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賽は投げられた | もう1つの「USA」 | …私だけのために

もう1つの「USA」

00/11/07作成
07/01/30更新

◆ごちゃごちゃしたページです。そのうち、再編・解体しなければいけないでしょうが…。


私がこれまでに見た無四球試合は13試合だ(9回まで成立した硬式に限る)。

私が見た無四球試合(02年末現在)
No. 年月日 種別・大会 球場 勝ちチーム スコア 負けチーム
[01]
[02]
[03]
[04]
[05]
94/04/02
95/06/18
95/09/02
96/05/13
96/08/10
高校・センバツ
プロ・セントラル
大学・東都1部
高校・春季関東大会
高校・選手権
甲子園
神宮
神宮
天台
甲子園
桑名西高
ベイスターズ
立正大
二松学舎沼南高
PL学園高
5−3
2−0
3−1
6−1
4−0
小倉東高
スワローズ
亜細亜大
春日部共栄高
旭川工高
74
60
65
73
65
24

15
20
11
















[06]
[07]
[08]
[09]
[10]
96/11/02
97/09/24
97/10/10
97/11/16
98/06/14
プロ・日米
大学・東都1部
社会人・日本選手権
高校・神宮大会
大学・選手権
東京ド
神宮
大阪ド
神宮
神宮
MLB
駒沢大
日本通運
国士舘高
九州東海大
6−1
6−0
3−2
4−0
4−1
日本
亜細亜大
松下電器
彦根東高
奈良産業大
70
68
69
66
66
21
18
16
11
16
















[11]
[12]
[13]
00/11/03
01/03/15
02/11/16
社会人・びわこ大会
社会人・スポニチ大会
大学・神宮大会
皇子山
神宮
神宮
防府クラブ
川鉄千葉
九州国際大
3−1
4−2
1−0
全播磨硬式野球団
ヤマハ
東海大
65
72
63
14
22








▲「打」は打者、「安」は安打、「ギ」は犠打、「犠」は「犠飛」、「四」は四球、「死」は死球です。

このうち、四球のみならず死球・犠打・犠飛もなく、打撃記録の「打数」と投手記録の「打者数」が完全に一致する試合は、2試合しかない。[06]は日米野球だから、しょせんは親善試合だ。試合の性格上、死球や犠打が少ないのは当然だ。四球もそう多くはならないだろう。

たとえば、7回表の先頭打者・清原はカウント0−3からの4球目をレフトスタンドに叩きこんだ。その時点で点差は5点あった。勝ちにこだわる試合なら0−3から打ったかどうか、ちょっとあやしいところだ。97年から01年までの5年間で、清原が0−3から打ったケースは9回ある。日本人選手としては多いほうなのかもしれない。

「無四球試合」は3つの意味で使われています。試合記録としての「無四球試合」は両チームともに無四球でなければならず、チーム投手記録としての「無四球試合」はそのチームの投手が四球を与えなければいいわけです。個人投手記録としての「無四球試合」は、その投手が無四球で完投した場合です。いずれの場合であって、死球が入ってもOKですが、故意四球はNGです。

◆なお、アマチュア野球では、四球と死球を一緒くたにして集計するのが一般的です。高校野球の大会ガイドとなる夏の週刊朝日増刊『甲子園』の大会記録のページには「無四球試合」という項目があります。一方、春のサンデー毎日増刊『センバツ』には「無四球試合」という項目が掲載されています。前者が何を指すかは明白ですが、後者が何を意味するのか私は知りません。もし、朝日の「無四死球試合」と同じだとすれば、「無四球試合」には4つの意味があるわけです。

打数=打者数

その意味で[11]の試合は、貴重なものだ。

00/11/03(皇子山) びわこ大会1回戦初日第3試合 14:20〜16:08 くもり

(4)
(5)
(9)
(6)
(2)
(8)
(3)
(D)
(7)

