ダーウィンは「変化するものが生き残る」とは言わなかった

◆野球のサイトだった「セットポジション」ですが、やや異質のページもありました。この件に関しては、私にも言いたいことがあります。なぜなら、私は(日本における)犯人を突き止めたからです。
◆自民党さんがかなり無理のある4コマ漫画を公開されたようですので触発されました。

強者でもなく賢者でもなく

出発点(2001年3月)

2001年3月、ある講演で 「すべからく強い者が生き残ったわけではない。すべからく賢い者が生き残ったわけでもない。すべからく変化に対応した者が生き残ったのだ」という警句を耳にしました。その講師はダーウィンの『種の起源』の言葉であると添えていました。

「すべからく」は、「すべからく~すべし」で「~する必要がある」という意味になるはずです。「べし」を伴わずに「すべて」の意味で用いるのは本来は誤用です。 まあ、ご本人はもったいぶって(偉そうに?)そうおっしゃったのでしょうが、この言葉を聞いたとき、原文はいったいどうなっているのだろうかという疑問が芽生えたのでした。

要は、私も使いたかったわけです。どうせ野球の観戦記などというものは、誰が書いても決まりきったパターンにしかなりません。適度に名言・至言を散りばめて教養をひけらかすのは、変化をつけるためのもっとも初歩的な方策の1つです。

三塁手の守備位置の変化を見逃さずにセーフティバントを決めた飯田哲也や、序盤の待球作戦を中盤以降あっさり切り替えた1994年開幕戦のライオンズなどには、そのまま持ち込むことさえできそうです。

結局、私は岩波文庫版の「種の起源」を読む羽目に陥りました。そして、先の警句に類する一節を見つけることはとうとうできませんでした。

小泉演説(2001年9月)

私は知りませんでしたが、2001年9月の第153回臨時国会で当時の小泉総理は次のような所信表明演説をおこなっています。

進化論を唱えたダーウィンは、この世に生き残る生き物は最も力の強いものか、そうではない、最も頭のいいものか、そうでもない、それは変化に対応できる生き物だという考えを示したと言われています。

衆議院>第153回国会本会議第1号

これはセーフです。小泉氏(のスピーチライター)は「種の起源」に言及していませんし、 「ダーウィンは~という考えを示したと言われています」としか述べていません。絶妙な言い回しでダーウィンの言葉であるとの断定は避けています。

ところが、閣僚経験のある自民党参議院議員の公式サイトには次のように記述されていました(02年3月の閲覧)。検索してもヒットしませんので、もう削除されているものと思われます。今回の憲法改正より論旨はまだスマートに通っています。

小泉総理は、昨秋の臨時国会の所信表明の中で、ダーウィンの「種の起源」の一節を引用しました。すなわち「最も強いものや賢いものが生き残るとは限らない。常に変化に対応できるものが生き残れる」と・・・。次なる進歩、発展のために、痛みを伴う構造改革を実行すると同時に、大事なことは、われわれの考え方、行動にも大きな変革・改革が求められているということです。

某参議院議員の公式サイト

小泉演説には「種の起源」はありません。この参議院議員(の秘書?)は、記憶を頼りにあるいは別の何かをベースに記述しているものと推測されます。

ネット検索(2002年3月)

私は「強者でもなく、賢者でもなく」のページを公開する前に、徹底的にネット検索しました。当時のネット普及率はまだ50%に達していませんでした。発信者は一層限られています。眞鍋かをりが「ブログの女王」と呼ばれ始めるのは2004年です。

「最も強いものや賢いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る。」チャールズ・ダーウィンが「種の起源」に記したこの言葉の真実を、わたしたち○○は1985年の△△△以来、身をもって体験してきたといえるでしょう。

某上場企業のWebサイト

◯◯と△△△についてはあとで埋めます。これを【A】のサイトと呼ぶことにします。

チャールズ・ダーウィンは生物学をとてもわかりやすくした人で、その著書「種の起源」はあまりにも有名ですが、その中で彼が「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるわけではない。唯一生き残るのは変化できる者である」と言っています。この言葉をあなた方に贈ります。卒業おめでとう。

