郡の上下関係
日常生活では使うことがあまりありませんが、現存する全国の郡は307です。郡の上下セットは漏れがなければ次の7組が現存します。
青森 | 上北郡 | 下北郡 | 近南、1878年 |
岩手 | 上閉伊郡 | 下閉伊郡 | 近南、1897年 |
神奈川 | 足柄上郡 | 足柄下郡 | (川)、飛鳥 |
長野 | 上水内郡 | 下水内郡 | (川)、1897年 |
長野 | 上高井郡 | 下高井郡 | (川)、1897年 |
長野 | 上伊那郡 | 下伊那郡 | (川)、1879年 |
熊本 | 上益城郡 | 下益城郡 | (川)、江戸 |
上下関係の第1原則は、河川の上流・下流を基準とするものです。中目黒や下北沢のように、比較的狭いエリアで上下関係が成立するときは、だいたいがこのパターンです。
「上」と「下」を貫く川がない場合は、畿内に近いほうが「上」となるのが第2原則です。青森の上北郡・下北郡、岩手の上閉伊郡・下閉伊郡は南が「上」です。
島の上下関係
日本の島は有人島だけで全国に400以上あります。このうち上島と下島がセットになっているのは次の4組です。2つの島を貫く川はあり得ませんので、畿内に近いほうが「上」です。

上対馬・下対馬、上五島・下五島は島の名前ではありませんが、五島に関しては上五島が畿内に近いため、原則どおりです。対馬についてはモヤモヤしたものが残りますけど…。

日本列島の宿命なのでしょうが、沖縄本島、奄美大島、種子島、淡路島、佐渡島にしても、「北東-南西」の形です。九州東部の4組も「北東-南西」型です。
対馬の逆転現象
対馬の6町村は上県郡(かみあがた-ぐん)と下県郡に属していましたが、2004年の合併で全島が対馬市になりました。上県郡が上対馬に、下県郡が下対馬に対応します。上県郡・下県郡の成立は、大宝年間ではないにしても8世紀でしょう。10世紀の「延喜式」には載っています。

8世紀あるいは9世紀に何を基準にして「上下」を決めたのか不思議な話です。京都あるいは奈良方面から対馬に行く場合、もし境港や浜田から海路に入るのが一般的なら、たしかに上対馬のほうが手前だと言えなくもありません。
ただ、当時の船や航海技術を考慮すれば、なるべく陸路優先で唐津から壱岐経由で対馬を目指すほうが合理的です。これなら下対馬のほうが手前になります。実際、行基図で描かれる西海道は肥前から壱岐経由で対馬につながっています。
行基図は東が上の地図です。北が上の地図が定着したのは、日本ではおそらく伊能忠敬以降だと思われます。ということは、地図上で上対馬が上にあるから「上対馬」と名付けられたわけでも、もちろんありません。
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