女子ソフトでは半数以上が左打ち

2019/08/18公開

▼旧「セットポジション」には2000年11月に公開した「右投げ左打ちの世界」というページがありました。これを下敷きにして、左打者の比率やページシステムについて調べてみました。
▼私がソフトボールの女子日本リーグを初めて見に行ったのは2000年の決勝トーナメントでした。西京極の決勝トーナメント(ページシステム)初日2試合です。翌年には江戸川のリーグ戦3試合を観戦しました。それだけです。

右投げ左打ちの世界

2000年と2001年のパンフに掲載されていた選手、そして2019年の日本女子ソフトボールリーグ機構Webサイトに掲載されている1部リーグの選手の左打ち比率を調べてみました。

1部リーグ左打者の比率(2000年、2001年、2019年)

2000年当時と今でさほど変化はありません。1部リーグ全登録選手の左打者比率は、両打ちを「0.5人」として計算したとき、2000年が55.4%で、2001年が50.2%、2019年が52.1%です。半数以上の選手は左打席に入ることになるわけです。

2000年と2001年で5ポイント以上の変動があるのは、2チームが入れ替わったからです(当時は入れ替え戦なしで自動昇格・降格)。2001年の東邦銀行は、登録19選手中16選手が右投げ右打ちというソフトボールでは異色のチームでした。

半数以上が左打者

実際に打席に入る左打者の比率は先の50~55%よりいくぶん高くなるはずです。なぜなら、登録選手のポジション別の左右比が次のようになっているからです。とりわけ足を要求される外野手になると、なんと7割以上が左打者です。

ポジション別の左打者の比率(2019年)

野球の指名打者に相当するソフトボールの指名選手制では打席免除の対象が投手に限定されているわけではありません。エースで4番を打席に入れて、打力に劣る捕手や野手に対して指名選手を使うこともできますが、さすがに1部リーグでは投手が打席に立つことはそう多くはありません。

私が見に行った2000年の決勝トーナメント2試合では、スタメン打者36人のうち26人が左打席に入りました。ソフトの塁間は野球の3分の2ですが、百聞は一見に如かずで、聞くと見るとでは大違いです。野球以上に左打者が有利になるはずだと感じることができます。

渋野日向子はソフトボールでは右投げ左打ちですが、ソフトの右投げ左打ちはまったく珍しい存在ではありません。複数競技で左右のバランスを取るとしても、ゴルフが左でソフトが右という選択はまずあり得ないことです。

ページシステム

女子日本リーグがページシステムを採用したのは1994年です。1994円はAグループ6チームとBグループ6チームが同一グループ内では2回戦総当り、他グループとは各1試合を戦い、各グループの上位2チームが決勝トーナメントに進出するスタイルでした。

本来のページシステム

これがページシステムの本来の姿です。過去のオリンピックではこのスタイルが採用されています。1999年以降の日本リーグは12チームによる2回戦総当りとなり、上位4チームが決勝トーナメントに進出するため、リーグ戦1位と2位は同価値となり1位の2位に対するアドバンテージが消滅しました。

ページシステムの場合、アの勝者は2連勝で優勝します(☆☆)。アの敗者が優勝するときは1敗後の2連勝です(★☆☆)。イの試合を戦うチームは3連勝しなければ優勝できません(☆☆☆)。過去の日本リーグ優勝チームがどのパターンだったのか調べてみました。

また、せっかくですから、ウの試合を制して決勝に進出したのがアの勝者(△)だったのか、イの勝者(▼)だったかも調べました。

  • 1994年 ☆☆ 豊田自動織機(△)
  • 1995年 ☆☆ 日立高崎(△)
  • 1996年 ☆☆☆豊田自動織機(▼)
  • 1997年 ☆☆ 日立高崎(▼)
  • 1998年 ☆☆ 豊田自動織機(△)
  • 1999年 ★☆☆豊田自動織機(△)
  • 2000年 ☆☆☆日立ソフトウェア(▼)
  • 2001年 ☆☆ 豊田自動織機(▼)
  • 2002年 ☆☆ 日立高崎(▼)
  • 2003年 ☆☆ 日立&ルネサス高崎(▼)
  • 2004年 ☆☆ 豊田自動織機(△)
  • 2005年 ☆☆ 日立&ルネサス高崎(△)
  • 2006年 ☆☆ 豊田自動織機(△)
  • 2007年 ☆☆☆豊田自動織機(▼)
  • 2008年 ☆☆ ルネサス高崎(▼)
  • 2009年 ☆☆ ルネサステクノロジ 高崎事業所(△)
  • 2010年 ☆☆ トヨタ自動車(▼)
  • 2011年 ☆☆ トヨタ自動車(△)
  • 2012年 ★☆☆トヨタ自動車(△)
  • 2013年 ★☆☆ルネサスエレクトロニクス高崎(△)
  • 2014年 ☆☆ トヨタ自動車(△)
  • 2015年 ☆☆ ビックカメラ高崎(△)
  • 2016年 ☆☆ トヨタ自動車(△)
  • 2017年 ☆☆ ビックカメラ高崎(▼)
  • 2018年 ☆☆ トヨタ自動車(△)

