【ブログ】5代目んだ

逆算スイッチ

アイドルからシンガソングライターへの転身を果たした顕著な成功例は竹内まりやです。竹内まりやは大学在学中の1978年11月にシングルとアルバムの同時リリースで歌手デビューしています。

純粋なアイドルと言うよりアイドル枠に組み込まれていただけのことかもしれません。留学経験があることから、大学在学中と言ってもデビュー当時で23歳です。3枚目のシングル「September」で1979年レコード大賞新人賞を受賞しています。

翌1980年の「不思議なピーチパイ」がアイドル時代の代表作になるはずです。デビュー3年後の1981年末、9枚のシングルと5枚のアルバムを残して休養を宣言、1982年4月に山下達郎と結婚します。

活動再開は楽曲提供でした。同年8月発売の堀ちえみ「待ちぼうけ」より9月発売の河合奈保子「けんかをやめて」が有名ですが、シンガーとしての復帰は1984年4月の「もう一度」まで待たなければなりません。休養から2年強です。

そうなってほしいという期待を込めて、私は有安杏果を竹内まりやと重ねていた部分がありました。その顰に倣って、まずは楽曲提供で戻ってきてほしいと考えています。

シンガーとしての復帰があるなら、来年の「ももいろ歌合戦」ではないかと勝手に期待しています。「ミスX(初)」あるいは「ミセスX(初)」として、お土産の新曲を披露してほしいという願望があります。

今後のももクロでは封印されてしまいかねない「words of mind」をカウントダウン・ライブで歌い、早見あかりらのOGも加えて「あの空へ向かって」で〆れば、カウコンとしては理想なのかもしれません。

1978年4月解散のキャンディーズは、1980年に伊藤蘭と田中好子が女優で復帰しています(藤村美樹は1983年に歌手として一時的に復帰)。事情はそれぞ異なりますが、最近ではアンジェラ・アキの「無期限活動停止」や絢香の「活動休止」も約2年です。

「BUBUKA」3月号の記事でもっとも印象的だったのは「逆算スイッチ」です。準備と計画の人だった有安杏果はこのスイッチを一度完全にOFFにするために卒業を選んだのだという解釈です。

私は当初、ソロ活動で行き詰まりを感じてインプット期間を必要としたのだろうと思っていましたが、どうやらそういうことではないようです。

ソロライブの関係もあって、有安杏果はももクロのメンバーの中ではラジオ単独出演がもっとも多かったはずです。彼女の発言を時系列で文字に起こししてみました。まずは大学に入った頃の発言です。

★2013/04/16「ミューコミプラス」

今、ほんと時間が欲しくて。これ言っちゃたら、ズルいとは思うんですけど、なんかほんとやりたいことが、なんか高校を卒業したからこそ、逆にこう自由じゃないですか。だからこそ、いろいろこれもやりたい、これもやりたいって思って、一日がほんと早すぎて。いつも気づいたらもう夜中みたいな

次は19歳の誕生日を国立で迎えた直後です。

★2014/03/25「真夜中のハーリー&レイス」

いつか1人で、なんかソロコンサートみたいなことができたらいいなって思います

初ソロコンは2016年7月の横浜アリーナでした。ラジオではありませんが、初ソロコンの告知です。ライブのタイトルは「ココロノセンリツ 〜Feel a heartbeat〜 Vol.0」です。

★2016/05/06「momocloTV」

有安「たぶん、ずっとこのタイトルで、死ぬまでやっていこうと思っているので」
川上「死ぬまでやりますか?」
有安「はい、死ぬまで」
川上「ライフワークってことですね」
有安「はい」
川上「ということは、この先もある」

横アリ1か月前です。

★2016/06/08「ミューコミプラス 」

歳を重ねるごとに自分のやりたいことが明確になってきました

Vol.1の東名阪ツアー1週間前です。卒業を事務所に伝えた時期と前後するはずですが、微妙な発言がありました。かつて「ポンキッキーズ」で共演したブラザー・トムに次のように返しています。

