逆算スイッチ

アイドルからシンガソングライターへの転身を果たした顕著な成功例は竹内まりやです。竹内まりやは大学在学中の1978年11月にシングルとアルバムの同時リリースで歌手デビューしています。

純粋なアイドルと言うよりアイドル枠に組み込まれていただけのことかもしれません。留学経験があることから、大学在学中と言ってもデビュー当時で23歳です。3枚目のシングル「September」で1979年レコード大賞新人賞を受賞しています。

翌1980年の「不思議なピーチパイ」がアイドル時代の代表作になるはずです。デビュー3年後の1981年末、9枚のシングルと5枚のアルバムを残して休養を宣言、1982年4月に山下達郎と結婚します。

活動再開は楽曲提供でした。同年8月発売の堀ちえみ「待ちぼうけ」より9月発売の河合奈保子「けんかをやめて」が有名ですが、シンガーとしての復帰は1984年4月の「もう一度」まで待たなければなりません。休養から2年強です。

そうなってほしいという期待を込めて、私は有安杏果を竹内まりやと重ねていた部分がありました。その顰に倣って、まずは楽曲提供で戻ってきてほしいと考えています。

シンガーとしての復帰があるなら、来年の「ももいろ歌合戦」ではないかと勝手に期待しています。「ミスX(初)」あるいは「ミセスX(初)」として、お土産の新曲を披露してほしいという願望があります。

今後のももクロでは封印されてしまいかねない「words of mind」をカウントダウン・ライブで歌い、早見あかりらのOGも加えて「あの空へ向かって」で〆れば、カウコンとしては理想なのかもしれません。

1978年4月解散のキャンディーズは、1980年に伊藤蘭と田中好子が女優で復帰しています(藤村美樹は1983年に歌手として一時的に復帰)。事情はそれぞ異なりますが、最近ではアンジェラ・アキの「無期限活動停止」や絢香の「活動休止」も約2年です。

「BUBUKA」3月号の記事でもっとも印象的だったのは「逆算スイッチ」です。準備と計画の人だった有安杏果はこのスイッチを一度完全にOFFにするために卒業を選んだのだという解釈です。

私は当初、ソロ活動で行き詰まりを感じてインプット期間を必要としたのだろうと思っていましたが、どうやらそういうことではないようです。

ソロライブの関係もあって、有安杏果はももクロのメンバーの中ではラジオ単独出演がもっとも多かったはずです。彼女の発言を時系列で文字に起こししてみました。まずは大学に入った頃の発言です。

★2013/04/16「ミューコミプラス」

今、ほんと時間が欲しくて。これ言っちゃたら、ズルいとは思うんですけど、なんかほんとやりたいことが、なんか高校を卒業したからこそ、逆にこう自由じゃないですか。だからこそ、いろいろこれもやりたい、これもやりたいって思って、一日がほんと早すぎて。いつも気づいたらもう夜中みたいな

次は19歳の誕生日を国立で迎えた直後です。

★2014/03/25「真夜中のハーリー&レイス」

いつか1人で、なんかソロコンサートみたいなことができたらいいなって思います

初ソロコンは2016年7月の横浜アリーナでした。ラジオではありませんが、初ソロコンの告知です。ライブのタイトルは「ココロノセンリツ 〜Feel a heartbeat〜 Vol.0」です。

★2016/05/06「momocloTV」

有安「たぶん、ずっとこのタイトルで、死ぬまでやっていこうと思っているので」
川上「死ぬまでやりますか?」
有安「はい、死ぬまで」
川上「ライフワークってことですね」
有安「はい」
川上「ということは、この先もある」

横アリ1か月前です。

★2016/06/08「ミューコミプラス 」

歳を重ねるごとに自分のやりたいことが明確になってきました

Vol.1の東名阪ツアー1週間前です。卒業を事務所に伝えた時期と前後するはずですが、微妙な発言がありました。かつて「ポンキッキーズ」で共演したブラザー・トムに次のように返しています。

