◆終盤のワンプレイにスポットを当ててみました。
8回裏、1点差の二死二・三塁だった。力のない打球がライト線に上がった。右翼手が素早く反応した。スタートは早かった。彼は2つの選択肢を持っていた。
【A】 ライト線に回り込んでワンバウンドで打球を処理すること。
【B】 あくまでもダイレクト・キャッチを試みること。
【A】は安全策だ。自動的にライト前ヒットになる。三塁走者は当然のように生還するだろうし、ツーアウト・スタートだから二塁走者も続いてしまうだろう。三塁走者は同点のランナー、二塁走者は逆転のランナーなのだ。この回が始まるまで5点差だった。5本のヒットと2個の四球で1点差まで詰まったばかりだ。
【B】はある種のギャンブル・プレイだ。もし成功すれば、スーパーキャッチとして賞賛されるだろう。スリーアウト・チェンジで1点のリードを保ったまま、9回1イニングの攻防を残すのみだ。逆に、もし後逸すれば、打球は99.5mと書かれたライトフェンスまで転がっていくかもしれない。
その場合、まず三塁打は避けられそうにない。2人の走者はもとより、最悪の場合は打者走者までホームインさせることになりかねない。皮肉なことに、ライトのバックアップに入るセンターはやや左中間寄りのシフトだった。
悠長に躊躇したり逡巡したりする余裕などない。ニュートンの法則は無情だ。重力が打球を吸い寄せている。まさに即断即決。さあ、【A】か、さもなくば【B】か。傍観者はいつも傲慢で尊大だ。私たちはその状況判断を「野球センス」という名のたった一言で表現する。右翼手はダイブした。まるで高校球児のように。
古代ローマと属州ガリアを隔てる国境がルビコン川だ。BC49年、ガリア遠征中のユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)は、武装解除を求めた元老院の命令を無視してルビコンを渡った。娘を嫁がせたローマの政敵・ポンペイウスに兵を向けるためだ。
ルビコンを渡るカエサルが残したとされる言葉、それが「賽は投げられた」(ラテン語で「Alea jacta est.」=アーレア・ヤクタ・エスト)…。
右翼手のダイブは、まさしく賽が投じられたことを意味する。もう後戻りなどできない。いまさら引き返すことはできないのだ。イチかバチか。のるかそるか。吉と出るか凶と出るか。天使がほほえむのか、あるいは悪魔があざわらうのか。
舞台は岡山マスカットスタジアム、時は夕暮れ。この回からナイター照明も灯された。回は8回、得点差は1点。ギャンブル・プレイも許される場面だ。おそらく彼は最初からそう決めていたに違いない。すでに3時間を超えたゲームの帰趨がこのワンプレイにかかっている。サイコロは投げられたのだ。丁か。それとも、半か。
95年9月6日のことだった。社会人日本選手権の2次予選は各地で花盛りだった。県営大宮では94年本大会決勝の再現となる日通対日産のゴールデン・カードもある。岡崎では一番おいしい代表決定戦3試合だし、西京極でも2試合ある。
私は前日の夜、発車2分前に下り最終の「のぞみ」に乗り込んだ。新大阪駅構内のカプセルホテルに泊まって、朝の6:00に起きて「こだま」と在来線を乗り継いだ。
マスカット球場は、JR山陽本線中庄駅が最寄り駅だ。東京駅のみどりの窓口では駅員が「なかじょう」と濁っていたが、当地の駅名表示は「なかしょう」と清音だった。駅のホームからエスカレーターで改札口に向かう。駅舎は改修が終わったばかりのようだ。
改札を出ると正面に案内板(盤?)がある。目的地が球場なら、この案内板のお世話になる必要などない。案内板の前に立つと実物の球場が見えるからだ。のんびり加減に歩いても10分少々で着く。迷う要素はほとんどない。
アトランタ・オリンピック予選を控えて、駅舎も街路も整備されたばかりのようだ。まだ近くでは工事が続いているのかもしれない。真新しいアスファルトの上で、風に吹かれて土ぼこりが舞う。どうやらダンプからこぼれ落ちたものらしい。
道すがら、私の前を横切ったのはシオカラトンボ。夏のなごりの日差しを浴びて、透明な羽根がちょっと眩しい。球場周辺には田んぼも残る。水面のきらめきのなかで、稲穂は鮮やかな緑を保ち、背筋をしっかりと伸ばしたままだ。