★2017/06/16「One More Pint」

トム「ももクロってさ、オリンピック出んの?」
有安「いや、出たいですけどぉ」

字面だけなら、2020年への意欲を示しているようにもとれますが、テンション高めに応じたのは、心を許している旧知のトムがももクロを活動を知っていてくれたことへの反応に過ぎないのかもしれません。

最後は「メンバーに言ってみよ、喜ぶわ」という発言でこの話題は終わっています。チームももクロのオリンピックへの意欲は、結果的には早めの決断を促すことになったものと思われます。

オリンピックへの「逆算スイッチ」をONにすることを拒む以上、遅くなればなるほど辞めにくくなります。事務所側としても、必要以上に慰留することはできません。直前で辞められるより今のほうがダメージは少なくて済みます。

「年明け前」とされるメンバーへの報告でも、当然のようにこの話題は出たはずです。「4人とモノノフで奇跡の5人」というラスコンのいささか奇異な発言は、オリンピックへのアシストのつもりだったのかもしれません。

武道館の爪痕

山口百恵は1973年4月のレコード・デビューで、1979年10月に恋人宣言、1980年3月に婚約と引退を発表、同年10月に引退しています。歌手としての活動期間は7年半です。

キャンディーズは1972年結成、1973年9月に歌手デビュー、1977年7月に解散宣言、事務所の説得に応じて解散を先送りし、1978年4月が解散コンサートでした。結成時からの活動期間は満6年です。

有安杏果は2009年2月初めに「Power Age」に加入、このユニットは同年5月末に解散します。ももクロ加入は7月です。Power Age時代から考えれば、ほぼ9年になります。ももクロがブレイクした2011年から数えても7年です。

期間としては十分であって、「疲れた」や「まず寝ます」は本音でしょう。Power Age時代のブログには次のような記述もあります。武道館はアーティスト志向の「集大成」だったわけです。

▼「ももパワー充電所」2009-02-28 21:30:14「いろいろ・・・伝達事項?!」

私はどちらかというと・・・
女優より、歌手やアーティストになりたいです(*’-’*)

で、その武道館ソロライブの公式パンフを今日になってようやく入手したわけですが、「最後」のキーワードを確認することができました。

久しぶりに訪れた2chが「5ちゃんねる」に変わっていて、ちょっと驚きましたが、ももクロ板の杏果スレにはこんな投稿もありました。MCでも「最後のココロノセンリツ」だと語っていたそうです。

【有安杏果】ココロノセンリツ~Feel a heartbeat~Vol.1.5 ★22【ネタバレ有り】

227モノノフ名無しさん(SB-iPhone) (ササクッテロル Sp85-ven3)2017/10/20(金) 21:48:14.68ID:po8r74bGp
なんか最後のあいさつが引退する人みたいで逆に笑った

武道館を見ていない私ですが、20人のキッズダンサーを従えて「Choo Choo TRAIN」を歌ったという記事は読んでいました。私には強い違和感がありました。

660モノノフ名無しさん(地震なし) (ワッチョイ 1618-U5aN)2017/10/21(土) 23:10:51.04ID:9uZO1Uo60
@sOr_maruO
杏果ちゃんのchoochootrainのダンサーはEXPG時代一緒に踊ってた子、
キッズダンサー20人は小さい頃に経験した自分と同じ景色を見せたかったからだとか( i _ i )
更に20人の親御さんにも見てもらいたくて親御さんも招待したらしい( i _ i )

「集大成」という身辺整理だけでなく、バトンを渡そうとしているわけです。卒業発表後、武道館はまるで引退コンサートだったというブログコメントもありましたが、彼女の秘めたメッセージは一部には届いていたわけです。

