武道館の爪痕

山口百恵は1973年4月のレコード・デビューで、1979年10月に恋人宣言、1980年3月に婚約と引退を発表、同年10月に引退しています。歌手としての活動期間は7年半です。

キャンディーズは1972年結成、1973年9月に歌手デビュー、1977年7月に解散宣言、事務所の説得に応じて解散を先送りし、1978年4月が解散コンサートでした。結成時からの活動期間は満6年です。

有安杏果は2009年2月初めに「Power Age」に加入、このユニットは同年5月末に解散します。ももクロ加入は7月です。Power Age時代から考えれば、ほぼ9年になります。ももクロがブレイクした2011年から数えても7年です。

期間としては十分であって、「疲れた」や「まず寝ます」は本音でしょう。Power Age時代のブログには次のような記述もあります。武道館はアーティスト志向の「集大成」だったわけです。

▼「ももパワー充電所」2009-02-28 21:30:14「いろいろ・・・伝達事項?!」

私はどちらかというと・・・
女優より、歌手やアーティストになりたいです(*’-’*)

で、その武道館ソロライブの公式パンフを今日になってようやく入手したわけですが、「最後」のキーワードを確認することができました。

久しぶりに訪れた2chが「5ちゃんねる」に変わっていて、ちょっと驚きましたが、ももクロ板の杏果スレにはこんな投稿もありました。MCでも「最後のココロノセンリツ」だと語っていたそうです。

【有安杏果】ココロノセンリツ~Feel a heartbeat~Vol.1.5 ★22【ネタバレ有り】

227モノノフ名無しさん(SB-iPhone) (ササクッテロル Sp85-ven3)2017/10/20(金) 21:48:14.68ID:po8r74bGp
なんか最後のあいさつが引退する人みたいで逆に笑った

武道館を見ていない私ですが、20人のキッズダンサーを従えて「Choo Choo TRAIN」を歌ったという記事は読んでいました。私には強い違和感がありました。

660モノノフ名無しさん(地震なし) (ワッチョイ 1618-U5aN)2017/10/21(土) 23:10:51.04ID:9uZO1Uo60
@sOr_maruO
杏果ちゃんのchoochootrainのダンサーはEXPG時代一緒に踊ってた子、
キッズダンサー20人は小さい頃に経験した自分と同じ景色を見せたかったからだとか( i _ i )
更に20人の親御さんにも見てもらいたくて親御さんも招待したらしい( i _ i )

「集大成」という身辺整理だけでなく、バトンを渡そうとしているわけです。卒業発表後、武道館はまるで引退コンサートだったというブログコメントもありましたが、彼女の秘めたメッセージは一部には届いていたわけです。

それがまた、卒業発表のコメントと重なります。

▼「ももパワー充電所」2018-01-15 12:00:00「ファンの皆様へ」

8年間一緒に歩いてきたみなさんの中に「お疲れ様」と言ってくれる人が一人でもいたら嬉しく思います。
8年間、本当にありがとうございました。

(・Θ・)卒業

有安杏果がももクロに加入したのは2009年です。加入5周年の2014年、オフィシャルブログ「ももパワー充電所」には次のように綴られています。

★2014-07-26 02:41:27「7月26日.:*:゜☆」

今日は私にとって
本当にいろんな意味で
とっても大事な日.:*:゜☆

みんなのおかげで
ももクロ加入5周年を
無事迎えることができたよ(*’-’*)

そしてみんなと過ごす
最高の夏が始まる(*≧∇≦*)

全力で届けるから
しっかり受け取ってよー♡

来れない人にもパワー送るかんねー(*・Θ-*)

6周年も前向きです。

★2015-07-28 00:44:06「ありがとうのプレゼント、ありがとう.。.:*♡」

あとチビノフがお願いしてくれたというソロコンは
ほんと来年くらいに出来たらいいな☆とは思ってるんだけど

まぁなにぶんまだまだ助走してる途中なんで・・・

とにかく今は
気長に待っててくれたら嬉しいなッ(*˘Θ˘*)

いつか必ず、夢は叶えるから☆

初めてのソロコンサートは2016年7月3日の横浜アリーナでした。

★2016-07-06 01:21:16「スタートライン!!」

でもね、私の夢はこれで終わりなんじゃなくて
ここからだから!!

これからも
ももクロとして頑張りつつ
みんなに伝えたい想いを歌にしたり、詩に書いたり、曲を作ったり、
またライブやって
みんなに届けていきたいです!♪

これからもみんなと幸せな時間をたくさん過ごせるよーに
有安杏果、もっともっと頑張っていくよーーー!!

