台風24号は宮城島の風速計も破壊

沖縄本島中部の東海岸に与勝半島(または勝連半島)という出っ張りがあります。半島と平安座島(へんざじま)は、「海中道路」と呼ばれる県道10号線で結ばれています。平安座島の北東に位置するのが宮城島(みやぎじま)です。

下の地図では1つの島のように見えますが、つながっていません。平安座島と宮城島を繋ぐ橋は「桃源橋」という名前のようです。全長は27mです。島と島の間の水面は一般的には海峡と言われるはずです。

桃源橋を車で通っても、レンタチャリや徒歩で渡っても、この海峡は川(運河)だと誤解されるでしょう。両サイドから埋め立てが進んだ結果です。橋を渡った宮城島にアメダス観測点があります。灌漑用ため池と思われる施設の端です。

宮城島のアメダスは2018年9月29日の11時10分に降水量2mm(10分)、気温25.7℃、南東の風31.5m/s(10分)、最大瞬間風速は46.2m/s(3秒)を記録しています。

11時20分から風速・風向の記録は途絶えており、10月1日の16時40分に復活しています。53時間もの空白が生じているわけです。と同様に気温と降水量は記録されていますので、停電等による施設全体の問題ではなく、風速・風向計単独のアクシデントだと思われます。

台風24号は沖縄近海で滞留していました。沖縄はほとんど丸1日に渡って暴風域内にありました。午前7時以降の10分毎の平均風速は例外なく30m/s以上であり、最大瞬間風速もことごとく40m/s以上です。

ところで、「海中道路」は今では著名な観光スポットの1つです。橋を架けたわけではなく、干潮時には歩いても渡れたという浅瀬の上に堤防のように築造された道路です。橋と違ってGLが低く、さほど海面と変わりません。

水門の関係で多少のアップダウンはありますが、「海中道路」の名前は誇張でも伊達でもありません。中央分離帯付きの4車線道路は、もともとは石油精製基地のパイプライン敷設のためにガルフ社が埋め立てたもののようです。

開通したのは沖縄本土復帰直前の1972年4月です。翌1973年は第1次オイルショックです。ガルフ社が同じセブンシスターズのソーカルと合併したのは第2次オイルショック後の1984年です。

【外部リンク】
国際気象海洋株式会社>台風24号進路図