それがまた、卒業発表のコメントと重なります。

▼「ももパワー充電所」2018-01-15 12:00:00「ファンの皆様へ」

8年間一緒に歩いてきたみなさんの中に「お疲れ様」と言ってくれる人が一人でもいたら嬉しく思います。
8年間、本当にありがとうございました。

(・Θ・)卒業

有安杏果がももクロに加入したのは2009年です。加入5周年の2014年、オフィシャルブログ「ももパワー充電所」には次のように綴られています。

★2014-07-26 02:41:27「7月26日.:*:゜☆」

今日は私にとって
本当にいろんな意味で
とっても大事な日.:*:゜☆

みんなのおかげで
ももクロ加入5周年を
無事迎えることができたよ(*’-’*)

そしてみんなと過ごす
最高の夏が始まる(*≧∇≦*)

全力で届けるから
しっかり受け取ってよー♡

来れない人にもパワー送るかんねー(*・Θ-*)

6周年も前向きです。

★2015-07-28 00:44:06「ありがとうのプレゼント、ありがとう.。.:*♡」

あとチビノフがお願いしてくれたというソロコンは
ほんと来年くらいに出来たらいいな☆とは思ってるんだけど

まぁなにぶんまだまだ助走してる途中なんで・・・

とにかく今は
気長に待っててくれたら嬉しいなッ(*˘Θ˘*)

いつか必ず、夢は叶えるから☆

初めてのソロコンサートは2016年7月3日の横浜アリーナでした。

★2016-07-06 01:21:16「スタートライン!!」

でもね、私の夢はこれで終わりなんじゃなくて
ここからだから!!

これからも
ももクロとして頑張りつつ
みんなに伝えたい想いを歌にしたり、詩に書いたり、曲を作ったり、
またライブやって
みんなに届けていきたいです!♪

これからもみんなと幸せな時間をたくさん過ごせるよーに
有安杏果、もっともっと頑張っていくよーーー!!

その直後の7周年です。

★2016-07-26 20:36:31「夢を繋げて.+*:゚+。.☆」

去年の今頃はまだ夢でしかなかった
ソロコンサートも
無事今年実現することが出来たしっ.+*:゚+。.☆

これからも
ももいろクローバーZとして
有安杏果として
みんなと一緒に
8年目のスタートを切っていきたいなと思います(*˘︶˘*).。.:*

音の魔法 一緒に浴びてこーー.+*:゚+。.♪

8周年はソロの東名阪ツアーを終え、仙台と武道館公演が発表された時期でした。これまでとは、ややニュアンスが異なります。おそらく7月の時点では決意していたものと思われます。

★2017-07-26 22:51:03「7がつ26にち 8周年!」

2009年7月26日14歳の時に
ももクロメンバーとして
スタートしてから
ちょうど8周年になりました!!

中学3年生から大学卒業まで
とにかく気力・体力・青春
全部ももクロでした。

これからも
ももいろクローバーZを
どうかよろしくお願いします!

武道館はいわば餞の舞台として用意されたのではないかとさえ思えてきます。仙台も外せなかったはずです。武道館に続くAEイベ後に更新されたブログでも「ももクロをよろしく」であり、次のソロコンの話題にはなりません。

★2017-10-22 20:45:50「足イタイ」

これからも
ももクロのことをどうか
よろしくお願いします_(._.)_

ももクロ曲はパート分けされていますが、「白い風」や「灰とダイヤモンド」などで大切な部分を担っているのが有安杏果です。「ももクロのニッポン万歳!」の東北パートもあります。

楽曲的なダメージは大きく、色合い的にも緑が欠けると同系色で揃ってしまいます。「奇跡の5人」と呼ばれた関係性を今後どうカバーしていくのかという楽しみはあります。プロレスなら引退したレスラーが復帰するのはよくあることです。

ソロ曲「心の旋律」をある程度は歌い込んだ私としては、本人が「引退」を明言したわけではないことに復帰の芽はあると思っています。JOYには入っている「小さな勇気」が早くDAMでも配信してほしいところです。

