「日本一・二の高さ」より気になる「ここから268歩」

日本一・二の高さ

伊賀上野城で見かけた「日本一・二の高さで有名な高石垣」という案内看板です。いわくありげな雰囲気が漂います。「日本一」でもなければ「日本2位」でもありません。

伊賀上野城の高石垣を示す看板

伊賀上野城Webサイトには「大阪城と並んで日本一の高さ」と明記されています。「約30m」は誇張表現ではありませんが、厳密には30mに若干欠けるようです。

藤堂高虎が本丸の西に築いた石垣。高さ約30メートルの高石垣は大阪城と並んで日本一の高さを誇っています。

伊賀上野城>高石垣と宝もの

大阪城Webサイトには次のような記述があります。

大阪市立博物館裏手付近は水面からの高さが24m、堀底の根石からだと32mにも達する。

大阪城>時の刻印>本丸の高石垣

どうやら学術的な意味での城の石垣の高さとは、堀の水面下にある「根石」から最上部の「天端石」までの垂直距離を指すようです。文字どおりの水面下であることから計測は困難で、もともとは上野城が日本一と言われていたそうです。

大阪城の堀の調査が進んだ結果、日本一のタイトルが上野城から大阪城に移動し、こういう看板が登場したという経緯のようです。水面上の高さだけならどちらも「24m」でイーブンですので、「日本一」を分け合う形になります。

藤堂高虎が上野城の改修工事に着手したのは1611年で、徳川2代将軍の秀忠が大阪城の修築工事を始めたのは1620年です。したがって、上野城が日本一だった時代が数年間あったのかもしれません。

ここから徒歩268歩

次の看板は街中で見かけました。ガソリンスタンドの敷地内に設置された街灯にくくりつけられていた銭湯の看板です。行きたい方向ではありませんでしたので、本当に268歩で辿り着くのかどうかは確かめてはいません。

「ここから徒歩268歩」の看板

この看板を見たとき、1歩を60センチか70センチで計算したのだろうと私は思いました。Google Mapで看板の位置から一乃湯さんまで道路上の直線距離を計測すると約160mです。160÷268は59.7センチです。どうやら60センチ計算のようです。

268歩看板(地理院タイルを加工)

銭湯の玄関は道路から奥に10m入って左に5mありそうですので、玄関までで考えるなら約175mになります。175÷268は65.3センチです。オムロンさんのWebサイトでは、歩幅の目安は身長の45%とされています。

そうすると、前者の場合は身長132.7センチ、後者では身長145.1センチになります。大人としてはかなり小柄です。もちろん、ゆっくり歩けば歩幅は縮まるわけですが、もしかすると実測の結果なのかもしれません。

もし私がこの銭湯に通っていたら、この看板からきっちり268歩で歩くというゲームを楽しんだに違いありません。

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