北海道の「別」はアイヌ語の川

10連休最後の5月6日の最高気温1位は北海道紋別郡湧別町の観測ポイントでした。オホーツク海の海岸線から2km近く離れた畑の中に観測施設があります。この日の最高気温TOP10は次のとおりです。

  • 28.0 ℃ 北海道紋別郡湧別町 湧別(ユウベツ)
  • 27.7 ℃ 沖縄県宮古島市 下地(シモジ)
  • 27.7 ℃ 沖縄県石垣市 石垣島(イシガキジマ)
  • 27.5 ℃ 北海道常呂郡佐呂間町 佐呂間(サロマ)
  • 27.1 ℃ 沖縄県八重山郡竹富町 志多阿原(シタアバル)
  • 27.0 ℃ 新潟県上越市 高田(タカダ)
  • 27.0 ℃ 北海道紋別郡遠軽町 遠軽(エンガル)
  • 26.9 ℃ 沖縄県宮古郡多良間村 仲筋(ナカスジ)
  • 26.8 ℃ 沖縄県八重山郡竹富町 大原(オオハラ)
  • 26.7 ℃ 沖縄県八重山郡竹富町 波照間(ハテルマ)

4位の佐呂間と7位の遠軽も湧別近隣の観測ポイントです。いずれもストビューで風速計を確認できます。探すのが簡単なほうから、遠軽>湧別>佐呂間の順になるはずです。湧別、佐呂間、遠軽の位置関係は次のとおりです。

湧別町付近 © OpenStreetMap contributors

オホーツク紋別空港の発着便は、羽田発が12:35着、羽田行が13:15発です。空港売店の営業時間は10:00~15:00、軽食コーナーが11:00~14:00になっています。15:00まで人が残っているものなのか不安は尽きません。

湧別町と遠軽町はもともと同じ「湧別村」です。1910年に湧別村と「上湧別村」に分村され、その上湧別村から1919年に分離したのが「遠軽村」です。遠軽村から 1925年には「生田原村」が、1946年に「丸瀬布村」と「白滝村」が分離します。

2005年に遠軽町、生田原町、丸瀬布町、白滝村が合併して新しい遠軽町が発足します。湧別町は2009年に上湧別町と合併しています。1910年当時の湧別村は、ピーク時には5町1村に分かれて、今は2つの自治体に収まっているわけです。

ところで、「~別」の地名は北海道に多く見受けられます。この「別」はアイヌ語の「川」だそうです。私はこの話を聞いたとき、石狩川流域の上川町、旭川市、深川市、滝川市、砂川市の配置を思い出した次第です。

そこで、「~別」の自治体MAPをつくってみました。現存するのが20自治体、廃止されたのが9自治体で、北海道27の青森2という分布でした。同様にアイヌ語由来とされる「~内(ない)」もMAPに加えました。

「内」も小さな川や沢を意味するようです。「~内(ない)」は現存11自治体ですが、山形県庄内町と新潟県胎内市は2005年に成立しています。残りの9自治体は北海道8、青森1です。