ニュルブルクリンクの魔物

今年に入ってからYou Tubeにあがっていたロードレース(自転車)の動画を見ていました。そのついでに、どうしても見たくなったのが、F1のかなり荒れたレースでした。有力ドライバーが次々と脱落し、最後はベテランが制したレースです。

2000年前後、雨のいたずら、ヨーロッパのコース、という漠然とした記憶しかありません。最初はシルバーストーンで探してみましたが、該当するレースはありませんでした。

1999年9月の第14戦、ドイツのニュルブルクリンクで開催されたヨーロッパ・グランプリこそが、私が見た中でもっとも面白かったF1のレースです。当時は全16戦でしたので、第14戦を含めて残り3戦です。

ポイントは、1位10P、2位6P、3位4P、4位3P、5位2P、1位1Pで与えられます。第13戦までのドライバーズ・ポイントは次のとおりでした。まだ、4人に優勝のチャンスがあります。

  • 60P ハッキネン(マクラーレン)予選3位
  • 60P アーバイン(フェラーリ)予選9位
  • 50P フレンツェン(ジョーダン)予選1位
  • 48P クルサード(マクラーレン)予選2位

フレンツェンは無限ホンダ初のポールポジションで、ハッキネンの7戦連続ポールを阻みました。ジェネ(ミナルディ)のトラブルでスタートはやり直しとなり、再スタートでハッキネンが2位に浮上します。

1コーナーで予選7位のヒル(ジョーダン)がスローダウン、予選11位のヴルツ(ベネトン)がヒルをかわそうとして予選13位のディニス(ザウバー)と接触、ディニスのマシンは裏返しになります。

この事故でセーフティーカーが入り、レース7周目に再開します。ニュルブルクリンクの魔物はしばらく息を潜めます。雨が降り始めた17周目の上位陣は次のとおりです。

  • 17周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
  • 17周目2位 ハッキネン(マクラーレン)60+6
  • 17周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  • 17周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 17周目5位 アーバイン(フェラーリ)60+2
  • 17周目6位 フィジケラ(ベネトン)13+1

このまま終われば年間チャンピオン争いからクルサードが脱落して、ハッキネンからフレンツェンを挟んでアーバインまで3者が6ポイント差という熾烈なデッドヒートになります。

フェラーリのピットにはレインタイヤが用意されていたもののアーバインがドライタイヤを要求したため、右リアタイヤが間に合わずピットストップが28秒というロスが生じたのでした。

また、20周目にいち早くレインタイヤに履き替えたハッキネンは、雨が上がり路面が乾くにつれて徐々に後退し、ドライタイヤに戻したときには周回遅れになってしまいます。

  • 26周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
  • 26周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 26周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  • 26周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  • 26周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 26周目6位 トゥルーリ(プロスト)1+1

このまま終われば、3人が60ポイントで並び、クルサードも52ポイントです。ラルフのピットイン後、クルサードは2位に上がります。1位10ポイントで2位6ポイントですから、第15戦と第16戦を連勝すれば6ポイント差は自力で逆転できます。クルサードの2位確保には大きな意味があります。

33周目、トップのフレンツェンと2番手のクルサードが同時にピットイン。フレンツェンはトップのままコースに復帰したものの電気系のトラブルによって1コーナーの先でストップし、リタイアします。

  • 34周目1位 クルサード(マクラーレン)48+10
  • 34周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 34周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 34周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  • 34周目5位 ハーバート(スチュワート)2+2
  • 34周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

これでクルサードがトップに立ち、そのままゴールすれば10ポイント獲得です。フレンツェンの0ポイントは確定し、ハッキネンとアーバインも入賞圏外ですから、このまま終われば、残り2戦で2ポイント差に3人がひしめく大混戦です。

