センチ)以上の大きさの背番号をつけなければならない。

ちなみに、ソフトボールでは胸番号が必須になっている。

08年版 『オフィシャル・ソフトボール・ルール』

3−7項 ユニフォーム
2.ユニフォームナンバー
 ユニフォームナンバーは、背中と胸下につける。
 監督は30、コーチは31・32、主将は10、他のプレイヤーは1から99までの番号とする。
 数字の大きさは、背中は15cm以上、胸は6cm〜12cmとする。


◆背番号を欠いたパンフとしては(空欄は別にして)、96年都市対抗パンフのほかに、関甲新学生リーグの連盟パンフがありました(すくなくとも01年の春・秋)が、03年春には背番号欄が設けられていました。05年秋、南東北大学リーグを初めて見に行きましたが、パンフには背番号の欄がありませんでした。

◆スコアをつける者にとって、パンフは欠かせないものです。「球場観戦7つ道具」のページでは、そのほかの必携品もあわせて掲げました。
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