今年に入ってからYou Tubeにあがっていたロードレース(自転車)の動画を見ていました。そのついでに、どうしても見たくなったのが、F1のかなり荒れたレースでした。有力ドライバーが次々と脱落し、最後はベテランが制したレースです。
2000年前後、雨のいたずら、ヨーロッパのコース、という漠然とした記憶しかありません。最初はシルバーストーンで探してみましたが、該当するレースはありませんでした。
1999年9月の第14戦、ドイツのニュルブルクリンクで開催されたヨーロッパ・グランプリこそが、私が見た中でもっとも面白かったF1のレースです。当時は全16戦でしたので、第14戦を含めて残り3戦です。
ポイントは、1位10P、2位6P、3位4P、4位3P、5位2P、1位1Pで与えられます。第13戦までのドライバーズ・ポイントは次のとおりでした。まだ、4人に優勝のチャンスがあります。
- 60P ハッキネン(マクラーレン)予選3位
- 60P アーバイン(フェラーリ)予選9位
- 50P フレンツェン(ジョーダン)予選1位
- 48P クルサード(マクラーレン)予選2位
フレンツェンは無限ホンダ初のポールポジションで、ハッキネンの7戦連続ポールを阻みました。ジェネ(ミナルディ)のトラブルでスタートはやり直しとなり、再スタートでハッキネンが2位に浮上します。
1コーナーで予選7位のヒル(ジョーダン)がスローダウン、予選11位のヴルツ(ベネトン)がヒルをかわそうとして予選13位のディニス(ザウバー)と接触、ディニスのマシンは裏返しになります。
この事故でセーフティーカーが入り、レース7周目に再開します。ニュルブルクリンクの魔物はしばらく息を潜めます。雨が降り始めた17周目の上位陣は次のとおりです。
- 17周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
- 17周目2位 ハッキネン(マクラーレン)60+6
- 17周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
- 17周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
- 17周目5位 アーバイン(フェラーリ)60+2
- 17周目6位 フィジケラ(ベネトン)13+1
このまま終われば年間チャンピオン争いからクルサードが脱落して、ハッキネンからフレンツェンを挟んでアーバインまで3者が6ポイント差という熾烈なデッドヒートになります。
フェラーリのピットにはレインタイヤが用意されていたもののアーバインがドライタイヤを要求したため、右リアタイヤが間に合わずピットストップが28秒というロスが生じたのでした。
また、20周目にいち早くレインタイヤに履き替えたハッキネンは、雨が上がり路面が乾くにつれて徐々に後退し、ドライタイヤに戻したときには周回遅れになってしまいます。
- 26周目1位 フレンツェン(ジョーダン)50+10
- 26周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
- 26周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
- 26周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
- 26周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
- 26周目6位 トゥルーリ(プロスト)1+1
このまま終われば、3人が60ポイントで並び、クルサードも52ポイントです。ラルフのピットイン後、クルサードは2位に上がります。1位10ポイントで2位6ポイントですから、第15戦と第16戦を連勝すれば6ポイント差は自力で逆転できます。クルサードの2位確保には大きな意味があります。
33周目、トップのフレンツェンと2番手のクルサードが同時にピットイン。フレンツェンはトップのままコースに復帰したものの電気系のトラブルによって1コーナーの先でストップし、リタイアします。
- 34周目1位 クルサード(マクラーレン)48+10
- 34周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
- 34周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
- 34周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
- 34周目5位 ハーバート(スチュワート)2+2
- 34周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1
これでクルサードがトップに立ち、そのままゴールすれば10ポイント獲得です。フレンツェンの0ポイントは確定し、ハッキネンとアーバインも入賞圏外ですから、このまま終われば、残り2戦で2ポイント差に3人がひしめく大混戦です。
35周目、再び雨が強く降り始め、挙動を乱すマシンが出てきます。ニュルブルクの
魔物はまだ手を休めません。37周目、クルサードがコースアウトしてリタイアします。
- 40周目1位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+10
- 40周目2位 フィジケラ(ベネトン)13+6
- 40周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
- 40周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
- 40周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
- 40周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1
7位まで上がっていたアーバインはレインタイヤに変えますが、これが裏目に出ます。ラルフがピットインした45周目にはもう路面は乾き始めました。ラルフのピットインで1位を奪ったのはフィジケラでした。
- 47周目1位 フィジケラ(ベネトン)13+10
- 47周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
- 47周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
- 47周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
- 47周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
- 47周目6位 バドエル(ミナルディ)0+1
フィジケラは勝てば初優勝です(本当に勝っていればベネトン最後の優勝でした)。ミナルディのバドエルが6位入賞圏内です。ミナルディの入賞は1995年最終戦以来ありません。このまま終わっても十分に「波乱」です。
49周目、アーバインを周回遅れにしたフィジケラがコースアウト、タイヤバリアで
ステアリングを投げ捨てたフィジケラは、外に出たあと金網にもたれたまま顔を上げません。これで、ラフルが再び1位となります。
ラルフが勝てば初優勝を地元で飾ることになります。ニュルの魔物はまだ牙を研いでいました。フィジケラのリタイア直後、ラルフは右リアをバーストして大きく後退します。6位に浮上していたアーバインはレインタイヤをドライに履き替えるために3回目のピットインです。
- 60周目1位 ハーバート(スチュワート)2+10
- 60周目2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
- 60周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
- 60周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
- 60周目5位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+2
- 60周目6位 ジェネ(ミナルディ)0+1
このあと、ヴィルヌーヴがリタイア(完走扱い)して、アーバインが6位、ハッキネンが7位に浮上します。64周目、アーバインの左フロントがロックして、競っていたハッキネンが6位に上がり、ハッキネンは最終周回でジェネもかわして4位に食い込みます。
- 1位 ハーバート(スチュワート)2+10
- 2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
- 3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
- 4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
- 5位 ハッキネン(マクラーレン)60+2
- 6位 ジェネ(ミナルディ)0+1
ハーバートは4年ぶりの優勝、スチュワートとしては3年目の初優勝です。翌年からジャガーに引き継がれましたので、最後の優勝でもあります。もちろん1-3フィニッシュも初めてです。
F1参戦3年目のトゥルーリは初めての表彰台で、2回目は2003年ドイツまで待たなければなりません。プロストチームの2位は2年ぶり2回目(最後)で、プロスト・プジョーとしてはこの1回きりです。
3位に入ったバリチェロは翌年からフェラーリに移籍し、ミハエル・シューマッハとともに黄金時代を築きます。なお、ミハイルはこの年のイギリスグランプリで負傷して欠場中でした。
結果的に第15戦はアーバイン優勝でハッキネン3位、第16戦はハッキネン優勝でアーバイン3位でしたので、荒れた第14戦のラスト2周でハッキネンが奪った2ポイントは重かったわけです。
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