35周目、再び雨が強く降り始め、挙動を乱すマシンが出てきます。ニュルブルクの
魔物はまだ手を休めません。37周目、クルサードがコースアウトしてリタイアします。

  • 40周目1位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+10
  • 40周目2位 フィジケラ(ベネトン)13+6
  • 40周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 40周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 40周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 40周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

7位まで上がっていたアーバインはレインタイヤに変えますが、これが裏目に出ます。ラルフがピットインした45周目にはもう路面は乾き始めました。ラルフのピットインで1位を奪ったのはフィジケラでした。

  • 47周目1位 フィジケラ(ベネトン)13+10
  • 47周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 47周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 47周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 47周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 47周目6位 バドエル(ミナルディ)0+1

フィジケラは勝てば初優勝です(本当に勝っていればベネトン最後の優勝でした)。ミナルディのバドエルが6位入賞圏内です。ミナルディの入賞は1995年最終戦以来ありません。このまま終わっても十分に「波乱」です。

49周目、アーバインを周回遅れにしたフィジケラがコースアウト、タイヤバリアで
ステアリングを投げ捨てたフィジケラは、外に出たあと金網にもたれたまま顔を上げません。これで、ラフルが再び1位となります。

ラルフが勝てば初優勝を地元で飾ることになります。ニュルの魔物はまだ牙を研いでいました。フィジケラのリタイア直後、ラルフは右リアをバーストして大きく後退します。6位に浮上していたアーバインはレインタイヤをドライに履き替えるために3回目のピットインです。

  • 60周目1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 60周目2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 60周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 60周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 60周目5位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+2
  • 60周目6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

このあと、ヴィルヌーヴがリタイア(完走扱い)して、アーバインが6位、ハッキネンが7位に浮上します。64周目、アーバインの左フロントがロックして、競っていたハッキネンが6位に上がり、ハッキネンは最終周回でジェネもかわして4位に食い込みます。

  • 1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 5位 ハッキネン(マクラーレン)60+2
  • 6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

ハーバートは4年ぶりの優勝、スチュワートとしては3年目の初優勝です。翌年からジャガーに引き継がれましたので、最後の優勝でもあります。もちろん1-3フィニッシュも初めてです。

F1参戦3年目のトゥルーリは初めての表彰台で、2回目は2003年ドイツまで待たなければなりません。プロストチームの2位は2年ぶり2回目(最後)で、プロスト・プジョーとしてはこの1回きりです。

3位に入ったバリチェロは翌年からフェラーリに移籍し、ミハエル・シューマッハとともに黄金時代を築きます。なお、ミハイルはこの年のイギリスグランプリで負傷して欠場中でした。

結果的に第15戦はアーバイン優勝でハッキネン3位、第16戦はハッキネン優勝でアーバイン3位でしたので、荒れた第14戦のラスト2周でハッキネンが奪った2ポイントは重かったわけです。

バスプールとタクシープール

あまり一般的ではないのかもしれませんが、「バスプール」あるいは「タクシープール」という呼称もないわけではありません。もっとも有名なのは仙台駅のバス乗り場だと思われます。

先日訪れた高知龍馬空港では、予約していたタクシーが「バスプール」内に待機していました。

ストリートビューで見ると、こんなところになります。

羽田の「バスプール」は観光バスの一時待機場所であって、そこで乗り降りするわけではありません。規模の違いでしょうが、高知空港の場合は乗り降りもここで行っているのではないかと思われます。

その性格は別にしても、空港の公式サイトで「バスプール」の存在を確認できるのは、羽田のほかに、福岡、那覇、神戸、高松といったところです。

一方、「タクシープール」は「バスプール」より一般的な用語のようです。タクシー乗り場へ向かうタクシーの一時待機場所が「タクシープール」と呼ばれています。

「タクシープール」の場合、用法的にも「蓄え」の意味と合致します。

サブブログの行方

予定どおり、1月1日付でサイト名を「あなぐると」に再変更しました。

今月やりたいことは、まず歌詞掲載用のブログ「寂しい/淋しい/さびしい/さみしい」の受け皿となるブログサービスを探すことです。これに関しては多少の時間がかかってもやむを得ないと思っています。