遠くからカエルの声も聞こえてくる。きょうも暑くなりそうだ。舗道の傍らをゆっくり駆けていく土ぼこりに、シオカラトンボが交差した。少しだけ、風は秋色。目にはさやかに見えねども…の季節。
この日は3試合日で、第1試合はコールドだった。第2試合ではお目当てのピッチャーは投げなかった。コストの高い遠征になりかけていた。
おまけに、第3試合は5回終了時点で両チーム合計14安打6四球、20人もの走者が出ていながら得点は3点だけ。仲よく毎回残塁を重ねて5回まで実に17残塁。むりやり口をこじあけてコーラックでも飲ませたくなる、そんな試合展開だった。
8回表を終わって、先攻の三菱重工広島が5対0で後攻の川鉄水島をリードしていた。川鉄水島の8回裏の攻撃は3番から始まった。
打者 左右 アウト走者 カウント 結果(備考)
8山本 R 無死(なし) BBBSH 中安
3藤原崇 L 無死1塁 BSBH 中2(1塁走者生還=得点差4、藤原は3塁を狙って走塁死)
D岩切 L 1死(なし) H 左安
7副島 R 1死1塁 SBFH 左安
2初田 L 1死1・2塁 BH 一ゴ(各走者進塁)
9吉岡 L 2死2・3塁 BBBB 四球
H尾崎 L 2死満塁 SBBBB 四球(押し出し=得点差3)
4上四元 L 2死満塁 SFH 中2(2者生還=得点差1)
▲「S」は見逃しストライク、「F」はファウル、「B」はボール、「H」はインプレイの打球です。
▲打撃結果については、「テーブルスコアの読み方」をご参照ください。
8番の吉岡を打席に迎えたとき、三菱重工広島のベンチから2人飛び出した。おそらくは監督とコーチだろう。1人はマウンドに行き、それに合わせてキャッチャーと内野手も集まった。もう1人はブルペンに向かい、ブルペンの扉のところでマウンドの様子をうかがっている。結論は続投だった。
吉岡に対してはストレートの四球。この時点で得点差は4点ある。なにも塁を埋める必然性はないと思われるのだが、キャッチャーは淡々とボールを返していた。
左の代打・尾崎も四球を選んだ。これで押し出し、3点差だ。なおも満塁で、打順は1番に戻る。上四元(かみよつもと)が2球目を叩いた。打球はライトポールを襲った。飛距離は十分だ。入れば逆転満塁弾になる。一塁側の応援席からは歓声が、三塁側からは悲鳴があがる。上四元の打球はわずかにポールの右を通過していった。
仕切り直しの3球目、今度は会心の打球ではなかった。逆に上四元にとっては、それが幸いした。詰まった打球が落ちたところは、セカンドとセンターとライトの間だ。三塁走者と二塁走者が生還し、上四元は二塁に達した。これで二死二・三塁、得点差は1点だ。
ピッチャーが代わった。右のサイドスローだ。同時にライトも交代した。右打席にはこの回9人目の打者となる竹下が入る。カウント0−1からの2球目、代わったところに打球は飛ぶという俗説(あくまでも俗説にすぎない)そのままに、竹下の打球がライト線にふらふらと上がった。
切れない、フェアグラウンドに落ちる。伸びない、守備範囲ぎりぎりだ。代わったばかりのライトが乾坤一擲のダイビング。今、賽は投げられた。
| 95/09/06 (マスカット) 日本選手権 中国2次予選 2回戦 | ||
| 三菱重工広島 | 200 100 110 =5 | ●上野−田辺 |
| 川崎製鉄水島 | 000 000 06X =6 | 木村−朝間−○小谷 |
◆「賽は投げられた」は、かつて私が参加していた社会人野球サークルの会報『これで委員会!?』に投稿したものです(95年10月27日付発行の21号に掲載)。同様の出自を持つページは当サイト内に複数あることを お断りします。
◆93年7月創刊の同誌は、98年2月まで都合44回発行されました。この種のサークルの会報は20号まで続けば長寿のうちに入ります。ちなみに、私の会員ナンバーは21番でした。
◆会報のメインは、やはり各会員の観戦記でした。Web上でもしばしば見られることですが、観戦記は1回から9回までの試合経過(とくに得点経過)を淡々と綴ってしまいがちです。この「賽は投げられた」は、不要な部分をバッサリと切り捨てて、ワンプレイに焦点を当ててみようという試みだったのです。
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