2025年ウラ優勝校、統合で西高校舎を使っても岩見沢東

東と西が統合

高校野球の第107回選手権大会は沖縄尚学が優勝しました。ウラ優勝校は岩見沢東高です。北海道のウラ優勝は比較的少なく、准ウラを含めて6校目です。

(全国・決勝)沖縄尚学3-1日大三
(全国・準決勝)日大三4-2県岐阜商
(全国・準々決勝)県岐阜商8-7横浜
(全国・3回戦)横浜5-0津田学園
(全国・2回戦)津田学園(不戦)広陵
(全国・1回戦)広陵3ー1旭川志峯
(北北海道・決勝)旭川志峯4-3白樺学園
(北北海道・準決勝)白樺学園12-3士別翔雲
(北北海道・準々決勝)士別翔雲5ー4旭川龍谷
(北北海道・1回戦)旭川龍谷3ー0岩見沢緑陵
(空知・代表決定戦)岩見沢緑陵9ー5岩見沢農
(空知・1回戦)岩見沢農14ー0岩見沢東

岩見沢東高校と岩見沢西高校は2025年に統合され、4月から新設高校として発足しました。校舎は市街地に近い旧・西高の校舎を用いていますが、東高の名称が採用されました。

岩見沢
岩見沢(地理院タイルを加工)

東高と西高の統合であり、南高や北高は存在しないことから、新校名は単純に岩見沢高校でいいのではないかと思われますが、道教委はアンケートをとったうえで東高としています。アンケート結果は公表されていません。

両校の沿革

2校の沿革は次のとおりです。

  • (東)1922 岩見沢中学校が開校
  • (西)1924 岩見沢高等女学校として開校
  • (両)1948 学制改革で岩見沢高校と岩見沢女子高に
  • (東)1950 市立女子高と統合して岩見沢東高校
  • (西)1950 共学化で岩見沢西高校
  • (東)1976 東山公園の前校舎に移転
  • (西)1992 現校舎が落成

戦後の学制改革で東は岩見沢高、西は岩見沢女子高になり、1950年の共学化再編で岩見沢東と岩見沢西に改称しています。東は理数科のない高校としては空知随一の進学校という立場でした。現市長も前市長も東高OBです(その前の市長は西高OB)。

学校規模からしてもこの東西統合が東主導になるのは、ある程度そんなものだろうと予想できることです。北も南もない東と西の統合で、西の校舎を使うのに東が残るという現象は、どうしても東を残したい勢力が一定以上あったものと思われます。

岩見沢市内の高校は国道12号に近いところに道立の農業高校があります。また、市立の岩見沢緑陵高校が高速側にあります。地理的な位置関係だけなら「東」に正当性があるとは思えません。

岩見沢市内の高校
市内の高校(地理院タイルを加工)

駒大岩見沢

なお、駒大岩見沢は2014年に閉校しています。

駒大岩見沢

門と門扉だけ残して、すでに校舎は解体されています。

門と門扉

校舎があったところは今では給食センターのようです。2012年当時の画像です。

駒大岩見沢

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