京都の左右関係
1990年代半ば、私は山形駅からJR左沢線に乗って途中の羽前長崎駅で降りて山形県野球場に向かいました。「左沢」が「ひだりさわ」ではなく「あてらざわ」と読むことはそのときに知りました。
左または右のつく地名で有名なのは京都市の左京区と右京区です。京都市は11の行政区があり、左京区と右京区のほかに、中京区(なかぎょう-く)、上京区(かみぎょう-く)、下京区(しもぎょう-く)があります。地図のマーカーは区役所です。

京都という街の性質上、その中心が京都御所であろうことは容易に想像できます。平安京当時からは移動しているようですが、御所の正門は南に面した建礼門です。御所の敷地内で南向きに立てば(座っても構いませんが…)、左は東になります。
というわけで、御所から見て東にあるのが左京区、西にあるのが右京区です。一般的な北向きの地図では左右が反転することになります。
それでは上中下はどうなのかという疑問も生じます。御所と府庁は上京区にあり、市役所が中京区です。京都市の行政区ですから、決めるのは市です。市役所が「中央」に位置するとしても、御所と府庁は「上」だとしておけば別に失礼ではありません。
実際のところは、鴨川の上流・下流から来たオーソドックスな「上下関係」なのだと思われます。上賀茂神社は北区の賀茂川河畔にあり、賀茂御祖神社(下鴨神社)は賀茂川と高野川の合流地点付近です。合流後の賀茂川は鴨川になります。
左を「あてら」と読ませる3地点
実は文字列としての「左沢」は、読みは別にして北日本ではそれほど珍しくありません。確認できる最南端は日光です。この分布が北日本に偏っていることから、例によってアイヌ起源説も浮上することになります。
山形県の左沢は最上川の左岸です。河川の左岸・右岸は上流から見て左が左岸です。川は直線で流れるわけではなく、東岸とか北岸とか言い表すと妥当でないケースが少なくありません。対岸に渡れる橋は限られています。救助要請する場合に川の西側と言われても混乱するだけです。
ただし、川の名前を名付けるのは多くは一般人です。人は下流の集落から山頂に向かう途中で名もなき川に達します。合流地点で下流から見て右の川を「左沢」とは呼ばないものです。このため、小さい川ほど左右が逆転していることが少なくありません。
確認できた字面としての「左沢」は次のとおりです。河川名(と集落名)に限定しました。第4列◯は左岸・右岸がルールどおり、★は逆転しているケースです、
所在 | 河川名など | 右沢 | 備考 |
北海道)紋別市 | 和訓辺左沢川 | なし | ◯和訓辺川に左岸から合流 |
北海道)紋別市 | 上鴻之舞左沢川 | あり | ◯上鴻之舞右沢川と合流して藻鼈川に |
北海道)月形町 | 左沢 | あり | ◯須部都川の左岸が「左沢」、右岸「右沢」 |
北海道)京極町 | 左沢一号川 | なし | ◯白井川に左岸から合流 |
北海道)伊達市 | 左沢川 | なし | ★長流川に右岸から合流 |
北海道)大樹町 | ヤオロマップ 左沢 | あり | ★左沢と右沢が合流して歴舟川に |
岩手)盛岡市 | 左沢 | なし | ★御所湖に右岸から合流 |
岩手)雫石町 | 左沢 | なし | ★右岸から合流して鶯宿川に |
山形)大江町 | 左沢 (河川なし) | なし | ◯最上川の左岸 |
福島)金山町 | 左沢 | なし | ◯只見川に左岸から合流 |
新潟)魚沼市 | 左沢 | あり | ★左沢に右沢が合流、上流から見ると左右逆 |
栃木)日光市 | 左沢 | あり | ★右沢も左沢も右岸から合流 |
このほか、留萌にも八線左沢と八線右沢があります。地理院地図上で「左」に「あてら」のふりがなを振ってあるのは、(1)左沢線のほかには、(2)雫石町の左沢と、(3)宮城県松島町の左坂、この3か所だけです。


松島町は大字手樽(てたる)の小字が左坂です。せいぜい数世帯です。なお、山形県米沢市に左沢遺跡がありますが、コトバンクでは「さざわ」で、全国文化財総覧では「あてらざわ」です。ソースとしてどちらが信頼度が高いかと言えば、私の経験上では前者です。
どこの左なのか?
さて、ようやく本題です。「あてら」に「左」の文字を当てたからには、左沢が何かの左にあったに違いないと考えることもできます。観光物産協会が流布しているのは次の2つです。
(A)寒河江にあった荘園の領主が今は公園となっている長岡山に登り(寒河江市中心部の標高は約100m、長岡山の三角点は標高160m)、平野山の左を指して「あちらの沢」と呼んだ
(B)山岳信仰の山・日光山からご来光を礼拝した際に左に見える沢のこと

この2つを比較すると、圧倒的に(B)が不利です。京都の東山は京都御所から見て東にあるから東山なのです。北山も同様です。わざわざ市街地から外れた日光山を基準にするとは思えません。それに、日光山から見た今の左沢駅付近は1時方向で、左とはいえ北に寄りすぎています。
というわけで、もし「左」にLeftの意味があるのなら、(A)は出来のいいもっともらしい説、(B)はかなり怪しげな説という評価ができそうです。(B)説はWikiには掲載されていません。
大江町観光物産協会「左沢の地名の由来」は次のようにも記述しています。
「あてら」の「あて」は植物の「アテの木」で、それに接尾語がついたとする説があります。アテの木とはヒバ(アスナロ)のことで、石川県能登半島での呼び名です。
これに対してWiki「大江町」の記載は次のとおりです。
柳田國男に拠る、古語に樹木の日の当たらない側をアテと云い、転じて日当たりの悪い土地をアテと称したことに基づくとの説。なお、柳田に拠れば「アテラ」「安寺」「阿寺」等、同音の地名は美濃以東日本各地に分布している。
観光協会的には「日当たりが悪い」は採用しにくいものだと思われます。アメダス左沢の日照時間は2024年が1620時間台、山形地方気象台も5時間差です。新庄ほどではありませんが、山形県内陸部は日照に恵まれない地域ではあります。
「左」を含む難読地名
「左」の字を含む難読地名は次のとおりです。
- 宮城県栗原市「左足」(こえだて)
- 山梨県甲府市「右左口」(うばぐち)
- 福井県越前町「左右」(そう)
- 高知県南国市「左右山」(そやま)
- 福岡県八女市「左手上」(さんじゃき)
- 長崎県壱岐市「大左右」(たいそう)
- 大分県杵築市「大左右」(だいそう)
- 大分県豊後大野市「左右知」(そうち)
ちなみに、左沢線は山形駅を含めても12駅の盲腸路線です(非電化)。羽前長崎駅のほかに羽前金沢駅と羽前高松駅があります。
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