その直後の7周年です。

★2016-07-26 20:36:31「夢を繋げて.+*:゚+。.☆」

去年の今頃はまだ夢でしかなかった
ソロコンサートも
無事今年実現することが出来たしっ.+*:゚+。.☆

これからも
ももいろクローバーZとして
有安杏果として
みんなと一緒に
8年目のスタートを切っていきたいなと思います(*˘︶˘*).。.:*

音の魔法 一緒に浴びてこーー.+*:゚+。.♪

8周年はソロの東名阪ツアーを終え、仙台と武道館公演が発表された時期でした。これまでとは、ややニュアンスが異なります。おそらく7月の時点では決意していたものと思われます。

★2017-07-26 22:51:03「7がつ26にち 8周年!」

2009年7月26日14歳の時に
ももクロメンバーとして
スタートしてから
ちょうど8周年になりました!!

中学3年生から大学卒業まで
とにかく気力・体力・青春
全部ももクロでした。

これからも
ももいろクローバーZを
どうかよろしくお願いします!

武道館はいわば餞の舞台として用意されたのではないかとさえ思えてきます。仙台も外せなかったはずです。武道館に続くAEイベ後に更新されたブログでも「ももクロをよろしく」であり、次のソロコンの話題にはなりません。

★2017-10-22 20:45:50「足イタイ」

これからも
ももクロのことをどうか
よろしくお願いします_(._.)_

ももクロ曲はパート分けされていますが、「白い風」や「灰とダイヤモンド」などで大切な部分を担っているのが有安杏果です。「ももクロのニッポン万歳!」の東北パートもあります。

楽曲的なダメージは大きく、色合い的にも緑が欠けると同系色で揃ってしまいます。「奇跡の5人」と呼ばれた関係性を今後どうカバーしていくのかという楽しみはあります。プロレスなら引退したレスラーが復帰するのはよくあることです。

ソロ曲「心の旋律」をある程度は歌い込んだ私としては、本人が「引退」を明言したわけではないことに復帰の芽はあると思っています。JOYには入っている「小さな勇気」が早くDAMでも配信してほしいところです。

ニュルブルクリンクの魔物

今年に入ってからYou Tubeにあがっていたロードレース(自転車)の動画を見ていました。そのついでに、どうしても見たくなったのが、F1のかなり荒れたレースでした。有力ドライバーが次々と脱落し、最後はベテランが制したレースです。

2000年前後、雨のいたずら、ヨーロッパのコース、という漠然とした記憶しかありません。最初はシルバーストーンで探してみましたが、該当するレースはありませんでした。

1999年9月の第14戦、ドイツのニュルブルクリンクで開催されたヨーロッパ・グランプリこそが、私が見た中でもっとも面白かったF1のレースです。当時は全16戦でしたので、第14戦を含めて残り3戦です。

ポイントは、1位10P、2位6P、3位4P、4位3P、5位2P、1位1Pで与えられます。第13戦までのドライバーズ・ポイントは次のとおりでした。まだ、4人に優勝のチャンスがあります。

  • 60P ハッキネン(マクラーレン)予選3位
  • 60P アーバイン(フェラーリ)予選9位
  • 50P フレンツェン(ジョーダン)予選1位
  • 48P クルサード(マクラーレン)予選2位

フレンツェンは無限ホンダ初のポールポジションで、ハッキネンの7戦連続ポールを阻みました。ジェネ(ミナルディ)のトラブルでスタートはやり直しとなり、再スタートでハッキネンが2位に浮上します。

1コーナーで予選7位のヒル(ジョーダン)がスローダウン、予選11位のヴルツ(ベネトン)がヒルをかわそうとして予選13位のディニス(ザウバー)と接触、ディニスのマシンは裏返しになります。

この事故でセーフティーカーが入り、レース7周目に再開します。ニュルブルクリンクの魔物はしばらく息を潜めます。雨が降り始めた17周目の上位陣は次のとおりです。

  • 17周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
  • 17周目2位 ハッキネン(マクラーレン)60+6
  • 17周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  • 17周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 17周目5位 アーバイン(フェラーリ)60+2
  • 17周目6位 フィジケラ(ベネトン)13+1

このまま終われば年間チャンピオン争いからクルサードが脱落して、ハッキネンからフレンツェンを挟んでアーバインまで3者が6ポイント差という熾烈なデッドヒートになります。

フェラーリのピットにはレインタイヤが用意されていたもののアーバインがドライタイヤを要求したため、右リアタイヤが間に合わずピットストップが28秒というロスが生じたのでした。

また、20周目にいち早くレインタイヤに履き替えたハッキネンは、雨が上がり路面が乾くにつれて徐々に後退し、ドライタイヤに戻したときには周回遅れになってしまいます。

  • 26周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
  • 26周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 26周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  • 26周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  • 26周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 26周目6位 トゥルーリ(プロスト)1+1

このまま終われば、3人が60ポイントで並び、クルサードも52ポイントです。ラルフのピットイン後、クルサードは2位に上がります。1位10ポイントで2位6ポイントですから、第15戦と第16戦を連勝すれば6ポイント差は自力で逆転できます。クルサードの2位確保には大きな意味があります。

33周目、トップのフレンツェンと2番手のクルサードが同時にピットイン。フレンツェンはトップのままコースに復帰したものの電気系のトラブルによって1コーナーの先でストップし、リタイアします。

