恐るべし亜細亜、外野手の「故意落球」で併殺プレイ

◆「卑怯だ」とか「ずるい」とかという意見もあるでしょうが、ルールを熟知していなければ、できないプレイです。

恐るべし、亜細亜

延長の裏、一死一・二塁

延長13回の裏だった。中大は一死一・二塁というサヨナラのチャンスを迎えていた。この場合、守備側は長打を警戒する必要はないから、外野の守備位置が比較的浅くなる。

どうせ頭の上を越されたら終わりだ。外野手の間を抜けても同じことだ。深く守っていたら、外野の間に落ちるヒットでもまず二塁走者は生還するだろう。それなら、前で守って、シングルヒットのとき二塁走者には生還させないというシフトになる。

もちろん、定位置なら捕れたかもしれないフライが、前に守っていたために捕れないこともあるだろう。だから、外野の前進守備は必要ないという考え方も成立する(実際、金属バット時代の社会人野球ならこのケースで外野手は必ずしも前には来なかった)。

だが、しょせんは木のバットの大学野球だ。外野の頭を越えるような打球はそう簡単には飛ばない。いずれにしても、亜大のセンターとレフトは浅めの守備位置を敷いた(ライトはほぼ定位置だった。肩に自信があるのだろう)。

2000年春の亜大・中大1回戦

初球ファウルのあとの2球目、打者は浅いセンターフライを打った。完全なイージーフライだった。亜大のセンターはこの飛球をわざと落として、セカンドに送球した(一塁走者の封殺)。次いで、落球を見て走り出した二塁走者を二・三塁間の挟殺プレイで仕留めた。

亜大の選手たちはさっさと引き上げる。中大の二塁走者は三塁に、一塁走者は二塁に、打者走者は一塁に残った。中大の監督がベンチから出て、穏やかな足取りで審判のもとに向かった。

故意落球の適用除外

実はセンターが捕球する際、ほとんど地上すれすれでこの打球を処理した。センターが本当に落としたのかどうかはっきりと確認できたわけではない。それに、私が見落としたのかもしれないけれども、二塁塁審はアウトなのかフェアなのか明確なジャッジをしなかった。

ついでに言うと、浅い外野フライだったから、球審がインフィールドフライを宣告した可能性も捨てきれない。打球を追った私は球審を見ていないのだ。そうすると、次の4つが考えられる。

【1】センターは落球した(あるいはワンバウンドで処理した)
→ 一塁走者は二塁封殺、二塁走者は二・三塁間タッチアウト。
【2】センターはノーバウンドで正規に捕球した
→ 打者はアウト、飛び出した二塁走者はタッチアウト。
【3】インフィールドフライが宣告されていた
→ 打者はアウト、二塁走者はタッチアウト。
【4】センターは「故意落球」した
→ 打者はアウト。ボールデッドになるから、各走者は進塁できずアウトにもならない。

ただ、【4】は排除していい。なぜなら、外野フライには「故意落球」は適用されないからだ。『公認野球規則』は次のように定めている。

6・05 打者は、次の場合、アウトとなる。
(l) 無死または一死で、走者一塁、一・二塁、一・三塁または一・二・三塁のとき、内野手がフェアの飛球またはライナーを故意に落とした場合。
 ボールデッドとなって、走者の進塁は認められない。
【付記】 内野手が打球に触れないでこれを地上に落としたときには、打者はアウトにならない。ただし、インフィールドフライの規則が適用された場合は、この限りでない。
【注1】 本項は、容易に捕球できるはずの飛球またはライナーを、内野手が地面に触れる前に片手または両手で現実にボールに触れて、故意に落とした場合に適用される。
【注2】 投手、捕手および外野手が、内野で守備した場合は、本項の内野手と同様に扱う。また、あらかじめ外野に位置していた内野手は除く。

2008年版『公認野球規則』

▲2021年現在のルールブックでは条項が異なりますのでご注意ください。今は5.09a(12)と思われます。

「故意落球」の現行ルールは、日本では1976年に改正されたものだ(アメリカは1975年)。改正前のルールは次のようなものだった。

(l) 無死または一死で、走者一塁、一・二塁、一・三塁または一・二・三塁のとき、野手がフェアの飛球またはライナーを故意に落とした場合(打者アウト)。走者はリタッチする必要なく、アウトを賭して進塁することができる。

1975年までの6.05(l)

改正点は「野手」→「内野手」、「インプレイ」→「ボールデッド」の2点だ。改正後の現行ルールでは、外野手が「故意に」落球しても、この規則は適用されない。結局、【1】【2】【3】のいずれであっても、インプレイに変わりはなく、有効に第3アウトが成立している。

練習しているのか?