次に、モータープールをひとまず完結させる必要があります。全国的な分布はおおむね掴めましたが、まだやり残していることもあります。大阪市内の特定の区域で「モータープール」の比率がどれくらいなのかチェックしたいと考えています。

旧「セットポジション」からは1ページだけ焼き直しを再うpします。ここまでできれば、今月はOKとしなければならないでしょう。余裕があれば、マイマップの第4弾に着手することになります。

秋の気配

第116回ヒトカラ選手権は「秋の気配」がイチ抜けして、最終ラウンドのワンデートーナメント・年間グランプリ決定戦は大本命の「乙女のワルツ」が制しました。

決勝ラウンドA組は予選3位から11位が集結する最激戦区です。どの曲が来るかはまったく読めません。過去3回は4位、6位、10位の曲がファイナルステージに進出しています。

1曲目に歌った3位「桃色吐息」は92%でファイナルステージ進出が有力でしたが、6曲目の8位「雨の御堂筋」も同じ92%が出て、得点差で「桃色吐息」を退けました。

B組は2位と12位から19位の計9曲です。過去3回は2位、12位、14位の曲がファイナルステージに進み、3曲とも年間グランプリを獲得しています。91%が4曲揃って得点差で「さらば涙と言おう」がファイナルステージ進出です。

「さらば涙と言おう」生音バージョンの平均点は79点台、ノーマルバージョンも81点台です。今回の最終ラウンドでは生音バージョンで歌いました。来年のグランドチャンピオン大会にはエントリーしていません。

C組は1位と20位から27位です。予選1位曲は有利な条件で活かして過去3回のうち2回はファイナルステージに駒を進めています。今回の1位「乙女のワルツ」は94%でしたので、ほぼ戦意喪失の状態です。

「乙女のワルツ」はファイナルステージでも94%で、4回目の年間グランプリ決定戦で初めてのポール・ツー・ウィンを果たしました。通算入賞回数も16回となり、「青春の影」と並んで1位タイです。

一方のイチ抜けは、本命だったはずの「すこしだけやさしく」ではなく「秋の気配」でした。「秋の気配」は入賞9回目です。「白いパラソル」は8回目の入賞でイチ抜けしましたが、これを上回ることになります。

「秋の気配」はおそらくエントリーした回はすべて入賞しているのではないかと思われます。オフコースの入門曲という位置づけになるようです。

「すこしだけやさしく」については、安定性がなかなか上がりません。第117回も引き続きエントリーして、テンポを早めにして歌ってみようかと考えています。

2017年 年間グランプリ決定戦

第116回ヒトカラ選手権は決勝ラウンドを残すのみとなりました。決勝ラウンドは30日午前8時頃のスタートで正午前には終わるはずです。第116回は年間グランプリ決定戦でもあります。

準決勝終了で音程88%以上が28曲ありましたが、決勝進出枠は27曲です。音程が同点なら得点順となりますので、「ひまわりの丘」が決勝進出を逃しました。27曲のうち非イチ抜け曲は約半数の14曲です。

2013年末の第62回と2016年末の第104回は「イチ抜け該当なし」でした。9位入賞をイチ抜けの条件としているため、既イチ抜け曲が9位まで独占してしまった結果です。第62回準決勝終了時の暫定順位は次のとおりでした。

  1. 94.461(93)8 水色の朝 ♪ 松田聖子 ★
  2. 94.693(92)8 未来の花嫁 ♪ 松田聖子 ★
  3. 93.493(92)8 あなたに逢いたくて ♪ 松田聖子 ★
  4. 94.986(91)8 オリビアを聴きながら ♪ 杏里 ★
  5. 92.144(91)6 野ばらのエチュード ♪ 松田聖子 ★
  6. 91.913(91)7 二人の世界 ♪ あおい輝彦
  7. 91.654(91)6 乙女のワルツ ♪ 伊藤咲子 ★
  8. 91.617(91)8 夢をあきらめないで ♪ 岡村孝子
  9. 94.995(89)9 ▲恋はみずいろ ♪ 森山良子 ★

