秋田児童連続殺害事件は大沢橋で始まったのか?

藤琴川の大沢橋

いわゆる「秋田児童連続殺害事件」はちょうど20年前の2006年です。当初は「悲劇の母親」だったAは「鬼母」に転じ、一方で卒業文集が明るみに出たことで同情も集まるという振れ幅の大きい事件だったように私は覚えています(当時それほど関心はありませんでした)。

大沢橋(地理院タイルを加工)

第1の事件の舞台は藤琴川(ふじこと-がわ)の大沢橋とされています。白神山地を源流として、能代市で米代川に合流する河川に架かる県道200号の橋です。

藤琴川

橋の中央部(川の最深部)は、大型車が離合できるように幾分広くなっています。

大沢橋

第2の事件

第1の事件は4月9日に起きて翌10日に遺体が発見されました。被害者はAの娘です。遺体発見場所は高岩橋より下流の藤琴川の中洲ということです。当初は事故認定され、Aは被害者の母親としてメディアに登場しましたが、事故ではなく事件だと訴え自作のビラを配っていました。

ストビュー画像は高岩橋の1つ下流の新高石橋です。おそらくこの中洲で発見されたのではないかと思われます。大沢橋からは3キロほど下流です。

米代川
米代川(地理院タイルを加工)

赤の✕印が高岩橋、✕印の右が新高岩橋、青の✕印が第2の事件の遺体発見場所、青のマーカーはAが当初遺体を息しようとした米代川との合流地点、ピンクのマーカーは高校です。中学校や小学校もこの付近にあり、Aには土地勘があります。

第2の事件は5月17日に発生して翌18日に遺体が発見され、絞殺の痕跡が認められたことから最初から「事件」扱いでした。6月4日にAは第2の事件の死体遺棄容疑で逮捕され、6月25日に殺人容疑で再逮捕、7月18日に第1の事件の殺人容疑で再々逮捕されています。

弄巧成拙

第2の事件はともかく、第1の事件についてはミステリアスな要素が残っています。その1つが次の記事です。3キロ流されるほどの水流があったのかという指摘です。

文藝春秋プラス>「殺害現場は警察の主張する大沢橋じゃないと思っています」

大沢橋の欄干から被害者の繊維痕が発見されているようですので、大沢橋で突き落としたという結論でいいのかもしれませんが、10m下の水面に突き落としただけでは、Aは自分の娘の生死を確認できたとは思えません。

110番通報は4月9日19時45分ごろだそうです。現場から立ち去ったとしても、その日のうちに通報はしているわけです。息を引き取ったのを見届けて河原に遺棄した第2の事件とは性質がかなり異なります。

最大のナゾは、秋田県警が「事故」扱いしてくれたのに、Aがわざわざ「事件」だと主張した理由です。ネット的には犯罪被害者給付金が欲しかったからだと説明されるようですが、当時の制度では被害者の年収が給付金の額を決める最大要素です。

被害者は小学生ですので、給付額はせいぜい300万円台で、多くても400万台と思われます。一般的には「事故」で逃げ切ったはずなのに「事件」として蒸し返すリスクを犯す金額ではありません。Aは第2の事件を起こさなければ、第1の事件はスルーされてしまう特権的立場にいたのです。

今回の南丹市の事件もランリュックの偽装工作がなければ、「神隠し」で終わっていた可能性さえあります。共犯者の口が硬ければ、という条件付きですし、警察は最初から鵜呑みにはしていなかったと思われます。

犯人はこの事件前にも府道453号の不法投棄ロードを通ったことがあるはずです。余計な工作をしたために結果的に足跡を残すことになったのでしょう。

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