アの勝者の優勝確率は19/25で76%です。アの敗者とイの勝者はそれぞれ12%の優勝確率になります。また、ウの試合ではアの敗者の勝率が15/25で6割です。

再出場規定

旧「セットポジション」に掲載していたテーブルスコアです。第1試合はリーグ戦3位の日立ソフトウェアと4位・大徳の対戦でした。大徳は翌2001年のシーズン後に廃部となります。この年の4位はチーム最高成績です。

2000年女子ソフト日本リーグ 決勝トーナメント第1試合

野球のルールはあくまでもプロを前提として作られていますが、ソフトボールのルールは野球規則を模しながらも、競技を楽しみ面白くするためのさまざまなアイデアを凝らしているという特徴があります。野球がソフトのルールを逆輸入しているケースも少なくありません。

この試合では、大徳が同点に追いついたあとの5回表二死一・二塁で1番打者の渡辺潤が打席に入るときに、二塁走者の吉川に対して代走・柘植が起用されていました。5回裏が始まる前、「ただいまの回に代走いたしました柘植に代わりまして、吉川が再出場いたします」との場内アナウンスがありました。

同じ打順に戻ることが条件になりますが、ソフトボールではスタメン選手に限り1度だけ再出場が可能です。選手層が薄くても、多様な作戦があり得るわけです。指名選手を捕手または野手に使い、投手が打席に立つ場合は、先発投手を再出場させることも可能なはずです。

タイブレーカー

ソフトボールがタイブレークを採用したのは1987年です。「タイブレーカー」と呼ぶようになったのは2001年からです。上の試合は2000年ですから「タイブレーク」時代です。ソフトのタイブレーカーは無死二塁で始まります。ロースコアの試合が多いソフトボールでは1点が試合を左右します。

前の回の最終打者が二塁走者ですが、タイブレーカーの走者に対する代走の起用は妨げられていません。上の試合では8回裏の日立ソフトウェアが新海に対して黒田を代走に起用しました。8回裏が無得点なら、9回表は新海が8番ショートに戻る手はずだったものと想像されます。

高校以上の硬式野球でタイブレークが初めて採用されたのは、2003年の社会人野球都市対抗本大会です。これが発表された同年6月に私は次のように記述しています。私はトーナメント大会では導入不可避という積極的賛成派のスタンスでした(記録処理はまったく別の問題です)。

「タイブレーク」には、継続打順と任意打順とがある。私は女子軟式で任意打順を、ソフトボールでは継続打順を見たことがある。都市対抗で採用されるのは継続打順だが、見る側の立場としては、任意打順のほうが面白い。肝心要の場面をいったい誰に託すのかという楽しみがあるからだ。

「タイブレーク」に関しては、将来、高校や大学においても採用される可能性がある(あくまでも可能性の問題)。その場合、すくなくとも高野連が任意打順を選ぶとは思えない。だから、アマ共通のルールとして定着させる可能性を探ろうとするなら、継続打順が「正解」なのかもしれない。

<略>

03年6月20日付『日刊スポーツ』(東京)に、日本学生野球協会・長船常務理事の次のようなコメントが掲載されていた。

 野球のルールを無視した改悪だ。公式記録として残るのも不可解。

まあ、社会人側と学生側の間に温度差があるのは承知しているけれども、ここまで石頭では救いようがない。私は、勝敗決着(次回戦進出チーム決定)方法としての「タイブレーク」導入には理解を示しているつもりだ。ただし、記録処理には同意できない。学生野球サイドの全面否定とはまったく立場が違う。

旧「セットポジション」>タイブレーク記録処理に異議あり!

大学選手権でタイブレークが採用されたのは震災後の電力不足でナイターを避けたい事情があった2011年、高校野球の新人戦等で試験的に始まったのが2014年ということです。10年は遅れるはずだと思っていましたので、現実は意外に早かったのかもしれません。もちろん継続打順です。