どうやら中大サイドとしては【4】を主張したらしいのだが、問題はもはや、第2アウトが打者のアウトなのか一塁走者の封殺なのか、ということだけだ。これがわからないと、スコアはつけられない。

しばらく中断したあと、水谷球審が場内放送のマイクを握った。「外野フライには故意落球はない」という内容だった。つまり、【4】を否定した。ということは、【1】か【4】かの確認がされていたわけだから、落球はあったことになる。【2】でも【3】でもなく、【1】だ。

はたして、亜大はこのプレイを普段から練習しているのだろうか。いっしょに見ていたM氏やY氏と、ひとしきり話題になった。こういう状況でこういうプレイをすると、2つのアウトがとれるということは、すくなくともミーティングでは出ているはずだ。

しかし、ミーティングだけでは難しいのではないだろうか。練習していないと、こんなプレイはできない。センターが落球するのは、ある意味ではたやすいことだが、そのセンターの瞬間的な判断に内野手が呼応するためには、それなりの練習を積んでいなければ、できないことのように思える。

三塁を守っていた選手は7回裏から守備についた選手だ。いくら横浜との延長17回を戦ったPLの4番とはいえ、途中出場の選手が混乱せずにああいうプレイに参加できるということは、控えの選手を含めて組織的な練習をしていると考えるのが自然だろう。

◆実際に練習しているようです。複数のルートでそう聞きました。また、後述する03年大学選手権の際には、当時の内田監督自ら「万が一に備えて練習はしています」(03年6月15日付『日刊スポーツ』=東京)と公言しています。

このプレイは、二塁で一塁走者を封殺しただけでは意味がない。二・三塁間の挟殺プレイに失敗して、二塁走者を三塁に進めてしまったりしたら、策に溺れる結果になるからだ。このプレイを企図するときの前提となる条件は次の3つだろう。

【A】アウトカウントは無死または一死
→ 2つのアウトをとることが目的だから、二死でやる実益はまったくない。
【B】走者が一・二塁のとき
→ 満塁ではミスプレイやアクシデントが生じたときに三塁走者の生還を許すリスクを負う。
【C】打球は外野手前方のイージーフライ
→ ライン寄りの浅いレフトフライをレフトが落球、三塁に送って二塁走者を封殺、次いで二塁に転送して一塁走者を封殺というプレイも考えられる。もちろん、内野手がすばやくベースカバーに入っていることが絶対条件だ。

恐るべし…

大学野球の公式戦は年にせいぜい30試合だ。【A】【B】【C】の条件が過不足なく揃うことなど、年に1度はあるだろうけれど、毎試合あるわけではない。亜大がそういうプレイに対して備えているのだとすれば、そこにはすごみさえ感じられるではないか。

しかも、この場面は延長の裏の守備だった。落球したセンターが、内野手に対して「確信」にも近い信頼を寄せていなければできないプレイでもある。そういうことに思い至ったのかどうか、M氏がこうつぶやいた。「恐るべし、亜細亜…」

このプレイを仕掛けられた場合、攻撃側には防ぐ手立てがない。センターが落球すれば(あるいはワンバウンドで処理すれば)、二塁走者にも一塁走者にも進塁義務が発生する。落球を見て三塁に走り出した二塁走者のプレイには、責められる要素はない。

ほとんど目の前の打球だったのだ。あらかじめ大きくリードすることはできない。かりに二塁走者が二塁にとどまっていたとしても、送球を受けた野手が、まず二塁走者にタッチして、そのあとベースタッチすれば、挟殺プレイなしで簡単に併殺が成立する。

つまり、このプレイは守備側が主導権を握るプレイであって、その成否は落球する外野手ではなく、実際に2つのアウトをとる内野手に委ねられている。あとでわかったことだが、亜大は90年代前半のリーグ戦でもこのプレイをやったことがあるそうだ。

◆『報知高校野球』2000年9月号で千葉功氏がこのプレイを取り上げています。「プロ野球アナリスト」を名乗る氏が、『報知高校野球』で、大学野球を扱うのか、という議論はまあ置くとして、このルールの変遷や、かつて上田監督時代の阪急ブレーブスが試みて失敗したことなどが書いてあります。

◆石毛宏典氏とパンチ佐藤氏の対談の中に次のような部分があります。亜大は80年代後半にこういう練習をしていたチームだったわけです。

パンチ「<略>選手権の決勝で法政とぶつかるってときに、法政に勝つにはアレしかないと。われわれは“亜細亜スチール”って呼んでいたんですけど、一、三塁で左ピッチャーがホームに投げたときに、一塁走者がわざとこけて、キャッチャーが一塁に投げたらホームに走るという」
石毛「トリックプレイだな」
パンチ「それを1日中やらされましたよ。こける練習をですよ。朝の9時から夜の6時まで。今のいいぞとか、今のわざとらしいとか」