  • 34周目1位 クルサード(マクラーレン)48+10
  • 34周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 34周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 34周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  • 34周目5位 ハーバート(スチュワート)2+2
  • 34周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

これでクルサードがトップに立ち、そのままゴールすれば10ポイント獲得です。フレンツェンの0ポイントは確定し、ハッキネンとアーバインも入賞圏外ですから、このまま終われば、残り2戦で2ポイント差に3人がひしめく大混戦です。

35周目、再び雨が強く降り始め、挙動を乱すマシンが出てきます。ニュルブルクの
魔物はまだ手を休めません。37周目、クルサードがコースアウトしてリタイアします。

  • 40周目1位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+10
  • 40周目2位 フィジケラ(ベネトン)13+6
  • 40周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 40周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 40周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 40周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

7位まで上がっていたアーバインはレインタイヤに変えますが、これが裏目に出ます。ラルフがピットインした45周目にはもう路面は乾き始めました。ラルフのピットインで1位を奪ったのはフィジケラでした。

  • 47周目1位 フィジケラ(ベネトン)13+10
  • 47周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 47周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 47周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 47周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 47周目6位 バドエル(ミナルディ)0+1

フィジケラは勝てば初優勝です(本当に勝っていればベネトン最後の優勝でした)。ミナルディのバドエルが6位入賞圏内です。ミナルディの入賞は1995年最終戦以来ありません。このまま終わっても十分に「波乱」です。

49周目、アーバインを周回遅れにしたフィジケラがコースアウト、タイヤバリアで
ステアリングを投げ捨てたフィジケラは、外に出たあと金網にもたれたまま顔を上げません。これで、ラフルが再び1位となります。

ラルフが勝てば初優勝を地元で飾ることになります。ニュルの魔物はまだ牙を研いでいました。フィジケラのリタイア直後、ラルフは右リアをバーストして大きく後退します。6位に浮上していたアーバインはレインタイヤをドライに履き替えるために3回目のピットインです。

  • 60周目1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 60周目2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 60周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 60周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 60周目5位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+2
  • 60周目6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

このあと、ヴィルヌーヴがリタイア(完走扱い)して、アーバインが6位、ハッキネンが7位に浮上します。64周目、アーバインの左フロントがロックして、競っていたハッキネンが6位に上がり、ハッキネンは最終周回でジェネもかわして4位に食い込みます。

  • 1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 5位 ハッキネン(マクラーレン)60+2
  • 6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

ハーバートは4年ぶりの優勝、スチュワートとしては3年目の初優勝です。翌年からジャガーに引き継がれましたので、最後の優勝でもあります。もちろん1-3フィニッシュも初めてです。

F1参戦3年目のトゥルーリは初めての表彰台で、2回目は2003年ドイツまで待たなければなりません。プロストチームの2位は2年ぶり2回目(最後)で、プロスト・プジョーとしてはこの1回きりです。

3位に入ったバリチェロは翌年からフェラーリに移籍し、ミハエル・シューマッハとともに黄金時代を築きます。なお、ミハイルはこの年のイギリスグランプリで負傷して欠場中でした。

結果的に第15戦はアーバイン優勝でハッキネン3位、第16戦はハッキネン優勝でアーバイン3位でしたので、荒れた第14戦のラスト2周でハッキネンが奪った2ポイントは重かったわけです。

バスプールとタクシープール

あまり一般的ではないのかもしれませんが、「バスプール」あるいは「タクシープール」という呼称もないわけではありません。もっとも有名なのは仙台駅のバス乗り場だと思われます。

先日訪れた高知龍馬空港では、予約していたタクシーが「バスプール」内に待機していました。

ストリートビューで見ると、こんなところになります。

羽田の「バスプール」は観光バスの一時待機場所であって、そこで乗り降りするわけではありません。規模の違いでしょうが、高知空港の場合は乗り降りもここで行っているのではないかと思われます。

その性格は別にしても、空港の公式サイトで「バスプール」の存在を確認できるのは、羽田のほかに、福岡、那覇、神戸、高松といったところです。

一方、「タクシープール」は「バスプール」より一般的な用語のようです。タクシー乗り場へ向かうタクシーの一時待機場所が「タクシープール」と呼ばれています。

「タクシープール」の場合、用法的にも「蓄え」の意味と合致します。

サブブログの行方

予定どおり、1月1日付でサイト名を「あなぐると」に再変更しました。

今月やりたいことは、まず歌詞掲載用のブログ「寂しい/淋しい/さびしい/さみしい」の受け皿となるブログサービスを探すことです。これに関しては多少の時間がかかってもやむを得ないと思っています。

次に、モータープールをひとまず完結させる必要があります。全国的な分布はおおむね掴めましたが、まだやり残していることもあります。大阪市内の特定の区域で「モータープール」の比率がどれくらいなのかチェックしたいと考えています。

旧「セットポジション」からは1ページだけ焼き直しを再うpします。ここまでできれば、今月はOKとしなければならないでしょう。余裕があれば、マイマップの第4弾に着手することになります。