某中学校のWebサイト中、校長の卒業式式辞

こちらは小泉演説の半年前(2001年3月)の卒業式の式辞です。私が聞いたのも2001年3月でした。小泉演説と閣僚経験者は「変化に対応できるもの」で、【A】のサイトは「変化に敏感なもの」でしたが、校長先生は「変化できるもの」が生き残るとしています。この微妙な違いがミソです。

もっとも早くダーウィン説に疑問を呈していたのは「進化論と創造論」という個人サイトです。後世の創作であろうという主張でした。本当は簡単な話なのです。誰か1人が「何ページの何行目に書いてあるよ、ほら」と言ってくれればそれで済むのです。

【外部リンク】
進化論と創造論>ダーウィンは「変化に最も対応できる生き物が生き残る」と言ったか?

風説の流布?(2002年~2007年)

もともとインターネットは学術系から始まりましたが、この警句はビジネス系で多く使われているという印象でした。使用例は多数ありますが、「種の起源」の何ページとか第何章とかという引用元の詳細が語られることは絶対にありません。

TVで「きのう『種の起源』で読んだ」とおっしゃった経営者様もおられたようです。まあ、経営者にハッタリが必要なのはむしろ当然であって、読まずに読んだと言い切ることもその方面では資質なり才能なりというものかもしれません。

入社式での社長の式辞では盛んに使われています。理系の学生も採用しているはずですから、「種の起源」を読んだことのある新入社員は目を丸くしたに違いありません。社長自らの筆ではなく総務系の誰かがライターなのかもしれません。

ダーウィンは,進化論の中で,「この世に生き残る生物は,最も強いものではなく,最も知性の高いものでもなく,最も変化に対応できるものである。」と述べている。これは企業にも当てはまることで,環境変化に対応できない企業は淘汰されてしまう。
世の中,諸行無常,変化は不可避である。日々移ろう変化にどう対処できるかで皆さんの人生は大きく変わる。どうか変化を楽しむよう心がけてほしい。

エネルギー関連企業の2006年入社式社長あいさつ

チャールズ・ダーウィンの「種の起源」に、『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるわけでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。』という一節があります。つまり、「うまくいっているから変えない」のではなく、「もっとうまくいくように変える」ことが必要なのです。

世界有数の企業グループの本家に当たる会社の2007年入社式社長あいさつ

なお、航空会社入社式での2002年社長挨拶は今もネット上に現存します。巨大IT企業の入社式でも使われています。よせばいいのに、わざわざCMにした建材メーカーもあります。警句そのものはすぐれたものです。ダーウィンの威を借りることさえしなければ何の問題もないのです。

私は大学の学長さんが堂々と使っていたケースも存じ上げています。やはり新入生向けの言葉でした。いくら文系でも、中学校の校長とはいささか立場が違うのではないかと思わなくもありません。

興味深いのは宇都宮大学の学長さんです。応用生物化学講座の担当だったそうですので、『種の起源』を読んでいることは疑いようもありません。

『種の起源』は、自然科学書ですが、いろいろな読み方が可能です。「生存競争には、最も強いものが生き残るのではない。最も賢いものが生き残るものでもなく、変わりうるものが生き残るのである」と読み取ることもできます。

宇都宮大学2007年入学式の学長式辞

やはり実際に読んだことがあると、「読み取ることできます」としか言えないのです。「読み取ることできる」のではなく「読み取ることできる」のです。これが精一杯でしょう。

犯人はあなたです!(2014年)

ダーウィンの言葉ではないとしても、多少の謎は残るわけです。私が初めて耳にしたのは小泉演説より前です。どこかに必ずきっかけがあるはずです。私が図書館で「日経ビジネス」のバックナンバーを漁ったのは2014年でした。

日経ビジネス99/10/4

『日経ビジネス』1999年10月4日号46ページです。見出しの背景画像として洋書らしきものが斜め置きでレイアウトされています。図書館のコインコピー機で複写しましたので暗くなってしまいましたが、左側の囲み部分には「The Origin of The Species」の文字が読み取れます。

まるで『種の起源』の1ページ目に「It is not the strongest of the species that survives, not the most intelligent, but the one most responsive to change.」の英文が記載されているかのようなレイアウトです。

