定期的に見たくなる1999年ニュルブルクリンクの魔物

◆2021/12/10 何年かに1回、定期的に思い出しては見たくなるレースです。前回が2018年1月でした。忘れないように書いておいたわけですが、ほぼ4年ぶりに思い出しました。

思い出しては見たくなるレース

今年(2018年)に入ってからYou Tubeにあがっていたロードレース(自転車)の動画を見ていました。そのついでに、どうしても見たくなったのが、F1のかなり荒れたレースでした。有力ドライバーが次々と脱落し、最後はベテランが制したレースです。

2000年前後、雨のいたずら、ヨーロッパのコース、という漠然とした記憶しかありません。最初はシルバーストーンで探してみましたが、該当するレースはありませんでした。

▲今回(2021/12)も「たしかシルバーストーンだったよな」と思いながら、このページを探し当てました。

1999年9月の第14戦、ドイツのニュルブルクリンクで開催されたヨーロッパ・グランプリこそが、私が見た中でもっとも面白かったF1のレースです。当時は全16戦でしたので、第14戦を含めて残り3戦です。予選順位は次のとおりでした。

順位ドライバー(チーム)タイムDP優勝2位3位4位5位6位
1フィレンツエン(ジョーダン)502134
2クルサード(マクラーレン)0.26648242
3ハッキネン(マクラーレン)0.46660422
4R・シューマッハ(ウィリアムズ)0.534301242
5パニス(プロスト)0.72822
6フィジケラ(ベネトン)0.87113121
7ヒル(ジョーダン)0.9087112
8ヴィルヌーヴ(BAR)0.9150
9アーバイン(フェラーリ)0.93260322212
10トゥルーリ(プロスト)1.05511
11ヴルツ(ベネトン)1.234311
12サロ(BAR/フェラーリ)1.4041011
13ディニス(ザウバー)1.43533
14ハーバート(スチュワート)1.46922
15バリチェロ(スチュワート)1.58015212
16アレジ(ザウバー)1.72411
M・シューマッハ(フェラーリ)欠場322111
▲1999F1第14選の予選成績

ドライバーズ・ポイントが1位10P、2位6P、3位4P、4位3P、5位2P、1位1Pで与えられていた時代です。マクラーレンのハッキネンとフェラーリのアーバインが60ポイントで並び、50ポイントのフィレンツエンと48ポイントのクルサードにもまだチャンスは残っているという状況です。ミハイル・シューマッハはイギリスグランプリで負傷して欠場中でした。

17周目で降り始めた雨

予選タイムからすれば、上位4人をアーバインがどこまで追い上げられるのかが焦点です。フィレンツェンは無限ホンダ初のポールポジションで、ハッキネンの7戦連続ポールを阻みました。ジェネ(ミナルディ)のトラブルでスタートはやり直しとなり、再スタートでハッキネンが2位に浮上します。

1コーナーで予選7位のヒル(ジョーダン)がスローダウン、予選11位のヴルツ(ベネトン)がヒルをかわそうとして予選13位のディニス(ザウバー)と接触、ディニスのマシンは裏返しになります。

この事故でセーフティーカーが入り、レース7周目に再開します。ニュルブルクリンクの魔物はしばらく息を潜めます。雨が降り始めた17周目の上位陣は次のとおりです。

  1. 17周目1位 フィレンツェン(ジョーダン)50+10
  2. 17周目2位 ハッキネン(マクラーレン)60+6
  3. 17周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  4. 17周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  5. 17周目5位 アーバイン(フェラーリ)60+2
  6. 17周目6位 フィジケラ(ベネトン)13+1

このまま終われば年間チャンピオン争いからクルサードが脱落して、ハッキネンからフィレンツェンを挟んでアーバインまで3者が6ポイント差という熾烈なデッドヒートになります。

トップのフィレンツエンがリタイア

チャンピオン争いの2人にはアクシデントが訪れます。フェラーリのピットにはレインタイヤが用意されていたもののアーバインがドライタイヤを要求したため、右リアタイヤが間に合わずピットストップが28秒というロスが生じたのでした。

20周目にいち早くレインタイヤに履き替えたハッキネンは、雨が上がり路面が乾くにつれて徐々に後退し、ドライタイヤに戻したときには周回遅れになってしまいます。

  1. 26周目1位 フィレンツェン(ジョーダン)50+10
  2. 26周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  3. 26周目3位 クルサード(マクラーレン)48+4
  4. 26周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  5. 26周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  6. 26周目6位 トゥルーリ(プロスト)1+1

これで終われば3人が60ポイントで並び、クルサードも52ポイントです。ラルフのピットイン後、クルサードは2位に上がります。1位10ポイントで2位6ポイントですから、第15戦と第16戦を連勝すれば6ポイント差は自力で逆転できます。クルサードの2位確保には大きな意味があります。

33周目、トップのフィレンツェンと2番手のクルサードが同時にピットイン。ポールスタートのフィレンツェンはトップのままコースに復帰したものの電気系トラブルによって1コーナーの先でストップし、リタイアします。

