鶴見
八ツ山通りの品海公園には「日本橋より二里」との標柱が建てられています。ここは一里塚そのものの跡地というわけではなく、後年に整備された公園です。

品川一里塚は最初から築造されなかったか、築造されたとしても明治に入る前には解体されていたようです。現存する東海道の一里塚で、東京に一番近いのは横浜市鶴見区の市場一里塚です。海側(江戸起点で左の)1基が残っています。

京急・鶴見市場駅から徒歩2~3分の「市場西中町一里塚公園」内にあり、奥には稲荷社が鎮座しています。朱色の柱が鳥居です。石段5段で境内です。道路寄りの1933年製の石柱には「武州橘樹郡 市場村一里塚」と刻まれています。昭和初期までエノキの大木があったそうです。
高低差?

一里塚は「市場西中町」にありますが、鶴見区の住居表示は「市場西中町」と「市場東中町」を挟んで「市場上町」と「市場下町」があります。1968年の住居表示施行に伴って、この区分になりました。川崎市との市境が上で、鶴見川沿いが下です。
東西の「中町」を挟んだ上下関係は、川の上流・下流を反映したものではありませんが、旧東海道は鶴見川の手前に向かって緩やかな下り坂になっていることから、高低差を表現したものかもしれません。ちょうど市場一里塚付近には標高1.1mの水準点があります。

この水準点ですが、今昔マップの1947年発行の地形図では「2.12m」だったようです。

1967年発行の地形図では「1.0」mです。

国会議事堂の前庭にある日本水準原点は1891年設置で、標高24.500mと定められました。関東大震災後は24.414mとされ、東北太平洋地震後は24.390mになっています。同一地点の水準点標高を比較すると下がっていることが通例ですが、平地で1m差が本当なら深刻です。
律令国の前後関係
旧国名(律令国)のうち、上下あるいは前(中)後を含むのは次の21か国です。
| 東海道 | 上総/下総 | 6世紀?に総国(捄国)が3分割 |
| 東山道 | 上野/下野 | 6世紀?に毛野国が2分割 |
| 西海道 | 筑前/筑後 | 7世紀に筑紫国が2分割 |
| 西海道 | 肥前/肥後 | 7世紀に火国が2分割 |
| 山陽道 | 備前/備中/備後 | 7世紀後半に吉備国が3分割 |
| 北陸道 | 越前/越中/越後 | 7世紀末に高志国が3分割 |
| 西海道 | 豊前/豊後 | 7世紀末に豊国が2分割 |
| 山陰道 | 丹後 | 713年に丹波国から分立 |
| 東山道 | 陸前/陸中 | 1869年に陸奥国が5分割 |
| 東山道 | 羽前/羽後 | 1869年に出羽国を2分割 |
この前後関係は畿内に近いほうが「前」です。上総・下総は、当時の畿内からのルートが房総半島先端に海路で上陸するルートだったために、市原市や茂原市が上総で、千葉市や成田市が下総ということになっているようです。
1960年代以降の住居表示で、東京に近いほうが「上」という基準はなかったものと思われます。





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