国後島から標津まで泳げないことはないけれど…

ウラル出身のロシア人

ジャージ姿で標津(しべつ)駐在所前に佇んでいたというロシア人は、国後島からウェットスーツで泳いできたそうです。緑のルートなら直線距離で25キロほどになります。本当に泳いだのなら目線は海面上です。潮流もあるでしょうし、実際には2割増しで30キロ近く泳いだのかもしれません。

釧路海峡
【A】釧路海峡(地理院タイルを加工)

標津町の北方領土館には「国後島まで24km」との張り紙が掲げられているようです(→Google Mapの画像=リンクは別タブが開きます)。少しでも近さを強調したいのでしょう。地理院地図やGoogle Mapで標津漁港の防波堤灯台(地図Bの紫丸囲み)から計測すれば国後島まで24.4キロです。四捨五入で「24キロ」になりますので、「不当表示」とまでは言えません。

標津町中心部
【B】標津町中心部(地理院タイルを加工)

20キロとしている報道もありますが、地図Aのピンクのルートなら泳ぐ距離は約18キロです。ただし、野付半島の砂嘴には駐在所も派出所もありませんので、彼は18キロのスイムのあとに濡れた体で約18キロのラン(ウォークでOK)を迫られるわけです。彼の目的地は赤丸の派出所です。

▲21/08/28追記 実際には20数キロのスイムと6キロのランだったようです。

25キロ泳げるのか?

本当に25キロを泳いだのではなく、途中まで船で送ってもらったのかもしれませんが、それでは面白くありません。あくまでも25キロ泳いだものとして、いろいろと推理してみます。

近くの店でジャージを購入したという報道もあります。購入できた以上、彼が最低限の日本円を持っていたか、店がロシア・ルーブルなりドルなりユーロなりを受け入れたかのどちらかです。

▲21/09/12追記 日本円で服と靴とリュックを購入したそうです。

ひょっとすると標津への渡航歴があるのかもしれません。国後から正規のルートで日本に来るには樺太経由になります。3年前にウラルから国後に移住したということですが、ウラル時代に来日していたのかもしれません。

国後島でも日本と同じストリートビューが見られるのなら、キャンプ場が砂浜になっていることはわかります。ある程度の日本語を覚えれば、近くに駐在所があること、服が買えそうな店があることも調べられます。

▲21/08/28追記 上陸したのは6キロ先のようです。キャンプ場ではありません。
▲21/09/12追記 ジャージを購入した店は地図Bのピンクマーカーではなく、地図Fのピンクマーカーと思われます。

リュックを持っていたという報道もあります。上陸後に店で購入したのかもしれませんし、空のペットボトルを忍ばせて浮力を確保していたのかもしれません。泳ぐには邪魔になりそうですが、海上で休憩するには役に立ちそうです。

▲21/08/24追記 服と同時に購入したリュックのようです。

派出所前で見つかったのが夕方ということです。午後2時や午後3時は「夕方」ではないでしょうから、午後4時から6時ぐらいでしょう。わざわざ20キロ近く離れた中標津署に送っていったそうですので、その余裕があるのは午後4時台ではないかと思われます。

2020年9月、アメリカの16歳の少女がドーバー海峡53キロ(最短距離は34キロ)を14時間10分かけて横断しています。家族が伴走船で付き添い、45分おきに給水・補食していたようです。計算すると、時速3.5キロほどです。同じ時速3.5キロで泳げたとするなら8時間で28キロになります。

出発は朝です。標津の日の出は4時半ぐらいです。大型船のスクリューに巻き込まれてミンチになりたくはありませんし、暗闇で泳ぐのはさすがに心細いものと思われます。朝5時出発で午後3時到着なら10時間泳いだことになります。

ちなみに、東京五輪のマラソンスイミング男子10キロでは完泳した最下位24位の選手のタイムが2時間1分です。単純計算で25キロの所要時間は5時間になります。8~10時間というのは「いい線」です。

▲21/09/12追記 私は10時間が「いい線」だと思ったのですが、後述するように実際には23時間だそうです。

スタート地点

日本政府の実効支配は及びませんが、日本領である国後島は地理院地図にしっかりと記載されています。スタート地点は赤マーカー付近だと思われます。青マーカーは居住地と思われる村です。

国後島南端部
【C】国後島南端部(地理院タイルを加工)

赤マーカーの衛星写真です。

スタート地点?

1キロほど離れたところの「集落?」を拡大してみました。車が一定の箇所に停まっていますので、集落ではなく何らかの施設です。それほど大きくはありませんが、船も係留されています。

何らかの施設

この施設を通過すると、どこに行くのか問われそうです。場合によっては船で追われるかもしれません。この写真では見えない裏(北)の道を通って西岸に出たのでしょう。

2021/08/28追記

新たな情報が2つあります。1つは2011年に来日して日本語学校に通っていたということです。また、駐在所から6キロの海岸で道警がウエットスーツを回収したという報道もありました。

野付半島
【D】野付半島(地理院タイルを加工)

赤マーカーが駐在所、2つの青マーカーが6キロ地点です。紫マーカーは例の施設です。南北どちら側に6キロなのか、可能性が高いのは野付半島のほうです。

海峡中央部の野付水道では上げ潮流は南東方へ、下げ潮流は北西に流れ、流速はそれぞれ1ノット程度である。

海上保安庁>北海道周辺の海峡と水道

8/19の標津港は干潮が6:48で満潮が23:08です。出発は朝ですので上げ潮になります。標津港を目指したものの潮流に流されて野付半島の付け根部分に着いたはずです。地図Cの赤マーカーから地図Dの青マーカー(南)までは直線22キロですので、流されることも計算のうちだったかもしれません。