「~内(ない)」の消滅自治体は少なくとも47あり、北東北についてはアイヌ語由来なのだろうと思われます。西日本の「~内(ない)」は荘園由来のものがほとんどです。

【外部リンク】
まぐまぐニュース>【豆知識】北海道に「別」という字が付く地名が多い納得の理由

鶴居村の謎の構造物

4月17日の最高気温1位は北海道の鶴居村でした。この日の最高気温ベスト10は次のとおりです。北海道と沖縄で占められるシュールなランキングです。

  • 27.1℃ 北海道阿寒郡鶴居村 鶴居(ツルイ)
  • 26.9℃ 沖縄県八重山郡竹富町 波照間(ハテルマ)
  • 26.8℃ 沖縄県八重山郡竹富町 志多阿原(シタアバル)
  • 26.5℃ 北海道釧路市 中徹別(ナカテシベツ)
  • 26.4℃ 沖縄県島尻郡北大東村 北大東(キタダイトウ)
  • 26.4℃ 沖縄県石垣市 石垣島(イシガキジマ)
  • 26.4℃ 北海道野付郡別海町 別海(ベツカイ)
  • 26.4℃ 北海道標津郡中標津町 根室中標津(ネムロナカシベツ)
  • 26.3℃ 北海道釧路市 鶴丘(ツルオカ)
  • 26.2℃ 沖縄県島尻郡南大東村 南大東(ミナミダイトウ)
  • 26.2℃ 沖縄県八重山郡竹富町 西表島(イリオモテジマ)

波照間や志多阿原という上位常連組を抑えての1位だったわけですが、鶴居村のアメダスポイントを探しにストリートビューを開いてみました。観測地点は露場(ろじょう)と呼ばれています。露場が市街地にあればストビューで確認できます。

あっさり見つかったものの、その近くにある構造物が気になります。画面中央の高さ4mほどの金属製の構造物はいったい何なのでしょうか。モニュメントなのか街灯のように実用的なものなのか気になります。

近未来的なこの形状なら無意味に建てられたものではないはずです。ストビューは2014年7月に撮影されただけで、2巡目はまだ回ってきていません。残念ながら私の想像力は及びませんでした。

さて、鶴居村はその名称の由来となるタンチョウの生息地です。越冬ではなく留鳥で、餌の少なくなる冬季に餌付けしているだけのようです。釧路空港から鶴居村まで車で40分弱です。村域に釧路湿原を含み、北には阿寒岳を臨みます。

三峰五岳の一角

雲仙岳の最高峰は平成新山の1483mです。ピーク時は1488mだったそうです。平成新山は1990年から1996年にかけての普賢岳の噴火活動で形成された溶岩ドームです。「三峰五岳の雲仙岳」の「三峰五岳」に平成新山は入っていません。

「三峰」は普賢岳(1359m)、国見岳(1347m)、妙見岳(1333m)で、「五岳」は九千部岳(1062m)絹笠岳(879m)、高岩山(881m)、野岳(1142m)、矢岳(940m)です。

「四峰五岳」に昇格?しなかったのは、平成新山が普賢岳の派生物という認識だからからなのでしょうか。1991年6月には噴火による火砕流で40人以上が亡くなり、全焼した小学校は災害遺構として保存されています。2012/12のストビューです。

さて、「雲仙岳」はもともとは島原半島の山々の総称だったそうですが、ときに普賢岳の別称のように用いられたり、「三峰」もしくは「三峰五岳」を指すこともあるようです。

アメダス観測地点としての「雲仙岳」は、風速・風向については絹笠山の山頂、気温や降水量、日照時間はその麓の温泉街に設けられています。年間の平均風速は1978~2002年が1.2~1.5km/s、2003年以降が4.4~4.9km/sです。

温泉街で計測していた風速・風向の観測ポイントを、温泉街より200mほど標高の高い絹笠山山頂に移したのが2003年ということになりそうです。赤のマーカーが絹笠山山頂で、「雲仙地獄」が温泉街です。

青が普賢岳山頂、その東の盛り上がったところが平成新山、緑のマーカーは旧・大野木場小学校の被災校舎です。絹笠山から普賢岳まで直線で約4.5kmになります。破線が市境界で、西が雲仙市、東が島原市、南は南島原市です。

絹笠山山頂の「雲仙岳」観測地点における4月9日23:40から4月10日0:30にかけての10分ごとの最大瞬間風速は次のように推移しました。風のピークは日付を跨いだこの1時間でした。

  • 23:40 28.0km/s
  • 23:50 31.8km/s
  • 24:00 31.2km/s
  • 00:10 32.3km/s
  • 00:20 27.2km/s
  • 00:30 28.1km/s