楊井
増野
笠原
今津
藤本
池永
松本
豊海
石橋










二ゴ
中安
遊併




二ゴ
投ゴ
中安







三ゴ
三振
遊ゴ

三ゴ
遊ゴ
三ゴ




右飛
遊ゴ
左安
中安
中安


左本
捕邪
投ゴ





遊ゴ




三振
三振
三振







一邪
三振
投ゴ

左本
二ゴ
三振
遊飛
数安点
422
410
400
400
300
320
310
311
300
3173
防府
 藤井L
○児玉R
 別府R

播磨
●佐藤R
 春藤L
回打安振球失
3113100
3111301
3123300

回打安振球失
6216102
3101501
防府クラブ =3 盗塁
 古里(6ウ)、波多野(6ウ)
盗塁死
 池永(2表)
牽制死
 松本(5表)
失策
 防=1(6ウ)
併殺
 防=1(3ウ)、播=1(1表)
残塁
 防=1、播=6
全播磨硬式野球団 =1

(D)
(8)
(4)
(3)
(9)

(7)

(5)
(2)
(6)

百々
宇佐
波多野
田之上
竜円
山本
岡田
大家
鎮西
三宅
古里












二飛
三振
遊ゴ




一ゴ
遊ゴ

左安

中安

遊ゴ

右安
一併








遊ゴ



遊ゴ
遊ゴ
右飛







投ゴ

中飛
一ゴ

三振
三振
三失
三振






中安





右飛

二ゴ

右2
投ゴ

遊ゴ
中安
中安

三振






三振






二ゴ

三邪
三振
数安点
410
410
410
400
300
100
310
100
420
300
310
3470

▲当サイトのテーブルスコアは「日刊式テーブル」に準拠しています。詳細は「テーブルスコアの読み方」を参照してください。

ボールカウントが3ボールまで進んだのは、次の4人だけだった。

回  投手 アウト走者  打者 カウント   
1ウ 藤井 1死(なし) 宇佐 BBBSSFS
2表 佐藤 無死(なし) 今津 SSFBBBH
2ウ 藤井 1死1塁   鎮西 BBBSFH
6ウ 児玉 無死(なし) 百々 BBSBSFK

▲▼カウント欄の「S」は見逃し、「K」は空振り、「F」はファウル、「B」はボール、「H」はインプレイの打球、「1」は一塁牽制球です。

◇犠打のチャンス

送りバントが考えられるケースは、次のように4度あった。

回 アウト走者 打者 カウント    結果  備考                          
1表 1死1塁 3番 BFB1H   遊併 2球目はエンドラン、3球目後に1塁牽制球
3ウ 1死1塁 2番 BBH     一併 
6ウ 無死1塁 1番 BBSBSFK 三振 2・3球目はバント見逃し、6球目エンドラン、7球目二盗成功
6ウ 1死2塁 2番 SFFK    三振

1回表と3回裏は、回も浅くワンアウトだった。なにがなんでもバントという場面ではない。1点を追う6回裏の無死一塁が最初の「危機」だったのかもしれないが、走者はスチールで二塁に進んだ。一死二塁になれば、もう無理に送る必要はない。

私は四球が少なく内野ゴロが多い試合を理想とする。ストライクが先行すれば、打者は早いカウントでも打ちに出る。余計な走者が出ないのだから、牽制球も少なくてすむ。テンポよく試合は進む。この試合は2時間を切った。

野手もリズムに乗れるから、好プレイが多くなる。この試合では、4回表増野の二遊間寄りのショートゴロを処理した古里と、その裏、田之上の三遊間寄りのショートゴロをさばいた今津に対して「ファインプレイ・マーク」をつけている。

ちょっとストライクゾーンが広くないかなあ、と思いたくなるときもあったけれど、それは審判の権限の範囲内だ。いい試合を見せてもらったと思っている。この日、東京では日米野球(プロ)がおこなわれていた。

東京から琵琶湖の湖畔まで流れ着いた私は、皇子山で「USA」を見た。全播磨2番打者の背番号の上には、名前がローマ字表記で「USA」と書いてあるのだ。

▲「USA製」と銘打たれた商品を通販で買ったら、「USA株式会社」製だったと、石田純一が某TV番組で語っていたそうです。ありがちなことなのかもしれません。

ボールカウント2−4から二塁打

私が見た最初の無四球試合[01]では、実はボールカウント2−4の場面があった。球審の勘違いで打者はそのまま打席に入り続けた。

1球目 ボール      0−1
2球目 見逃しストライク 1−1
3球目 ボール      1−2
4球目 ファウル     2−2
5球目 ボール      2−3
6球目 ファウル     2−3
7球目 ボール      2−4
8球目 ファウル     2−4
9球目 レフト線二塁打