上陸できそうな場所はあります。2014年6月撮影のストビューです。

ウエットスーツを脱いだということは、駐在所までの6キロの道のりをほとんど裸で歩いたことになります。8/19の標津の気温は14時と15時がともに19.7℃です。標津では8/10の日最高気温が14.3℃でした。前日の平均気温は14.9℃、当日は17.3℃です。比較的暖かい日だったわけです。

▲21/09/12追記 着替えは持っていたそうですので「走れメロス」状態ではなかったようです。また、上陸地点は野付半島の根元ではなく北の青マーカーのようです。

腹にコンパス(9/12追記)

根室海峡を泳げないことはないでしょうが、方角を間違うことなく泳ぎ切るとなると俄然ハードルが上がります。こんなこと(↓)になったら目も当てられません。水の泡、元の木阿弥です。

振り出しに戻る
【E】振り出しに…(地理院タイルを加工)

協力者がいて途中まで船で送ってもらったか、単独だとすればレーダーに捕捉されないゴムボートが現実的だと私は思っていました。完全に単独行動であり、純粋に泳いできたようです。

全国紙記者によれば、 「男はダイビングなどで使うドライスーツを着用し、お腹に方位磁針をつけて、仰向けに浮かびながら海を渡ったそう。ただ、海峡の幅は24キロに及び、水温も15度程度。特別な訓練でも受けていないと不可能ではないかと、当局も首を傾げていました」

Yahoo!ニュース>国後島から日本に遠泳したロシア人男性の素性 単なる“日本オタク”説も(「週刊新潮」2021年9月9日号 掲載)

腕時計タイプのコンパスも販売されていますが、アナログのコンパスは水平に置かなれければ役に立ちません。泳ぎながら確認することはできませんので、コンパスを見るときは仰向けで見るしかないわけです。最初から腹にセットしたというのは、目からウロコです。

午前5時出発で23時間(9/12追記)

【外部リンク】
■Yahoo!ニュース>深まる謎に迫る!北方領土から“泳いできた”ロシア人の男性に、面会取材 一問一答すべて(HBC、9/9)

本人は次のように語っています。

  • 日本時間8月18日午前5時10分に国後島南部を出発。当日は雨、19日午前4時4分に標津町に到着。
  • コンパスを頼りに北に進路をとって、ウエットスーツ、フィン、シュノーケルで泳いだ。
  • 国境警備隊に見つかったら送り返されると思った。サメ、シャチがいることは知っていた。水温が低くて寒かった。
  • ポーランドかドイツに亡命しようと思っていた。まわりにその話をした直後にパスポートをなくした。おそらく連邦保安庁盗まれた。パスポートを盗まれて日本しか選択肢がなかった。

例の「何らかの施設」こそ国境警備隊の基地なのかもしれません。そうすると、野付半島の付け根ではなく、地図Cの北側の青マーカー付近に到着したものと思われます(忠類川と伊茶仁川の間)。まっすぐ西進できれば忠類川河口です。

コンパスは針がくるくる回るアナログタイプではなく、緯度経度情報も表示されるGPSレシーバーなのかもしれません。出発・到着の時刻を分単位で答えているということは、時計そのものか時計機能が付属した何かを持っていたわけです。「4時5分」ではなく「4時4分」ですから、これはデジタルの世界です。

水平に置かなければならないアナログのコンパスを腹に付けても覗き込むには顔を上げなければなりませんが、デジタルなら見やすいように角度をつけることも可能です。23時間かかったのですから、あまり手で漕ぐことはしなかったとも考えられます。例の施設が基地だとすれば、速度より南に流されない正確さを優先したとしても理解できます。

海外用のパスポートはサハリンで再申請する必要があるようです。当局がパスポートを持ち去ってしまったのだとすれば、再申請しても交付されない可能性のほうが高いはずです。

【F】コンビニと量販店(地理院タイルを加工)

赤マーカーが駐在所、青マーカーが駐在所から6キロ地点です。緑のマーカーは青マーカーから南進して最初のコンビニとなる「セイコーマートこんどう標津店」です。コンビニに寄ったことは報道されていますが、丸1日以上飲み食いしていないのですから、最初に見かけたコンビニに寄ったはずです。

セイコーマートの南側のブロックから歩道の舗装が変わります。公開されている防犯カメラの映像は朝8時頃だそうです。服や靴を購入したのは午前10時前ということです。「量販店」と報道されていますので、地図Fのピンクマーカー「DCMホーマックニコット標津店」のようです。Google Mapでは9時開店になっています。地図Bのピンクマーカーは10時開店ですのでNGです。

10時から「夕方」までの足取りに関する報道は見当たりません。まあ、疲れて眠りこけていたとしても何の不思議もありませんけど…。

2022年の続報

共同通信によるインタビュー動画です(2022/4/9公開)。

HTBのインタビュー動画です(2022/7/4公開)。23時間はかかり過ぎだと思っていましたが、どうやら頼みのコンパスは故障していたようです。また、もともとは野付半島を目指していたということです。


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