ボートのあるモータープール

和歌山県立神島高校Webサイトの「沿革」には、クラス編成の変遷も記されています。縮図のようにも感じましたので、表をつくってみました。

1948年の学制改革で旧制中学相当の市内4校は田辺高校に一本化されますが、1956年に商業科3クラスと商業家庭科2クラスで田辺商高が独立します。

田辺商高→神島高のクラス編成

1979年には普通科が併設され、1995年には商業系再編で「商業科」はなくなります。2005年にも学科の再編があり、翌2006年に現校名となります。ピーク時には11学級だったのに、約20年後の今はほぼ半減の6学級です。

田辺は和歌山第2の都市です。学校の数自体が減っている中で商業高校を名乗りながら存続できるのは、それこそ1県1~2校のレベルなのでしょう。新しい高校名となった神島は南方熊楠で有名な無人島の名前です。

海沿いにある高校からの距離は約2kmです。YouTubeには熊楠顕彰館による空撮動画がありましたので埋め込んでおきます。島そのものが天然記念物で、上陸には教育委員会の許可を要するということです。

さて、田辺と言えば私にとってはモータープールの名産地ですが、神島高校付近ではあまり見当たりません。「月極駐車場」や「月極め駐車場」の看板ばかりでした。新たに見つけたのは1か所だけです。

2017年11月のストビューです。駐車場の奥に見えるのは車ではなくボートです。海に近いからこその光景ですが、最初に見つけたモータープールがもしここなら、なんとなく納得したのかもしれません。

長い目で…

2009年の紅白で活動休止に入った絢香が復帰したのは、2011年末のMステ・スーパーライブでした。明けて2013年の2月には3作目のオリジナル・アルバム「The beginning」が発売されます。

このアルバムの1曲目は「はじまりのとき」と題する曲です。シングル化されていないアルバム曲としては1、2を争う人気曲だと思われます。それもそのはずで、病気療養を経て復帰した「お待たせ」と「ただいま」の曲になっています。

あみんの活動休止は1983年12月でした。岡村孝子がソロで復帰するのは1985年10月であり、9曲とはいえアルバム「夢の樹」を携えての復帰です。当時のアルバムは10曲前後が相場でした。

大学在学中の23歳で歌手デビューした竹内まりやは1981年12月に活動を休止し、1984年4月に復帰します。先行発売のシングル「もう一度」を収録したアルバム「VARIETY」は全11曲が自身の作詞作曲であり山下達郎の編曲です。

シンガーソングライターはフルアルバムを手土産に復帰するものだと、今でも私は理解しています。少なくとも7~8曲の新曲があれば、別アレンジの既存曲を加えてフルアルバムとしての体裁は整います。

先日のサクライブのセトリは次のようなものでした。新曲は★印の2曲のみです。逆再生で片鱗は見たつもりですが、ドラムソロがなかったことと合わせて、残念ながら私の期待値を超えるものではありませんでした。

  • 01 Another story (詞・曲:有安杏果)
  • 02 ヒカリの声(詞・曲:有安杏果)
  • 03 色えんぴつ(詞・曲:有安杏果)
  • 04 ペダル (詞・曲:有安杏果)
  • 05 Catch up(詞:有安杏果・OSTER project/曲:有安杏果・KAMI)
  • 06 裸(詞・曲:小谷美紗子)
  • 07 心の旋律(詞:有安杏果/曲:武部聡志)
  • 08 サクラトーン(詞・曲:有安杏果)★
  • 09 Drive Drive(詞・曲:川上洋平)
  • 10 TRAVEL FANTASISTA(詞・曲:藤原聡)
  • 11 遠吠え(詞・曲:渡和久)
  • 12 小さな勇気(詞・曲:有安杏果)
  • 13 feel a heartbeat(詞・曲:有安杏果)
  • E1 愛されたくて(詞・曲:渡和久)
  • E2 逆再生メロディ<当日のセトリを逆順でメドレー>
  • E3 ハムスター(詞・曲:有安杏果)
  • E4 虹む涙(詞・曲:有安杏果)★

注目の1つだった「ありがとうのプレゼント」は予想どおりセトリから漏れており、ソロ活動を始めて以降のオリジナル曲オンリーで構成されました。ももクロ曲とカバー曲がないのは想定内です。

CDを出せない事情があるかのような報道もありますので、用意していたものの披露できなかったのかもしれません。3月24日に東京、27日に大阪というライブの日程が発表されたとき、誕生日の3月15日にCDが出るものと私は思っていました。

随分もったいないことをしているという印象しか受けません。元トップアイドルがシンガーソングライター兼フォトグラファーとして復帰するなら、それだけで話題性は十分です。タイアップなしはあり得ません。

もし、まだ復帰していなかったら、今頃は来年に向けたオファーが来ている頃です。プロデュースする側としては気になる素材であることは間違いないのです。本人が考える以上の復帰案が示されたかもしれません。

事務所の体制を整え、レコード会社も決めて、新曲も揃え、できれば撮影した写真集的なものを歌手復帰前に出版して、その間に私生活も片付けたうえで準備万端の状態で復帰してほしかったと思っています。

幸いにも前所属事務所との関係がこじれているわけではなさそうです。ももクロの公式You Tubeには今でもソロ曲等が残っていますし、JASRACのデータベースでは作曲した楽曲の権利が新事務所に移転しています。

実は、私のワードプレスのユーザー名には「315」が含まれています。初めてログインするとき、たまたま後方で国立初日の映像を流していたからです。なお、背景色を緑にしているのは単に「セットポジション」時代の踏襲です。

今のところ、「あなぐると」の固定ページは「マイマップ」「異常気象?」「旧セットポジション」「ひとりカラオケ」の4項目です。彼女がまだ復帰していなかったら5項目めのコンテンツを加えるつもりでした。

新曲2曲を1度聴いただけでは評価のしようがありません。「ありがとう、さようなら」を言うつもりは毛頭なく、また振り向くことがあるだろうと信じていますが、私は音源なしでファンクラブには入れません。

遠くの空

有安杏果の卒業メッセージは次のような言葉で締めくくられています。

★「ももパワー充電所」2018-01-15 12:00:00「ファンの皆様へ」

寒い日が続くけど、ぐれぐれも体調に気をつけて頑張ってくださいねっ。

遠くの空からだけど、ずっとみんなのこと応援してます。

この「遠くの空」とは、素直に解釈するとあの世か海外です。「卒業」して「普通の女の子の生活を送りたい」だけなら、ここは「同じ空」であるべきです。

やはり、海外を意味するものと思われます。横アリ前のラジオで音楽監督の武部聡志に語っています。

★2016年6月19日「武部聡志のSESSIONS」

BoAさんとか安室ちゃんとか、歌いながら踊れる人になりたいと思ってたんですよ、ずっと。ずっとそういうの聴いてて、洋楽とかも聴いたり、歌詞とか関係なくカッコいいサウンドを聴いたりしてましたね

2016年7月の「ココロノセンリツ Vol.0」では、セットリストの13曲目がCarole King「You’ve Got a Friend」で、14曲目がMR.BIG「TO BE WITH YOU」でした。

2016年11月に別府で開かれた「ココロノセンリツ Vol.0.5」でも、「TO BE WITH YOU」とエルトン・ジョンの「Your Song」が入っています。2017年1月のフォーク村ではドラム演奏とともに「ホテル・カリフォルニア」を歌っています。

2017年東名阪ツアー前のブラザートムとのラジオでは、 「ブルーノートで歌いたい」とも発言しています。南青山のブルーノートは300席弱のジャズクラブです。You Tubeの公式チャンネルには懐かしい名前がありました。

有安杏果の選曲によるEGO-WRAPPIN’の「くちばしにチェリー」からブルーノートの話題になっており、何も知らずに口にしたわけではありません。そんな引き出しも持っていたということになります。

ジャズはaikoの影響もあるのでしょう。ブルーノートの本家はニューヨークですが、「ブルーノートで歌いたい」がどちらを指しているのかはわかりません。

【2018/03/12追記】

「くちばしにチェリー」はブログにも登場していました。出発がダンスということもあるのでしょう。

★ももパワー充電所>jazzy♪(2014-12-14 21:59:32)

あっ、フォーク村ではなかなか披露する機会ないかもだけど
私、歌詞に惹かれるメロディアスなJ-POPも大好きなんだけど

意外と
身体で感じるjazzyな曲も大好きだったり・・・♪

「くちばしにチェリー」とか
ハードル高すぎるけど
いつか歌ってみたかったりする(^m^)

ニュルブルクリンクの魔物

今年に入ってからYou Tubeにあがっていたロードレース(自転車)の動画を見ていました。そのついでに、どうしても見たくなったのが、F1のかなり荒れたレースでした。有力ドライバーが次々と脱落し、最後はベテランが制したレースです。

2000年前後、雨のいたずら、ヨーロッパのコース、という漠然とした記憶しかありません。最初はシルバーストーンで探してみましたが、該当するレースはありませんでした。

1999年9月の第14戦、ドイツのニュルブルクリンクで開催されたヨーロッパ・グランプリこそが、私が見た中でもっとも面白かったF1のレースです。当時は全16戦でしたので、第14戦を含めて残り3戦です。

ポイントは、1位10P、2位6P、3位4P、4位3P、5位2P、1位1Pで与えられます。第13戦までのドライバーズ・ポイントは次のとおりでした。まだ、4人に優勝のチャンスがあります。

  • 60P ハッキネン(マクラーレン)予選3位
  • 60P アーバイン(フェラーリ)予選9位
  • 50P フレンツェン(ジョーダン)予選1位
  • 48P クルサード(マクラーレン)予選2位

フレンツェンは無限ホンダ初のポールポジションで、ハッキネンの7戦連続ポールを阻みました。ジェネ(ミナルディ)のトラブルでスタートはやり直しとなり、再スタートでハッキネンが2位に浮上します。

1コーナーで予選7位のヒル(ジョーダン)がスローダウン、予選11位のヴルツ(ベネトン)がヒルをかわそうとして予選13位のディニス(ザウバー)と接触、ディニスのマシンは裏返しになります。

この事故でセーフティーカーが入り、レース7周目に再開します。ニュルブルクリンクの魔物はしばらく息を潜めます。雨が降り始めた17周目の上位陣は次のとおりです。

  • 17周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
  • 17周目2位 ハッキネン(マクラーレン)60+6
  • 17周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  • 17周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 17周目5位 アーバイン(フェラーリ)60+2
  • 17周目6位 フィジケラ(ベネトン)13+1

このまま終われば年間チャンピオン争いからクルサードが脱落して、ハッキネンからフレンツェンを挟んでアーバインまで3者が6ポイント差という熾烈なデッドヒートになります。

フェラーリのピットにはレインタイヤが用意されていたもののアーバインがドライタイヤを要求したため、右リアタイヤが間に合わずピットストップが28秒というロスが生じたのでした。

また、20周目にいち早くレインタイヤに履き替えたハッキネンは、雨が上がり路面が乾くにつれて徐々に後退し、ドライタイヤに戻したときには周回遅れになってしまいます。

  • 26周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
  • 26周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 26周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  • 26周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  • 26周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 26周目6位 トゥルーリ(プロスト)1+1

このまま終われば、3人が60ポイントで並び、クルサードも52ポイントです。ラルフのピットイン後、クルサードは2位に上がります。1位10ポイントで2位6ポイントですから、第15戦と第16戦を連勝すれば6ポイント差は自力で逆転できます。クルサードの2位確保には大きな意味があります。

33周目、トップのフレンツェンと2番手のクルサードが同時にピットイン。フレンツェンはトップのままコースに復帰したものの電気系のトラブルによって1コーナーの先でストップし、リタイアします。

  • 34周目1位 クルサード(マクラーレン)48+10
  • 34周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 34周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 34周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  • 34周目5位 ハーバート(スチュワート)2+2
  • 34周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

これでクルサードがトップに立ち、そのままゴールすれば10ポイント獲得です。フレンツェンの0ポイントは確定し、ハッキネンとアーバインも入賞圏外ですから、このまま終われば、残り2戦で2ポイント差に3人がひしめく大混戦です。

35周目、再び雨が強く降り始め、挙動を乱すマシンが出てきます。ニュルブルクの
魔物はまだ手を休めません。37周目、クルサードがコースアウトしてリタイアします。

  • 40周目1位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+10
  • 40周目2位 フィジケラ(ベネトン)13+6
  • 40周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 40周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 40周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 40周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

7位まで上がっていたアーバインはレインタイヤに変えますが、これが裏目に出ます。ラルフがピットインした45周目にはもう路面は乾き始めました。ラルフのピットインで1位を奪ったのはフィジケラでした。

  • 47周目1位 フィジケラ(ベネトン)13+10
  • 47周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 47周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 47周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 47周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 47周目6位 バドエル(ミナルディ)0+1

フィジケラは勝てば初優勝です(本当に勝っていればベネトン最後の優勝でした)。ミナルディのバドエルが6位入賞圏内です。ミナルディの入賞は1995年最終戦以来ありません。このまま終わっても十分に「波乱」です。

49周目、アーバインを周回遅れにしたフィジケラがコースアウト、タイヤバリアで
ステアリングを投げ捨てたフィジケラは、外に出たあと金網にもたれたまま顔を上げません。これで、ラフルが再び1位となります。