7球目で四球のはずだから、私もうろたえた。そのとき聞いていたラジオ中継(たぶんNHK)の実況アナウンサーも「これでフォアボールのはずですが…」と慌てていた。グラウンドでは何事もなかったかのように、淡々と試合が続行されていた。打者は9球目を打った。レフト線二塁打だった。

話はこれだけでは終わらない。中継に入ったショートから内野への返球が悪送球になったのだ。一塁側ブルペンのあたりに抜けてしまった。二塁に達していた打者走者は三塁に向かった。しかも、ボールに追いついたライトが、よせばいいのに間に合うはずのない三塁に送球した。

投げた瞬間に頭を抱えたくなるような送球だった。打者走者は一気に生還した。それが先制点だった。試合後の報道によれば、打者は「分かっていたけど、1打席でも多く打ちたくて……。審判が何も言わないし、自分から言うことでもないし……」と語っている。

94/04/02(甲子園) センバツ準々決勝 15:59〜17:34
小倉東高 00 000 101 =3 ●#1
桑名西高 000 221 00X =5 ○#1

まあ、二死無走者だったから、四球で歩くより打ちたい気持ちは理解できる。このケースでは、守備側は得点が入った直後にアピールできるのではないかと思うのだが、実際にはできないようだ。

『公認野球規則』 9・02【注2】

審判員が、規則に反した裁定を下したにもかかわらず、アピールもなく、定められた期間が過ぎてしまったあとでは、たとえ審判員が、その誤りに気づいても、その裁定を訂正することはできない。

この場合の「定められた期間」とは、通常のアピールプレイ消滅期間のことであるらしい。したがって、投手が次の投球を投げた瞬間に誤りは正当化されるようだ。7球目で四球にあるにもかかわらず、フルカウントで続行されたわけだから、投手が8球目を投げた時点で、もはや後戻りできなくなるらしい。

4アウト事件

82年の高校野球選手権大会1回戦では、「4アウト」事件もあったらしい。2点リードした益田高の9回表の攻撃中だ。

1番 無死(なし) 四球
2番 無死1塁   安打
3番 無死1・2塁 送りバント
4番 1死2・3塁 安打   3塁走者生還、2塁走者は本塁でタッチアウト
5番 2死1塁   セカンドフライ
6番 3死1塁   サードゴロ

この件については、次のようなコラムがある。別冊宝島454『甲子園名勝負読本』(宝島社)に森岡浩氏のコラムがある。(115ページ)

<略>6番打者の池永は、3アウトと気づかずに打席に入ってしまった。しかし主審をはじめ、塁審も相手キャッチャーも注意しない。帯広農の加藤投手はおかしいとは思ったものの、誰も何も言わないため、自分の勘違いと思って池永に第1球を投じてしまう。この時、異常に気づいた公式記録員から審判には合図が送られたが、審判は気づかず、池永は2球目を打って、サードゴロに倒れ、4つ目のアウトでチェンジになった。
<略>9回表が終了した際、マウンドから小走りに戻ってくる加藤投手が指で「4」を示しながら、首をひねっている姿が印象的だった。

82年8月12日付『読売新聞』の社会面には、次のような記事があった。6番打者の記録は抹消されたらしい(もちろん投手記録も)。

 珍事の伏線となったのは、スコアボードのアウトカウント表示の間違い。2アウトの時に1個、3アウトの時には2個のアウト赤灯がついていたことを高野連関係者、報道陣はじめ多数が確認しており、ネット裏係員のミスも重なった。
 4アウト目の打者、池永君は「全然知らなかった。打ち終わって守備につく時、中村(二塁手)に言われてわかった。僕が打席に入る時スコアボードを見たら2アウトになっていた。僕があの時、ヒットを打ったらどうなったのですかねえ」とキツネにつままれたような表情。

実は、カウント2−4のときもスコアボードの表示が間違っていた。スコアをつけていると、よくわかることだが、スコアボードのボールカウントやアウトカウント表示は、常に正しいわけではない。さすがにプロでは間違っていることは少ないけれども、アマチュアの試合ではいろんなことがある。

前川審判の演出?