★2017/06/16「One More Pint」

トム「ももクロってさ、オリンピック出んの?」
有安「いや、出たいですけどぉ」

字面だけなら、2020年への意欲を示しているようにもとれますが、テンション高めに応じたのは、心を許している旧知のトムがももクロを活動を知っていてくれたことへの反応に過ぎないのかもしれません。

最後は「メンバーに言ってみよ、喜ぶわ」という発言でこの話題は終わっています。チームももクロのオリンピックへの意欲は、結果的には早めの決断を促すことになったものと思われます。

オリンピックへの「逆算スイッチ」をONにすることを拒む以上、遅くなればなるほど辞めにくくなります。事務所側としても、必要以上に慰留することはできません。直前で辞められるより今のほうがダメージは少なくて済みます。

「年明け前」とされるメンバーへの報告でも、当然のようにこの話題は出たはずです。「4人とモノノフで奇跡の5人」というラスコンのいささか奇異な発言は、オリンピックへのアシストのつもりだったのかもしれません。

武道館の爪痕

山口百恵は1973年4月のレコード・デビューで、1979年10月に恋人宣言、1980年3月に婚約と引退を発表、同年10月に引退しています。歌手としての活動期間は7年半です。

キャンディーズは1972年結成、1973年9月に歌手デビュー、1977年7月に解散宣言、事務所の説得に応じて解散を先送りし、1978年4月が解散コンサートでした。結成時からの活動期間は満6年です。

有安杏果は2009年2月初めに「Power Age」に加入、このユニットは同年5月末に解散します。ももクロ加入は7月です。Power Age時代から考えれば、ほぼ9年になります。ももクロがブレイクした2011年から数えても7年です。

期間としては十分であって、「疲れた」や「まず寝ます」は本音でしょう。Power Age時代のブログには次のような記述もあります。武道館はアーティスト志向の「集大成」だったわけです。

▼「ももパワー充電所」2009-02-28 21:30:14「いろいろ・・・伝達事項?!」

私はどちらかというと・・・
女優より、歌手やアーティストになりたいです(*’-’*)

で、その武道館ソロライブの公式パンフを今日になってようやく入手したわけですが、「最後」のキーワードを確認することができました。

久しぶりに訪れた2chが「5ちゃんねる」に変わっていて、ちょっと驚きましたが、ももクロ板の杏果スレにはこんな投稿もありました。MCでも「最後のココロノセンリツ」だと語っていたそうです。

【有安杏果】ココロノセンリツ~Feel a heartbeat~Vol.1.5 ★22【ネタバレ有り】

227モノノフ名無しさん(SB-iPhone) (ササクッテロル Sp85-ven3)2017/10/20(金) 21:48:14.68ID:po8r74bGp
なんか最後のあいさつが引退する人みたいで逆に笑った

武道館を見ていない私ですが、20人のキッズダンサーを従えて「Choo Choo TRAIN」を歌ったという記事は読んでいました。私には強い違和感がありました。

660モノノフ名無しさん(地震なし) (ワッチョイ 1618-U5aN)2017/10/21(土) 23:10:51.04ID:9uZO1Uo60
@sOr_maruO
杏果ちゃんのchoochootrainのダンサーはEXPG時代一緒に踊ってた子、
キッズダンサー20人は小さい頃に経験した自分と同じ景色を見せたかったからだとか( i _ i )
更に20人の親御さんにも見てもらいたくて親御さんも招待したらしい( i _ i )

「集大成」という身辺整理だけでなく、バトンを渡そうとしているわけです。卒業発表後、武道館はまるで引退コンサートだったというブログコメントもありましたが、彼女の秘めたメッセージは一部には届いていたわけです。

