「焼肉のタレ」ではなく冬眠して助かった六甲山遭難事故

10月7日に遭難、発見救助は10月31日

2006年に六甲山で30歳代男性が滑落遭難して24日ぶりに救出された事故がありました。遭難したのが10月7日の土曜日、発見救助され病院に搬送されたのが10月31日です。

遭難時の服装はウインドブレーカーにジーンズ、サンダル履きということです。リュックの所持品は(1)水のペットボトル1本、(2)使いかけの焼き肉のタレ、(3)携帯電話、(4)タオルでした。

発見地点のそうめん滝付近からヘリで搬送されたのは当時の神戸市立中央市民病院です。同病院は2011年に新築移転しており、旧建物は2012年から厚生会ポートアイランド病院として稼働しています。

そうめん滝

発見時は体温22℃で意識混濁ながら浅い呼吸があったそうですが、搬送後は心拍も呼吸も途絶えたようです。心臓マッサージと取り出した血液を温めて体内に戻す体外循環装置による治療で奇跡的に回復、1週間後にはなんとか会話できる程度になったようです。

で、11月11日から12日にかけて報道されたのが「焼肉のタレを少しずつ飲んで生き延びた」という誤報です。私も冷蔵庫の焼肉のタレを舐めてみました。いくら塩分や糖分が含まれているといっても、積極的に頼りにしたいとは思えませんでした。

11月19日に行われた退院時の記者会見では、最初にタレを少し飲んだだけで遭難2日後の10月9日には意識を失い、23日間飲まず食わずであったことを本人が明らかにしました。医師の説明は衝撃的でした。彼が助かったのはいわゆる冬眠状態に入ったおかげということです。

人間も(意図せず)冬眠できる

Wikiには次のようなケースも紹介されています(Wikipedia>冬眠、2024/07/19閲覧)。

2012年2月17日、スウェーデン北部の林道で、前年の12月19日から約2カ月間、食料なしで雪に埋もれた車の中にいたという男性(45)が通行人に発見され、救出されたとロイター通信が伝えた。報道は男性が31度前後の低体温の冬眠状態になり、体力を消耗せず生存できたのではないかとの医師の見方を伝えている

冬眠する動物はクマ、リス、コウモリなどが有名です。マダガスカル島には冬眠するサルもいるようですから、条件さえ整えば人間も冬眠状態に入ることができるようです。体質ではなく偶然の作用なのでしょう。もう1度やれと言われてもできないに違いありません。

スウェーデンのケースは車内ですから、車内の温度は下がり続けながらほぼ一定に保たれていたはずです。2006年10月の六甲山近傍アメダスにおける月平均気温・最高気温・最低気温は次のとおりです。

標高観測地点平均最高最低
235m能勢(A)16.926.37.3
150m三田16.626.15.8
145m三木18.227.19.6
5m神戸20.727.214.3
A-2.414.523.94.9
▲2006年10月の気温

一般的には標高100m差で0.6℃差と言われます。遭難地点の標高は630mほどです。能勢の数値から2.4℃引いたのが最終行です。おおむね24℃から5℃の範囲で収まる季節だったのが幸運だったのかもしれません。

切符紛失で歩いて下山

遭難者が焼肉のタレを持っていたのは、バーベキューの帰りだったからです。行きはリュックに食材やドリンクを詰めていたはずです。職場の同僚14人とともに正午前にBBQ場に到着し、午後3時で切り上げています。

BBQ場からバスでケーブルカーの六甲山上駅に到着したものの、遭難者は往復切符の帰り分を紛失していたそうです。所持金もなかったことから歩いて下山することにしたようです。数百円の世界ですから同行者から貸与の申し出がありましたが断っています。

遭難(地理院タイルを加工)

午後3時撤収でバスは10分弱で着くはずです。すったもんだがあったでしょうから出発は3時半前後と思われます。日没は5時半前後です。六甲山上駅から六甲ケーブル下駅までのハイキングコース(ピンク)は3.2キロで、登りの標準所要時間は1時間10分です。

油コブシルート
六甲山ビジターセンター>六甲山ハイキングマップ

いくらハイキングコースとはいえ、サンダル履きはNGでしょうし、酔っているならなおさらです。まあ、酔っているときに無駄に遠回りしてはいけないという分別が身に付くのは40歳を超えてからなのかもしれません。

六甲山上駅

六甲山上駅前の道路の標高は740m前後と思われます。終点の六甲ケーブル下駅の標高は240m台です。ということは、平均勾配15.6%(斜度8.9度)です。

油コブシルート

駅から150mほどで油コブシルートのハイキングコース入口(出口)に着きます。歩道脇の階段を降りていくことになります。

ハイキングコースの入口

本来はこんな道です。強く引き止められなかった以上、酔っていたとしても千鳥足ではなかったのでしょう。ただ、おそらくそこに辿り着く前に道に迷ったものと思われます。下り道は迷いやすいものです。

捜索はハイキングコース重点だったはずです。見つかったのは六甲山上駅より北側です。神戸も職場のある西宮も北が山で南は海です。当日は晴れていたそうですから、酔っていなければ影で方角違いに気づけたもしれません。

また、六甲山上駅からBBQ場のある六甲山頂付近には、もともとロープウェイが通っていました。2004年に運行停止となりバスに切り替えられていますが、今でもロープや鉄塔は残っています。ロープより下流に進まなければならないのに、発見場所はロープのほぼ真下です。

あいにく遭難者は1人暮らしでした。しかもBBQは3連休初日です。遭難4日目となる10月10日に無断欠勤したことで、家族を通じて遭難届が出されました。遭難者が持っていた携帯電話は滑落時に水に浸かって使いものになりません。滑落時に骨盤骨折して這うことしかできません。

1つ不思議なことがあります。無事に六甲ケーブル下駅まで下山したとして、そこから阪急かJRか阪神の駅に出るには神戸市バスに乗る必要があるのです。もっとも近い阪急の六甲駅まで徒歩40分です。

(1)バス代の小銭はあった(or市バス全線の共通定期券的なものを持っていた)
(2)居住地が六甲ケーブル下駅の徒歩圏だった
(3)タクシーで帰って自宅で払うつもりだった
勤務先からして(2)はまずあり得ない話です。

なお、遭難当日のアメダス西宮や神戸地方気象台の観測データでは夜明け前に数ミリの雨が降っています。何気なく踏んだ落ち葉の下がまだ濡れていて、サンダルのグリップでは対処できずに足を滑らせたというパターンではないかと推測します。

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