今年は涼しい夏なのかと一時的には期待を持ちましたが、どうやら9年連続で40℃台が出る気配が濃厚です。なお、このページに掲げた各社の予報は19日午後9時頃のものです。
Windy
Windyでは7月24日13時から15時の名古屋が40℃予想です。風向は西の風です。

謙虚なウェザーニューズ社では22~24日の名古屋の最高気温予報は39℃です。

飛ばし?が得意な気象協会は22日と23日の名古屋が41℃予想です。岐阜も巻き込んでいます。

名古屋地方気象台
名古屋では過去2回40℃を記録しています。2018年8月3日が1回目です。

2回目が去年の8月30日です。14時28分に40.0℃ジャストを観測しています。

2回とも北西~西の風です。名古屋の北西は伊吹山であり、西は鈴鹿山脈です。

愛知県所管の名古屋一等測候所が創立されるのは1890年です。当初は中心市街地の栄にあったようです。1938年に国営移管され、1939年に名古屋地方気象台になりますが、現在地・千種区(ちくさ-く)日和町の高台に移転したのは1923年です。
東に4~5キロの移転になります。東山動植物園の手前です。戦後は名古屋湾の埋め立てが進んだこともあって、海風が届きにくい立地になりました。
アメダス岡崎
気象協会が40℃予報を出している岐阜は40℃台の実績がありません。Windyでは岐阜と同じ38℃のアメダス豊田も40℃はまだありません。39.5℃以上が豊田9回、岐阜4回です。49地点目の候補ではあります。
アメダス蒲郡やアメダス豊橋は無理としても、三河湾から12キロ離れたアメダス岡崎なら、間違って40度に届くかもしれません。

アメダス岡崎は郊外立地で名鉄の美合駅から徒歩10分ほどです。2008年8月末には1時間降水量146.5ミリ(国内歴代9位タイ)を観測しています。深夜の大雨だったために有効な避難には至らず、日間賀島(ひまか-じま)で発見された80代女性もいたようです。

電話で避難勧告を伝えるという旧来のシステムが全国規模で見直された災害でした。
3地点の比較
今回は、名古屋、豊田、岡崎の3地点を比較します。
3地点の年平均気温は次のように推移しています。豊田より岡崎が暑かったはずなのに、最近は両者がほぼ拮抗しています。

月平均では冬場の豊田がやや寒いようです。

猛暑日は多く熱帯夜は少なめの豊田
猛暑日は豊田のほうが名古屋より多くなっています。
| 最高気温 | 起年月日 | 25猛暑日 | 統計開始 | |
| 名古屋 | 40.3℃ | 2018/8/03 | 52日 | 1890/7 |
| 豊田 | 39.8℃ | 2022/7/01 | 57日 | 1979/1 |
| 岡崎 | 39.3℃ | 2018/7/23 | 33日 | 1979/1 |
海風が届かない豊田では熱帯夜も少ないようです。
| 最低気温 | 起年月日 | 24熱帯夜 | 25熱帯夜 | |
| 名古屋 | -10.3℃ | 1927/1/24 | 56日 | 73日 |
| 豊田 | -8.8℃ | 1999/2/04 | 35日 | 19日 |
| 岡崎 | -7.6℃ | 1999/2/04 | 32日 | 23日 |
1959年台風15号は伊勢湾台風です。2018年台風24号では浜松で7割が停電したそうですので、豊田や岡崎で残っていても当然です。
| 最大瞬間 | 起年月日 | 平年降水量 | 平年日照時間 | |
| 名古屋 | 45.7m/s | 1959/9/26 | 1578.9ミリ | 2141.0時間 |
| 豊田 | 27.7m/s | 2018/9/30 | 1470.4ミリ | 2143.3時間 |
| 岡崎 | 33.5m/s | 2018/9/30 | 1507.6ミリ | 2081.0時間 |
雨はそれほど多くありませんが、日照には恵まれた地域です。名古屋が豊田や岡崎より多いのは意外でした。





コメント
昨年も書きましたが『気温報告 第4巻(自昭和16年至昭和20年)』(1952年)によると、名古屋地方気象台は1942年8月2日に日最高気温40.0℃を観測しております。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1372441/1/132
ただし『気象要覧 昭和17年8月号』の時点で、1942年8月2日の名古屋の日最高温度は39.9℃となっております。
https://dl.ndl.go.jp/pid/10290705/1/97
気象月表原簿の現物を見ますと、1942年8月当時は1時間おきの気温が記録され、1942年8月2日に日最高温度を記録した時刻は14:51となっています。つまり「39.9℃」という数字は自記温度計によって記録された紙の情報により、後から読み取って最高気温を決めていたことが分かります。
https://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/genbo/viewer/?manifest=https://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/genbo/2/2/0715/manifest.json&pos=467&lang=ja
一方で『愛知県の気象』(1962年)では、名古屋の日最高気温の記録として「40.0℃」を掲載しています。解説によると「気象官署の名古屋・伊良湖では、1952年以前は10時1回観測用として別に測器を備えて観測を行った。そのため名古屋伊良湖の気候表に掲載した値と異なる場合がある。例えば名古屋の1947年の最高気温は39.9 ℃であるが、観測所としての名古屋の最高気温は40.0 ℃である。」つまり「40.0℃」は最高温度計、「39.9℃」は自記温度計で後から読み取った気温ということになります。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1379221/1/105
以上をまとめると、戦時中の段階で既に最高温度計の記録を非公式扱いとする流れがあったようですが、おそらく昭和末期までは、最高温度計の数字を公式とするか非公式とするかは執筆者によって異なる解釈が共存したようです。
なお、愛知県の区内気象観測原簿の方では、最初「39.9℃」と記入した後、斜線を引いて40.0℃に修正しています。これを名古屋気象台の気象月表原簿と比較すると、一度自記温度計由来の日最高気温の数字で集計した後、あとから斜線で削除して、右側に最高温度計の数字を並べていることが読み取れます。
https://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/genbo/viewer/?manifest=https://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/genbo/5/1/0023/manifest.json&pos=431&lang=ja
以上、参考となるリンクを一緒に載せましたが、国立国会図書館デジタルコレクションの方は、今回の資料はどれも閲覧には送信サービスのためのID登録が必要です。