隠岐の島の西郷

地理院地図で「西郷」を検索すると167件ヒットします。地域的には偏在しており、まず北海道、青森、秋田にはありません。新潟、富山、石川、群馬、埼玉、神奈川、山梨、長野もなく、四国4県や沖縄も空白地帯です。

▲1901年まで新潟には中頸城郡西郷村が存在していました。

8月22日の最大瞬間風速1位は島根県の「西郷」です。3月12日の最大瞬間風速1位は「西郷岬」の観測地点でした。後者は隠岐空港(隠岐世界ジオパーク空港)で、前者は西郷港近くの高台にあり露場の標高は27mということです。

ストリートビューは標高1~3mの道路だけで、肝心の寿坂には通っていませんので、測候所跡の観測ポイントを確認することができません。両者の位置関係は次のようになります。直線では3kmに満たない距離です。

隠岐の島・島後(Google Earthプロ)

島後(どうご)は隠岐の島の本島です。西ノ島・中ノ島・知夫里島などで構成される東の島前(どうぜん)には観測ポイントはありません。西郷町(さいごうちょう)を含む島後の2町2村は2004年に合併して、今は丸ごと隠岐の島町です。

西郷町や西郷村を名乗っていた自治体は10以上を数えますが、現存するのは福島県西白河郡西郷村(にしごうむら)のみです。さて、西郷があるからには東郷もあるはずです。かつては西郷町東郷だったようです。

地理院地図では青ヶ島にも西郷の地名があります。残念ながら青ヶ島には東郷はなく、西郷地区の東にあるのは休戸郷(やすんどごう)です。なお、青ヶ島のアメダス観測点は雨量のみの計測です。

青ヶ島(Google Earthプロ)

宮古島と下地島

今年の最大瞬間風速は1月16日に宗谷岬で記録された42.5m/sでしたが、8月8日の下地は43.2m/s、翌9日の宮古島は46.6m/sで、連日更新されました。台風9号は宮古島の西を北上し、その後は中国沿岸部に被害をもたらしました。

宮古島のアメダス観測点は宮古島地方気象台です。「~気象台」の名称が付く施設は全国に61か所あり、広域の北海道が7で沖縄が4、主要空港を抱える東京、千葉、愛知、大阪、福岡が2、残り40府県は各1の配置です。

埋め込んだのは2015年12月のストビューです。気象台の標高は40mで周囲は住宅地です。この角度ではちょうど木の枝に隠れて見えませんが、風速風向計は屋上に設置されています。最新2018年8月のストビューでは枝は剪定されています。

宮古島付近(© OpenStreetMap contributors)

一方、8月8日の最大瞬間風速1位・下地(しもじ)の観測ポイントは下地空港内です。3000m滑走路を備えた訓練用飛行場として建設された下地空港は1979年の供用開始ですが、すでにJALもANAも徹底しています。

軍事転用の話がなかったわけではありませんが、今年3月からジェットスターによる定期便(8月1日現在では成田便と関空便が1日1往復)が、7月には香港エクスプレスによる週3便の国際線も就航しています。

さて、下地空港があるのは下地島です。伊良部島と下地島の間の海峡には6本の橋が架けられています。両者は陸続きではありません。下地空港前の2012年2月のストビューです。

宮古島と伊良部島は全長3.5kmの伊良部大橋で結ばれています。かつては伊良部島と下地島で伊良部町でしたが、2005年に宮古島の平良市などと合併して今は宮古島市です。

ちなみに、宮古空港にもアメダスの観測地点がありますが、「鏡原」の名称で呼ばれています。宮古島にはもう1か所、東海岸に城辺(ぐすくべ)の観測ポイントがあります。

引田(ひけた)と財田(さいた)

7月10日と11日の最大瞬間風速1位は東かがわ市南野の「引田(ひけた)」で、7月11日の最高気温1位は三豊市財田町の「財田(さいた)」でした。香川県の観測ポイントが1位になるのは、少なくとも今年は初めてです。