『大学野球』2001年秋号

再度の遭遇

03年大学選手権で、再び「恐るべし…」のプレイを見る機会があった。

2003年大学選手権2回線、亜大対東日本国際大

9回裏、一死一・二塁の場面だった。打球はライトの左前方、さほど高く上がったフライではなかった。ライトが落球して二塁に送球(一塁走者封殺)、飛び出した二塁走者が二・三塁間でタッチアウトとなった。

私は「やるか?」と思ったので、打球より二塁と三塁を見た。常識的には二塁走者は大きなリードはとれない。問題は内野手に備えがあるかどうかだ。また、落球する外野手はボールから目を離すことはできないので、彼らの備えが万全であることを何らかの方法で確認する必要があるはずだ。

ボールが渡ったのは、9-6-5だったけれども、実際には8や4も、このプレイに関与していると見るのが妥当だろう。本来、このプレイは「殿堂」に値するプレイだと思っているが、殊勲者を特定することができないので、見送った経緯があるのだ。1人ではできないという意味で、「殿堂」を超えるのかもしれない。

▲「殿堂」とは「セットポジション」時代のコンテンツの1つです。

今回は大差がついていた最終回であり、否定論も多いけれど、別に出し惜しみする必要はないと私は考える。実戦でやってこそ習熟するものだろうし、点差やイニングに応じて「やる/やらない」を判断するものでもないだろう。練習している以上、やれる状況でやらないと錆つかせるだけだ。

◆最終回でしたから、亜大のベンチの選手たちは、さっさと飛び出してきました。あのダッシュぶりは、やはり控え選手を含めて「してやったり」なのでしょう。「私も見ていました」のメールを4通いただきましたが、予備知識がないと、何が起きたのか、わからないものなのかもしれません。

◆売店前のモニターは外野が映らないそうですから、モニターではなぜ試合が終わったのかわからなかったそうです。TV中継があったとしても、映像がこのプレイを過不足なく映していたかどうかは疑問です。位置的には三塁側内野席最上段のカメラがベストですが、アップにすることなくライトから二・三塁間までおさめてくれるものでしょうか。まあ、やっかいなプレイであることだけは事実です。

敗れたり? 亜細亜

一死一・二塁で浅いセンターフライをセンターが落球、一塁走者を二塁で封殺して、二塁走者を二・三塁間の挟殺プレイに仕留めるというのが、「恐るべし…」のプレイだ。

私は、攻撃側がこれに対処する方法はないと思っていたけれども、一定条件の下では1つのアウトで済む可能性があるとのメールを頂戴した。

  • センターフライを打った打者走者が一塁走者を追い越す。
  • 追い越した打者走者がアウトになるので、各走者の進塁義務が消滅する。
  • 一塁走者も二塁走者もベース上にとどまっていれば、2つ目のアウトは成立しない。

「恐るべし…」のプレイは、1つ目のアウトが封殺であるところがミソだ。フライの落球で二塁と三塁がフォースプレイになってしまうわけだ。打者走者の追い越しアウトによって、攻撃側が走者の進塁義務(占有塁の明け渡し義務)を自ら解消すれば、2つ目のアウトを免れる可能性がある。

野手が落球したとき、走者が次塁を狙うのは野球選手の本能だ。まして、この場合、落球によって進塁義務が生じることは、野球選手なら誰でも知っているルールだ。追い越し禁止も同様と思われる。打者走者、一塁走者、二塁走者が3人揃って、本能に逆行する行動がとれるのかどうか、いささか疑問だ。

一塁走者は自分が追い越されるわけだし、近くにベースコーチもいる。アンパイアのジャッジもあるから、対応しやすい。二塁走者はボールを見ているだろうから、まず追い越し現場は視界に入らない。

現実問題としては、本能的な反応を制御するのは困難なことだと思われる。ただ、ある程度高く上がったフライなら、落球したセンターが二塁に送球する前に、打者走者が一塁走者を追い越すことはできるだろう。高々と上がったフライで十分な時間的余裕があれば、可能性としてそのような対策もとれるものかもしれない。

あらかじめ、「外野の故意落球」には、こういう対処をしようというチーム全体での意思統一が不可欠だと思われる。それでも、うまくいくかどうか保証の限りではない。まあ、そんな試合の審判だけはやりたくないものだ。