4月9日23:48に記録された31.8km/sはこの日の最大瞬間風速全国1位、4月10日00:06に記録された32.3km/sも最大瞬間風速全国1位です。ピークがたまたまこの時間帯だったことで「一粒で二度おいしい」結果が訪れたのでした。

雲仙には行基が開祖とされる大乗院満明寺と温泉(うんぜん)神社があります。空海や義経と同様、行基も各地に「伝説」を残しています。いずれは「行基MAP」を作成するつもりです。


【2019/04/17追記】
4月13日と14日の本泊(利尻島)でも同じ現象が起きています。13日23:42に20.6m/s、14日0:40に22.1m/sを記録した本泊は2日連続で瞬間最大風速1位です。ありがちなことのようです。

コードネームはBAKA

昨日4月5日の最高気温1位は埼玉県の鳩山でした。1月以降、最高気温1位は沖縄と父島で独占されていましたが、ようやく本州内陸部から最高気温1位が出る季節になったわけです。

そう言えば今日のお昼時、親子連れと思われる3台の自転車が私の進行方向を塞いでいたのでした。カゴのトートバッグにはおそらく弁当やシートが装備されていたのでしょう。名所ではありませんが、近くに桜の咲いている公園があります。

さて、旧日本軍の戦闘機でもっとも有名なのは零戦です。零戦は「零式艦上戦闘機」の略ですが、ほかの戦闘機は海軍が紫電や紫電改、陸軍が隼、飛燕、疾風などの愛称で呼ばれています。いかにも、という名称です。

戦闘機ではありませんが、計78機が出撃したという「桜花」は滑空式の特攻兵器です。なぜ「桜花」の名称になったのか、Wikipediaには秘匿の意味合いと記述されていますが、やはり「花と散る」の慣用句に連想は走ります。

全長6mで全幅5mの1人乗り、脱出装置なし、総重量の半分が爆弾、着陸用の車輪なし、不時着(水)で帰還できるのがむしろ不思議なほどです。米軍のコードネームは「Baka Bomb」ということです。

【外部リンク】 戦争証言アーカイブス>“人間爆弾” 桜花 ~第721海軍航空隊~

瀬戸MAP

3月20日の瞬間最大風速1位のアメダス・ポイントは愛媛県の瀬戸でした。2005年、愛媛県西宇和郡瀬戸町は西の三崎町(佐田岬半島突端部)、東の旧・伊方町(佐田岬半島の基部)と合併し、新・伊方町になっています。

旧・瀬戸町が誕生したのは1955年です。三机村と四ツ浜村の合併によるものでした。もともと「瀬戸」の名前があったわけではないようです。おそらくは瀬戸内海由来の「瀬戸」なのでしょう。

瀬戸のアメダス観測地点は標高143mです。地形的に南と北は海ですから、風が強いのは納得できます。伊方町には原発停止の前から50基以上の風力発電施設が設置されており、「風車のまち」を称しています。

さて、一般名詞としての「瀬戸」は次のように定義されています。

相対した陸地の間の、特に幅の狭い海峡。潮汐 (ちょうせき) の干満により激しい潮流が生じる。

goo辞書「瀬戸」

(「せど」とも。「せ」は「狭(せ)」と同源か。「と」は、両側からはさまれて狭くなっている所の意) 狭い海峡。両方から陸地がせまっている小さな海峡。また、川の瀬の幅が狭くなった所。

精選版 日本国語大辞典(小学館)「瀬戸」

陸地の地名としての「瀬戸」は、狭い谷を抜けて開けたところを指すことが多いようです。全国の「瀬戸」をMAP化してみました。反映したのは、(1)自治体、(2)字・町域、(3)鉄道駅、(4)海域・灯台、(5)河川・用水です。

空白となったのは、秋田、岩手、栃木、三重、大阪、沖縄の6府県でした。ほぼ全国的に分布していますが、北東北と関西は薄いようです。