◆たとえ瞬間的であっても、観衆1人という試合を経験してこそ、立派な社会人野球ファンというものです。
その日、郵便受けには「球春状」が届いていた。「A HAPPY BASEBALL SEASON “今年は素敵な予感がする”――’96球春」という粋なものだった。たまたま偶然ながら、その日は私にとっての「開幕日」だったのだ。
▲差出人に確認したわけではありませんが、「素敵な予感」とは「いやな予感」の裏返しであろうと思われます。→「いやな予感がする」
96年3月5日、私は川崎球場に向かっていた。前年のラストゲームが11月12日だったから、110日ぶりの野球観戦ということになる。あいにく、競輪の開催日ではないから、無料の送迎バスは出ていない。駅から球場まで歩いて15分ほどだ。
まだ浅い春の日ざしは眩しかった。別に禁断症状は出ていなかったと思うが、決して短いわけではない距離が長く感じられないのは、ウキウキワクワク状態だからだ。道行く人のひとりひとりに「あなたの健康としあわせを祈らせてください」とでも言いたくなる。
12:00開始の予定だと聞いていたので11:40頃球場に着いた。門は開いていたが、球場の扉は閉まっている。球場の人らしいオジさんを見つけて「12:00からオープン戦があるんですよね」と尋ねた。「本当は入れちゃいけないんだけど」と言いながら扉を開けてくれた(鍵はかかっていなかった)。
嘘も方便というやつで、私は大宮から来たことになっている。遠くからわざわざ来たんだから入れてくれと遠回しに言いたかっただけだ。どうせなら前橋とか静岡にすればよかったのに、とっさに大宮が出たのは、きっと京浜東北線に乗っていたからだろう。
今はもうなくなってしまったけれど、川崎球場での私の指定席は「4-26-44」番だった。ネット裏最上段、放送席の前、真正面ではなくやや三塁側寄りだ。当たり前のようにそこに座った。プレイボールは12:17だった。ウインドブレーカーを着た両チームのビデオ係やスコア係を除けば、スタンドには私以外は誰もいなかった。
観衆1人。ネット裏の一番上から見ていると、まるで私だけのためにこの試合が始まったかのような錯覚に陥る。ピーク時には「入れちゃいけないんだけど」オジさんを含めて10人まで増えたけれども、終始のどかなスタンド風景だった。
さすがに練習試合とあって、スコアボードに選手名は出なかった。私のスコアカードにはローマ字記入してある選手も3人いる。早々に最上段のいつもの席を撤退して、ビデオ係の近くに席を移した。背番号の上のローマ字が肉眼で見えるからだ。
(6) 6 (4) (3) (7) (5) 5 (D) RD HD (9) 2 (2) H R9 (8) |
山口 草野 平松 伊藤 服部 為永 野瀬 小宮山 酒寄 桐原 池葉 田中 乗金 土肥 諸星 早坂 |
R L L R L R L L L R R − R R − L |
1 左本 - 四球 左安 三併 遊ゴ - + - - + - + - - + |
死球 - 三直 + + + 2 中安 - - 左安 - 遊併 - - 四球 |
左2 - 中安 中本四球 四球左飛 左本 - 四球 - - 右安 - 投ギ - - 三振 |
+ - + + + 4 左飛 - 一ゴ - 三ゴ - + - - + |
右犠 - 中飛 + + - + - + - + 5 三振 - - 右2 |
- + 6 右飛 一ゴ - 左安 - 四球 - 右本 - 左安 - - 右飛 |
7 四球 中飛 二ゴ 二ゴ - + - + - + - + - - + |
- 三振 + + + 8 右安 - 四球 - 投ギ - - 二失 - 左犠 |
- 9 四球 四球 投ゴ - 三振 - - 三振 + - - - + + |
数安点 223 100 411 421 500 212 420 110 100 100 434 000 310 100 000 311 361412 |
NTT東京 ○小柳津R 三菱重横浜 ●松浦 L 吉田 R 島田 L |
回数 9 回数 2 2/3 4 1/3 2 |
打安振球失責 4216721111 打安振球失責 2191677 1941244 1113320 |
| NTT東京 | 1 | 0 | 6 | 0 | 1 | 3 | 0 | 2 | 0 | =13 | 盗塁 酒寄(3表)、平松(3表) 走塁死 門間(6ウ)、塩沢(8ウ) 暴投 横1(5表) 失策 横1(8表) 併殺 東2(2ウ、6ウ)、 横2(1表、2表) 残塁 東11 横4 |
||||