右下の隅には、ご丁寧に「最も強いものや最も賢いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る。 チャールズ・ダーウィン「種の起源」より」と記されています。ここまで誘導されてしまうと、受け入れてしまうのは仕方がないかもしれません。

「最も強いものや最も賢いものが生き残るのではない」
 IBMの経営戦略部門は毎年、年初に「グローバル・マーケット・トレンズ」と呼ぶ市場動向を詳細に予測した社内文書を作成する。IBMの航海図とも言えるこの文書の1999年版は、ダーウィンの『種の起源』の一節から始まる。見事な復活(47ページ下の図)を遂げたとはいえ、「最強企業」の名を欲しいままにした往時とは、競争条件も業界内の相対的地位も異なる。だが、ダーウィンの引用は、単なる過去の栄光への訣別宣言ではない。
 「最も変化に敏感なものが生き残る」――IBMは生物の進化法則の中に企業存続の条件を見いだし、最強企業ではなく、常に変わり続ける企業を目指す、と表明しているのだ。

新 会社の寿命 企業短命化の衝撃 IBMが示した企業存続の条件(『日経ビジネス』1999年10月4日号掲載)

先に紹介した「進化論と創造論」のサイトでは、IBMのガースナー氏(1993年から2002年までIBMの会長兼CEO)が容疑者として指摘されています。米IBMの社内文書「グローバル・マーケット・トレンズ」1999年版をこのような形で紹介した『日経ビジネス』こそが日本における真犯人ということになりそうです。

蛇足ではなく

話がこれで終わるなら、ある意味ハッピーエンドです。東尋坊に犯人を追い詰めて事件が無事に解決したようなものです。原典確認を怠ると赤っ恥をかくことになりかねないという教訓が得られたのです。

「最も強いものや賢いものが生き残るものではない。最も変化に敏感なものが生き残る。」チャールズ・ダーウィンが「種の起源」に記したこの言葉の真実を、わたしたち、***株式会社昭和23年の創立以来、身をもって体験してきたと言えるでしょう。

昭和23年創立の某社「企業理念」

どこかで見たような文章です。既視感ありまくりです。先に紹介した【A】のサイトとマーカー部分を除けば一字一句変わりません。企業理念なんてものは所詮その程度だという認識を持っていないわけではありませんが、異業種他社サイトの文言を丸ごと引き写した企業理念とは、なんと安直で空疎なものでしょうか。

いや、ひょっとするとたまたま偶然の一致なのかもしれません。私は当該ページのヘッダ部分に記されたスローガン(キャッチフレーズ)に照準を絞りました。 「価値創造ビジネスを多角的に展開するグローバル企業を目指して」を検索してみました。ビンゴでした。JTさんのプレスリリースがヒットしました。

どうせあれもこれもパクリだろうという私の読みは的中でした。私は【A】のサイトがJTさんのサイトであることを知っています。JTさんには例の警句を使いたくなるたしかな背景があります。「創立」のところには「民営化」が入っていました。変わることが求められた歴史があります。

2008年の時点でJTさんのサイトはリニューアルされており、例の文言はきれいさっぱり消えていましたが、一般公開するWebサイトづくりを外部委託業者に任せきりにした場合、予期せぬリスクが生じることを企業・団体の担当者は肝に命じておくべきです。ネットの検索機能を甘くみてはいけません。


◆以前のURLアドレスそのままで復活させました。
◆もし、万が一、間違ってオリジナルの引用元を発見された方がおられましたら、ぜひご連絡ください。それは徳川埋蔵金にも匹敵する?歴史的大発見!です。と、以前から掲げていました。はい。
◆二階幹事長は6月23日の記者会見で「学識のあるところを披歴されたのではないですか」と述べています。学識のあるところをアピールしようとして、実はそうではないことがあからさまになってしまうことが孫引きの怖さなのかもしれません。
◆危険を承知で孫引きすれば、真犯人はルイジアナ州立大のLeon C. Megginson教授(経営学)ということのようです。1963年の講演を1990年代にIBM社が発掘して日経ビジネスさんが日本で伝播させるという形で孫引きの連鎖が始まったのかもしれません。


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