★印は既イチ抜け曲です。この回は音程順ですが、▲印の9位「恋はみずいろ」は得点順3位以内で入賞枠を確保しています。

決勝ラウンド9曲目に歌った「鳥の詩」が音程91%で暫定5位に飛び込こみ、「夢をあきらめないで」が入賞圏内から外れました。「二人の世界」は暫定7位に後退です。

21曲目の「想い出まくら」が音程93%で暫定2位に割り込み、「二人の世界」は崖っぷちの暫定8位に後退しました。残す9曲で非イチ抜け曲は「渚のバルコニー」、「夢をあきらめないで」、「二人の世界」の3曲です。

22曲目に歌った「渚のバルコニー」は88%で不発、23曲目の「夢をあきらめないで」は91%でしたが得点は伸びず、再逆転は果たせませんでした。25曲目が「二人の世界」でした。このあとには「乙女のワルツ」が控えています。

「二人の世界」が91%で92.950点以上なら暫定7位に浮上し入賞が確定しますが、音程89%でしたので暫定8位のままです。ラスト2曲目の「乙女のワルツ」待ちとなります。

結局、入賞枠外に後退していた「乙女のワルツ」が92%で6位に復活し、「二人の世界」は次点落選に押し出され、イチ抜けは該当なしという結末を迎えてしまったわけです。

昨年末の第104回は今回と同様、精密DXとDX-Gのミックス回でした。ミックス回の場合は、DXの得点とDX-Gのボーナス点加算前の素点を比較します。実際には1回戦第3ラウンドだけがDXでした。

残りの6ラウンドのDX-Gではボーナス点加算後の得点1位が非イチ抜け曲の「純愛」でしたが、素点では11位でした。もし、第3ラウンドがDX-Gだとしたら、「純愛」がイチ抜けしたはずです。

  • ボーナス加算後1位 98.672(96.967+表1.705)純愛 ♪ 片平なぎさ
  • ボーナス加算後9位 98.320(97.070+表1.250)青い珊瑚礁 ♪ 松田聖子

「青い珊瑚礁」は素点で得点順8位に食い込みましたが、「恋はみずいろ」と「あゝ人生に涙あり」が音程順1位と2位で入賞枠を確保したため、次点落選となりました。

今年の場合は、非イチ抜け曲は「秋の気配」が2位、「すこしだけやさしく」が4位に入っています。両者は99%以上の確率で入賞確実です。

私が行った野球場MAP

旧「セットポジション」の「今まで行った野球場リスト」のページをMy Map化してみました。

旧「セットポジション」では170球場で終わっていますが、その後に行った球場もあります。記憶にある3球場は加えておきました。スコアカードは捨てていないはずですので、そのうち日付も入れられるでしょう。

1996年7月13日、私は次のような観戦スケジュールを組んでいました。

  • 9:00試合開始予定 川口市営球場 高校野球埼玉予選
  • 14:00試合開始予定 江戸川区球場 高校野球東東京予選
  • 18:00試合開始予定 東京ドーム ファイターズ対マリーンズ

当時の私は東京ドームまで徒歩10分のところに住んでいました。「第3試合」の予告先発はグロスとヒルマンでした。テンポのいい両投手の先発ですから、21:00前には帰れると踏んでいました。

試合開始18:02で試合終了20:33です。目論見どおりに試合はサクサク進んだわけです。「第2試合」の江戸川球場は1試合日でした。日本のアマチュア野球にはフライング・スタートの慣習があります。