それがまた、卒業発表のコメントと重なります。

▼「ももパワー充電所」2018-01-15 12:00:00「ファンの皆様へ」

8年間一緒に歩いてきたみなさんの中に「お疲れ様」と言ってくれる人が一人でもいたら嬉しく思います。
8年間、本当にありがとうございました。

(・Θ・)卒業

有安杏果がももクロに加入したのは2009年です。加入5周年の2014年、オフィシャルブログ「ももパワー充電所」には次のように綴られています。

★2014-07-26 02:41:27「7月26日.:*:゜☆」

今日は私にとって
本当にいろんな意味で
とっても大事な日.:*:゜☆

みんなのおかげで
ももクロ加入5周年を
無事迎えることができたよ(*’-’*)

そしてみんなと過ごす
最高の夏が始まる(*≧∇≦*)

全力で届けるから
しっかり受け取ってよー♡

来れない人にもパワー送るかんねー(*・Θ-*)

6周年も前向きです。

★2015-07-28 00:44:06「ありがとうのプレゼント、ありがとう.。.:*♡」

あとチビノフがお願いしてくれたというソロコンは
ほんと来年くらいに出来たらいいな☆とは思ってるんだけど

まぁなにぶんまだまだ助走してる途中なんで・・・

とにかく今は
気長に待っててくれたら嬉しいなッ(*˘Θ˘*)

いつか必ず、夢は叶えるから☆

初めてのソロコンサートは2016年7月3日の横浜アリーナでした。

★2016-07-06 01:21:16「スタートライン!!」

でもね、私の夢はこれで終わりなんじゃなくて
ここからだから!!

これからも
ももクロとして頑張りつつ
みんなに伝えたい想いを歌にしたり、詩に書いたり、曲を作ったり、
またライブやって
みんなに届けていきたいです!♪

これからもみんなと幸せな時間をたくさん過ごせるよーに
有安杏果、もっともっと頑張っていくよーーー!!

その直後の7周年です。

★2016-07-26 20:36:31「夢を繋げて.+*:゚+。.☆」

去年の今頃はまだ夢でしかなかった
ソロコンサートも
無事今年実現することが出来たしっ.+*:゚+。.☆

これからも
ももいろクローバーZとして
有安杏果として
みんなと一緒に
8年目のスタートを切っていきたいなと思います(*˘︶˘*).。.:*

音の魔法 一緒に浴びてこーー.+*:゚+。.♪

8周年はソロの東名阪ツアーを終え、仙台と武道館公演が発表された時期でした。これまでとは、ややニュアンスが異なります。おそらく7月の時点では決意していたものと思われます。

★2017-07-26 22:51:03「7がつ26にち 8周年!」

2009年7月26日14歳の時に
ももクロメンバーとして
スタートしてから
ちょうど8周年になりました!!

中学3年生から大学卒業まで
とにかく気力・体力・青春
全部ももクロでした。

これからも
ももいろクローバーZを
どうかよろしくお願いします!

武道館はいわば餞の舞台として用意されたのではないかとさえ思えてきます。仙台も外せなかったはずです。武道館に続くAEイベ後に更新されたブログでも「ももクロをよろしく」であり、次のソロコンの話題にはなりません。

★2017-10-22 20:45:50「足イタイ」

これからも
ももクロのことをどうか
よろしくお願いします_(._.)_

ももクロ曲はパート分けされていますが、「白い風」や「灰とダイヤモンド」などで大切な部分を担っているのが有安杏果です。「ももクロのニッポン万歳!」の東北パートもあります。

楽曲的なダメージは大きく、色合い的にも緑が欠けると同系色で揃ってしまいます。「奇跡の5人」と呼ばれた関係性を今後どうカバーしていくのかという楽しみはあります。プロレスなら引退したレスラーが復帰するのはよくあることです。

ソロ曲「心の旋律」をある程度は歌い込んだ私としては、本人が「引退」を明言したわけではないことに復帰の芽はあると思っています。JOYには入っている「小さな勇気」が早くDAMでも配信してほしいところです。