石と狩のどちらを取るか、石勝線が通る新狩勝トンネル

十州島

筑前、筑後、肥前、肥後、豊前、豊後、日向、大隅、薩摩が本来の「九州」です。明治初頭、北海道本島は「十州島」とも呼ばれ、戊辰戦争後には次の10か国が置かれました(ほかに千島国)。

令制国
Wikipedia「令制国と郡」を加工

旭川は石狩国、倶知安は胆振国、小樽中心部は後志国です。1900年には18支庁制が敷かれて、今の振興局は次の14区分です。

振興局
Wikipedia>総合振興局・振興局一覧

胆振国の占冠が室蘭支庁(胆振支庁)から上川支庁に移管されたのは1906年、釧路国の陸別が十勝支庁に編入されたのは1948年、石狩国の幌加内は空知支庁を経て2010年に上川振興局に移りました。

道央・道北・道東で旧国境にある峠は次のとおりです。

石狩天塩北見日高十勝釧路根室
石狩塩狩峠石北峠狩勝峠
天塩天北峠
北見勝北峠釧北峠根北峠
日高日勝峠
十勝釧勝峠
釧路
根室
▲旧国名の合成名称の峠(✕は隣接せず、★は峠なし)

1966年廃止の狩勝トンネル

南富良野町は石狩国空知郡でしたが、今は上川振興局管内です。十勝の新得町とは国道38号では狩勝峠(かりかち-とうげ)、道東自動車道は狩勝第二トンネルで結ばれています。

狩勝峠

この峠のほぼ真下にはとっくに廃止されたJR根室本線の「狩勝トンネル」がありました。SL時代に最大勾配が25パーミルだそうです。当時、札幌から鉄路で帯広方面に行くなら、夕張山地を北に回り込む富良野経由だったようです。

狩勝峠付近
狩勝峠付近(地理院タイルを加工)

1966年に新狩勝トンネルが開通します。石狩は石見国とかぶるという理由で「石」が敬遠されて「狩」が使われがちですが、旧トンネルの代替ですから「新狩勝トンネル」という名称は納得できます。

石狩をほとんど通らない石勝線

今では、この新狩勝トンネルはJR石勝線(せきしょう-せん)のトンネルになっています。石勝線の開業は1981年です。Wikiは本文で「路線名は令制国名の狩国と十国から採られている」と記載したうえで、次のような注釈を添えています(石勝線)。

起点の南千歳駅が所在する千歳市は令制国では胆振国に属するが、後述するようにもともと石勝線計画の前身のひとつであった追分線は石狩国に属する広島(現:北広島市)での分岐が考えられていた

振と勝で「胆十線」なら面白いかもしれませんが、実質的には札幌と道東とを結ぶ路線でしょうから、石狩起点と考えても差し支えないものと思われます。問題は、なぜ「狩」ではなく「石」を用いたのかということです。

狩勝線にしなかったのは、狩勝線がすでに根室本線の部分的ゾーン名としてあったからのようです。

【外部リンク】
■文化庁・文化遺産オンライン>旧狩勝線鉄道遺構群

宇都宮線や京都線のように愛称として公式設定されていたものではないかもしれませんので、どこからどこまでと特定できませんが、少なくとも付け替えられたトンネル付近は「狩勝線」で通用していたものと思われます。

根室本線は、東に延伸されるたびに十勝線→釧路(本)線→根室本線とその名称を変えています。去年の富良野駅-新得駅間の廃線によって、滝川駅-富良野駅間は切断されてしまいましたが、名称はそのまま根室本線です。

根室本線
根室本線(地理院タイルを加工)

富良野発滝川行が根室本線のままでは、廃線の事情を知らない観光客は派手に戸惑いそうです。まるで逆方向ですから…。

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