プロ野球の場合、準備が整っても定刻まで試合開始を待ちますが、アマは5分前に始まっても不思議ではありません。「第2試合」は13:58試合開始で16:15分終了です。東海大高輪台高と開成高の対戦でした。

江戸川球場から東京ドームまで、シートtoシートでも1時間あれば余裕です。江戸川球場を出た私は東京ドームに直行せず、いったん帰宅してシャワーを浴びました。なにしろ7月半ばです。

さて、「第1試合」の川口市営球場は3試合日でした。独協埼玉高 と大宮武蔵野高の対戦は、8:59に始まり、11:05に終わっています。川口市営球場から江戸川球場まで約1時間です。持て余してしまいます。

高校野球の予選は始まったばかりです。川崎球場では、12:00予定の桐光学園高の試合もあります。川口駅から川崎駅までは乗換なしですが、1時間弱かかります。球場から球場だと1時間半必要ですから間に合いません。

私は最寄りの西川口駅周辺で少し早めのランチをとりました。チェーン店ではないカレー屋さんのカウンター席で甘口カレーを食べたのを覚えています。残念ながらこの店をストリートビューで見つけることはできませんでした。

楽曲のモータープール

「島唄」はウチナーグチ・バージョンが1992年、スタンダード・バージョンが1993年リリースです。「島唄」を歌った4人編成のTHE BOOMには、その名も「モータープール」という楽曲があります。

「モータープール」 は、THE BOOM6枚目のオリジナル・アルバム「極東サンバ」の収録曲で発売は1994年です。歌詞は別ブログに掲げました。タイトルこそカタカナですが、歌詞中ではアルファベット表記です。

ここで歌われている「Motor Pool」が関西風の貸駐車場を意味するのか、それとも関東風の車両置場を表しているのかが問題です。数百台規模の後者ではないかと私は解釈しています。

作詞の宮沢和史は甲府市内の小中学校から甲府南高、明治大と進んでいますので、関西圏ではなく四国でもありません。1966年生まれですので、1994年は20歳代の後半です。

仮に関西風の貸駐車場を知っていたとしても、関東圏では通じない「モータープール」を積極的に使う理由はありません。

ROSSOというロックバンドにも「モーター・プール」という楽曲があります。2002年発売のファーストアルバム「BIRD」に収録されています。こちらは立体駐車場のようです。

作詞のチバユウスケは鎌倉出身の1968年生まれで、湘南学園高から明学大に進学しています。発売当時は30歳代の半ばです。立体駐車場ですので、車両置場ではなく貸駐車場ということになります。

大江千里の「BOYS & GIRLS」には歌詞の中に「モータープール」が登場します。1984年発売のセカンドアルバム「Pleasure」の収録曲です。2014年に槇原敬之がアルバム「Listen To The Music 3」でカバーしています。

RAZZ MA TAZZの「EYES」にも「モータープール」が出てきます。1996年発売のサードアルバム「PRESENT」の収録曲です。このアルバム、オリコン2位だそうです。

「BOYS & GIRLS」の大江千里も「EYES」を作詞した阿久延博も大阪出身で関西の大学です。当然のように「モータープール」とは貸駐車場のことだと思われます。

最近では、たこやきレインボーの「絶唱!なにわで生まれた少女たち」で「モータープール」がネタ的に使われています。たこやきレインボー3曲目のシングルで2014年の発売です。作詞は大阪出身の前山田健一です。

というわけで、「絶唱!なにわで生まれた少女たち」のMVを埋め込もうと思っていたわけですが、先日公開されたばかりのこの動画にしておきます。

私はPCに向かうときは、You Tubeを自動再生しています。動画を見ているわけではなく、音声だけ聞いています。てっきり本人だと思っていました。

曲は「灰とダイヤモンド」の落ちサビで、歌っているのはたこ虹のイエローでセンターの清井咲希です。たこ虹の赤は2014年に卒業しており、「絶唱!なにわで生まれた少女たち」は現在の5人編成になって最初の曲です。