香川県東端の東かがわ市は2003年に引田町など3町の合併で市制施行しています。「引田」のアメダス観測ポイントは、標高12mで瀬戸内海から1km足らずです。最大瞬間風速は2日とも南東の風ですから讃岐山脈からの吹き降ろしです。

財田と引田(Google Earthプロ)

香川県西部の三豊(みとよ)市は2006年に三豊郡7町が合併して成立しています。「財田」の露場は標高65mで、道路からやや奥まったところにあります。財田川の北側です。

確定した死刑判決が再審で無罪に覆った冤罪事件は4例あります。財田川事件もそのうちの1つです。1950年に当時の財田村で起きた強盗殺人事件が発端ですが、事件そのものと財田川は無関係です。

冤罪事件は島田事件、松山事件、弘前事件のように地名で呼ばれるか、吉田岩窟王事件、加藤老事件、免田事件、袴田事件のように冤罪被害者の姓を冠するのが一般的です。

  • 1950年2月 財田村で強盗殺人事件発生
  • 1950年4月 隣村農協の強盗傷害事件で逮捕
  • 1950年6月 農協事件の有罪判決
  • 1950年8月 本件で起訴
  • 1952年2月 高松地裁丸亀支部で死刑判決
  • 1956年6月 高松高裁が控訴棄却
  • 1957年1月 最高裁が上告棄却(死刑確定)
  • 1958年3月 第1次再審請求棄却
  • 1964年3月 再度の再審を求める手紙を送るも裁判所内で5年間放置
  • 1972年9月 第2次再審請求を丸亀支部が棄却
  • 1974年12月 第2次再審請求の即時抗告を高松高裁が棄却
  • 1976年10月 最高裁が地裁に差し戻し
  • 1979年6月 高松地裁が再審開始の決定
  • 1981年3月 高松高裁が検察側の即時抗告を棄却(再審確定)
  • 1984年3月 高松地裁で無罪

Wikipedia「財田川事件」のページには次のように記述されています。再審を棄却した裁判官に確信はなかったわけです。

地名の「財田」ではなく川の「財田川」と呼称する由来は、1972年に再審請求を棄却した裁判所の文言で越智伝判事が「財田川よ、心あらば真実を教えて欲しい」と表現したことである。

Wikipedia「財田川事件」

実際には「心あらば」ではなく「心あば」だったようです。

猿はいない猿島、鹿がいる友ヶ島

5月27日に最大瞬間風速1位を記録したのは和歌山県の友ヶ島でした。紀淡海峡に蓋をするかのように連なる友ヶ島は、地ノ島、虎島、沖ノ島、神島の総称です。4島で最大の島は定期船の船着き場がある沖ノ島です。

沖ノ島=友ヶ島という理解でも、あまり差し障りはないようです。定期船は5月27日と翌28日には全便欠航となっています。アメダスの観測点は沖ノ島西端の友ヶ島灯台付近にあります。対岸の西4km先には淡路島が構えています。

明治初期に築造された友ヶ島灯台は全国23基の保存灯台の1つです。灯台から観測露場まで100m足らずです。灯台と露場の間には東経135度の子午線が通過しています。「日本標準時子午線 日本最南端の地」の安っぽい標柱が建っています。

友ヶ島にはキャンプ場もあり、宿泊施設もあります。この宿泊施設は定期船第1便の到着より早い時間帯に朝食を提供しています。通年の居住者がいるわけではないにせよ、それで無人島と言えるのか疑問に思わなくもありません。

同じく砲台跡がラピュタ感を醸し出す横須賀沖の猿島では、キャンプは禁止されており、宿泊施設もありません。私の感覚では、猿島は白か黒かで言えば無人島の部類であり、友ヶ島は限りなく有人島に近い存在です。

猿島の沖合に(上陸できない)海堡があるように、砲台跡は当然ながら淡路島側にも残っていますが、紀伊半島側にも砲台跡があります。ラピュタの香りは船に乗らなくても味わえるわけです。