| 三菱重工横浜 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 4 | 3 | =11 | |||||
(2) 2 (4) H4 (6) (3) (D) (9) (5) (7) (8) |
斉藤 小原 田渕 塩沢 松下 門間 細谷 阪本 野崎 清水 礒田 |
L R R R L R R L R R R |
1 投ゴ - 三振 - 左飛 + + + + + + |
+ - + - 2 二ゴ 左安 二併 + + + |
三振 - + - + + + 3 中2 三振 三振 |
- 4 三振 - 三ゴ 遊ゴ + + + + + |
中飛 - - 右飛 + 5 中飛 右安 左安 四球 中安 |
- - - 6 三振 右2 右飛 + + + + |
一ゴ - - + - + 7 右本 右飛 右2 遊ゴ |
+ - 8 中2 右2 右2 左飛 中安 中本 四球 一ゴ |
9 三ゴ - 左本 遊安 三振 中本 左飛 + + + |
数安点 301 100 200 321 520 521 522 532 432 210 412 391611 |
|||
テーブルを作成しながら、不安に襲われてしまった。私のスコアカードには「スコアボード〜選手名なし、HとEはあり」というメモが残っているけれども、場内アナウンスについては触れていない。
なければ「ない」と書くだろうが、書いていないということは「あった」ことを意味するわけではない。なにせ5年も前(作成時)のことだ。まったく記憶にない。
実は小柳津の11失点完投勝利は、私にとっての最多失点完投勝利なのだ。観衆1〜10人だから、都市対抗と違って場内アナウンスが聞こえないはずはない。だが、もし場内アナウンスがなかったとしたら、投手交代に気づかなかった可能性がある。打席に入る選手は背番号を確認していただろうが、投手となるとちょっと怪しい。
たかだかオープン戦なのだ。無理に完投する必要はない。逆にオープン戦だからこそ、無理を承知で完投させたかもしれない。この年のスポニチ大会は2日後に始まっているが、両チームとも出場していない。だから、小柳津が完投しても別に支障はない。
こんな試合が新聞に載るはずもないし、当事者以外でスコアをつけていたのが、私以外に誰もいないことは断言できる。まあ、ビデオ係の近くに移ったし審判の声も聞こえる距離だから、「漏れ」はないと思うのだが、確信は持てない。
とりあえず、小柳津が完投したことを前提にすれば、私が見た試合で7失点以上の完投勝利投手は次のように10人いる(02年末現在)。
| No. | 年月日 | 球場 | 大会 | 投手 | 所属 | スコア | 相手チーム |
| [01] [02] [03] [04] [05] [06] [07] [08] [09] [10] |
96/03/05 00/11/04 96/05/25 91/06/19 93/07/18 94/07/24 95/08/17 96/03/31 97/04/02 97/05/04 |
川崎 守山 長良川 神宮 神宮 東京ド 甲子園 甲子園 相模原 徳山 |
社会人練習試合 社会人びわこ大会 高校東海春季大会 セントラルリーグ 高校選手権東東京予選 都市対抗 高校選手権 高校選手権 社会人神奈川春季大会 社会人徳山大会 |
小柳津 武村 寺* 川崎 稲* 野末※ 吉年 大* 銭場 宇多村 |
NTT東京 全大津野球団 海星高 スワローズ 日大一高 ヤオハンジャパン 関西高 米子東高 東芝 協和発酵 |
13−11 14−10 9−8 8−7 13−7 9−7 8−7 9−7 10−7 14−7 |
三菱重工横浜 柵原クラブ 県岐阜商高 カープ 二松学舎大付高 いすゞ自動車 仙台育英高 釜石南高 いすゞ自動車 大阪ガス |
※[06]の野末は河合楽器からの補強選手です。
◆「社会人野球のオープン戦が新聞に載るはずがない」という常識は、03年になって見事に覆されました。スポーツ新聞どころか、TVでも扱われたりしています。まあ、出てくるのは選手より野村監督のほうがはるかに多かったりしますが…。
◆野村監督自身は、「広告塔」としての役割を自覚しており、実際にマスコミを集めているわけですから、それをつなぎとめることができるかどうかは、相手チームを含めた選手次第です。野村監督が去ったとき「もとの木阿弥」に戻るようなら、社会人野球は所詮その程度のものでしかなかったということになります。
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