ファウルチップの落球

ところで、捕手がファウルチップを捕球すればインプレイ、捕球しなければ(捕球できなければ)ただのファウルでボールデッドとなることはよく知られているはずだ。念のために、ルールブックを確認しておこう。

2・34 FOUL TIP「ファウルチップ」――打者の打ったボールが、鋭くバットから直接捕手の手に飛んで、正規に捕球されたもので、捕球されなかったものはファウルチップとならない。ファウルチップはストライクであり、ボールインプレイである。前記の打球が、最初に捕手の手またはミットに触れておれば、はねかえったものでも、捕手が地面に触れる前に捕らえれば、ファウルチップとなる。(6・05b)

2008年版 『公認野球規則』

◆2006年版まで「捕えれば」でした。2007年版から送り仮名の「ら」が添えられています。

実は、ここには悩ましい問題が含まれている。たとえば、次のようなケースだ。

●二死一塁でランエンドヒット。
●打者はスイングし、チップしたボールが捕手のミットへ。
●二塁に送球しても間に合わないと判断した捕手は、あえて捕球しなかった。

この「故意落球」に対して、ルールはなすすべを持たない。この「故意落球」を禁じて、一塁走者の進塁を生かす規定が存在しないからだ。原則的には「合法」のプレイであり、走者は一塁に戻されることになる。「余計な悪知恵を授けるな」と言われそうだが…。

ところが、メジャーリーグでは、この事例に対して一塁走者の進塁を認めたケースがあるそうだ(1970年代のことと思われる)。9・01(c)を援用したのだろう。

▲当時の9.01(c)とは「審判員は、本規則に明確に規定されていない事項に関しては、自己の裁量に基づいて、裁定を下す権能が与えられている」の万能条項です。

ファウルチップの「故意落球」に関しては、規定そのものが存在しない。だが、6・05(l)の場合はルール改正の結果、外野フライが除かれた。さかのぼれば、外野フライの故意落球に対して打者アウトの規定が加わったのは1939年のことらしい(アメリカの話)。

このような経緯からして、守備側が外野フライを「故意に」落球して併殺を企図することは、純粋に合法的なプレイであって、9・01(c)を援用する余地はない。ただし、落球のやり方によっては「完全確捕」を認められてしまう可能性もある。


◆このページは00年秋季リーグ戦で亜大優勝の可能性が途絶えたあとに作成したものです。こうした特殊な「トリックプレイ」を見たとき、即座にUPすることは原則として控えたいと思っています。なぜなら、結果的にはそうした練習を積んできた選手たちの不利益になってしまうおそれもあるからです。
◆対中大戦のプレイは、私の知りうる範囲では新聞も無視していました。もともとチーム名を出さずにUPしようと思っていましたが、『報知高校野球』の件で、チーム名を伏せる意味は失われたと判断しました。単に何対何でどちらが勝ったというWebサイトにはしたくありませんが、それだけにやっかいな問題を抱えているのも現実です。
◆基本的にこの種のプレイに関しては、誰かに話したくてウズウズしていますから、その日のうちにでもUPしたいぐらいです。どこまで抑制できるか自信はありませんので、勇み足と思われる事例については、どうぞ遠慮なくご指摘ください。もちろん、最終的には私の責任で判断することです。このプレイに関しては、書いていないこと(書かないと決めたこと)もあります。このページを読んだだけで真似できるものではありません。

◆「敗れたり?亜細亜」についても、載せるかどうか迷いましたが、もしこういう対応をするチームがあるなら、それはそれで評価すべきだと思っています。花形や左門やオズマあっての星飛雄馬でしょうし…。
◆もともとは、99年春の亜大対駒大戦で現実にあったプレイだそうです。一死一・二塁でライトフライを亜大の外野手が落球して(故意かどうかは定かではありません)、最終的には、打者走者の追い越しアウトと一塁走者の進塁放棄でチェンジになったようです。フォースプレイかどうかで、両当事者のみならず審判さえも混乱したものと思われます。
◆相手が駒大だけに、追い越しアウトは単純なアクシデントではなく、練りに練ったあげくの「計画的犯行」ではないかと深読みしたくなります。つまり、「故意落球」に対して「故意追い越し」で応じた「敗れたり!亜細亜」だったのかもしれません。その可能性も否定はできません。


▲印の3段落は今回の「あなぐると」版で加えたものです。それ以外はほぼそのまま再掲載しました。日本でルール改正された1976年に上田監督の阪急が試みて失敗した事例については外部リンクでどうぞ。

【外部リンク】
■ベースボール・マガジン社>外野手がフライをわざと落とし俊足の一塁走者を封殺したら?

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