砲台の遺構は函館や対馬など各地に存在します。猿島と友ヶ島は東京湾と大阪湾への侵入を防ぐいわば最後の砦です。ただし、海岸砲台は空からの攻撃や潜水艦に対してはほぼ無力です。

キャンプだけでなくコスプレや花火やドローンが禁止されている猿島とは異なり、猿ヶ島では(今のところ)そのような制限はないようです。猿島にサルはいませんが、友ヶ島にはシカやリスやクジャクがいます。

管理されたラピュタが猿島で、シカの糞がキャンプ場のそこら中に転がっていても手を加えないのが友ヶ島です。そういう意味では、猿島のほうが有人島的であり、友ヶ島では無人島の雰囲気に浸ることが可能です。

無人島・有人島についても日本標準時子午線のように複数の考え方がありそうです。なお、虎島は沖ノ島の陸繋島ですが、沖ノ島西端から虎島西端まで3kmほどあります。海岸線延長1.6kmの猿島とはそもそも規模が違います。

友ヶ島の一般的な表記は「友島」ですが、気象庁Webサイトでは「友島」を用いていますので、あちらのページではそのまま「友ケ島」としています。

三峰五岳の一角

雲仙岳の最高峰は平成新山の1483mです。ピーク時は1488mだったそうです。平成新山は1990年から1996年にかけての普賢岳の噴火活動で形成された溶岩ドームです。「三峰五岳の雲仙岳」の「三峰五岳」に平成新山は入っていません。

「三峰」は普賢岳(1359m)、国見岳(1347m)、妙見岳(1333m)で、「五岳」は九千部岳(1062m)絹笠岳(879m)、高岩山(881m)、野岳(1142m)、矢岳(940m)です。

「四峰五岳」に昇格?しなかったのは、平成新山が普賢岳の派生物という認識だからからなのでしょうか。1991年6月には噴火による火砕流で40人以上が亡くなり、全焼した小学校は災害遺構として保存されています。2012/12のストビューです。

さて、「雲仙岳」はもともとは島原半島の山々の総称だったそうですが、ときに普賢岳の別称のように用いられたり、「三峰」もしくは「三峰五岳」を指すこともあるようです。

アメダス観測地点としての「雲仙岳」は、風速・風向については絹笠山の山頂、気温や降水量、日照時間はその麓の温泉街に設けられています。年間の平均風速は1978~2002年が1.2~1.5km/s、2003年以降が4.4~4.9km/sです。

温泉街で計測していた風速・風向の観測ポイントを、温泉街より200mほど標高の高い絹笠山山頂に移したのが2003年ということになりそうです。赤のマーカーが絹笠山山頂で、「雲仙地獄」が温泉街です。

青が普賢岳山頂、その東の盛り上がったところが平成新山、緑のマーカーは旧・大野木場小学校の被災校舎です。絹笠山から普賢岳まで直線で約4.5kmになります。破線が市境界で、西が雲仙市、東が島原市、南は南島原市です。

絹笠山山頂の「雲仙岳」観測地点における4月9日23:40から4月10日0:30にかけての10分ごとの最大瞬間風速は次のように推移しました。風のピークは日付を跨いだこの1時間でした。

  • 23:40 28.0km/s
  • 23:50 31.8km/s
  • 24:00 31.2km/s
  • 00:10 32.3km/s
  • 00:20 27.2km/s
  • 00:30 28.1km/s

4月9日23:48に記録された31.8km/sはこの日の最大瞬間風速全国1位、4月10日00:06に記録された32.3km/sも最大瞬間風速全国1位です。ピークがたまたまこの時間帯だったことで「一粒で二度おいしい」結果が訪れたのでした。

雲仙には行基が開祖とされる大乗院満明寺と温泉(うんぜん)神社があります。空海や義経と同様、行基も各地に「伝説」を残しています。いずれは「行基MAP」を作成するつもりです。


【2019/04/17追記】
4月13日と14日の本泊(利尻島)でも同じ現象が起きています。13日23:42に20.6m/s、14日0:40に22.1m/sを記録した本泊は2日連続で最大瞬間風速1位です。ありがちなことのようです。