織田淳太郎『捕手論』(光文社新書)に次のような記述がある。(82ページ)

両リーグを渡り歩いた高橋直樹も、投手の視点からこう口にしている。
「パリーグの前川(芳男)さんは試合を演出してくれた。5回ぐらいまでは少々ボール気味でもストライクをとってくれました。そうなると、打者も積極的に打ちにいくし、試合の流れがスムーズになるんです。ところが、5回を過ぎて勝負どころになると、判定が辛くなる。これは見せ場をつくるための前川さん独特の演出なんです。

けしからん、と言う人もきっといるに違いないだろうけれど、私は、プロならこの程度の「演出」があってもいいと思っている。理想的な試合のパターンを「演出」しているように思われるからだ。ヘボな審判ではこういうことはできない。

私は前川氏が球審を務めた試合を、次のように11試合見ている。とくに「演出」を裏づけるような傾向を見つけ出すことはできなかった。むしろ序盤のほうがボールの割合が高かったくらいだ。したがって、高橋氏の思い込みであるかもしれないことを、前川氏の名誉のためにつけくわえておく。

年月日    種  球場   勝利投手  スコア   敗戦投手  試合時間  
91/05/11 P 西武  横田   L14−5BW 星野   3時間33分
91/06/29 P 川崎  鹿取    L9−2O  前田   3時間18分
91/07/17 P 西武  小野   Bu2−1L  郭    3時間09分
91/09/22 P 西武  小野   Bu3−2L  工藤   3時間18分
91/10/19 J 西武  工藤    L11−3C 佐々岡  2時間48分
92/04/14 P 西武  野茂   Bu3−1L  郭    3時間05分
92/05/04 P 東京ド 郭     L8−1F  西崎   2時間46分
93/08/29 P 西武  新谷    L9−2M  園川   2時間24分
94/07/09 P 東京ド グロス   F2−1H  内山   2時間18分
95/08/03 P 千葉マ 佐藤   BW2−0M  伊良部  2時間44分
96/07/13 P 東京ド ヒルマン  M5−0F  グロス  2時間31分

まあ、ゲームが荒れたときでも、試合時間は短いように感じられるけれども…。

四球は敵

91年から02年までの間に私が見た試合(プロアマごっちゃ混ぜ)について、四死球の差で勝率を算出すると、次のようになる。相手より四死球数を2個多く出すと、勝てる確率は3分の1を少し超える程度だ。4個になると、4分の1に満たない。

四死球差別の勝率
四死球
の差
多いチーム
から見た勝敗
その
勝率
1個 224勝 159敗 .585
2個 200勝 104敗 .658
3個 169勝 69敗 .710
4個 114勝 33敗 .776
5個 112勝 24敗 .824
6個 61勝 12敗 .836
7以上 95勝 11敗 .896

与四死球数ごとの勝率も計算してある。4個で勝率が5割を切る。

与四死球別勝率
与四死球 勝率
0個 114勝 36敗 .760
1個 234勝 114敗 .672
2個 315勝 168敗 .652
3個 293勝 238敗 .552
4個 226勝 250敗 .475
5個 140勝 224敗 .385
6個 113勝 187敗 .377
7以上 126勝 344敗 .268

◆「与四球王」のページを削除したことに伴い「四球は敵」の項をこのページに移しました。いずれは、このページを「四球は敵」のタイトルで再構成するつもりです(その場合は死球を除き四球のみで再計算します。社会人野球の話ではなくなりますので、「こだわり」に入ります)。同時に、防府ク対全播麿の試合は「6−4−3のゲッツーならず」のページに、「2−4から二塁打」と「4アウト事件」は「ルール」系のページに移そうとを考えています。

◆以下、当サイト内の審判に関するページです。
 「若松」…プロ審判の選手時代の成績
 「西*」…敬遠時にキャッチャーが立ち上がっていたのでボーク
 「レフェリーとアンパイア」…なぜ野球の審判はレフェリーでなくアンパイアなのか?
 「打順間違いミスい事件」…打順を間違った打者が打撃を完了した事例

◆事実誤認、変換ミス、数値の誤り、リンク切れ等にお気づきの際は、お手数ですがブログ「んだ」(与四死球王削除)または「メールのページ」からご一報いただけると幸いです。

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