住吉会前会長の死亡当日、子分らが前会長宅から現金強奪

葬儀の前

暴力団関係のニュースの大半は、ソースが警察発表か捜査員からのリークであり、事件の内容や背景がよく理解できないことが少なくありません。12月6日、住吉会の小川修司こと小川修会長や共和一家の大多和賢治総長ら7人が窃盗などの容疑で千葉県警に逮捕されています。

Yahooニュース>住吉会の現会長ら窃盗容疑で逮捕 前会長宅から5千万円持ち去ったか 被害届撤回も図った疑い 千葉県警捜査(12/6(土) 19:27配信=元記事は千葉日報)

 小川容疑者の逮捕容疑は組員らと共謀し、2022年5月31日~翌6月1日ごろ、76歳で死去した関功前会長の柏市内の邸宅に侵入し、5千万円を盗んだ疑い。この件を巡り、被害届を警察に出した前会長関係者の50代女性を23年10月22日、柏市内に呼び出して取り囲み、2千万円を渡そうとして、被害届の撤回などを図った疑いもある。
 捜査4課によると、現金持ち去りの被害届は横領容疑で23年9月に出ていた。

関氏(当時の役職は代表)は2022年5月31日の午前中に病院に搬送され、昼過ぎには亡くなったとされています。葬儀は6月2日から4日にかけて千葉県富里市の共和一家本部で執り行われ、全国の組関係者が参列しました。

1年過ぎた2023年夏ごろ、今回の話は噂として出回ります。親分が死んだその日のうちに、子分たちが柏IC近くにある関氏宅に押し入り、数千万の現金と絵画などを盗み出して山分けしたというストーリーは興味深くはあります。

銀行口座が使えない以上、多額の現金が自宅にあったのは理解できます。屋敷の管理に組員が派遣されるのもその世界では常識でしょうし、金庫の在り処もわかっていたはずです。その現金は大半が上納金ですから、元はと言えば組員らが稼いだ金です。

理屈としては考えられる話だとしても、義理もなければ組織としてのガバナンスも欠落しています。本当にこれを実行したのなら、小川氏が死んだときに子分の大多和氏らが同じことをやるはずです。

1964年の第1次頂上作戦

1964年3月26日、警察庁は広域10大暴力団を指定しました。秋に控えた東京オリンピックを前にしたいわゆる第1次頂上作戦です。まだ暴対法も暴排条例もない時代のことです。

神戸山口組存続
神戸本多会1965年4月解散
大阪柳川組1969年4月解散
熱海錦政会→稲川会
東京松葉会1965年5月解散、1973復活
東京住吉会1965年5月解散、1969住吉連合として再集結
東京日本国粋会1965年12月解散、1991国粋会(山口組2次団体)
東京東声会→東亜会を経て復活(山口組3次団体)
川崎日本義人党→武蔵屋一家(住吉会2次団体)
東京北星会1965年3月解散
▲第1次頂上作戦

10団体のうち半分以上は解散しましたが、復活した団体もあり、他団体に糾合された団体もあります。完全消滅したのは本多組と柳川組、それに北声会です。

1次団体としての「住吉会」は1965年の磧上(せきがみ)義光会長の逮捕によって解散しますが、2次団体としての「住吉一家」を解散したわけではなかったようです。

住吉会

磧上氏は1967年に亡くなり、中里一家の堀政夫氏が「住吉一家」5代目を継承します。1969年に堀氏の下で旧住吉会は「住吉連合」として再結集し、1982年には「住吉連合会」に改称することになります。

堀氏は1988年に「住吉連合会」会長から総裁に退き、会長には日野一家の川口喨史総長が就任します。川口氏は1990年に死去し、後任には理事長の西口茂男氏が昇格します。短期間ながら川口氏は1次団体会長の任にありましたが、ボスとしては認められていないようです。

初代伊東松五郎
19182代目倉持直吉(中里一家)
19483代目阿部重作(芝浦高木組)
19624代目磧上義光(上萬一家)
19675代目堀政夫(中里一家)
19916代目西口茂男(向後)
19987代目福田晴瞭(小林会)
20148代目関功(共和一家)
20219代目小川修司(共和一家)
▲住吉会(7代目まではおおむね住吉一家)

堀氏も同年に亡くなり、西口会長が名目的な2次団体「住吉一家」6代目を継いだのは翌1991年です。同時に1次団体「住吉連合会」は「住吉会」に戻りました。西口氏が福田氏に「住吉一家」総長を譲るのは2005年でした。福田氏に至っては今年春まで「住吉一家」7代目を続けました。

芝浦事務所と住共済会館

初代・伊東松五郎氏が住吉町(今の中央区日本橋人形町2丁目)出身であることから住吉一家の名称になったそうです。本部は長らく赤坂にありました。千代田線赤坂駅の乃木坂寄りです。9階建てのビルは2023年に解体工事が始まり、今は駐車場です。

新宿7丁目のマンションに越しましたが、暴追センターが起こした使用差し止めの仮処分を裁判所が認めたことで再移転を余儀なくされ、芝浦事務所が現在の拠点のようです。

住吉会
住吉会(地理院タイルを加工)

この芝浦事務所は福田氏が自宅として使用していたらしく、福田氏が引退したことで本部として使えるようになったようです。

住吉会本部

埼玉県日高市の国道407号入口には「住共済会館」という建物があります。

住共済会館

法律的な裏付けがあるとは思えませんが、共済会的なこともやっているのだろうと思われます。跡目相続や会合で使われる施設です。

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