ラルフが勝てば初優勝を地元で飾ることになります。ニュルの魔物はまだ牙を研いでいました。フィジケラのリタイア直後、ラルフは右リアをバーストして大きく後退します。6位に浮上していたアーバインはレインタイヤをドライに履き替えるために3回目のピットインです。

  • 60周目1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 60周目2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 60周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 60周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 60周目5位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+2
  • 60周目6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

このあと、ヴィルヌーヴがリタイア(完走扱い)して、アーバインが6位、ハッキネンが7位に浮上します。64周目、アーバインの左フロントがロックして、競っていたハッキネンが6位に上がり、ハッキネンは最終周回でジェネもかわして4位に食い込みます。

  • 1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 5位 ハッキネン(マクラーレン)60+2
  • 6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

ハーバートは4年ぶりの優勝、スチュワートとしては3年目の初優勝です。翌年からジャガーに引き継がれましたので、最後の優勝でもあります。もちろん1-3フィニッシュも初めてです。

F1参戦3年目のトゥルーリは初めての表彰台で、2回目は2003年ドイツまで待たなければなりません。プロストチームの2位は2年ぶり2回目(最後)で、プロスト・プジョーとしてはこの1回きりです。

3位に入ったバリチェロは翌年からフェラーリに移籍し、ミハエル・シューマッハとともに黄金時代を築きます。なお、ミハイルはこの年のイギリスグランプリで負傷して欠場中でした。

結果的に第15戦はアーバイン優勝でハッキネン3位、第16戦はハッキネン優勝でアーバイン3位でしたので、荒れた第14戦のラスト2周でハッキネンが奪った2ポイントは重かったわけです。

楽曲のモータープール

「島唄」はウチナーグチ・バージョンが1992年、スタンダード・バージョンが1993年リリースです。「島唄」を歌った4人編成のTHE BOOMには、その名も「モータープール」という楽曲があります。

「モータープール」 は、THE BOOM6枚目のオリジナル・アルバム「極東サンバ」の収録曲で発売は1994年です。歌詞は別ブログに掲げました。タイトルこそカタカナですが、歌詞中ではアルファベット表記です。

ここで歌われている「Motor Pool」が関西風の貸駐車場を意味するのか、それとも関東風の車両置場を表しているのかが問題です。数百台規模の後者ではないかと私は解釈しています。

作詞の宮沢和史は甲府市内の小中学校から甲府南高、明治大と進んでいますので、関西圏ではなく四国でもありません。1966年生まれですので、1994年は20歳代の後半です。

仮に関西風の貸駐車場を知っていたとしても、関東圏では通じない「モータープール」を積極的に使う理由はありません。

ROSSOというロックバンドにも「モーター・プール」という楽曲があります。2002年発売のファーストアルバム「BIRD」に収録されています。こちらは立体駐車場のようです。

作詞のチバユウスケは鎌倉出身の1968年生まれで、湘南学園高から明学大に進学しています。発売当時は30歳代の半ばです。立体駐車場ですので、車両置場ではなく貸駐車場ということになります。

大江千里の「BOYS & GIRLS」には歌詞の中に「モータープール」が登場します。1984年発売のセカンドアルバム「Pleasure」の収録曲です。2014年に槇原敬之がアルバム「Listen To The Music 3」でカバーしています。

RAZZ MA TAZZの「EYES」にも「モータープール」が出てきます。1996年発売のサードアルバム「PRESENT」の収録曲です。このアルバム、オリコン2位だそうです。

「BOYS & GIRLS」の大江千里も「EYES」を作詞した阿久延博も大阪出身で関西の大学です。当然のように「モータープール」とは貸駐車場のことだと思われます。

最近では、たこやきレインボーの「絶唱!なにわで生まれた少女たち」で「モータープール」がネタ的に使われています。たこやきレインボー3曲目のシングルで2014年の発売です。作詞は大阪出身の前山田健一です。

というわけで、「絶唱!なにわで生まれた少女たち」のMVを埋め込もうと思っていたわけですが、先日公開されたばかりのこの動画にしておきます。

私はPCに向かうときは、You Tubeを自動再生しています。動画を見ているわけではなく、音声だけ聞いています。てっきり本人だと思っていました。

曲は「灰とダイヤモンド」の落ちサビで、歌っているのはたこ虹のイエローでセンターの清井咲希です。たこ虹の赤は2014年に卒業しており、「絶唱!なにわで生まれた少女たち」は現在の5人編成になって最初の曲です。