  1. 34周目1位 クルサード(マクラーレン)48+10
  2. 34周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  3. 34周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  4. 34周目4位 フィジケラ(ベネトン)13+3
  5. 34周目5位 ハーバート(スチュワート)2+2
  6. 34周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

これでクルサードがトップに立ち、そのままゴールすれば10ポイント獲得です。フィレンツェンの0ポイントは確定し、ハッキネンとアーバインも入賞圏外ですから、このまま終われば、残り2戦で2ポイント差に3人がひしめく大混戦です。

2度目の雨でクルサードがリタイア

35周目、再び雨が強く降り始め、挙動を乱すマシンが出てきます。ニュルブルクの魔物はまだ手を休めません。38周目、クルサードがコースアウトしてリタイアします。

  • 40周目1位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+10
  • 40周目2位 フィジケラ(ベネトン)13+6
  • 40周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 40周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 40周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 40周目6位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+1

7位まで上がっていたアーバインはレインタイヤに変えますが、これが裏目に出ます。ラルフがピットインした45周目にはもう路面は乾き始めました。ラルフのピットインで1位を奪ったのはフィジケラでした。

  • 47周目1位 フィジケラ(ベネトン)13+10
  • 47周目2位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+6
  • 47周目3位 ハーバート(スチュワート)2+4
  • 47周目4位 トゥルーリ(プロスト)1+3
  • 47周目5位 バリチェロ(スチュワート)15+2
  • 47周目6位 バドエル(ミナルディ)0+1

フィジケラは勝てば初優勝です(本当に勝っていればベネトン最後の優勝でした)。「波乱」のレースを象徴するかのようにミナルディのバドエルが6位入賞圏内です。バドエルは予選19位で、1位のフィレンツエンとは2秒7の大差でした。ミナルディの入賞は1995年最終戦以来ありません。

フィジケラが…、ラルフが…

49周目、アーバインを周回遅れにしたフィジケラがコースアウト、タイヤバリアでステアリングを投げ捨てたフィジケラは、外に出たあと金網にもたれたまま顔を上げません。

これで、ラフルが再び1位となります。ラルフが勝てば初優勝を地元で飾ることになります。ニュルの魔物はまだ牙を研いでいました。フィジケラのリタイア直後、ラルフは右リアをバーストして三輪走行でピットに戻り、大きく後退します。

54周目、力走のパドエルがマシントラブルでリタイアします。1993年サンマリノの7位が最高位のパドエルがミナルディのマシンで初入賞を目指して4位を走っていたというのに、です。パドエルはこの年でシートを失い、翌年からフェラーリのテストドライバーに戻ります。

  • 60周目1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 60周目2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 60周目3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 60周目4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 60周目5位 ヴィルヌーヴ(BAR)0+2
  • 60周目6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

このあと、ヴィルヌーヴがリタイア(完走扱い)して、アーバインが6位、ハッキネンが7位に浮上します。64周目、アーバインの左フロントがロックして、競っていたハッキネンが6位に上がり、ハッキネンは最終周回でジェネもかわして5位に食い込みます。

スチュワート最初で最後の優勝

  • 1位 ハーバート(スチュワート)2+10
  • 2位 トゥルーリ(プロスト)1+6
  • 3位 バリチェロ(スチュワート)15+4
  • 4位 ラルフ・シューマッハ(ウィリアムズ)32+3
  • 5位 ハッキネン(マクラーレン)60+2
  • 6位 ジェネ(ミナルディ)0+1

14位スタートのジョニー・ハーバートは4年ぶりの優勝、スチュワートとしては3年目の初優勝です。翌年からジャガーに引き継がれましたので、最後の優勝でもあります。もちろん1-3フィニッシュも初めてです。ハーバートも最後の優勝になりました。

F1参戦3年目のトゥルーリは初めての表彰台で、2回目は2003年ドイツまで待たなければなりません。プロストチームの2位は2年ぶり2回目(最後)で、プロスト・プジョーとしてはこの1回きりです。3位に入ったバリチェロは翌年からフェラーリに移籍し、ミハエル・シューマッハとともに黄金時代を築きます。

第15戦はアーバイン優勝でハッキネン3位、第16戦日本GPはハッキネン優勝でアーバイン3位でした。荒れた第14戦のラスト2周でハッキネンが奪った2ポイントは重かったわけです。ハッキネンは2連覇を達成しました。

このレースはスタート直後の第1コーナーでの多重クラッシュとか、突然の雨に翻弄されて一気に数台がリタイアというありがちな展開ではありませんでした。面白かったのは、ラップリーダーが1台ずつ消えていくという波乱の小出しが繰り返されたところにあります。

▲今回(2021/12)もスチュアートやハーバートの名前は思い出せませんでした。今回残念だったのはフル動画がなかったことですが、4~5年後にまた「あのシルバーストーンかどこかの雨のレース」を見たくなるのかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました